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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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天界6

「ここは……?」

メルテがきょろきょろと辺りを見回しながら呟いた。


「マークのいるところから神殿を挟んで向かい側よ。」

スカーレット様が端的に答える。

私たち四人――スカーレット様、ヴァイオレット、私、そしてメルテ――は、ヨグ・ソトースによって天界の逆端、最果ての街とは反対側に位置する区画へと転移してきていた。


アルケンゼイクとはまた趣の違う街並みだ。同じ白亜の列柱と赤い瓦屋根で構成されているが、こちらの街は住宅区ではなく、どちらかといえば神殿に関係する施設が集まっている区画らしい。大小の祭壇が点在し、聖句と思しき文字が刻まれた石碑が道沿いに並んでいる。空気は最果ての街よりも濃い聖力を含んでおり、肌にぴりぴりと触れてくる。


「2方向から神殿へ向かうということですね!」

ヴァイオレットが嬉しそうにスカーレット様に話しかけている。


まあそうだよね。ヴァイオレットはスカーレット様大好きだからね。その姿はまるで、飼い主と一緒に出かけることができて喜んでいる大型犬のようだ。赤い髪がちょこちょこと揺れていて、今にも尻尾を振りそうな勢いである。本人にこれを言うと絶対に怒るので、口には出さないけれど。


「神殿へは飛行魔法で向かうのでしょうか。」

私が尋ねる。歩きで行くとなると、途方もない時間がかかってしまう。


「そうよ。」

スカーレット様が短く答えた。


ちなみに天界には『天の方舟』という、特有の移動手段があると聞いたことがある。雲の上を滑るように進む、聖力で動く乗り物らしい。……乗ってみたかったな。今からスカーレット様に「方舟で行きませんか?」とは、さすがに言えない。時間的にも緊急だし、そもそも方舟は天界の聖族用の交通機関だから、私たちが堂々と乗れるとは思えない。……でも、乗ってみたかった。心の中でだけ呟いておく。


「あ、あの、私……うまく戦えるでしょうか。」

メルテが、少しばかり緊張した様子でそう言ってきた。

黒い眼帯の下の瞳が、不安そうに揺れている。


「心配する必要はないわ。あなたは強いから。」

私は軽く答えた。


「ですが、マリー・ローズの方と一緒ということですので……。」

「メルテ、これはご主人様の判断だよ。……まあそれでも自分で弱いと思うのなら、この機会に強くなれば?」

メルテのことだから、剣を握ればなんとかなるのだ。その前までがね。あまり自分に自信があるタイプではないし、表情にも出にくい。だから不安があっても周りに伝わりづらいけれど、この子は見習いの中でトップだ。本人がそれを自覚してくれれば、もっと楽に戦えるんだけど。


見習いの子たちって、どうして揃いも揃って自己評価が低いんだろう。リアも、アナスタシアも、クレアも。メルテは特にその傾向が強い気がする。


---


「っ!何か来ます。」

私は上空に意識を向けた。

観測魔法に反応があった。まだ距離はあるが、確実にこちらへ向かっている複数の反応。


「………………来ないわよ。」

「あ、いま剣を腰にさげ、天界上空付近を飛び立ったところです。」

すみません。私の観測魔法が優れているばっかりに、スカーレット様にずれた情報を教えてしまった。まだ出発したところを察知しただけで、到着するのはもう少し先だ。スカーレット様の周囲から感じる「?」という空気に、ちょっと恥ずかしくなる。


「人数は八人、全て戦闘訓練を受けた聖族です。こちらへ到着するまで……後五分程度でしょう。」

私は情報を整えて伝え直す。

この距離を五分で移動するとはかなりのスピードで飛んでいるね。聖族の飛行速度は人間の魔法飛行よりも速いと聞いていたけれど、ここまでとは。


「五分か……長いな。」

ヴァイオレットがそう呟いた。


私は五分程度ここで待ってもいいのだが、せっかちなヴァイオレットにとっては長いらしい。戦いたくて仕方ない顔をしている。剣の柄に指を絡ませては離し、絡ませては離しを繰り返していた。


「もう一つ、新しい反応がありました。……これはかなりの力を持っていますね。」

なんだ?現在こちらへ向かっている八人の聖族とは比べ物にならないほどの聖力量だ。これが噂の四天王……なのだろうか?


しかも――っ!

天の方舟でこちらへ向かっている!?


