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第102話 かき氷②


 街角勇者亭の夜は今日も賑やかだった。

 一人を除いて。


「その、悪かった。ライアンさん」

「エル、何時間も全然反応ねぇーでごぜぇます。ライアンっ。立つんでごぜぇーますよ、ライアン!」


 連日連夜の肉祭り。

 アクアテラは大変盛り上がった。


 しかしその盛り上がりに比例し、俺の(あずか)り知らぬ所で、地獄のような労働を強いられていた者がいる。

 それが今、目の前に放心状態で居座っている冒険者ギルド副長、ライアンだ。


 先に弁明をする。

 全ての起因はラーメンだ。

 最高の醤油ラーメンに見劣りしない、脂が必要だったから。

 同志の情熱がうれしかったのもある。

 それに俺にもプライドがあった。少しでも努力する戦友(とも)の役に立ちたい。

 肉を集めるのは俺やデューク、リッタの得意分野だ。

 人生の大半をそれに費やしたと言ってもいいくらいに。


 魔物を狩っている時は楽しかった。

 童心にかえって幼馴染と肉の乱獲。

 フィーの補助魔法で昔のように身体が動くし、魔物が歩く肉にしか見えなかったから。


 皆と一緒にいられたから余計に、笑顔で駆け抜けていた。孤児院の同窓会みたいだ。夢中で、方々(ほうぼう)散り散りに逃げ惑う肉を追いかけた。


 こんなに楽しいことはない。

 

 我に返ったのは、大聖女として崇められているフィーの白を基調とした衣装と髪が、返り血で真っ赤になった頃。


「エルちゃんッ!」


 フィーの血染めの屈託のない笑み。

 誰かに、この姿を見られたら大大大スキャンダルだ。客観的に思った。


「殺り過ぎた。皆、集合」


 周囲を見渡す。

 都市から少し外れた草原が血の海になっている。

 魔物の残骸が山となっていた。

 証拠を隠滅しなければ。


「デューク、マジックパックある?」

「この量は無理だ。1/10も入らねぇ」

「フィーとケイはある?」


 二人は獣人族特有の耳を、反省してますと言うかのように垂らして、首を横に振った。

 お互い、30歳目前、やっていいことと悪いことが分かる年齢になった。

 やり過ぎた自覚があるから。


「二つ向こうの山にまだいるでごぜぇーます!」


 まだまだやる気満々のリッタを手招きする。


「何とか隠さなきゃ、この惨状」


 五人で顔を突き合わせて必死に考えた。

 腕を組み、うんうん唸って、何か名案がないか、どうしたら言い訳になるか、何とか時間を巻き戻せないか、考えたのだ。 


 お互いそれぞれに、それぞれの立場があるから。

 いつだって面倒なのは後処理だ。


「いい考えがある」


 デュークが腹を叩いて言った。

 持つべき者は幼馴染。血の海で、皆の拍手喝采(はくしゅかっさい)が空まで響いた。


 彼のいい考えとやらは、当然聞いていない。聞くのが怖かったし、デュークに全てを依存するしかないほどに、皆、内心追い詰められていたから。


 彼を先頭に一列になって歩いた。都市に戻ってギルドへ向かった。

 デュークが酒を片手に、冒険者ギルドの受付嬢に向かって、「ライアン呼んで」そう言った。こいつ慣れてやがる、人の職場に酒を片手に入り浸っているのが日常になっている奴特有の迷い無き行動だ。晴天の空のような、どこまでも澄み切った曇りのない瞳が、狂ってる。正気かこいつ、我が幼馴染ながら恐れおののいたものだが、幼子のような満面の笑みを浮かべたライアンが現れて、俺はうれしくなった。

 友の笑顔は悩みを吹き飛ばす力がある。

 そう実感した。


 うまいラーメンを作るために不必要な魔物の処置は、全てギルドに依頼した。

 ライアンが二つ返事で「任せろ」と言ってくれたので、「流石ライアン。かっこいい。頼もしいな、持つべきものは友だ」、気軽にそう伝えてしまった。

 ライアンが雄々しく職員に指示を出し始め、デュークが酒をぐいっと飲んだ。


「かぁっ! うめぇっ! 祭りだ祭りだ!」


 言い訳させてくれ。俺はデュークのノリに毒される時がある。彼の笑顔を見るとすべて些細なことに感じてしまうんだ。

 その時の俺には、本当に悪意がなかった。

 思い返せば、その後の俺は最低だった。全てを忘れて、デュークに乗せられるままに先陣を切って、肉祭りに参加した。


 ライアンは責任感ある男だ。いや漢と言っても過言ではない。


 デューク達と狩りつくした魔物は数えるのもうんざりするくらいだ。

 その査定、素材の鑑定、肉の処理、報酬に必要な金の調達、市場を壊さないようにするための素材の販売経路確保、国への報告書、挙句の果てに、終わりなき肉祭り。


 祭りの中盤、布団の中で朝起きた俺はそれに気づき、冷汗をかいた。

 ライアン、ごめん。

 とんでもないことをしてしまった。


 業務過多に次ぐ、業務過多、絶望の(ふち)に立っていたであろう、ライアンの姿を想う。

 ここに至っては言い訳のしようもない。

 

