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第61話 シャルロッテのレシピ


 とある『今日のシャル様』会での出来事。

 ここ最近はチョコレートの話題が占めていた。

 どうすればより美味しくなるのか、最適な組み合わせは何か、開発したチョコを試食しながらの議論が主だった。

 しかし、今日は違う。


 ショコラ・アムールに出勤していたネイから議題があがった。

 エルの目撃情報だ。


「リッタさん以外の女性といたよっ!」


 ざわめきが起きる。まさか、女性とは無縁な、あのエルに? という反応。


 そんなことあるの?

 無愛想なのに?

 何かの見間違いでは?


 ユキナはテーブルに肘をつき、両手で指を組み合わせた。


「どういうことか、詳しく説明してもらいましょう」

「エルさん、如何にもデートですっ! って感じでっ。珍しくちょっとビシッとした服でさっ! 隣には街角勇者亭で働いている女の子っ! 前から思ってたんだけど、黒髪だけど聖女アリシア様に似てるよねっ? しかも名前リシアだし……シャイロックの所で手助けしてくれたのはアリシア様って聞いてるし」


 ざわめきが起きた。かしましさが加速する。

 そんな中、ユキナは顎に指を置き、深刻そうな表情していた。

 それに気づいたメイドは一人、また一人と沈黙する。みな緊張に息を飲みこんだ。


「相手は容姿能力希少さ全てにおいて高レベル。最大の好敵手(ライバル)。お子様なシャル様では太刀打ちできそうにありませんね。これは早急に手をうたなければ……」


 メイド達は作戦を話し合う。


……。


 動悸、息切れ、めまい。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


 小刻みに息を吐く。

 俺は正気を保つために、こめかみをぐいぐいと押す。


 どこに目線を置いていいのかわからない。

 視界がぐらぐらする。

 どうしてこんなことになったのか、何もかもがわからない。なぜ俺はここにいる。記憶がない。自分自身の心の動きを制御できない。


 薬。薬を飲みたい。

 リッタを見ると、いつもの眠そうな顔でため息をついた。


「エルの病気が始まったでごぜぇーます」

「ここは楽園か?」

「シャルの屋敷でごぜぇーます」


 俺は膝をつく。

 神々しかったから。

 世界が輝いて見えた。


 なぜかメイドが全員ニーソックスを履いているから。色んな色の、色んな種類の、様々な生地のニーソックスだ。


 ヴァイオレット家から応援に来ている知らないメイドも、シャルと仲の良い馴染みのメイドも、視界に入るメイド全てニーソックス。


「なるほど、理解した。ニーソックスの屋敷か」

「何もわかってねぇーです。シャルの屋敷って言ってるでごぜぇーます。話聞いてほしーです」


「あぁ! ニーソックスよ!」

「みっともねぇーから膝をついて天に祈るのやめやがれです」


「すまん。取り乱した」


 地面に頭を打ちつけて、平静を装った。


 廊下をニーソックスが歩いている。


「あぁ!」

「無限地獄やめるでごぜぇーます」


 廊下をさらにニーソックスが歩いている。


「助けてくれ! リッタ! 壊れちまう! 壊れちまうよぉ! 俺が俺じゃなくなっちまう!」

「いつものエルでごぜぇーます。もう壊れちまいやがってますが、仕方ねぇーです。ほら」


 リッタが少しスカートの裾を上げる。慣れ親しんだニーソックスが現れる。

 俺は飛びついた。

 リッタのニーソックスしか目に入らない。

 これで怖くない。

 ここが俺の実家。


「いつもありがとうリッタ」

「蹴りたくなるでごぜぇーます。メイド達に白い目を向けられていやがります。あたしは何も悪いことしてねぇーのに……」


「やっぱりリッタが一番落ち着く」

「一生結婚できねぇーでごぜぇますよ。そういう気持ち悪いところ治さねぇと」


 俺は目をつぶって立ち上がる。暗闇だ。ニーソックスは何も見えない。

