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第62話 竜王の使命①

【リッタ視点】


 夢を見た。

 毛布の中で身体を丸めて、目を閉じたまま、手を握ったり緩めたりする。

 ゆっくりゆっくり繰り返す。

 大丈夫。ただの夢。記憶。


 朝も早くから、エルが料理をする気配を感じる。


 トントントンという規則正しいやさしい音、ぐつぐつと煮え立つあたたかい音。

 窓から差す朝日。部屋を満たす、やさしい匂い。

 いつもその音と匂いを感じながら、毛布にくるまり、今か今かとごはんの時を待つ。目を開けて見ていたいけど、料理を作る姿が大好き過ぎて、歯止めなく甘えてしまいそうだから。今も目一杯甘えているけど。


 今世のあたしは、今までで一番長く生きている。魔王との戦いを何千年と繰り返しているけど、全ての生を積み重ねても、記憶なんて二十年ほど。

 いつもその世代の魔王に真っ先に殺される。


 だから日常のしあわせが、あたしにとっては尊い。

 そしてこれから続く、初めての長い生の時間が怖くもある。

 多くの別れを……大切な人との別れを想像すると、不安で怯えてしまうから。


 馴染みの朝ごはんの香り。

 エルがいて、安心する。今日も生きてくれた。

 人の寿命は短いから、いつも不安だ。朝起きたら冷たくなっているかもしれない。

 それがすごく怖い。

 だから朝、目を開けるのは必ずエルの後と決めていた。

 もしエルが起きなかったら……その時あたしはどうするのだろう。

 いや、もう答えは決めている。


 ずっと一緒にいて欲しい。

 なぜ人には寿命があるのだろうか。この世はいつだって理不尽だ。

 美しい世界を作っておきながら、やさしい人を創造しておきながら、必ず終わりがある。誰にでも、どんなモノにも訪れる不変の事実。残酷な理だ。この世界を創り上げた者がいるのなら、酷く勝手な奴だろう。


 シャルがいて、メイドがいて、アリシアがいて。他にも知り合いがどんどん増えていく。最近はいつも笑顔で溢れているように思う。


 エルは本当にすごい子だ。あたしの全てを変えてくれた。

 初めての、当たり前という幸せをくれて感謝。

 朝を太陽とともに迎えられることも、花を愛でることも、散歩することも、空気を感じることも……全てに感謝している。

 誰よりも、何よりも、この気持ちは負けないだろう。


「リッタ。ご飯できたぞ」


 今日も一日、しあわせが始まる。


……。


 街角勇者亭の開店前にミスティと、エルのご飯を食べていた。

 ここ最近のいつもの風景。

 ふと、魔力をまとった青い鳥が上空を旋回していることに気づく。

 めずらしい客人だ。いや客ではないな。そしてただの知り合いというには運命が重なりすぎている。腐れ縁。縁という言葉は使いたくない。

 迷惑な隣人だ。そうしよう。


「エル。ちょっと用事ができたでごぜぇーます。勝手に死ぬんじゃねぇーですよ。許さねぇーです」

「料理作ってて死んだら驚きだ」


 いつもの声音で返事が帰ってきた。どんな時も自然体。それがエルの特徴だ。

 出会ったころは人間味が希薄であったように思う。当初のことは興味がなくてあまり覚えていない。どうせあたしは死ぬって思っていたから、覚える必要がなかったのだ。

 それが後悔の一つ。

 エルの言葉を一言一句、表情も全て覚えておきたかった。


「愛っ★ これは愛っ★ あぁっ★」

「これが愛なの? 竜の常識はよくわからん」


 ミスティが身体をくねらせている。そんな彼女に顔を引きつらせながらもエルは律儀に相手をしていた。エルは珍しく、ミスティを苦手そうにしている。二人の関係も不思議だ。あたしには詳しくわからないが。