 祭りの後半のライアンは見るに堪えなかった。

 いつも豪快に叫んでいる血染めのライアンと恐れられていた男が、新米冒険者達に、沈黙のスライムとイジられていたくらいだ。


 肉祭りが終わり、数日が経った。

 そして全てから解放された彼が、街角勇者亭に来て半日が経っている。その間、ずっと口を開けてアホ面……違う。放心状態で座っていた。心なしか、灰色にすら見える。


「おらっ。ライアンっ! いつまで居座っているでごぜぇーますかっ。喋らねぇ、食わねぇ、飲まねぇならいい加減邪魔じゃねぇーですかっ!」


 そう言って、リッタが彼の口にチーズハンバーグを突っ込んだ。

 一瞬で(たい)らげ、また口を開ける。嚙んでいたのかすら怪しい。

 沈黙のスライムの所以(ゆえん)を目の当たりにして、俺は感動した。


「え、エルっ! こいつ化け物でごぜぇーます! 筋肉オークなのに口だけスライムじゃねぇーですかっ!」

「酒を入れてやってくれ」

「おらっ!」


 スライムの如き勢いで飲み干して、そのままいびきをかいて寝てしまった。

 かなり心配になる酔い方だ。

 念のため、異世界レシピで作った解毒剤を彼の口に入れておく。


「吐くと他のお客さんに迷惑だから、ライアンをあっちに運んでくれ、リッタ」

「任せるでごぜぇーます!」

「功労者だから、やさしく頼むな。毛布もかけてやってな」


 リッタの大道芸のようなライアンの運び方に、周りの客の拍手が響く。

 それをハラハラしながら見ていると、服の袖を引っ張られた。

 振り返ると、アリシアがいた。


 給仕服が似合っている。

 大変かわいらしい。


「エルさん……」


 罪を打ち明ける前の、悪いことをして反省している子供のような顔だ。何でも似合う、俺の自慢のアリシアであるが、悲しむ顔だけは一生似合わないのだろう、そう思う。


「お勘定が合わなくて……ごめんなさい」


 アリシアが悲しむ顔を見たくない。

 いつも頑張っている女の子だから。

 フライパンに火をかけて、卵を取り出す。


「オムライス食べるか?」

「子ども扱いしないでっ」


 最近は彼女の気持ちを()めなくて、こうして怒らせてしまうこともある。

 悲しむ顔よりずっといいけど。


「あのね、銀貨18枚足りないの」

「そうか」


 額がでかい。

 そして、内心キリがいいと思った。

 おつりの勘定がズレるのなら銅貨だから。


「叱らないの?」

「そんなことするわけないだろ。アリシアはいつも頑張ってる。こんなことで叱るわけない。俺が昼間にミスした可能性もあるしな」


 アリシアは顔を伏せて沈黙した。

 十分に時間が経ってから、一歩、二歩と、俺との距離を詰めた。

 彼女の体温を感じるくらいの距離だ。


「叱って欲しい。エルさんに叱られたら、沢山沢山落ち込むけど、一人で部屋にいると多分泣いちゃうけど、でももっと頑張れるから。もう絶対にミスしないから。だから叱って欲しい。私が泣くまで叱って欲しい」


 泣くまで叱る?

 無理だよ。

 この子は何を言っているのだろう。

 でも、アリシアが望むのならと一瞬思った。


 銅貨を軽んずる者は銅貨に泣く。

 皿洗いからやり直せ。

 掃除洗濯炊事、俺が一から叩き込んでやる、覚悟しろ。


 それっぽいセリフも思いついた。

 

 声に出せなかったのは、彼女から圧を感じたから。

 目に光がないのに、頬は赤く染まっているし、何より瞬きを一切しない。

 食い入るように俺を見ている。


「大丈夫。気にすることはない。アリシアの笑っている顔が一番好きだからな」


 叱る代わりに頭を撫でた。

 オムライスで駄目ならこれしかない。

 対アリシア最終手段。

 いつもこれで元に戻る。


「……」

「アリシア?」

「…………あんまり、やさしくされると私」


 その後の声は聞き取れなかった。

 俯いて、ぶつぶつと何かを言っている。

 まぁ、逃げようとしないし怒らないから、嫌がってはいないだろう。

 昔からこれをすると大人しくなるからな。

 アリシアはいつもアリシアだ。

 大きくなっても、聖女になっても、こういう所は変わらない。


 そんな街角勇者亭の日常を過ごしていた時のことだ。

 誰かが誰かを殴る鈍い音と、悲鳴が響いた。

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