 リッタに手を伸ばした。


「頼む。リッタ」

「仕方ねぇーでごぜぇーます」


 リッタに手を引かれながら屋敷を歩く。

 彼女は途中の階段も何も声をかけずに上がっていった。


「おぃっ。あだっ。ちょ。あ、あ、あ」


 当然、俺は段差に躓き転ぶ。だがリッタは意に返さず、そのまま階段を上がっていく。そしてリッタは怪力だ。俺はすりおろし状態で階段に全身を打ちつけていた。


 なおも我が道を行くリッタは気づかないようで、止まる気配をみせない。俺は廊下を全身全霊でモップの如く綺麗にしながら、ずいぶんと引きずられて、扉を開く音が聞こえて、ようやく止まった。

 目的地に着いたようだ。


「エル。そこは寝るところじゃねぇーです」


 それぐらい知っている。

 寝たくて寝ていたわけではない。怪力で引きずられたからだ。


 俺はすくっと立ち上がる。

 ユキナとシャルがいた。シャルもニーソックスだった。神々しさよりかわいらしさが優る感じだな。

 パタパタと手を動かしている。嬉しくて仕方がないと言った風に。


「何があったかは知らねぇーですが、メイドのニーソックスを辞めさせてやって欲しいでごぜぇーます。幸せも与え過ぎれば地獄なのかもしれねぇーです。今のエルは思考能力がスライムでごぜぇーます」

「メイド達ガ、自主的二履イテイル、ヨ。ニーソックスハ、大発明ダヨ」


「シャル、なんで紙を読んでいるでごぜぇーますか? そんなバレバレな言葉に――」

「ようやく気付いたようだな」


 ニーソックスの偉大さに。

 俺はリッタの世迷い事を遮った。理解者達の存在があまりにも嬉しかったから。


「エルだけが何も気付けてねぇーんですよ……明らかに台本が、籠絡(ろうらく)の香りが――」


 俺はうんうんと頷いた。シャルを見ると、あわあわと慌て、顔を赤くして、しゃがみ込んでニーソックスを隠した。だが見せ方をよく分かっている。しゃがんだ脚の構造とニーソックスの曲線の相性は好い。

 だが隠す必要はないのだがな。


 ……。

 …………っ!

 ……なん、だと。

 もう少しで美しい曲線が見えるとやきもきしていると、あることに気づいた。


「……っ! そういうことかっ!」


 ニーソックスの魅力の一つが健全なチラ見せだ。それをあえて、隠すことでその魅力を語っているというのか。

 言葉以上にシャルのニーソックス愛が伝わった。


「涙を流して喜ぶのはやめて欲しいでごぜぇーます……本当みっともねぇーです」


……。


「というわけでエル様には全面的にヴァイオレット家、ひいてはシャル様に協力して欲しいのです。未来永劫」


 ユキナがニーソックスをチラ見せして言った。目の前には書類がある。

 俺はペンを手に取り、サインをしようとして——。


「あぁ、もちろん――ごふっ」

「エル。またサインしようとしていたでごぜぇーますよ」

「あり、がとう。助かった」


 ユキナが小さく舌打ちする。


「いくらニーソックスの頼みとはいえ、俺にも夢がある。だから申し訳ないが」

「エル君っ! ニーソックスじゃなくてっ、ユキナだよっ! そういうのは失礼だっ!」

「あ、あぁ。すまない、確かに失礼だ」


 シャルが恥ずかしそうにニーソックスをチラ見せして言った。


「ダカラ、オ願イ、私ト一緒ニ、オ菓子ノ道ヲ」

「あ、あぁ。そういうことなら――ごふっ」


 俺の鼻から飛び立った血が紙を濡らす。

 リッタはもはや無表情で俺を殴る人形になっているようだ。

 痛みはないが、いい加減にしないと心と身体が壊れてしまう。

 名残惜しいが俺は目を瞑る。


「ユキナっ! 流石にエル君かわいそうっ! 泣いてるよ!」

「それもそうですね。皆さんにニーソックス脱ぐように伝えてください」


「エル君っ! もう大丈夫だよっ!」


 目を開けると満面の笑みでニーソックスを片手に持っている天使がいた。

 なんだ、ただの天使か。

 履くだけがニーソックスの魅力ではないようだ。

 脱ぐこともまた魅力。

 俺はまた一つ賢くなった。

 

