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第107話 かき氷⑦


 カイは幼い頃、10日に及ぶ高熱で死の淵を彷徨ったことがある。生還して以来、数秒先の未来が見えるようになった。

 当然、喧嘩は負け無し。

 未来視に加え、元々の才能とから、北欧剣術・夢幻流の免許皆伝に到達するまでに時間はかからなかった。

 ところが全ての学びを師事した師匠を、恩知らずにも半殺しにした。

 完膚なきまでに彼を倒せば一門を乗っ取れるかも、そしたら楽に金が入る、それくらいの気持ちだった。だが、師は実力以上に人望があり、それは叶わなかったが。


 暴力。金。女。

 才能を容易に楽しむために使った。

 高いところにある水のように、低いところを求め、楽な方、楽な方へと降っていく。それがカイの天賦の才の使い方だ。


 そんな人生を選んできた。

 人を助けるだとか、人を守るだとか、金にならない正義に、腕前を使おうとは思わなかった。

 理由は簡単だ。

 死にたくないから。楽して楽しいことをしたいから。


「努力なんざ馬鹿がすること」


 人生は楽をしたほうが愉快だ。

 才の無い無能が、実力以上を夢見て高望みするから辛くなる。

 努力する人間を見ては笑った。

 カイは悪の自覚があった。


 イかれた鬼畜男、シタギとつるむのは(てい)の良い隠れ蓑になるから。木を隠すなら森の中。悪を隠すならクズの中。


 そして今、目の前には、クズの中のクズ。落ちぶれかけの金の亡者、シャイロック商会の馬鹿親子がいた。


「幾ら金を積んだと思ってる。この無能共が! 早くエルとかいう奴を連れて来い! 拷問でも何でもしてレシピを聞き出さぬか!」


 落ちぶれた傭兵、闘技場の用心棒、カイやシタギのような半端者、シャイロック商会の荒くれ集団。

 アクアテラの鼻つまみ者が集まる路地裏の隅の酒場に、数十人が集まっていた。

 父の威を借りたドラ息子、ガイウスが銅貨を投げた。


「金が欲しけりゃ働けよ貧乏人がっ! それとも何か、お前らいい大人が雁首(がんくび)揃えておっさんの一人連れ出せないのか⁉︎ 相手は料理しかできない無能だぞ!」


 せめて銀貨を投げろよ。

 カイは思った。


 ここ一、二年の短い期間だ。ヴァイオレットとハインリッヒにあっという間に勢力図を塗り替えられ、シャイロックは金の余裕がなくなってきていた。


 そしてシャイロックには、いつかの剣の師のように人望はない。上手くすれば乗っ取れるかもしれない、隠し財産を奪えるかもしれない、あるいは、方々から恨まれているだろうその首を誰かに差し出せば、一生遊べる金になるかもしれない、そう思い、カイは馬鹿親子に従っていた。


 シャイロック親子とその荒くれ集団が酒場から出て行った後、彼らのけち臭さを皆笑った。


……。


 街を風を切って歩く。

 悪党の特権だ。

 シャイロックが落ちぶれつつあると言ってもまだ貴族だ。特に酒の分野ではまだヴァイオレットと同等。まぁ、それも時間の問題だが。

 シャイロックの息の根のかかった従業員が、媚びるようにカイ達に頭を下げる。


「へへ。カイさん。その、どのような要件で」

「なぁに別に集金に来たわけじゃない」


 安心したように従業員は笑顔になる。


「俺達クズも散歩の一つや二つしたくなるものさ」


 その後は子飼いのガキどもを脅して回る。

 回収した金が懐でじゃらじゃらとなっていた。

 いつもの楽なルートだ。

 ここ最近のシタギはギラついた目をしていた。発情期の犬みたいだと内心呆れる。


「エルとかいう奴、早くやっちまおうぜ」

「まだ待て。一人の時を狙う」


 エルという屋台の店主は有名だった。

 調べればすぐに分かる。

 アクアテラで知らない者は居ないほどに。


 変わった飯を出す。

 困った人を助ける。

 金への執着など微塵も感じさせない。

 変わり者の聖人君主。

 

 人間、化けの皮を剥いだら悪魔なんてザラにいる。意図せずシャイロックの子飼いのガキ共がエルに絡んだ時は興奮した。

 悪魔が見れるかもしれない。


 しかし、ガキどもに金の稼ぎ方を教え始めた時には、こいつは本物だと、流石に感心した。

 同時に確かに金になる知識を持っていると思った。シャイロックの目も間違いないのか。シャイロック以上に金になるかもしれない。料理の腕前は確かだが、強くなさそうだ。エル一人ならの話だが。一目見て敵わないほどの強者が、彼の周りに集まっていた。


 しかし、あまりに規格外の傑物が彼の元に訪れる光景を見て、再評価せざるを得なかった。もしかしたらエルも強いのかもしれない。


 だがシタギとオレなら、とカイは思った。

 シタギは元傭兵だ。色欲に溺れ、守るべき主人を襲って追われる身となったらしい。

 今は酒と薬に溺れ、自分より弱い者しか狙わなくなったため、腕は鈍っているが。

 イカれ具合は脅しに丁度良い。


 エルを襲うタイミングを今か今かと待ち続けていた。


……


 今日も、いつもの酒場で仲間達と半丁博打を楽しみながら、獲物(エル)の動向の情報交換をしていた。

 

