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第105話 かき氷⑤


「皆にはかき氷を作れるようになってもらう。お客さんの前で提供できるくらいには、スムーズになったら本番だ。俺の盗んだ金と同等を稼げたら解放。もしダメなら……分かるな?」


 悪役ぶってみたが効果はなかったようだ。チコが手を挙げた。人懐っこい笑みで。

 朝飯を振る舞ってから警戒が解けたのかもしれない。

 まだ話の内容も分かってない年頃だと思うのだが。


「おじさん、かきごおりって何?」

「食べてみるかい?」

「たべもの? 美味しいの?」

「甘くて冷たいお菓子だ」

「「食べたい!」」


 テオとチコが手を上げた。

 クロエはまだこちらを疑っている様子だ。


「……どうやって作るんですか? ボク達、難しい料理とかしたことない」

「魔力制御は得意か?」

「ボクはできるけど」

「なら大丈夫だ。コツはいるが難しくはない」


 冷蔵ボックスから二つの氷を取り出す。

 糖を加えた水をゆっくりと凍らせて作った氷と、糖とミルクから作った氷。

 

 それらは冷蔵ボックスで寝かせて作ったものだ。極力ゆっくりと固めることが、ふわふわのかき氷に繋がるから。


「糖と水の割合が重要だ。今後クロエ達が最適な具合を見つけるといい。コツはゆっくりと固めること。この感覚も試行錯誤で見つけてくれ」

「普通の氷じゃダメなの?」


 クロエの疑問に嬉しくなる。

 言われたことだけをやるのではない。

 賢い子だ。


「後で食べ比べてみよう」


 軸に刃のついた台に氷をのせる。

 器を台の下部に入れ、氷を台の上から抑えながら軸の刃を風の魔法で回転させていく。

 氷の塊を押し付けながら、風の魔法で刃を回転させ削ることで、無数の粉雪のような残滓となって排出される機構になっていた。


 シャリシャリと氷が削れる音と共に、器の中に氷の欠片が山のように積もっていく。


「わぁ!」

「クロ姉! すごいよ!」


 キメの細かい、雪のようにやわらかな、かき氷の完成。

 その上から牛乳と糖を煮詰めて作ったシロップをかけていく。

 ふんわりとした氷の山が、彩りよく化粧されながら、崩れていった。


「これが君たちに作ってもらうかき氷。その基本形だ」

「食べていいの?」

「あぁ、冷たいから覚悟してくれ」


「甘い!」「美味しい!」

「食べてみてよクロ姉!」


 おっかなびっくり一口分をすくって、クロエは口に入れた。


「おいしい」

 猫のように瞳孔が開く。

「……これっ、おいしいよ」

 どうやらかき氷の甘さは、年相応の反応を引き出すらしい。


「そうか。クロエ、先ほどの普通の氷だとダメなのかという疑問だが、こっちがただの氷で作ったかき氷だ」


 削れた氷のカケラはどこかサイズも不揃いで硬さを感じさせる。

 声をかけるまでもなく、クロエも皆、食べ始めた。

 子供のように無警戒に食べ始める姿に嬉しくなる。


「見た目も違うね」

「でも味はいっしょ」

「シロップが一緒だから当然だよ」

「食感が違う気がする。口の中で、キシキシする。軋みが残っているような」


「バルは良い感性を持っているな」

「あたしも思ったよ!」「オレだって!」


 一人を褒めたのは失敗だったかもしれない。チコとテオがムキになったように手を上げた。心の中の感想を言葉にしようとしているのか、目を白黒させている。


 クロエだけは静かに、ゆっくりとかき氷を食べ比べては目を輝かせていた。

 子供のような一面を見ることができて安心した。


「クロエ。一つ覚えておいてくれ。料理にとって、一手間は愛情だ。少しの工夫が味や触感に大きく影響する。食べてもらいたい相手を思い浮かべて工夫するといい」


 クロエはまっすぐと俺の目を見て頷いた。


 気に入ってくれたようで、それからの彼らは熱心だった。

 かき氷作りを何度も練習していく。

 試食係はリッタとミスティがいるから、幾らでも訓練できた。


 幸いクロネには魔法の素養があった。

 リッタが感覚を交えて教えることで十分に作ることが可能となるくらいに。

 まぁなければカーターに頼んで、手動のかき氷機を作ってもらおうと思っていたが。カーターをこき使うと、いよいよ怒られかねない。


「色々な具材との組み合わせを考えるといい。共にお客さんが喜ぶトッピングを考えていこう」


 試作の時間はあっという間に過ぎていく。

 斜陽が窓から差し込んでいた。


「今日の給金だ」


 一人一人に手渡していく。