いいなぁ。

私が見たかったあの方舟に、敵が乗っているというこの不公平さ。世の中は理不尽だ。


「その一人が誰かわかるかしら?」

「おそらく……四天王だと思います。到着まで十五分といったところです。」

「そう。私、天界に来たことないから、四天王がどれくらいの強さなのかわからないのよね。強いのかしら?」

スカーレット様が小さく首を傾げる。その仕草がまた美しい。


「実力まではわかりませんが、スカーレット様の敵ではないということだけは確かです。」

私は即答した。

グルンレイド領には、マリー・ローズですら逆らってはいけない存在が三人いる。


一人は言わずもがなご主人様。


次にメイド長であるイザベラ様。


そしてこの方、スカーレット様。


同じマリー・ローズという立場でありながら、私たちとは一線を画している。というか、スカーレット様をマリー・ローズに括るのは、本来無理があるのだ。あの方はその気になれば、私たち三人――つまりヴァイオレットと私、そしてメアリーを一人で相手取っても余裕で勝つだろう。それくらいの実力差がある。


「そう。安心したわ。」

そう言って、スカーレット様は空を見上げた。


風に揺れるその純白の髪。空に浮かぶ雲よりも真っ白い肌。細くしなやかな首筋から鎖骨へと続く輪郭線。その姿は、人間とは思えないほど『美しい』ものだった。

あの美しさは、生まれ持ったものだ。どれだけ努力しても、あの領域には届かない。私だって自分の容姿には割と自信があるつもりだけれど、スカーレット様の隣に立つと霞んでしまう。


「ねぇ、アシュリー、見てあの姿、写真!写真持ってきた!?」

私の耳元でヴァイオレットが囁きかけてきた。

ちょっと、勢い、唾が飛んできそうで怖い!あと写真じゃなくてカメラね?カメラを使って、写真を撮るの。毎回間違えるんだから、この子は。


「持ってきてないから、離れて!」

グイッとヴァイオレットを押し返す。


「あ、あの。カメラありますよ。」

横からメルテが、小さな箱状の道具を取り出した。


「お!メルテ、さすがだな!ちょっと、貸してくれないか?」

「どうぞ。」

そう言ってメルテはカメラをヴァイオレットに渡していた。ヴァイオレットはそれを受け取ると、こっそりとスカーレット様の横顔を撮影している。必死にカチッ、カチッと音を消そうとしているが、この近距離ならスカーレット様には気づかれているはずだ。気づかれた上で見逃してくれているところが、スカーレット様の優しさだろう。


「メルテ、どうしてカメラを?」

私は小声で尋ねた。


「リアとアナスタシアから、天界の写真を撮ってきてほしいと言われまして。」

旅行じゃないんだから……。

けれどまあ、子供たちにとっては、その程度の感覚なんだろうね。私も、内心では賛成だ。聖族と魔族の戦いとか、人間界がどうとか、正直面倒くさい。


『天界って綺麗なところだなー』というようなことを考えながら、気軽にここを歩きたい。

私は別に、屋敷に攻撃したことは怒っているけれど、聖族を殲滅したいとかはこれっぽっちも思っていない。神とやらが「ごめん」と一言告げてくれれば、私は全然許すけど。


……まあ、それで済む話ではないから、今ここにいるんだけどね。


---


「スカーレット様、そろそろです。」

八人の神兵たちが、すぐそこまでやってきている。


こちらから奇襲をかければある程度数を減らすことができると思うが、どうするのだろう。まさかそのまま正面から迎え撃つつもりだろうか。いや、スカーレット様のことだから、何か考えはあるはずだ。


「そうね、ヴァイオレットお願いできるかしら?」

「かしこまりました!」

フンス!という鼻息が聞こえた。奇想なほどに張り切っているが、ヴァイオレットが張り切るほどの相手ではない。大型犬が骨をもらった時と同じテンションである。


「来ます!」

上空から、八人の聖族が飛んできた。


白銀の鎧、白い槍、白い剣。頭上には光の輪。先ほどマークの方面に向かったと思しき部隊と同じ装備だ。天界の神兵というのは、規格化された兵団らしい。


「グルンレイドのメイドだな、四天王アテナ様の命により始末させて……。」

「華流・周断!!!」

リーダーと思われる聖族が話している最中に、ヴァイオレットが剣を振るった。


話していた聖族と、その周りにいた数人の体が、同時に切断される。

空中から落ちてくる聖族の体。羽根が宙を舞い、血が石畳に飛び散る。


「な、何をした!」

「スカーレット様の命により始末させていただきました。」

ヴァイオレットは胸を張りながら、そう答えた。大型犬が褒めてもらえると期待している時の表情だ。


ああ、面倒くさい。

私はすぐに切られた聖族の体を回復魔法で塞ぎ、意識を失った彼らをゆっくりと石畳に寝かせていく。正直、体にダメージを与えるよりも、最初から睡眠魔法を使用してくれた方がありがたいのだけれど。


私のそんな願いもお構いなしに、ヴァイオレットは次々に剣をふるい、聖族を薙ぎ倒していく。


「全力で聖法障壁を展開しろ!」

というような声が聞こえるが、その対応も虚しく、紙のように切り裂かれていく。


ヴァイオレットの剣は本当に信じられない。龍族の身体能力と、華流・バルザ流の剣技。そして何より、スカーレット様の前で良いところを見せたいという謎の動力源。三つが揃うと、この子は手がつけられない。


