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第113話 君のためのレシピ①


 珊瑚に囲まれた常夏の島、大都市『アイビス』。

 聖女の恩恵を受け区画整備された大規模農業による田畑の美しさを有するのがアクアテラである一方、アイビスは常夏の恩恵を受けた、力強い色彩豊かな草木、青緑と深い青が混在する海に囲まれた島の、ありのままの自然の美しさを有していた。


 アイビスも大都市である以上、聖女が存在する。だが、アクアテラや王都アルカディアほどの結界は構築されていなかった。新米から中堅の数多くの聖女達が、この地を守っているから。


 聖女には階級が存在する。

 単独で都市を守るだけの結界を構築できる、大聖女フィーフィーが特S級、聖女アリシアはいずれ特S級認定されるであろうS級。そしてアイビスを守る聖女達は、見習い期間を終えたB級。

 

 海に囲まれたこのアイビスでは、船に聖女が乗り込み、中規模の結界を構築することで、航海経路を確保していた。


「エルっ! 何か変な生き物が、とことこ歩いては隠れるでごぜぇーます!」


 白い砂浜に青緑の波が押し寄せ、光を反射しては海に帰っていく。波打ち際で走るヤドカリの後を、不思議そうにリッタとミスティが追っていた。

 冬間近の秋とは言っても、常夏の島。

 二人とも都市で購入した水着を着用し、頭には日除け対策の麦わら帽子を被っている。

 

 ヤドカリを手にして戻ってきた。


「エルちゃん、これ食べたら美味しいのかしら★」

「まずくはないが、今狩ったばかりのこいつの方がうまいな」

「そうでごぜぇーますか……」


 再び波の際をゆっくりと歩いて遊ぶ二人を、グランド・オクトパスを解体しながら眺めていた。吸盤がついた8本腕のモンスター。


 本来グランド・オクトパスはA級のモンスターだ。聖女の恩恵のない船が、昔から何隻も犠牲になっているから。

 鉄板で焼いていたオクトパスのバター焼きの良い匂いが漂ってきた。


「焼けたからこっち戻って来てくれっ!」

「美味そうな匂いでごぜぇーます!」

「バターはニコライ産だ。最高にうまいぞ」


 串に刺したオクトパスをはふはふと、二人は一生懸命に食べ始めた。

 二人とも食べるときは非常に静かになる。

 そしてころころと表情が変わるのだった。


「噛んだ触感も最高でごぜぇーますし、噛んだ瞬間に旨味が口の中を襲ってきやがります。エル。何でこの島の人達は、こんなうめぇもん食わねぇんですかね?」

「勿体ないわよねぇ★ アクアテラなら行列できると思うのだけど」

「長いこと恐怖の対象だったから……かな」


 オルヴィの地元の醤油を鉄板に垂らすと、さらに食欲が増す匂いが溢れた。


「醤油バターだ」

「悪魔の組み合わせでごぜぇーます……」

「し・あ・わ・せ★」


 グランド・オクトパスは、この地で悪魔の手先とされ、神話が生まれるほどに恐れられていた。

 そして今は更にその状況が悪化している。誰も砂浜に人がいないくらいに。

 砂浜だけではない、漁に出る船も見当たらなかった。


 本来なら、地元の漁師たちが小舟で海に出て、獲れたての魚介を砂浜の鉄板で豪快に焼き、地酒をあおる陽気な人々で溢れる日常が広がっていたはず。

 しかし、今は無人。常夏のうつくしい海だけが広がっているだけだった。


 グランド・オクトパスの異常個体、小さな島ほどの大きさの『島喰らいの八ツ爪鬼』と呼ばれる主が現れて以来、この状況が続いているらしい。


 AAA級指定、王都に応援を要請しているが、立地の悪さから、なかなか来ないと現地民は嘆いていた。


 島に守られた都市だ。戦禍に巻き込まれることは少ないが、救援も難しい。


 俺たちは今、件のオクトパス狩りを狙っていた。

 そのついでに、A級のグランド・オクトパスを乱獲しているという状況だ。

 主に二人が。

 俺は解体係、二人が狩ったやつらを解体、冷凍しマジックパックに保管していた。


「皆さんっ⁉︎ 一体何を食べて⁉︎」


 地元民のワグナーが目を丸くしている。

 ここまで案内してくれたギルドの職員だ。心配で見に来たのだろう。

 オクトパスを食べる俺達を見てドン引きしているのかもしれない。


「リッタさん、ミスティさん、それは食べ物じゃ――」

「食ってからドン引きしやがれっ! おらぁっ!」


 リッタが無理やり突っ込んだ。

 ワグナーは日焼けしたデュークにそっくりだからか、リッタが容赦ない。この地で初めて会ってからずっとこの態度だ。初手「おいデューク日焼けしてるじゃねぇーですか? 色気づいたか?」だった。普通の人間ならこんな離れた地で幼馴染に再会するなんて一瞬疑っても、すぐに別人だと思うだろう。目の色とか髪色も違うし。ちなみにリッタには誤解と認識させたはずなのだが、態度は変わらなかった。いや、俺も説明したよ、何度も何度も。デュークじゃないし、失礼だしさ。そもそも仮にも自分の契約した勇者に似た人なのに。リッタなら魔力の質で分かるはず。


