第104話 かき氷④
大通りから外れた路地裏の奥の奥、人気のない一角。
その近くの自動探知用の術式を避けた先に、仄かな灯りが漏れ出てくる廃屋があった。
俺とリッタが中の様子を伺っていると、背後の暗闇からミスティがずずっと這い出てくる。
いつもの笑みで、魔眼を暗闇に爛々と輝かせながら、小さく呟く。
「この廃屋、裏口に地下があって、そこから逃げられるようになってるわ★ 私、そこで待機してるから、悪い子は愛で、お仕置きしましょ★」
「あんま怖がらせちゃダメでごぜぇーますよ」
「あらあら★ 怖がらせるのは私の得意分野だから、やっと出番だと思ったのに★」
「ミスティが嫌われるとこ見るのはいい気分にならねぇーです」
「……。…………いやん★」
ミスティは体をくねらせて、色っぽく声を出して、闇へと消えた。
嬉しそうだったな。リッタは半眼だけど、内心の絆は誰よりも強いから。
廃屋の中からは楽しそうな歌が聞こえる。
ご飯の歌か。
感覚だ。何となく、ミスティの準備ができたことが分かった。
「行くぞリッタ」
「あいっ」
足音を出したつもりはなかったが、扉の前に立つと歌が止まった。
こちらの気配に気付いたのか。良い勘をしている。
部屋の中の灯りが消え、闇と静寂が訪れた。
魔法で光を灯し、暗闇を追い払い、中に入る。
「っ」
暗闇の奥から何かの塊が複数飛んできた。
「無駄でごぜぇーますよ」
リッタの風が塊を砕いた。冷たい何かを感じる。
魔導の光に、砕けた粒がきらきらと舞った。砕いた物は氷か。
初手氷弾。疑わしきは攻撃で応じる。
自動探知用の術式を避けて現れた人間に対する対応としては、論理的だ。
「バル逃げてっ‼ チコを連れてっ‼」
「でもクロ姉はっ」
「大丈夫だから‼ 走って‼ 早く‼」
少女が低い姿勢でこちらに手を構えていた。
複数の氷弾の弾幕が飛んでくる。
リッタの風がそれを粉々に砕く。白いモヤが辺りを埋め尽くした。
「っ!」
地を這う小動物のような俊敏さで、俺の死角から横腹めがけての蹴りを繰り出してきた。
目くらまし、その後の弱い方を狙う攻撃か。
弱い方を倒し、数的優位を作るのは闘いの鉄則。
効率的な思考の持ち主であることが分かる。同時にそれは、子供ながらに、この判断能力を持たざるを得なかった環境にいたことを意味していた。
だが俺は弱いとはいってもA級の冒険者でもある。
ましてや体格差もある。
攻撃を受けること前提に、一歩少女に向かって身体を動かす。
打点のズレ。
対格差、能力差ある相手との闘いにとって技の威力の半減は致命的だ。
目を見開く彼女の背後を取り、抱きしめる形で捕まえる。
「離せっ! 離せよっ! 変態!」
ふ、変態か。
教育のためだ。いつか誤解は解消される。そう信じている。
だが、傷つく心はあるんだ。まして子供に変態と言われては、逃がしてしまいそうになる。思いがけない最大火力の口撃に、心が折れかけた。
「エル。離しちゃ駄目でごぜぇーますよぉ~」
リッタがニヤニヤしていた。
暴れながら罵倒してくる少女の声に涙が混じり始めた時だ。
暗闇から三人の子供を連れたミスティが現れた。
一番幼い子を抱きしめて人質とし、他の子は後ろ手に魔術で縛られながらもついてきている。暗闇に映える赤い唇が血のようで、その容姿も相まって完全な悪役だ。
「ミスティ、悪役が板についているでごぜぇーます」
「あら~エルちゃんとおそろいで誇らしいわ★ エルちゃんは変態呼ばわりされて★ いつからロリコンになったのかしらぁ★」
「なってない」
少女が俺の腕を噛み始めた。大切な家族を人質に取られたんだ、当然だろう。
できる限りの怖い顔を作った。
「罰を受けてもらえば、君の家族には手を出さない。君には選択肢はない。賢い君ならわかるはずだ」
「……っ」
実力差も状況も明確だ。一番弱いと彼女が認識した俺にすら敵わないのだから。
少女は観念したかのように脱力した。
話が早くて助かる。目の前で氷の塊を作って見せた。
