第109話 ハニートラップ①
『今日のシャル様会』は大所帯だった。
ユキナやメイド達といった常連に加え、シャル本人、セシリア達、リッタやミスティ。それだけではない。聖女アリシア、アリシアのお付き。
ただの大所帯ではない。権威もある。名誉もある。伝説も持つ。
国を代表する最強の精鋭集団と化していた。
テーブルに並ぶお菓子の数々。
日々改良と改善を続けている看板チョコ、流行り始めているチョコ菓子、試作段階のモノすらある。
チョコ工房で作られたものだけではない。
ハインリッヒとヴァイオレットが共同で開発を続けているクッキーやパンもあった。
菓子の企画と発信方法の議論。
どの層をどのように楽しませるか、お菓子イベントの検討。
今や『今日のシャル様会』は、本気で世界をお菓子で埋め尽くそうとする、アクアテラ貴族二大巨頭の戦略会議になっていた。
当然最初はそれを話題に和やかに、けれど熱量高く始まった会合である。
ところが。
本日のメイン議題。
『街角勇者亭の新しく働き始めた女性従業員とエルの関係について』
ユキナがこの話題を投げた後、一気に別種のかしましさが埋め尽くした。
情報交換は白熱した。
事実に憶測、推測に被害妄想。
虚構と実際の違いは、もはや彼女達の前に意味を成さなかった。
まぁつまり、エルは言われたい放題である。
皆真剣だった。
泣きはらした目をした者、軽蔑した目、呆れた目、面白がる者もいた。
ただ、国の一つでも滅ぼせるのではないかというくらい負の感情が漂いはじめていたのは事実。
いや、実際、この面子の気分次第で滅ぼせるだろう。
アリシアが昨日の街角勇者亭の様子を涙ながらに訴える。
「昨日もミネルバさんっ、エルさんと二人だけで話したいって胸押し当てながら密談してたんですっ、え、なんでそんな耳元で話すの、聞こえないよ、なんで私に聞こえないように話すの、え、そんな近づく必要あるってくらい近くて、胸元も開いててっエルさんがたじたじになっててっ私の前でそんな顔、見せたことないのにっ」
「まぁ、あんま怒んねぇーでくれやがれです。エルもやっと訪れた春かもしれねぇんでごぜぇーますから。ミネルバも働き方を見てる限りは本気で料理に取り組んでやがりますし」
「リッタさんっ⁉ あんなおっぱい丸出し女が料理の店員志望なわけないじゃないですかっ⁉ エルさん騙されてますよ⁉ だいたいエルさんがエルさん好みの年上美人にモテるわけありません!」
「エルは乳に騙されねぇーです。乳は関係ねぇーと断言するでごぜぇーますよ。脚しか見てねぇです」
「うぅっ。やっぱりおっぱいなの? 男の人はみんな好きって本に書いてあったし。そんなの、ずるいよ……」
「全然聞いてねぇーですね。アリシア暴走妄想モードに入ったでごぜぇーます」
「けどエルちゃん、ああ見えて変わり者には好かれるわよ★ 呪いを軽々と超えるくらいの変わり者に★」
「一度も見たことないもんっ!」
アリシアがミスティに縋りついた。
「あぁっ! いぃっ★ アリシアちゃん本当逸材っ★」
悲しいかな。アリシアの存在自体がミスティの言葉を証明しているようだった。確かに変わり者には好かれている。
リッタが不満そうにミスティに声をかける。
「何でアリシアはあたしの言葉が耳に入らねぇーんですか? エルが脚フェチの糞変態野郎って認識できねぇー謎頭してんの何でなんですかね」
「え? リッタさん何か言ってました?」
「何もねぇーです。こえーからその目やめてくれねぇーです? こえー時のミスティに似てるのでごぜぇーますよ」
アリシアはリシアとして参加していなかった。白銀の髪の、聖女アリシアとして参加していた。村娘の恰好が浮いてしまっているが。
そして普段と違い、その瞳に輝きはないからなおさら違和感だ。
目の端に涙が浮かび潤んでいるのに、目が輝いていないという恐怖に、アリシアのお付きは震えあがっている。
「アリシア様、アリシア様」
ユキナがメモを片手に声をかけた。
「エル様は年上美人が好きなのですか?」
「うっ……そうなんです。昔から怪しいなって思ってたんです。孤児院にいた時はリッタさん。今は道往く美人を目で追ってることに気付いちゃったんです。きっと色気です、色気が必要なんです、私を見る目と違うんです」
「靴下が気に入ったんじゃねぇーですかね」
