第103話 かき氷③
笑みがこぼれるような明るい騒々しさを、不穏な音が引き裂いた。
鈍い音と複数の悲鳴。
椅子が倒れる音と食器が割れる音。
「てめぇ! 何やってんだっ!」
「っ!」
崩れ落ちた子供の帽子が外れ、長い髪がのぞいた。
くの字に身体を曲げ腹を抑えてうずくまっている。
怒鳴った常連客が、地面で苦痛に顔をゆがめている少女の胸元を掴み引き寄せた。
「エルさん……」
「リシアは他のお客さんの対応頼む。うまいことやってくれ」
あいまいな指示だがアリシアは頷いてくれた。
男は、痛みに汗を浮かべる少女を再度殴ろうとしていた。
その男の手を掴む。
「ディゴさん、どうか、その辺で勘弁してあげてください」
「そりゃないよエルさん! こいつはオレの金を盗もうとしたんだぞっ!」
「どうか俺の顔を立てると思って」
そう言って、俺は周囲を見た。
先ほどまで楽しそうに飲み食いしていた皆が、しんと静まりこちらを見ている。その光景に、男は、うっとたじろいだ。
彼の力が緩む瞬間を見逃さずに、少女は身体をひねった。
「っ」
「んなっ! おいっ!」
転がるように逃げていく後ろ姿は見覚えがあった。
魔導灯の光が届かない暗闇へ、軽い足音が吸い込まれていく。
幼い子を世話している所を見かける子だった。
普段観光客相手に日銭を稼いでいる孤児だろう。
クレープの甘い匂いにつられてか、遠くからこちらを見ている時があったから、印象に残っていた。
餌付けした子もいたが、翌日には距離が遠くなる子たちだ。
「エルさん~。逃げちまったじゃないか。顔も良く見えなかったし、あいつは慣れてやがった、どう考えても初犯じゃない――」
「よっと、失礼」
そう言って笑顔を浮かべたデュークが酒を片手に、男と強引に肩を組んだ。
「うわっ、デュークさん。って酒臭っ!」
「金も無事だし飲もうぜディゴ。そうだっ! 今日はディゴのおごりで皆飲もうっ! どうせ盗まれるはずだった金だからな! 使い切ろう、そうしよう!」
「エルさんっ。この人相変わらずめちゃくちゃ!」
デュークの人懐っこい笑みに観念した男は笑った。
「まぁ、仕方ねぇな」
喧嘩っ早いが気前の良い男だ。グラスの中の酒を飲み干した。
「エルさん。皆さんに一品追加で。デュークさんにはとびっきり濃い酒を。酔い潰したい」
「ありがとうございます。ディゴさん。私からもサービスを。皆さんにもここからは日頃の感謝を込めて、全品半額です。楽しんでいってください」
客の拍手やら煽る声が響いた。再び、街角勇者亭はあたたかい雰囲気に包まれる。
荒事の仲裁は手慣れているとはいえ、当事者の俺の声と、彼と同じように客としてこの場にいるデュークでは言葉の真摯度合が違う。
最悪の場合、ディゴさんとは縁が切れていたかもしれない。
デュークには感謝だ。
「エルさんっ! 注文が沢山っ! 私も料理作り手伝います!」
「心強いよ、リシア」
腕をまくり調理場に立った俺に、ケイが静かに耳打ちをする。
「罪を許すのはいい。エルのことだ。こういう場面も一度や二度じゃないんだろ? けど、魚を与えても、その釣り方を教えてやらなきゃ、いつかあのガキ痛い目をみるぞ。腕の一本や二本持ってかれる。最悪、アイツは殺される。ちんけなスリを続ける奴の末路なんざ、分かってんだろ」
「……あぁ」
「ま、あのガキは孤児だろうし、エルの気持ちも分らんでもないがな」
見て見ぬふりをして、罪を許してもあの子達の環境を変えなければ、いつかは……。
俺の金だけではなく、お客さんにも手を出してしまった。
そろそろ潮時なのかもしれない。
……。
初夏が過ぎ、夏の真っただ中に差し掛かった日差しを感じる。
今日は常連客の要望で冷たいデザートを提供していた。
果物とシロップ、生クリームに使う牛乳を凍らせて作る、果肉の残るジェラート。
夏の暑さに溶けないように保管していた冷蔵ボックスの冷たさが、暑い外気と触れ、白いモヤを作っていた。
「はい! マーマレードとバニラクッキーチョコトッピング、お二つですね! 」
アリシアの笑顔が夏の暑さよりも弾けていた。
彼女は熱い鉄板の上に生地を垂らした。円形に伸ばした後は、同じく熱した網目のついた蓋部分を下ろして、生地に網目をつける。優しい甘さの生地が出来上がった。熱いうちにローラーでそれを巻き取り、アイスの持ち手となるコーンを完成させる。
いずれもカーター一家に依頼して作ったコーン作成機。
空気を含ませるように、よく練ったジェラートを円錐状のコーンに盛り付けていく。アリシアはお客さんの遠慮がちな要望に即座に答えて、トッピングを加えていった。
持ち手まで食べられるジャラートの完成。