 仕方がないから最終手段、リッタに何度か彼はワグナーであると復唱させた。

 だが、

「……デュークじゃない。ワグナーでごぜぇーます。分かってるでごぜぇーます」

 と、その時のリッタはめちゃくちゃ不満そうだった。

 竜の人間を認識する尺度と感性に、俺は恐れ慄いていた。

 そして今の関係に至っている。

 申し訳ない、ワグナー。君は限りなくデュークだ。


「その姿形で食う前に判断するなんざ、許されねぇーでごせぇますよ!」

「うぐぅっ」


 ワグナーはオクトパスを口に突っ込まれてこちらを見ている。

 助けを求めているようにも思えるし、誘い受けのようにも見える。

 デュークもよく、初見の飯に対してこういう態度をとるから。こんなの美味いはずがない、こんなの食えるわけがない、エルは頭がおかしいだとか、何とかかんとか。

 そんな彼だが、食った後は必ずうまいと言うのだ。

 態度が急変する様を何度も見てきている。

 だから飯に対して誘い受けをしている時は、いつもリッタがその丸い背中を押すのだ。

 不幸にも、今日もリッタはその癖が出ているのかもしれない。

 悪気はないのだ。許してやって欲しい。


 彼らのやりとりを見ていると、俺も混乱してきた。

 今のワグナーは涙目なのだろうか。それとも嬉し涙なのだろうか。

 止めようかと思ったが、案外嫌がってないようにも思えるので判断が難しい。

 俺もデューク補正のあるワグナーの心の内を読み取るのは難しいのかもしれない。


 吐き出すのも申し訳ないと思ったのだろうか、少し迷って、意を決して噛み始めた。

 そして目を見開いた。


「うまいっ⁉」

「こっちのバター醤油もどうぞ★」

「何これ⁉︎ 酒が欲しくなる⁉︎」


「ほらっ、でごぜぇーます!」

 リッタが俺を見上げる。何が『ほらっ』なのか、理解したくなかった。うまいだろ? って意味なのか。デュークでごぜぇーます! の意味なのかは判断がつかない。前者なら本人に言うだろうし、後者なら取り返しがつかないレベルまで誤解が深まっている。もはやリッタの中でデュークの定義は、腹が出た男でオクトパスを美味しいというかになっているのかもしれない。


「彼はワグナーだ」

「……」

 リッタは口をとがらせて砂浜を蹴った。とんでもなく不満そうだった。

 分かってくれねぇです……そう言わんばかりの態度だ。


 ワグナーは食わず嫌いなだけだったようで、バクバクと食べ始めていた。

 だが。


「あわ、あわわ」


 ワグナーが腰抜かして、震える指で俺たちの背後を指していた。

 振り返ると、浜辺に降り注いでいた日光全てを遮るかのような、大きな大きなオクトパスがいた。

「し、ししし、『島喰らいの八ツ爪鬼』っ!」

 その名に恥じぬ大きさだ。


 叫び声が響いた。

 いや、『島喰らいの八ツ爪鬼』の終わりの断末魔だが。


「ぐぎゃああああっ」


 無理もない。

 それもそのはずで、空から降り注ぐ槍で、8本の腕が縫い止められたから。

 無詠唱。武器創造。リッタの神代の魔法。


 全ての腕を地中に縫い留められたオクトパスの周囲を小竜が旋回している。リッタが偵察として放っていた、風の眷属だ。彼らは風の刃を打ち込み打ち込み、それはやがて暴力の渦となってオクトパスに降り注いだ。


