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第68話 孤児院カナリスの訓練と懲罰


 午後。

 訓練場に入った子供たちの動きは、重りを背負っているかのように緩慢になった。

 訓練場には呪符が張り巡らされている。力場の魔道具。

 地面に引き寄せられる効用があった。


 その重力場にあって普段と変わらず動ける子供が二名。金髪のデュークと赤毛のケイ。他の孤児院より魔物討伐数の多いカナリス。その中でも、群を抜いて魔物を狩っていた二人だ。名実ともに圧倒的なエースだった。


 二人の身体を覆うように『気』が循環しているように見えた。呼吸をするように自然に気を身にまとっている。


 とある一角に、所せましと各種様々な武器が並べられている。孤児たちは好きな武器を当たり前のように手にとり、呪符が張ってある強化された岩々の前に並んだ。

 

 大上段に構える者、獣のように低く構える者、横に武器を構える者、斜に武器を構える者。各々が得意とする、必殺の構えをとる。


 手に持つ武器が光っていた。

 その光の強さや色は多種多様だ。

 『気』を武器に通し、強化した証拠。


 笛の合図で子供たちは一斉に武器を振るう。

 光の一閃。岩を穿つ音。


 強化された岩を真っ二つに割った者は二人。当然、それはデュークとケイだ。


 エルは刃こぼれした刀を見つめて首を傾げていた。

 目の前の岩は傷一つついておらず、刀だけが刃こぼれしている。

 他の子は大なり小なり岩に傷がついていたのだが。


 どこからかクスクスとした笑い声が聞こえた。


 エルは再度刀身を鞘に納め、構えを作る。

 抜刀術。


 何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も練習した、最速の剣技。

 左足を後ろに、腰を落とし、手を柄に掛け――。

 『気』を込め、刀が鞘ごと光り、()()()()を重ね……抜刀。


 光線が瞬き鋭い金属音が鳴った。

 嫌な手ごたえ。気にせず振りぬき、刀の柄を握り替え、二連撃目……。

 ところが今度は岩に当たることもなく、空を切り勢いのまま転んでしまう。

 刀の先がなかったから。


 起き上がり手元の刀を見ると、刃こぼれした部分から折れていた。

 刀が折れただけで岩は傷一つついていない。


 今度こそ、堪えきれないとばかりに笑い声が響く。オービーが笑っていた。それにつられ、お腹を抱えて笑う子が数人。


 感情の起伏の無い子達は訓練に没頭していた。

 フィーがぱたぱたとした動きで、傍らに来る。


「エ、エルちゃん。気ニシナクテ、イイヨ」

「うん? 気にしてないけど。岩くらい切れると思った」


 オービーは地面をのたうち回るように笑い、それを見た子供たちも大きな声で笑った。


「な、何言ってんだっ。くはは。笑わせんなよ。ぶは。どうやったら武器をそんなに、ぶはは。今まで何を練習してっひぃー、腹痛いっ! あんまり笑わせるなよっ」


……。


 つづいて戦闘訓練が始まる。

 大人との組手を基本としていた。

 大人のほとんどは静かだ。何も言わないし、言葉では教えない。

 ただ模擬戦をするのみ。

 