先ほど彼女が攻撃のために使った魔法だ。
手の中で彼女の身体の緊張が伝わってくる。
「君たちには金を盗んだ罰として働いてもらう。こいつを使ってな」
「え?」
「かき氷を売る仕事だ」
……。
翌の早朝。
逃げる可能性もあった。だが朝も早いというのに大通りの噴水前に、全員集まってくれていた。
ミスティがどこに逃げても見つけると脅した結果かもしれない。
こちらを警戒している最年長の少女はクロエ、12歳。
少し太ったほんわかした男子はテオ、10歳。
冷静沈着な男子がバル、10歳。
そして最年少の少女がチコ、6歳。
特にクロエは想像以上に若かった。一瞬、彼らを働かせるのは酷のように思ったが、彼らの環境を変えるためには、子供たちで生きていけるだけの武器が必要だ。
心を鬼にする。
自宅に泊まっていたアリシアも二つ返事で手伝ってくれることになった。
チコはまだ眠いのか、クロエと手をつなぎながら、空いている手で目をこすっていた。
「今日はいい朝だな」
「はいっ! 気持ちいいですねっ!」
返事はアリシアだけだ。
「クロエ達も早朝からありがとうな。朝早くて大変だったろ?」
「……ボク達に選択肢はなかった」
クロエは唇をかみしめていた。警戒が全身に色濃くにじんでいる。
アリシアが聖女の笑みを浮かべて、彼らに向かって手と手を組みあせて、跪く。自身の膝が汚れるのも気にせずに。
「あたたかい光よ、彷徨える彼らを照らし給え。身に受けし泥を払い、果てなき夜に凍えた心に灯火を——どうか、かの者らに祝福を」
聖女の祝福。朝日に負けないくらい、けれどやさしく清い光が彼らの身を包む。
目に見えてわかるほどに、服の汚れが落ちていた。
本来はただの生活魔法。けど、本物の聖女の祝詞だ。
彼らは互いに互いを見て、歓声を上げた。
慌てて口に手を当てて歓びを隠す。油断した自分たちを律するように。
「まぁなんだ。腹が減っただろう。腹が減っては何もできない。飯にしよう。」
「やったっ!」「飯でごぜぇーます!」「今日は何かしら★」
「クロエ達もついてきてくれ……あー、これは命令だ」
俺の住む家に全員で入るのは、人数的に少し狭いが、こういうのも悪くはない。
生活魔法で十分にきれいになっているが、やはり風呂に入った方がきれいになる気がする。心身を清めるという意味でも。身体を生命の水にさらすのはいいことだ。
飯の準備をしている間に、彼らには風呂に入ってもらった。
風呂から上がった彼らは警戒する猫のような仕草で、椅子に座った。
彼らの前に飯を並べていく。
スクランブルエッグ、腸詰の肉の燻製、サラダに牛乳、パン。
シンプルだが一番、家族らしい朝食。
デザートは彼らの余力を見て準備する。
いただきますの後にアリシア達が、口に含んでは美味しいと言ってくれた。
自然と笑顔になる好い朝だ。
「腹が減ってないのか?」
テオとチコは陥落寸前で飯を見つめている。他の二人は目をつぶって耐えていた。
「毒……入れてるんでしょ。きっとそうだ。ボクたちが食べて苦しむ様を――あっ」
「食わねぇならあたしが食べるでごぜぇーます。……うめぇです! この肉の塩加減が絶妙でっ!」
リッタがひょいとクロエの前の肉を奪って口に入れた。
わざとか本当かは分からないが、幸せを絵に描いたような表情をのぞかせる。
俺もリッタを習って、バルの前の肉をつまんで口に入れる。いい感じの塩加減だ。
冷静沈着と思っていたが、まだ子供、バルも今にも泣きそうだ。
そのまま台所から肉を持ってきて、減った分を補充する。
きっとクロエという少女には、何か理由が必要なのだろう。
「ちゃんと働いて稼いで欲しいからな。この朝飯はそのための準備だ」
テオから腹の音が鳴った。互いに目配せして、ゆっくりと食べ始める。
それを確認し、俺たちは彼らを残して席を立った。
飯くらい、警戒を抜きにして楽しんで欲しいから。
台所まで、涙を噛み殺す音が聞こえてくる。
その後、皿が空になるまでにかかる時間は、想像以上に早かった。




