第108話 かき氷⑧
久しぶりに薬を飲んだ。バフに次ぐバフ。このままじゃ副作用で死んでしまう。血の気が失せ、吐き気を飲み込み、生きるために薬を飲む、さらにバフの副作用を抑える薬を併用することで、何とかそれなりの戦闘力まで引き上げ、ハリボテの実力を演じた。
到底許すことができない輩を倒して、頑張り屋さんの心を支えたかった。
クロエは道を踏み外していた時もあったかもしれない。けど善いことも悪いことも、誰かの為に必要になる瞬間はある。世の中は単純にできていないから。
だから30歳にして恰好つけた。信頼してもらえるように。
気持ちだけは勇者。
とはいえ身体はおっさん。
終わった後、三日三晩の高熱、ようやく熱が下がったと思ったら、地獄の筋肉痛。
結局まともに動けるようになるまで十日間を要した。
その間、代わる代わる見舞いが来てくれた。
シャルにアリシア、メイド達に、クロエ達。
おっさん仲間も次々にやってきた。
男達は筋肉痛に泣く俺の隣で宴会していたけど。
もちろん恨みはない。
デュークが陰で後腐れないように処置してくれたらしい、ミスティが、愛だなんだと身をくねらせていたから。
だから、目の前でどんちゃん騒ぎされても恨んでいないよ。楽しそうで寂しかっただけ。
酒を飲もうとしたら、部屋の隅に無言で座ってる竜と目が合うんだ。俺を心配しているリッタが捨てられたペットのような瞳で俺をじっと見ていた。
飲めるわけがない。
だから大人しく宴会を眺めていた。
皆思い思い、多分精一杯の、けれど独特な看病をしてくれた。
熱があった時の記憶はあいまいなのだが、めちゃくちゃだったことだけは覚えている。何の言い伝えかは知らないが、頭に草を張り付けられたり、呪符で身体を覆ったり、ホットチョコを飲まされたり、水風呂に突っ込まれたり、添い寝されたり……看病してもらってなんだが、普通がよかったんだ。
そう。
今リッタがしてくれているみたいな。
……とこん。……とこん。……とこん。
包丁で、食材をゆっくりと切る音がする。
「あっ」
ぐつぐつと煮え立つ鍋を慌てて止める音。
「うぅ」
かき混ぜる音。
そして再び包丁のやさしい音。
リズミカルな音ではない。その規則性のない音からは、弾むような楽しさや安心感とは程遠いけれど、それとは全く別種のうれしさ……愛おしさが痛いほどに伝わってくる。
熟練の技だけが、感動に繋がるのではない。拙さもまた愛情を伝えてくれる。
それが料理の魅力だ。
リッタが出来上がった料理を運び並べてくれる。その頬は真っ赤だ。
消化の良い茹でた野菜に、スープ、少し焦げ目のついただし巻き卵、お粥。
最高の匂いに、泣けてくる。
「ありがとうリッタ! 美味そうだっ!」
「……ます」
「ん?」
「……、でごぜぇます」
リッタは俯いてしまった。
耳まで真っ赤になっている。
聞き取れないけど、彼女の想いが伝わってくるから、十分か。
意地悪はやめよう。
可愛い過ぎて、からかいたくなるのも程々に。リッタのやさしさに感謝感謝。
だし巻き卵。
しっかりと出汁をとってくれたのだろう、スープ同様に旨味を強く感じる。
リッタ好みの甘味は抑えて、俺に合わせてくれているのが最高に嬉しかった。
どれも最高だ。
「うめぇ」
リッタを見ると、むすっと怒った顔をしていた。
でもこれは照れている時の表情。なかなか見れないレアな顔。
「うめぇうめぇ」
「……」
「うめぇうめぇうめぇ」
「〜〜〜っ! うめぇわけねぇです!」
「いや本当最高だよ。毎日作ってくれよ」
「嫌でごぜぇーます! 早く身体治して、あたしに毎日毎日うめぇ飯作りやがれです!」
「……ありがとう、リッタ」
そう伝えると、彼女は横を向いた。
料理もそうだが、甲斐甲斐しく世話をしてくれている時は、とんでもなく一生懸命でやさしいのだが、世話が彼女の中でひと段落すると何故かヘソを曲げる。
喜怒哀楽の高低差が凄い。
まぁ理由は一つ。
孤児院育ち、異世界レシピが唯一の友達だった、人の気持ちに今もまだ鈍感な俺でもわかる。
リッタは薬を使ったことに、相当に、お怒りらしい。
心配だけど、約束を破ったことは許せない。
それが喜怒哀楽の目まぐるしさを生んでいた。
そういえば、前に使ったのはこの街に来てアクアテラの祭典で不眠不休の薬を飲んで以来か。
その時も怒っていたな。
身体全体でそっぽを向いている。
あたし怒ってるんでごぜぇーます。
そう無言の圧を感じる。
だが、かわいい姿でもある。
先ほどまで健気に料理を作ってくれていたから余計に。
約束は竜にとって契約。
リッタにとって、体に悪い薬を摂取しないというのは、大事な約束の一つらしい。
口をぎゅっと引き締めている彼女に、シャルの作ったチョコを差し出す。