 だが実践に近ければ近いほど、センスの良いものは強くなっていく。

 特にデュークやケイは頭角を現していた。


 組手前の『型』の訓練だけは一挙手一投足決められている。

 『呼吸』と『型』の動き。


 『型』が少しでも崩れていると、大人の木刀による殴打が飛んでくる。


 魔力は外界を変える力、気は己の肉体を変える力。


 魔法は祝詞あるいは魔法陣などの術式を必要とする。つまり外界に影響を与えるためには詠唱や媒介が必要だ。


 ところが気は呼吸と意識の集中で練り上げられる。身体にまとえば重力場すら無効にし、身体の延長として武器に通せば光り強化できる――それを身に着けるのが型の訓練。


 このカナリスでは型の崩れには、大人による木刀が飛んでくる。


 一方で身体のバランスが崩れない者は、そうそうに監視の目が外れていた。

 自由にしてもいい。続けてもいいし、食事をとっても、寝てもいい。

 特に顕著なのはケイ。最初から監視が外れていて、退屈そうにあくびをしている。


 大人たちは声を発さない。まるで人形のようであった。

 フィーフィが怖いと思う気持ちもわからないでもない。

 彼女の顔は終始青ざめていた。


 隣のエルがカナリスで定められている型とは違う、別の型を行い、木刀でボコボコにされているのもあるかもしれない。


「聖なる慈悲の名のもとに、癒やしの恩恵を。挫けし心を支え、傷つきし肉体を再生せん。聖なる光よ、勇敢なる者の痛みを祓い清めたまえ。『ヒール』」


 型の稽古の終わりにフィーがエルへ回復の祝詞を唄う。


「エルちゃんっ。チャント、ヤラナキャ駄目ダヨォ」

「型をつい間違えた。ありがとうフィー。それにフィーはすごい」


 多くの子が一、二発はもらうのだが、フィーは無傷だった。


「エルちゃんガ、間違エ過ギルカラダト思ウ……私ヲ叩ク暇ガ、無カッタカラ」


……。


 型が終わると大人との組手が始まる。


 エルの相手は長髪の女性。

 顔は目元以外隠しているが、身体の曲線で女性と分かる。そして組手の相手でありながら、先ほどの型の練度の低さによる、懲罰を兼ねていることもエルには分かってしまった。規則を守っていないことを報告されたこともあるかもしれない。その女性は容赦がないことで知られていた。


 ふと、視界の端でオービーの肩が揺れているのが見える。口元を手で隠しているが、笑っているのは明らかだった。


 しかし強く容赦のない相手と戦えることは強くなるチャンスでもある。


 組手の始まり。

 一定の距離を置き対面し、互いに正座。


 女性の呼吸は一定。いや呼吸しているかも怪しい。静けさを体現していた。姿勢に無駄がなく、手足の位置もすべて基本通り。肩の力も抜けている。


 笛の音。

 開始の合図。抜刀。

 女性に近接し、居合斬り。持てる限りの力を込め、最速の一振りを女性に叩き込む。


 女性の踏み込みは静かで、動きは速くない。だが――。


「あれ?」

 

 エルは宙に浮いたと思ったら、次の瞬間には顔から地面に落ちた。後頭部に風を感じ、背筋に鳥肌が立つのが分かり、全力で地面を転がる。

 落ちた場所に木刀を打ち下ろしている女性がいた。あの場にいたら終わっていた。


 立ち上がる時間も与えてくれない。

 静かな追撃が迫る。情け容赦がなかった。

 転がるように地面に這いつくばり何とか距離を置き、立ち上がる。


 木刀に気を込め、彼女の連撃を受ける。何とか凌げたが、木刀が悲鳴をあげているのを感じた。

 次で折れる確信があった。

 エルには焦りがなかった。ただ、勝つための方法を淡々と行うだけ。

 もっと木刀を強化する必要がある。

 木刀に気を込め、()()()()()()()()()()()を注ぎ、女性の袈裟斬りに応戦しようとした。だが――。


「あ」

 

 木が折れる音。木刀同士の鍔迫り合いになる前に、自身の木刀が折れたのが分かった。つまり女性の一振りに対し無防備であることを意味していて。


 顎に衝撃。

 前後不覚。


 まっすぐ立っているのに、視界が揺れる。足から力が抜けていく。

 痛み異常に混乱が満ちた。記憶が飛び、身体と意思とが離れかける。

 女性の追撃。来るのは分かってるけど分かってるだけ。動けない。 


 蹴り飛ばされた。

 震える足で何とか立ち上がる。

 そのたび何度も、何度も叩き伏せられた。


 必要以上の打撃。的確に急所を狙ってくる。

 これは規則を破った懲罰。


 それは意識を失うまで続いた。

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