 本来、大型船を海の藻屑に変えていたであろう、その腕が次々と輪切りになっていく。


「解体作業も楽でごぜぇーますね」


 あっという間に倒してしまった。

 これでも原型を留めるために努力したと言わんばかりに、手に持っていた串焼きを、輪切りになった島喰らいの八ツ爪鬼に向ける。

 いたずらな笑みを浮かべて俺を見上げた。その頭を撫でると勘違いしたのか、その串焼きを俺の口元に寄せてくれる。

 食べると、炭焼きの匂いが染みついた、しょうゆバターの旨味が口に溢れていった。


 ミスティに至っては、そもそもモンスターを見てもいない。オクトパスの串焼きを食べて楽しんでいるだけだった。


「エルっ! 出番でごぜぇーますっ! 解体と料理の続きじゃねぇーですか!」

「流石に手伝ってもらうよ二人とも。一生終わらん」

「えっ⁉︎★」

「食べてるだけでいいと思ってたのか? ミスティ」

「ねぇ、エルちゃん? これ、食べますかぁ?★ どう? ねぇ、おいしい?★」

 そう言って、背後から、しなだれかかってきた。甘い香りが満ちる。耳元で囁く声が心地よい。柔らかい胸も当たっている。

「優しくしても、甘えても、色っぽくしてもダメです」

「ニーソ履きましょうかぁ?★」

「……」

「今日は、特別★ 水着のまま」

「ミスティ! 惑わすのはやめるでごぜぇーます! 水着にニーソとか狂うに決まってるじゃねぇーですか!」


 ミスティの言葉と美脚に翻弄されていると、小竜が近づいてきた。

 その頭をリッタが撫でる。


「他にこれ以上の大きさの個体の気配は無さそぉーでごぜぇーます。こいつが主で間違いねぇです。でも――」

「もっと食べたいわねぇ★」

「乱獲でごぜぇーますっ!」


 結局解体が面倒なのか、余程味が気に入ったのか、その両方であろうか、二人はさらに乱獲に向かうのだった。

 放心状態で腰を抜かしているワグナーに手を差し伸べる。

「AAA級モンスター討伐完了。今日は宴だな」


……。


 満天の星空に、大きな焚火が舞い上がっていた。

 大通りには、原色に近い鮮やかな南国の花々や、見たこともない形のフルーツが並んでいた。陽気な人々が、楽器の音に合わせて踊り、笑い声を絶えず響かせている。


 普段から陽気な民達だ。

 AAA級の討伐に、都市はお祭り騒ぎだった。


 おっかなびっくりオクトパス料理を食べる地元民。彼らの驚きの表情の後には笑顔が満開に咲き誇っていた。


 少しでも腕に覚えのある料理人の皆には協力してもらった。

 大量のオクトパスの解体。

 レシピを共有し、美味いオクトパス料理を提供する。


 アクアテラからマジックパックで持ち込んだ米を使った料理、パエリア、タコ飯。

 小麦を使った粉物料理、たこ焼き……。

 から揚げ、煮物、アヒージョ、カルパッチョにサラダ。

 もちろんただ焼くだけで美味しい。

 どんな調味料にも合う、魅力の食材だった。

 

「こんなに美味かったなんて」 

「噛むたびに旨みが溢れる」

「どんな調味料にも合うなっ!」


 皆の喜び方は、こちらが思わず笑ってしまうほどだった。もしかしたら、怖がってた人々が命を賭して狩りにいくこともあるかもしれない。


 食にはそれだけの価値がある。もちろん、オクトパスを狩る対策は十分に必要になるが、狩るメリットは大きい。

 オクトパスが減ることによる、漁獲量の増加、海上の安全の確保、食べて美味い、輸出してもいい。何より魚介の旨味の恩恵により料理の幅が広がるだろう。


……。


 解体と料理がひと段落し、3人で祭りの露店を見て回った。

 リッタは昔は食にしか興味を示さなかった。だが今は様々なことに興味が向いているようだった。

 雑貨を見ては楽しそうにしている。


 リッタが小物入れを手に取った。

「この色はシャルに似合いそうでごぜぇーますね」


 青い髪飾りを指さした。

「きっとこれはアリシアの白い髪に似合うじゃねぇーですか」

 

 そう言って、いくつかを購入し、マジックパックに大切に保管していた。

 そのリッタの行動に俺はうれしくなってしまう。


 俺も一つ、花のブローチを買う。

 途中リッタが一番目を奪われていたように思ったから。

 ピンクの髪に似合う、鮮やかな翡翠色の花を模したブローチ。

 リッタの被っている帽子につけた。


「……ありがと」


 それだけつぶやいて、リッタは、とことこと歩くペースを上げていく。

 噂になっていたのだろうか。歩くたびに道行く人々につかまり、感謝の言葉を伝えられているのだった。


……。


「おなかいっぱいでごぜぇーます。ちょっとねみぃです」


 宴から少し離れたベンチで三人で座っていた。波の音が遠くから聞こえてくる。

 リッタが俺の膝を枕代わりに頭を預けて、目を閉じていた。

 やわらかい髪を撫でていく。

 信頼する猫のようにされるがままになっていた。

 陽気な音楽を揺りかごに、すぅすぅと小さな寝息が混じりはじめる。

 遠くで歌と太鼓の音が響いていた。

 地元民の宴は終わる気配を見せなかった。


「皆、しあわせそうね、愛を感じるわ」


 いつもと声音が違う。

 そのミスティの横顔は慈愛の女神を絵に描いたようだった。

 リッタとミスティがモンスターを討伐したことで、訪れた幸せだ。


「君たちのおかげだ」

「……ねぇ」

 ミスティの白い指先が俺の頬に触れる。

 赤い唇が耳元で囁いた。

「次はどこに行くの? エルちゃん」


 心を見透かすように触れていく。分かり切っている真意を確かめるように。


 俺は君たちが守り続けるこの世界が、うつくしいのだと、君たちの記憶に残るのならどこでもいいんだ。


「そうだな。西へ行こう。不毛の大地でとびっきり変わった食材を探しに行こう」

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