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第67話 孤児院カナリスの日常


 エルや子供達は朝も早くから、戦闘服を着て、基礎体力向上訓練に励んでいた。孤児院は丘の上にある。その郊外にある階段や施設の運動場をひたすら走っていた。夜通し戦い抜く体力を身に着けるための訓練。

 その後は柔軟性と、体幹を鍛え、バランス感覚を身につける。


 それらを全て終え、孤児院の食堂で班ごとに分かれ食事をとっていた。


 デュークはスープをスプーンでかき混ぜながら、ため息をつく。

 まずかったのだろう。表情でよくわかる。


 食卓に並ぶのは疲労を回復させ、身体を作るための食事。肉、野菜、果物、スープと飯。栄養価のバランスはとれていた。

 しかし朝から食べるものにしては量が多い。

 そして味に興味はないとばかりに、ほぼすべてがまずかった。


 孤児の中には朝の訓練がつらく、食事を摂ることが出来ない者もいたが、デュークは純粋にまずさに苦戦しているようだ。


 食べなければ罰として、班員の翌日の訓練が重くなる。量を食べるのが苦手な子は、泣きながら詰め込んでいた。


 まずさにデュークが舌を出し、エルを見る。

 不平不満の共有をしたかったのだろう。ところがエルは操り人形のように虚空を見つめて、義務のように食事を口に詰め込むばかりだった。


 エルの先には猫耳の、フィーフィがいた。

 じっと見つめられる形となり、彼女は恥ずかしそうに身をよじりながら口元を隠す様に食事をしている。彼女の前には基礎体力訓練で走り切れなかった罰として、大量の料理があった。

 デュークがつまらなそうに唇を歪める。


「エル、何見てんの?」

「……」

「エル?」


「食事中は私語禁止だぞっ!」


 隣の班の報告者、オービーが叫ぶ。皆は黙ったが、さっきまで静かに食事をしていたケイがわざとらしく声を出し始めた。


「飯がまずいのどうにかならんかなぁ!」


 誰も答えないことを確認するとケイは、エルの肩を大きく揺すりながら話しかけた。友人に話しかけるような表情だ。


「なぁ、エル?」


 話しかけられたエルがケイを見る。


「……まずい? 本当だ。確かにまずい。でも、もっと食べたい」


 生きるために必要な行為だから。

 デュークが魔物を見る目をした。


「エル正気かっ⁉ 食べたいやつなんていないだろ⁉」


 皆デュークに同意するように頷いている。

 エルもまずいという意見は否定していなかった。ただ栄養価が高くバフがかかっていたから。異世界レシピにはバフの詳細が載っていた。

「……これ、疲労回復効果」

 エルが虚空を見つめて、一つの料理を指さした。

「これは集中力向上。こっちは筋力向上」


 オービーがテーブルを叩いた。

「い、意味不明なこと言うなっ! しゃべるなって言っているだろ! 規則だ!」


「喋っちゃだめなの? そういうもの? 僕たちの存在意義は都市防衛。幸せになるべきと都市が認めた人を魔物から守ること。そのための訓練と食事じゃないの? 今の会話は意志疎通だ。これはチームにとって必要な行為。だから全てに優先される」


 最後は大人に向かって言った。デュークやケイも罰を受ける可能性があったから。


「いまさらお前っ! 喋ってはいけないという規則だって言われただろ⁉」

「聞いてない」


 ケイがエルの回答に笑った。


「だってケイは自由にしている」


 さらに腹を抱えて笑い始める。


「ケイが許されているということは、結果を出せば許されるということ。この食事も結果のための過程」


 ただ一つ疑問があった。孤児院は普段ケイに懲罰もなく自由にさせているくせに、昨日の夜は麻薬の成分の入っている料理をケイの前に置いていたこと。もしかしたら、ケイは許されていないのかもしれない。本当は院長たちは彼を傀儡(くぐつ)とすることを望んでいるのかもしれない。


 許されないとしても、チームとして生き残るために、今の会話は必要な行為だった。

 懲罰の可能性を理解しても続ける必要があると判断。

 血管が切れそうなほど、額に青筋を立てているオービーを無視して声掛けを続ける。


「フィー」


 フィーが座った状態で飛び跳ねた。声が出そうになりあわてて口を塞ぐ。食事中は話してはいけない規則だったから。


「こっちをもっと食べた方が良い。食事が偏っている」


 エルがいくつかの料理をフィーのものと交換する。主に疲労回復効果があり消化が良いものを彼女の前に置いていた。


「何勝手なことやってんだよ! 規則を守れって言ってんだろ!」

「食事を交換してはいけないという規則があるの?」


 オービーの代わりにケイが応えた。


「くくっ。ねぇなぁ」

「だ、だけど、フィーフィは最後まで走り切れなかったから、その罰じゃないかっ、だからっ他の人が手助けするのはっ」

「数日後に控えている都市防衛にフィーが必要だ。ヒーラーのフィーの体調が悪いと僕たちの班は困る。これは班の問題だ」

「フィー。後どれだけ食べられる?」

「……ス、少シ、オ皿二ツ分……」

「じゃあ、これ食べて」


 フィーの皿と疲労回復効果のある飯とを交換する。異世界レシピを閉じて、フィーの分の料理を食べ始めた。次の訓練までの残りの時間は少ない。食べ終えなければ休憩時間が減ってしまう。長い戦いを生き抜くために、フィーの休息は最も優先すべき必須事項だ。


「フィーフィっ。俺も食べるよ!」


 デュークも身体全体で笑って、他の飯を食べ始めた。

 ケイも笑う。


「エル。オレはどれを食べればいい?」


 近接戦を主とするケイには筋力と魔力の回復が必要だ。エルが指さしたものをケイがガツガツと食べ始めた。


「ゴメッ。ゴメンネっ――」


 泣きそうになりながら謝るフィーにエルが淡々と告げた。


「泣いてはいけない。規則だから」


 フィーは涙を堪えて、ケイとデュークは吹き出した。規則を気にしているのかいないのか分からない発言だったから。

 オービーが呆れたように項垂れた。


「お、お前らもう十分に規則破っているだろうっ」

「あ? 大人たちが黙認している。つまりこの行為は、報告者が報告しなければ罰はない。この意味分かるか?」


 ケイがギザギザの歯をむき出しにしてオービーを睨みあげた。

 

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