 まだ利益を得ている訳ではないから、気持ち程度だが。


「何で……どういうつもりなの?」


 クロネは怯えるように、一歩後ろへと下がった。ここにきて、彼女の癖に気づいていた。大人が彼女達にとって都合の良いことをすると警戒する。

 誰かを信じることに怯えているみたいだ。

 彼女が信じる理由を与える必要があった。


「労働に対する対価だ。屋台でかき氷を売れる実力がつけば、倍の給金だ。早く稼げれば稼げるほど、解放までの日にちが短くなる。クロエ、頑張るように」


 彼女の頭を撫でようとしたが、手をかざそうとすると、ぎゅっと目をつぶったのを見てやめた。

 明確な怯えの色が見て取れたから。


「無駄遣いしないようにな」


 クロエ以外の子供達はお金を手渡すとぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 良い子達ばかりだ。

 本当は盗みをするのは悪いことだと分かっているのかもしれない。


「腹は減っているか? 街角勇者亭で働く者には、まかないが出るんだが」

「「まかない?」」


テオとチコが俺の手を握ってきた。


「頑張った子に与える特別な料理のことだよ。何か食べたいものはあるかい?」

「オレはハンバーグ!」

「あたしオムライス!」

「テオ! チコ! 我儘ダメ! 大体、どんな料理かも分かってないでしょ⁉︎ 残しちゃダメなんだよ! ちゃんと食べられるの?」


「クロエ。心配しなくていいでこぜぇーます。きっと皆、美味くてぶったまげるですよ。食べきれなかったらあたしが全部平らげてやりますから」


……。


 子供達がかき氷作りに慣れた頃、オルヴィのラーメン屋の隣で、かき氷を提供することになった。


 夏の盛りでラーメンを食べた客や、並んでいる客が涼むのに丁度良いと思ったから。

 それに何かあった時、オルヴィが近くにいれば安心だ。

 彼は今は訳あって辞めているらしいが、凄腕の冒険者として有名だったからな。


 オルヴィに頼んだら二つ返事で了承してくれた。


 しばらくは俺も付きっきりで子供達とかき氷を販売するが、いずれはヴァイオレット家かハインリッヒ家の従業員に彼らを任せたいと思っていた。

 子供達だけの客商売は困難だろうから。


 そもそもかき氷がうまく客に受け入れられるかという問題があったが、悩むまでもなかった。販売は盛況だった。

 原価も低いため、安く提供できるし、お客さんにとっても丁度良いおやつとなる。

 夏の暑さには見た目からして丁度良い。


「「いらっしゃいませぇ~!」」 


 アリシアに加えて、子供たちの輝く笑顔は反則でもあったかもしれない。


……。


「お疲れ様。よく頑張ったな。今日の給金だ」


 もちろんチコだけは休憩を長めにとらせたが、長時間の接客だったというのに、誰一人文句も不平も言わずにこなしていた。

 それどころかかき氷の販売中は皆笑顔だった。

 働くのが楽しい、そんな風に見えるくらいに。

 そんな子供達がもらった金を見て喜びを表そうとしなかった。


「ボク達、こんなにもらえません……」

「遠慮はする必要はない。正当な給金だから」


 四人で10日も働けば、盗もうとした金に到達する分の給金となるだろう。

 納得しないクロエに告げる。


「期待も込めた金額だよ」

「……ありがとう、ございます。エル、さん」


 クロエからは初めて名を呼ばれた気がする。


「腹が減ってないか?」

「「お腹すいた! まかない?」」

「いやラーメンを食べて帰ろうか。初日頑張ったご褒美だ」


 仕事中も隣でいい匂いをさせていた。

 飛び跳ねて喜びを表すチコ達をオルヴィの元につれていく。


「オルヴィ。一つ子供用の器をくれないか?」

「もちろん。何を注文されますか?」

「じゃあ――」


 提供されたのは醤油ラーメン、チャーシュー麺、背脂醤油ラーメン。

 あたたかくいい匂いが満ちていく。

 最初は警戒していた子供達が一口食べた後は、ずるずると勢いよく、すする音が響いていった。鼻水と涙を噛み殺す音とともに、はふはふと笑顔で食べていく。

 彼らの幸せを願わずにはいられない。


「ありがとう。オルヴィ、今日も最高のラーメンだ」

「いえ、ぐすっ。こちらごぞっありがどうございまずっ」


 なぜかオルヴィはもらい泣きしていた。俺の同志は熱い男だ。


 そうしたどこか孤児院時代のなつかしい日々が続いていった。

 ある日、彼らが俺の元に来なくなるまでは。



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