 聞こうとすると胸の奥が変な感じがするから、興味がないと思い込む。

 世の中には知らない方が良いことも多い。

 きっとあたしのこの胸のざわめきも知らない方が、好い類いのものだから。


「愛じゃねぇーです」

「どっちだ」


 とエルは笑い、手をひらひらと振った。


 まとわりつくように絡んでくるミスティを押しのけながら、青い鳥を追って歩く。


 青い鳥が上空から路地裏に向かって滑空した。あたし達も路地裏に入る。そこには白い髪の、凛とした女性がいた。頭上には天使の輪が浮かんでいる。神の使い、天使のラフィナ。一年に一度くらい、こうして顔を見せに来る。何度説明しても同じことを聞いてくるのだ。

 澄ました顔して馬鹿なのかもしれない。


「げっ。ミスティっ……ごほん」


 ラフィナはミスティに気づき顔を歪めたが、すぐに、澄ました顔を作る。ちらちらとミスティを伺っている。ミスティは竜王の中でも変わっているから、神の使いの中でも嫌っている者が多い。

 同じ使徒だというのに。

 こういう時ミスティはかわいそうだ。

 ミスティ本人はニコニコとした表情を崩していない。

 けれどその内面はわからない。喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見える。


「二人そろって、使命をお忘れですか?」


 ミスティは黙ったまま笑みを張り付けていた。赤い唇が印象的だ。

 答えるつもりがないようだった。


「忘れてねぇに決まってます。まぁ使命なんていう大義は抱いてねぇーですがね。今回の世代は心から守りてぇーと思える勇者でいやがりますから」

「何を言っているのですか? 料理馬鹿な男にべったりであなたは遊んでばかりじゃないですか?」


 またこのやり取りか。


「確かにあたしがあたしを認識してから、一番楽しいひと時を過ごしているでごぜぇーます。遊んでいると言われても否定はしねぇーです。けど、ただの料理馬鹿な男ではねぇーですよ。勇者の一人でいやがります」

「……ふざけるのも大概にして欲しいのですが、あなたは何を言って。魔王が現れたら多くの人が犠牲になるのですよ? あなたは竜王、神の使いなのですから、勇者を守って頂かないと」

「魔王は数百年は現れねぇーです。15年前に死ぬのをこの目で見届けたでごぜぇーますから」

「……」


 天使は目をつぶり頷く。


「……このやり取り何度するんでごぜぇーますか?」


 ここ15年で10回以上繰り返している。

 ラフィナは澄ました面を破顔し、わぁ、と足元に縋りついてきた。

 

「…………うぅ。リッタ様ぁ~! 何度説明しても神様……爺の野郎、信じちゃくれないんですよぉ~魔王は絶対いるはずだってぇ~! 何の被害も出ていないなんてあり得ないってっ! 今までの歴史はそうだったって! 老害! 老害が過ぎるよぉ! 爺の馬鹿野郎ぉ!」