「さぁ、張った張った」

「丁」

「ならオレは半だ」

「行きますぜっ。さて丁か半か。神の目は」

「5の半だ。またカイの旦那だぁっ!」


 わっと歓声が響く。


 下卑た音と臭い、慣れ親しんだ薄汚くて誰も信用できないクズの酒場。

 そんな日常に破裂音が響いた。


 音の方を見る。

 ()()()()()()()()()()()()()()


 シャイロック自慢の用心棒の男だ。


 襲撃。


 カイの反射は達人のそれだった。テーブルを飛び越え、壁際に掛けてある長刀を握り構える。


 北欧剣術・夢幻流、居合の型。

 後の先を狙う構え。

 未来視と合わせて、唯一無二となる最強の剣術。


「おいおい」

「こいつは! 飛んで火に入る夏の虫!」

「獲物が自分から来たじゃねぇかぁ!」


 一人の男の登場に、酒場に歓声が響いた。

 シタギが興奮で口の端から涎を垂らしている。暖簾(のれん)を潜って現れたのは、屋台の店主、エル。

 その後に誰か続くと思われたが、不用心にも彼一人だ。


 だが、外の用心棒は一人じゃなかったはずだが……。一人で? まさか。いや、事実一人だ。それに外が静か過ぎる。


「おぅおぅ、おめぇさん、調子乗ってんのも大概にせぇよ!」


 酒場には下っ端含め20人近くがいた。

 それがクズたちの気を大きくしていた。

 一人の男がエルに近づく。

 多勢に無勢。

 男が一人で現れたことで、皆、強気になっていた。

 歯向かわない奴しか、相手にしていないシタギ達である。

 危機感という生きる能力が鈍り切っていた。


 獲物を捕らえる報酬に目が眩んだ、男たちが我先にとエルへと飛びかかって行く。

 エルの実力を見極めるか。

 半ぐれ達には、まぁ犠牲になってもらおう。

 オレが勝つために。

 ケイは目を凝らした。未来視で奴の強さを測るため。


「は?」


 エルの動きが揺らいだ。

 その瞬刻、竜の逆鱗が直線に伸びた。

 大の男が、テーブルと椅子、料理と酒、食器に魔道灯、あらゆる物をなぎ倒しながら、あり得ない速度で吹き飛んだ。

 人が人として、飛んでいい速度を超越している。


 その風圧がケイの耳を掠った。


「ばかな」


 カチカチと耳元で何かがうるさかった。

 歯と歯が鳴り響いているような。

 オレの歯から聞こえるのか?

 自身の身体が震えていることに気付いた。

 武者震いか?


 それは間違いなく恐怖だった。

 だが、見たことがない光景に、カイは生存本能が暴走していることに、理解が及ばなかった。


 未来視は、数手先の未来を視る。

 だが、現実が、何も見えなかったのだ

 左腕から解き放たれた武闘が、()にしか見えなかった。


 エルは無言だった。

 無手だった。

 武術の構えもない。自然体。ただ立っているだけなのに、隙も何もない。

 奴を見るだけで汗が溢れて止まらない。

 視線を外した瞬間にこちらの胴と首が離れていてもおかしくないくらいの、実力差。

 汗が溢れる。緊張感。いや、死を感じている。


「舐めやがってっ!」


 舐めているわけじゃねえ、これ以上刺激するな。

 実力差から来る恐怖を、プライドを傷つけられたと勘違いした半端者が飛びかかろうとした。


 少し腕をふるって見せただけで、人が嘘のように飛び、また一つ壁に穴が開く。

 そこからは乱戦だった。

 いや戦いじゃない。ただの虐殺だ。


 この地獄から脱出しなければならない

 吹き飛び続ける人間をかわす、命懸けのゲームは人生で初めてだった。

 白目になって床で伸びているシタギを踏んづけて転びかける。すぐに身体を起こして手足を出鱈目(でたらめ)に動かして、とにかく外へ出て、走って走って、走った。


 どうしてこうなった。

 蛇を突いて遊んだ記憶はなかった。

 いつも通り、リスクとリターンを考えて、楽な方、楽な方へと楽しく向かっていたはずだった。

 気づけば、竜の鱗を突いていた。

 洒落にならない。

 日常に、聖人君主の顔をした、化け物すら裸足で逃げ出すような人外がいるなんて、思うわけないじゃないか。いつも馬鹿みたいに料理を作って、人助けして、そんな奴が武神だなんて、思うわけがないじゃないか。

 こんな嘘みたいな現実、楽しくもなんともない。


 あの男に強き者が集まっているのは不思議だった。ただの勘違いだ。強き者に、相応しい仲間が集っていただけ。

 

