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第64話 竜王の使命③


「なに、あれ?」

「魔王の誕生でごぜぇーます。いつかルミアが倒すべき敵」


 街の広場では無数の人々が押し合い、我先にと逃げ惑っていた。独裁都市タナトスの兵士たちも一斉に剣を抜いているが、交戦しても犠牲が増えるだけだろう。


 空を覆う、異形の堕天使の大群は金属をこすり合わせたような、あるいは怪鳥のような鳴き声をあげていた。


 地上には、暗闇から続々と魔王の歩兵が現れてくる。大人二人分はある巨体に、細長い手足。堕天使同様、多種多様な武器を持っている。

 彼らの顔は輪郭だけで、目や鼻がなかった。全身は半透明。闇に紛れれば見失ってしまいそうだ。

 そして、建物を破壊しながら闊歩する要塞制圧魔獣、テラノクス。


 魔王の軍勢。

 地獄の始まりを示すかのように彼らの音が軍歌のように轟いていた。


 この都市を滅ぼすには過剰な戦力。

 世界を滅ぼさんとする力。


「ルミア、お別れでごぜぇーます」


 召喚。


【神域、亜竜】


 魔法陣から成龍が五体現れる。

 そのうちの一体がルミアを抱えて上空へと上昇していった。


「何で! 何でお別れなの! 嫌だ! 離してよ!」


 勇者ルミアはこの絶望的な状況にあって心が折れることはなかった。その姿に安心する。

 どんな状況でも折れない心が勇者が勇者たる所以だから。


「ちゃんと食後は歯を磨いて、寝るのも大事でごぜぇーます。ちゃんと毎日特訓、頑張るでごぜぇーますよ。あとは……そう。絶対死んではいけねぇーです。これだけは約束しねぇと許さねぇーですから」


 嫌だ嫌だと泣き叫ぶルミアに笑顔を向ける。


「ルミアはきっと、大丈夫」


 巫女がいる東の最も安全な街へ。

 ルミアを抱えた竜達が東へ向かって飛び立ち、小さくなっていく。


 後は、この街の住人。

 魔王が暴れるのは今じゃない。今は魔王が現れたことを世界に知らしめるだけ。

 逃げ惑う人々が魔王の怖さを伝えるはず。


 人は強い。どんな逆境も乗り越えてきたのだから。

 人々が強くなるまでの時間を稼ぐ。

 後は、ミスティが何とかしてくれる。きっと。


 風と土の魔法。転移結界。

【神域、虚空風牢開門】


 巨大な魔法陣が宙に現れる。土が迫り上がり、巨大な門と巨人の腕を形作った。その土でできた巨人の腕が門を開く。

 中は真っ暗な風の球体。球体はギュルギュルと回転していく。


 やがてそれは引力を伴う暴風となり、神に仇なす魔の血族のみを門の中へと吸い込み始めた。

 異形の堕天使、顔のない巨兵、テラノクス……、皆吸い込まれていく。


 最後、巨人の腕が門を閉じた。それはうっすらと消えて行く。


 静けさが世界に訪れる。

 青い空。生命を象徴する、恵の太陽の光。

 先ほどまでの雷雲が嘘かのように、タナトスに久方ぶりに晴天が訪れた。

 

 雨の後の、晴れた土の匂いが満ちる。


 並の敵ならこれで終わり。

 しかし敵は魔王とその軍勢。これだけではすぐに結界は壊されてしまう。

 封印を強固な物にするために、あたしも行く必要があった。

 封印による時間稼ぎ。勇者と人々が強くなる時間を稼ぐために。


 目の前に現れた小さな門を手で開く。


 どうか、ルミアに幸せを。


 門の中から世界を振り返ると、白昼夢に囚われたように、人々が呆然としていた。


……。


 暗転。


 門の中は、どこまでも荒野が広がっていた。

 ここにあるのは、あたしの魔力を込めあげた土と風だけ。


 地平線には魔王の軍勢がひしめいている。

 