 おいおいと、縋りついて泣いている。

 あらあらぁ~とミスティが近づくと、天使は手で制した。


「まってっ! ミスティは近づかないでっ! あなたが邪神側じゃないの未だに信じられない! 信じてない!」


 ミスティが真っ赤な唇を舐め、手を卑猥に動かして近づく。ラフィナは拒否というよりは怯えていた。

 ミスティは怖がる天使の顔をしばらく眺めてから言った。


「じゃあ(あいし)ちゃおうかな★」


 ラフィナは顔を青ざめさせ、あたしの後ろへとドタバタと隠れた。


「あんまり虐めちゃダメでごぜぇーます」


 ラフィナのためというより、これ以上ミスティが嫌われるのは嫌だから。

 ミスティは少し驚いた顔を見せ、その後控えめに笑った。

 純真無垢な少女のような表情に見えた。けれどそれは一瞬で。


「……リッタの愛を感じたから満足★」


 いつもの嫌われ者で変わり者の彼女に戻ってしまう。


「はっ、はっ、はっはっ」


 ラフィナはよっぽど怖かったのか過呼吸気味だ。

 頭を撫でると、怯えた顔を泣き顔に変え、やがて澄まし顔を作って、すくっと立ち上がる。無理して澄ました顔作るのをやめたらいいのに。脚が震えているし。


「魔王が死んだ詳細を教えてください」

「詳しくは知らねぇです。でも死んだことは実感したでごぜぇーます。傍には満身創痍のエルがいやがりました」


「そこを教えてください。魔王はそう簡単には死なない。そしてエル……彼にはそんな力はない。ましてや当時13の子供じゃないですか」

「幼い頃はエルも才能の塊でごぜぇーました。魔力量は少なかったですが、類まれな魔力制御を持っていやがりましたから。潜在能力はデュークには及ばなかったでごぜぇーます。だからあたしも勇者候補はデュークと思って契約したんです。でもエルが見えるという固有魔法の異世界レシピは、料理を作るための平和な魔導書じゃなかった。ありとあらゆるレシピが載っている邪法の教典。当然異世界の禁忌の薬も載っていやがった。創造を司る神の領分に踏み込んだ、異世界の邪法のレシピ」


「そこが信じられないのです。だって彼はそれを料理にしか使っていない。人には欲がある。強い力を持てばそれを振るいたくなるもの」


 『魔王を殺した』という結果しか知らないあたしでは、『魔王を殺す』過程を知りたがる彼女達を納得させられない。

 このやり取りを何度も繰り返していた。

 納得してもらわなくてもどうでもいいので構わないのだが。

 いつものようにあたしの知る事実を淡々と伝える。

 それでこの会合は終わる。


 そのはずだった。

 だが、今日は――。


「知りたいのぉ?」


 絡みつく声。

 異端の竜、ミスティが赤い唇で笑みを形作っている。


「私が詳細、彼の成り立ち、教えましょうかぁ」


 いつものわざと明るく振舞う声ではない。

 呪いの竜にふさわしい、心の奥に刻むようなまとわりつく声。


「ミスティ……ミスティがエルと出会ったのはあたしより後で……」


 そこで思い至る。考えようとしてこなかった事実。

 水と呪いの竜王、不死身のミスティ。

 物心ついたころから異世界レシピと共にあったと、エルは言っていた。その魅力に取りつかれたように、異世界のレシピの歴史に熱中したと。ありとあらゆる異世界のレシピが載っている邪の教典。それにエルは囚われていた。


 ()()()、そうなるように導いたかのように。


 まるで呪いの申し子。

 ミスティとエルの相性は非常に良い。

 魔王を倒したと同時に、彼女が姿を消していた理由も分からなかった。


 不死身のミスティは死んでも、また蘇る。あたしたちのような長い期間ではない。水などの液体さえあれば蘇るのだ。

 決して強くはない。だが、ありとあらゆる手段で最も魔王から世界を守った竜でもある。


 時に守るべき勇者を捨て駒にしてでも。

 時に国一つをおとりに使ってでも。

 そのやり方は勇者を守護する者にふさわくしくない方法だったかもしれない。


 けど、何度も世界を救ってきた。


 同族にも、全ての神の眷属に嫌われても、守るべき人に憎まれても……最後には魔王を殺し世界を救うことを運命づけられた異端の使徒。

 それがミスティ。

 その彼女が15年という時を経て、急に現れ、エルの傍にべったりといる理由。


 ミスティの右の魔眼は裏返り、黒い宝石のような瞳に成った。


「そんなに知りたいのなら、教えてあげます――」


 魔眼ではない。普通の、あたしの見慣れたやさしい黒い瞳。

 エルに似た瞳。

 あたしはその好きな色に見惚れてしまう。


 ミスティはその右眼を愛おしそうに撫でる。


「――私の最愛の、初めての、勇者の物語を」


 これは、(あい)の独白だ。

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