会合で話が上がるエルの好みを聞いたユキナが、物思いにふける。知的な顔立ちに似合っていた。思案している肝心の話題の内容は置いといて。
ふと顔をあげる。
「なるほど。事実から総合的に判断します。エル様の理想はおっぱい大きくて色気があり露出多めの年上美人で長い靴下を履いた美脚の持ち主……と」
「化け物じゃねぇーですか」
アリシアが震えた。
「私、また気付きました。ここに、います」
そう言って、アリシアはミスティを指さす。
全員の視線が彼女に向かい、確かにと納得の声がいくつかあがる。
言動こそおかしいが、全て合致していたから。
「あらぁー?★」
「やっぱり化け物じゃねぇーですか」
「あらあらぁー」
そう言ってリッタとミスティの取っ組み合いが始まった。
シャルは小首を傾げてホワイトチョコレートを食べて、皆の様子見ていた。
ユキナが椅子に座るシャルの目線に合わせて、しゃがんで腕をやさしく揺らす。
「シャル様。今はお菓子を食べている場合では……」
「?」
「このままじゃ。どこの誰とも知らない人にエル様が取られちゃいますよ」
「エル君がその人を選ぶなら応援するよっ!」
「シャル様……でも、それではシャル様の気持ちが」
メイド一同に加え、セシリア達も肩を落とした。
シャルのエルへの気持ちはお菓子に匹敵するくらい……男女の情愛と気付いていたから。シャル本人は気づいていないのかも、という感想が彼女達に浮かんだ。もしこのまま気付かないまま、すべてが進めば、やがてシャルが後悔するかもしれない。
シャルが小首を傾げる。
「例えエル君がミネルバ?さんを選んでも、わたしも変わらず想いを伝え続けるだけだよっ!」
「「「?」」」
皆の反応がイマイチだった。
シャルは当然皆んなが応援してくれるもんだと思っていたから。
沈黙が訪れる。
ここに至って自分の考えがズレていると気付いたのか、シャルがぎゅんぎゅんバタバタ挙動不審になる。皆でその光景を見守った。常人に理解できない論理を展開することが多いシャルであるが、時間を与えれば皆が理解できる言葉に直すことができると知っていたから。
シャルがパタパタとリッタとミスティの元に近づいた。認識を統一する必要があったから。
こそこそと密談する。
そして満面の笑みを浮かべた。
シャルが胸を張った。
「好きな人を好きでいて何が悪いの?」
「っ」
困惑する周囲の者をよそに、その言葉はセシリアの心にとんでもなく突き刺さった。ホワイトチョコレートに手を伸ばし、口に入れる。全力で応援することを心に誓いながら。
「で、ですがシャル様。このままじゃエル様と」
「エル君が良ければ、エル君が好きな皆んなと結婚すればいいっ!」
静まり返り、そしてざわめきが起こった。
天才と称して震える者もいる。
一夫多妻の提唱。
とうの昔にシャルの倫理観は崩壊していた。
「あたしもシャルに完全に同意でごぜぇーます」
そう言って火に油を注ぎながら、リッタは板チョコを食べて幸せそうな顔をする。
「そうそう★ 常識に囚われてばかりじゃ、人生損するわ★ 混沌の愛もきっと楽しいと思うの★」
「リッタっ! ミスティ!」
好きなものを好きでいることの大切さを、何よりも尊ぶシャルである。
正しいと感じたのなら誰かの迷惑がかからない範囲で、真っ直ぐに進むだけだ。
「わたしはエル君が好き!」
その真っ直ぐな言葉に胸を撃ち抜かれたメイドが複数、涙を流して過去を振り返る者すらいた。きっと今日彼女たちの酒は進むことだろう。
一石を投じる……いや爆弾を投じたシャルは、自分にはもう話すことは何もないとばかりに、周りの反応を他所に、セシリアの隣の席に座りガトーショコラに手をつけ始めた。
フリーズしていたアリシアが動き始める。
「わた、わたわた、私だって――実は、そのえと」
宣言する機会を逃してしまい焦っていた。
皆知っているから慌てているのはアリシア本人だけなのだが。
ミスティが赤い唇を笑みに変える。
「エルちゃんハーレム計画★」
「エルが幸せになる分には、ミスティに協力するでごぜぇーますよ!」
「ハーレム計画!」
手を上に突き上げたシャルの頭を、リッタとミスティが撫でた。
もしかしたら、シャルのこの言動は、日頃のリッタとミスティの教育の賜物かもしれない。
こうして、アリシアとシャルの対ハニートラップ(疑惑)大作戦が始まった。