「ぷいっ」
さらに追いかけるように差し出すと、俺の腕を噛んだ。
目だけでじっと俺を見る。
その潤んだ竜の瞳が訴えていた。
真剣さを。
大切な約束なのだということを。
茶化していい問題ではないのかもしれない。
「ごめんよ。もうしないから。本当にごめん。今回だけだ。大人を信じてもらう必要があったから。今回だけは俺が自分の力でかっこつけたかった。普段みんなを頼ってばかりだから」
もう一度噛まれた。
リッタの瞳から涙が一筋こぼれる。
「約束だ。竜たちに誓う、約束。もう身体に負荷をかける薬は飲まない。今後は、君たちのやさしさを頼ることにするよ」
リッタが、すんと鼻を鳴らして、チョコを食べてくれた。
もぐもぐと口元をだらしなく緩める。
「うめぇですっ」
やさしい竜の笑顔に、俺はいつも救われている。
……。
アクアテラは肥沃な大地であり聖女の恩恵のある類稀な土地だ。
とはいえ、全ての者がその恩恵を受ける訳ではない。
富なる者がいれば貧なる者もいる。
秋の入口、まだ続く残暑の観光地の大通り。父の手を繋ぐ子供が、友達と遊んだ話をしながら歩いている。
平和な光景だ。
噴水前で片手に食材の買い出しの紙袋を抱えて、ぼぅっとそれを見る。
「クロエくらいの年齢だな」
「エルさんっ! クロエですよ」
俺の独り言に、待ち合わせていた相手、クロエがぴょこんと買い物袋を両手で抱えたまま、顔を出す。
顔の青あざはもう消えていて、今は帽子も被っていない。
肩にかかる髪が秋風混じる残暑に揺れる。
クロエと食材の買い出しに来ていた。
市場で食材の選定を彼女に任せている間、噴水前で待っていたのだが、独り言を聞かれたようだ。
「いや、何でもないよ」
かき氷の作り方を忘れてくれ、大人への頼り方を教える、と言った手前、クロエには働いてもらうつもりはなかった。
「……そんな言い方されると、気になります。名前呼ばれて嬉しかったのに」
働かなくてもいいと言っているのだが、言うことを聞いてくれない。朝早く店に顔を出しては、掃除から買い出しまで手伝ってくれる。
事実彼ら孤児は働く必要がない環境が出来つつある。ハインリッヒが王都から助成金を得て、孤児院を建設しているし、仮の住まいをシャイロックに飼われていた子供達に与えていた。もちろん食事や服なども。生きていくための教育も。
俺も彼らに料理を振る舞うために、時折、顔を出していた。
クロエが普通の子供みたいに口を尖らせて拗ねている。
「何で笑うんですかっ!」
「子供だなって思って」
頬を膨らませた。更に子供のようだ。
「また笑った……」
裕福な子供が、親の手を引いてわがままを言っているのが目に入った。
願わくば、クロエもあの子のように。
「クロエ、罰として働いてもらっていたが、もう働かなくてもいいんだ」
「ううん。働きたいのっ。お客さんが笑顔でありがとうって言ってくれる経験初めてで、とても嬉しいの。それに……ううん。働かせてください。お願い」
「……そうか。わかった。まぁクロエ、荷物持ち過ぎだ」
両手で袋を抱える彼女から、いくつかの量を受け取り、片手で持てるくらいにする。
「まだ余裕だけどな……エルさんは父親としてはきっと過保護になりますね」
「クロエは我儘な子供としては0点だな」
彼女は笑った。
「もう十分過ぎるほどに、頼ってるのにな」
「ん?」
「伝わるといいなって! ボクのエルさんへの信頼がっ!」
「伝わってる。父親代わりに俺を頼ってる。そんな気がしてる。そうだったらいいな」
今度は吹き出すように笑った。
意を決したように深呼吸する。
そして。
「ボク、エルさんの迷惑じゃなかったら、もっと働きたい。頑張りたい。憧れたの。料理を作る横顔に……それに」
クロエの笑顔が弾けた。
「いつかエルさんが、孤児の皆んなが、腰抜かすくらい、美味しいかき氷作りたいからっ! 行こ! エルさんっ!」
クロエが空いた手をつないで引っ張ってくる。ぐいっぐいっと。
小さな手だ。
まだ遊びたい盛りだとは思うが。
でも本人が働きたいと言っているのだ。
「ねぇエルさんっ! 今日のまかないっ、かき氷、作ってよ! 直ぐ溶けてしまいそうなほど、とびきりふわふわなかき氷がいい! 夏はもう短いから沢山楽しみたいっ!」
水辺に反射した日の光がクロエの笑顔を照らしている。
こちらもつられて笑顔になってしまうくらいの屈託の無さだ。
なら、このままの関係で。
子供と大人の役割に悩んでも仕方がない。俺にできることは一つしかないしな。
守りたい人へ、俺の全力を捧げるだけだ。
彼女が驚くくらいのかき氷を。
頑張り屋さんのクロエの、ささやかな、しあわせになると願って。