 今すぐにアクアテラから逃げるしかない。


 勝てるか勝てないか悩む次元じゃない。生き残れるかどうかを、手繰り寄せなければならない。


 そこに至ってカイはクズの本能に従ってしまった。

 逃げる前に、とにかく金だけ確保しよう、そう思った。


……。


 クズな思考回路が(ことごと)く裏目に出る。

 カイがシャイロックの屋敷で金目の物を物色していると轟音が響いた。

 しかも一つしかない出口側の部屋で。

 隙間から様子を伺う。


 エルの店でよく見かける強き者の一人、金髪の太った男が、シャイロックの旦那に馬乗りになっていた。


「きしゃまっ! 殴ったにゃっ! わしを誰だと、げぼぉっ!」

「シャイロック様だろ」


 そう言って、右拳のまん丸の鉄槌を振り下ろした。かなり手加減しているようだが、一振りごとに、旦那の顔が変形し、血が飛んでいる。

 貴族と分かっていて殴る奴がいるのか。


「きしゃま、エルのぉ、ぼごぉっ」

「エルは関係ねぇよ」


 関係ないと教えるかのように3発、右左右と拳を振り下ろす。


「関係ねぇよな?」

「わかっだ、わがっだがら、じゃあ、なじぇっ」

「関係ねぇんだけどよぉ、エルはな、アクアテラで頑張らなきゃならねぇから、お前らに直接手を出さないんだ。飲食店は客ありきの商売だ。恨みは買えない。後の先にならざるを得ない弱い立場だ。守らなきゃならねぇ者が多くなったしな」


 そう言って強めに、シャイロックの顔の横を殴った。大理石が陥没している。床が揺れるほどの強さだ。

 顔に当たったら原型もなくなるほどの威力だろう。

 今日は人生でお目にかかれない程の化け物によく会う日だ。

 逃げ場はない。

 カイは脱力して壁際に座った。


「ひぃひいいい」


 シャイロックがしょんべんを漏らしながら鼻水を撒き散らして暴れている。

 上になった男は全く気にしていなかった。


「エルには全てをかけて、叶えなきゃならない夢がある。努力して努力して、ようやく叶えられるような壮大な夢だ。俺はそれを邪魔する奴は絶対に許せねぇのよ。本当は、エルは降りかかる火の粉に構っている暇はないんだ。夢のために走り続けなきゃならねぇからよ。でもな――俺はただの観光客だからな。あいつの夢を邪魔する奴は……」


 まん丸の愛嬌全開の顔を、肉食動物の笑みに変えた。


「ぶん殴りまくるわ」


……


 意識が飛ばない力加減を続けている男の元へ、四人の男女が合流した。


「魔王に出会った村人みたいな態度されたんですけど。何で勇者パーティーなのに悪役みたいな立ち回りしなけりゃいけないのよ、全部デブのせいだから」


 魔法使いの女の声に、太った男が立ち上がった。


「他の奴らは」

「倒して縛りあげてるに決まってんだろ、舐めんなデュークのおっさん」

「俺今舐めてた?」


 問われたヒーラーの女が小首を傾げる。


「まぁまぁ、久しぶりに会えて嬉しいんですよぉー」


 彼らのことは、カイでも知っていた。

 王都アルカディアで有名な勇者パーティー。力の次は名誉と栄誉。もう笑うしかない。


「たじゅげで」


 魔法使いが縋り付くシャイロックの顔を踏んだ。王都から亜音速伝書鳩で取り寄せた、褫爵(ちしゃく)の神託を広げて見せる。

 数々の悪行により、とうとう貴族の爵位を奪われたことを意味していた。


「アルカディアに連なる国では、神イザナウの名の元に奴隷の売買は禁止されている」

「……ゅ」

 

「顔をパンパンにしやがって、なんだその唇、なんか言いたい顔だな、子供を囲い暴力で働かせるのも同じだ」

「……ぃ」


「よっと」


 もう用はないとばかりに、情け容赦なく、太った男が鉄槌を振り下ろした。意識を刈る一撃だ。


「急に呼んじまって悪かったな。エルの周りが最近きな臭くてよ。王様への言伝も助かった」

「まぁたエルのおっさんかよ! いつまでもいつまでも良い年していちゃいちゃしやがって!」

「へへ」

「褒めてねぇよ⁉︎」


「まぁまぁ。久しぶりに会えたんだし、いいじゃないですか」

「だけどよぉ!」


 文句を言いつつも、リーダーの男はどこか嬉しそうだった。太った男が身体を伸ばす。


「ありがとな。飯でも食いにいくか。俺のおごりだ。ラーメンがいい」

「ラーメン一択かよ! せめて選ばせろっ!」


 魔法使いの女が髪を整えながら口を尖らす。


「ところでラーメンって何?」

「分からねえなら丁度いい。ついてこいガキ共」


 ヒーラーが太った男の服の裾を掴む。


「あ、皆! 待って! 探知魔法に引っかかったんだけど、そこの部屋……もう一匹悪党がいるよ!」


 規格外の強さを誇る勇者パーティーがこちらに視線を向けた。

 さて、年貢の納め時、死の覚悟をするとしよう。

 


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