「どうぞ召し上がりください! 溶けないうちに甘い幸せを、どうぞっ」
最初教えた時はおっかなびっくりで手間取っていたアリシアだが、今はよどみない手捌きだ。
反響は瞬く間に広がった。
額に汗を浮かべながらも疲労を感じさせない笑顔の接客。その甲斐あってか、飛ぶように売れていく。
聖女と気付く客もいたと思うが、誰もそれを指摘する者はいなかった。
皆、感謝しているからだろう。
少し離れたパラソルのもとでは、リッタとミスティがアイスを頬張って悶えている。
夕暮れが訪れる頃には完売してしまった。
「お疲れ様。アリシア。休んでくれ。片付けは俺がやっておくから」
アリシアの分のジェラートを手早く作り、手渡す。
孤児院の頃のような表情で受け取ってくれる。作り甲斐がある子だ。
「はい! すごく、すごく楽しかったです! ありがとう! エルさん!」
興奮気味にミスティ達の元に向かい、身振り手振りで会話している。よっぽど楽しかったのだろう。聖女とは思えない、お店の看板娘のような姿だ。
聖女の才がなければ、あり得たかもしれない今の彼女を見ると、俺の胸はいっぱいになる。
「よかったな。アリシア」
独り言を漏らした。
文句一つ言わずに頑張り続けてきた彼女を想う。その運命を想像すると泣いてしまいそうだから。
この幸せな光景は、ミスティのおかけでもある。
シャルの魔工具の理論を応用し、自らの魔法理論を組み込んで作った自動簡易結界は低ランクの魔物を寄せ付けない効果があった。
魔物の世界も弱肉強食。
弱い魔物がいなければ、強い魔物もやってこない。餌が必要であるからだ。
弱い魔物がいない区域となり、必要な結界の出力は減り、聖女の負担が軽くなったとアリシアは言っていた。
加えて大聖女であるフィーが結界構築を手伝っているとも聞く。
俺は何も貢献できなかったが……。
元々、自分にできることは料理くらいだ。
少しでもアリシアの幸せになると願って接するだけ。
戻ってきたアリシアが遠慮がちな態度を見せた。手を組み合わせたり解いたり、口を開いては閉じを繰り返している。我慢が癖になっている子だ。声をかける。
「今日の夜はこのまま街角勇者亭来るか? たまにはミスティ達と街で遊ぶのもいい気がするが」
「ううん。一旦、塔に戻る。髪の色の魔法解けそうな時間だから。それでね。きょ、今日と明日、私休日で……」
「一旦?」
「う、うんっ。あのね。外泊、してみたいの」
普通の女の子らしい体験だ。
是非もない。
「それはいいことだ。どこに泊まる? 知り合いの宿屋を紹介しようか? それともシャルの所もいいかもしれない。何でも協力しよう」
「っ! エルさんの所なら、泊まってもいいって。ルリが……」
リッタもいるし、世界で1番安全な場所だ。
孤児院を思い出す。
血のつながりはないけど家族みたいな存在だ。一緒に過ごせるのは幸せなこと。自分の頬が緩むのを感じた。
「そうか。それは楽しみだな。久しぶりの家族水入らず、待っているよアリシア」
「っ! 一旦帰るね! 一旦っ!」
真っ赤な顔でそう言って、振り返っては手を振り、塔へと走っていった。
……。
今日の夜はアリシアに何の料理を振舞うか、明日の朝食はどうしようかと悩みながら店じまいをしていると、一人の子供が道の端で泣いていた。
「大丈夫か?」
「ここ行きたいの」
涙を浮かべた少し小太りの少年が、都市内の、古びた簡略地図を見せてきた。
見覚えのある子だ。以前チョコをあげたことがあった孤児の子。昨晩の少女の仲間か。
「遠回りになるが、一度この通りをまっすぐ行くといい。噴水が見えるだろう。後は西の方角に向かって……わかりそうか?」
「ううん」
無人の屋台の方で気配を感じた。
スリの共同作業か。
盗みに入る間隔が短い。金に困っているのかもしれない。
孤児だけで生活するのなら、昨日の分で十分なはずだ……何か理由があるのか。
少年の頭を撫でてポケットに入れていた砂糖菓子の包みを渡す。
罪悪感にかられる子のような、迷子の子供らしくない表情だ。
「食べて待っていてくれ。店じまいしたら案内するから」
屋台に戻り店じまいをしていく。
金額がやけに少なくなっていた。
泣いていた少年が路地裏の陰に走っていくのが目に入った。
店じまいをして待っているとリッタが戻ってきた。
「お人好しのエル、拠点、見つけたでごぜぇーますよ。子供たちの様子はミスティが見張ってるです」
「そうか」
「今日はアリシアが来ますし、ちゃっちゃと弱みを握って教育するでごぜぇーます! 二度と盗みなんざできねぇーように!」
悪役のセリフを語るリッタはやさしい顔をしていた。