 地を這う要塞制圧魔獣、テラノクス。

 空を覆う異形の堕天使、アザリエル。

 半透明の顔のない人型魔獣、ヴェール。

 軍勢と呼ぶに相応しい数。


 その先頭で宙に浮かぶのは骨の竜、ネクロドラゴン。

 神に背き、加護を失くし、邪神に永遠の命を与えられた、裏切りの竜の成れの果て。


 そしてその竜に乗るのは魔王。

 いやまだ魔王ではない。人の姿をしている。王位継承権のない妾の子。

 確か名はタナトス・ヴァルデン。

 嫉妬に狂った略奪王だった者の成れの果て。


 魔王は嫉妬の混沌より生まれる。


『マタ、オ前カ。毎度毎度邪魔ヲスル。貴様ハ飽キタ。シツコイ奴メ』


 遠くにいるはずなのに、魔王の声はあたしに届いた。


 ここは魔王を封印するための空間。そして最もあたしが強くなる場でもある。

 魔王とその血族を結界へ閉じ込め、ここで何度も戦い、殺されてきた。

 しかし成りたての魔王であれば、例え、あたしが死んでも数年間は捉えることができる。



 土の魔法。

【神域、法具精製】


 この場において神はあたし。

 魔法陣から魔を払う鈍い銀の槍が次々と現れる。


 贋作『邪神殺しの槍グングニル』


 普段数本しか精製できない槍。

 しかし、今、その数は数百に到達する。邪神殺しの槍の弾幕が顕現した。


 精製した槍は意志を持つかのように震えている。

 魔王の血を啜りたいと言わんばかりに。


「開戦でごぜぇーます」


 魔王を指差すと、槍は回転しながら光を放ち、規則性のない動きで飛び立った。

 魔王を守ろうと進路を塞ぐ、テラノクスを粉砕し、アザリエル切り刻み、ヴェールをすり潰す。


「潰れやがれ!」


 叫ぶ。

 さらに追撃。風の刃が魔を襲い、土の棘が地上から刺し貫き、土の巨人の腕が圧殺する。

 魔族の悲鳴と血が上空へ吹き上がった。

 狙うは一点突破、魔王の命。

 

 グングニルが次々と魔族を撃破し、とうとう魔王の目前に迫った。


 だが――魔王が右手を前方に掲げた。

 それだけで戦況は一変する。


 土も風も全てが止まった……。

 魔王を目前にし、邪神殺しのグングニルすら制止する。

 槍は向きを変え、あたしに矛先を向けた。


 その数は数十にも及ぶ。

 銀の槍は、輝きを失い黒くなっていく。


『逃ゲレルカ?』


 その槍は黒い雷撃となって発射された。

 

 竜の姿となり、宙を飛ぶ。

 迫りくる槍から逃れるように、力の限り逃げる。

 地面すれすれを滑空した。


「くっ!」

【土壁】


 土が起伏し硬化し、槍を防ぐ。

 残り20本。


 土でできた渓谷の隙間に逃げる。上に下に、左に右に、あえて壁間近を滑空し、土の壁を隆起させ、槍の勢いを壊していく。

 

 残り3本。眼前の土壁の行き止まりを直角に、空に向かい上昇する。

 槍が硬化した土壁と衝突する音が響いた。

 

『オ前デハ、勝テナイ。ナゼ学習シナイ』


 目の前に魔王がいた。既に人の姿ではなかった。人の形をした、真っ暗な人型。

 手には剣。その一振りで羽を一刀両断される。

 鋭い痛み。けど。


 学習しないのはお前の方でごぜぇーます。


 ここに魔王を取り込んだ時点で、人類の勝利の布石が打たれたはずだから。


『ツマラナイ、ヤツメ。最初カラ死ンダ顔ヲ、シテイル』


 純粋な力で殴られた。

 なす術もなく地面に落とされる。

 

 熱い。腹部に熱を感じた。


「ごふっ」


 腹から触手が伸びていた。

 地上で待っていたのは、テラノクスの腕。

 口から血が出る。腹を貫かれている。

 アザリエル、ヴェール。次々に彼らの攻撃が降り注ぐ。


 ダメでごぜぇーますか。

 今世も勝てなかった。


 血が地面に染み込んでいく。

 

 目を閉じる。それでもまだやれることがあった。

 いや、使命とも言うべき、やらなければならないことがある。


(大地よ。我が命を糧とし、獄壁を築け)


 大地の鼓動。地面がうねる音が聞こえる。

 大地の牢壁。

 魔王の顔が歪む。忌まわしいと言わんばかりに。


『死ニゾコナイガ』


 いつも通りの、短い短い、今世の最後の記憶となる。

 目を閉じた。次の死へ至る短い生の時間まで、永眠の時を過ごす。


……。


 目を覚ました。

 蘇ったことを自覚する。

 それは数百年の経過を意味していた。


「また始まる……」


 死へ至る短い生が。


 勇者と魔王誕生の気配を感じる。

 使命に急かされるように、洞窟を飛び立った。


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