……。


 今日は飯を作るために呼ばれているのかと思っていたのだが、俺とリッタも彼女たちと共に食卓に着いていた。

 次々に料理が運ばれてくる。

 ユキネが作ったものだろう。どれも手間がかけられているものばかりで美味しい。


 ヴァイオレット家の奥様、ロザリエッタとシャルは粛々と食べながらも、時折仲良く感想を伝え合っている。

 そこにはもう、わだかまりはないようだ。


「お二人には娘が大変お世話になったようですね。最大限の感謝を」


 ロザリエッタが言う。


「大したことはしてません。全てシャルの頑張りです。一番の理解者はあなただとは思いますが。それにこちらの方が無名の頃からお世話になっていますから」


 そうですか、と彼女は目を細めて俺を見る。なかなかに雰囲気があった。大物貴族感というか。

 続いて、これからのヴァイオレット家の計画についての話があった。

 

 大規模カカオ農園。土地はハインリッヒのものを使っていくとのこと。

 カカオ栽培、加工、チョコレートの魔工具工場だけでなく、そこで働く従業員の住まう土地も整備していくらしい。


 利益の独占ではなく、還元。

 買い叩くのではなく、支える。


 確かな利益を打ち出し、従業員に還元していくことで、やる気と生産性を上げていく。そして打倒シャイロックを完遂する。それがヴァイオレットとハインリッヒが話し合った戦略だそうだ。

 それはチョコレートという確かな商品があって、初めて成り立つ戦い方。


 そして、自らの利益のために全てから搾取していく、シャイロックとは逆を行く作戦だ。

 主義の逆を行き、敵の全てを否定し、勝ち切りたいとのことだった。


 完膚なきまでの勝利を大切なシャルに。


 ロザリエッタの本気を感じてしまう。


「ところでヴァイオレット家の専属料理人は断ったようですが、何か不満があるのですか? シャルの魅力に不足があるのなら教えて欲しいものです」

 

 その勢いのまま、俺に矛先が向く。


「シャル……シャル、様は魅力があります。情熱に尊敬の念を抱く。だからこそ俺は必要ないとも思う」

「そ、そんなことないよっ! い、一緒にいたいっ!」


 きっとシャルやヴァイオレット家と共に、お菓子の覇道や魔工具による世界の革命を起こすことはわくわくするものになるだろう。


 だが、俺にも夢がある。

 譲れない夢だ。

 これは俺の長年抱き続けた夢。

 そのために長い間旅をし、異世界レシピの項目を埋めてきたのだから。


 そしてシャル自身がチョコの歴史を歩む道程を目にして、改めて思った。

 俺の料理以外はいらないと言っていたリッタが笑顔で食べていた様子を思い浮かべる。


 俺は俺の道を進みたいと、思ったのだ。

 だから誠心誠意の言葉を伝える。


「俺はシャルが作り上げていくレシピが見たい。レシピは料理への情熱の歴史だ。シャルのチョコレートへの愛は本物。俺が介在する必要がないくらいに」


 俺は物心ついた頃からレシピを読み解くのが好きだった。

 異世界人たちの、情熱の詰まった歴史に夢中になった。


 人と会話するのを忘れるくらいに。

 人という存在に興味を持てなくなるくらいに。


「俺はシャルが創り上げる情熱が見たい」


 シャルロッテのチョコレートは、もう異世界レシピではない。

 これからはシャルのレシピになっていく。


「そうですか、エルさんの想いはよく分かりました」


 ロザリエッタが長いスカートを摘み、ニーソックス見せて言った。


「でもそれは、専属料理人をしながらでも見れるでしょう」

「あ、あぁ、まちがいな――ごふっ」


「いい話が台無しでごぜぇーます」


 俺は翌日、顔をパンパンにした状態で街角勇者亭を営業した。

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