「ふぅ、終わった。」

たった四振り。それだけで、八人の聖族を全て切り捨ててしまっていた。


「お疲れ様。」

「疲れるようなことではありません!余裕です!」

だったら回復まで自分でやってほしい。

ご主人様の命令で余計な死者を出してはいけないということになっているから、絶対に回復魔法を使用しなければいけない。切り裂いた側ではなく、回復させる側の苦労を、この子はわかっているんだろうか。


「ヴァイオレット様、すごいですね。」

「まあ、そうだね。」

それに比べて、私の回復を手伝ってくれるなんて、メルテは何ていい子なんだろう。素直だし、ヴァイオレットとは大違いだ。そう思いながら、私はメルテの頭を撫でる。


「な、なんでしょうか……。」

「別にー。」

顔を少し赤らめながら、片目でこちらを見てくる。

黒い眼帯の奥は、魔物によって抉り取られたらしい。ダメージを受けてすぐであれば回復魔法で復元できるのだが、時間がたてばたつほど復元が難しくなる。メルテの場合は一年以上間が空いてしまったため、修復は不可能のようだ。


この子がグルンレイドに来た時、すでにその傷は癒えて眼帯で覆われていた。イザベラ様が何度か修復を試みたらしいが、難しいという結論に至ったと聞いている。別に見た目が悪いわけではない。むしろ眼帯が似合っていて格好いい。でも、本人がそれをどう思っているかは、知らない。この子は、そういうことを言わない。


「……スカーレット様、四天王と思われるエネルギー反応が、急速にこちらへ近づいてきます。」

八人の神兵がやられたことに気がついたのだろうか。先ほどまでの速度とは比べ物にならないくらい速い。


っ!強大なエネルギー反応!?

私は防御魔法を展開する。


「エアヴェール。」

私が展開してから数秒後に、どぉぉん!という音とともに、そのエネルギー体が空気の層にぶつかった。

石畳が衝撃で震える。列柱の一本が亀裂を走らせ、建物の窓ガラスが何枚か砕け散る。


しかし私の魔法は、そのエネルギーを完全に受け止めていた。


「……これを防ぐ人間がいるとは思いませんでした。」

声が、上空から降ってきた。


この気配、四天王の一人だろう。明らかに存在感が違う。先ほどの神兵たちとは比べ物にならない、濃密な聖力。


ゆっくりと地上に降り立ったのは、銀の装甲を纏った女聖族だった。翼は他の聖族よりも大きく、頭上の光輪は強く輝いている。腰には細身の剣。顔立ちは冷静そのもので、瞳は氷のように冷たい色をしていた。


「私は四天王アテナ、グルンレイドを始末……。」

「華流・一刀!」

「こらヴァイオレット、まだ四天王の話の途中……。」

地面を蹴り上げ、ヴァイオレットが四天王に切り掛かってしまう。


はぁ……スカーレット様の前だからって、張り切りすぎ。名乗りを最後まで聞いてあげなさいよ、礼儀として。


「くっ、なんですかこの力は……!」

アテナはぎりぎりのところで剣を抜き、ヴァイオレットの一撃を受け止めた。しかし両腕に衝撃が走り、一歩、二歩と後ろに押される。


「ん?思ったより硬いな、ならば。」

ヴァイオレットは空中に浮き、さらに魔力を上昇させた。


「これならどうだ?華流奥義・。」

きっと四天王の脳裏には、走馬灯と呼ばれるものが流れている時だろう。私もあの距離でヴァイオレットの『奥義』を受ける気にはならない。


「轟一線。」

これまた神兵と同じように、体が真っ二つに切断された。しかし勢いは止まることを知らず、地面を破壊し、この浮島もろとも切断してしまった。


このままでは他の浮島にも被害がいってしまう――。


「バニッシュルーム・絶唱!」

私はヴァイオレットの攻撃を拡散させる。

こうでもしなければ、天界がボロボロになってしまう。ヴァイオレットの奥義を正面から拡散するのは、私でも絶唱を使わないと無理だ。一瞬で魔力が持っていかれる感覚。


「エクストラヒール。」

次に真っ二つに切られた四天王を回復させる。


やっぱり、聖族に魔力は効きにくいんだね……。傷口の癒えが遅い。無理やり治してしまおうと、さらに魔力密度を上昇させるが――


「セイントヒール。これで治ったわ。」

「あ、ありがとうございます。」

スカーレット様が回復聖法を唱えてくれた。

正しくは、回復聖法もどきだが。魔法の性質を聖法に似せて変換する、あの異常な技術。魔法の性質変化なんて、私には到底無理だ。それを軽々とやってのけるスカーレット様は、やはり天才と言わざるを得ない。


目の前で四天王の傷がみるみるうちに塞がっていく。人間の、しかも魔法使いが、聖族にこの速度の回復をかけるなど、本来あってはならないことだ。


「っ、離れろ!」

体がくっつくと、四天王はすぐに目を覚まし剣を振るってきた。

へぇ、すごい気力だね。普通『死に目に遭う』と、体が完全に回復しても意識は失ったままなんだけど……。現に、ヴァイオレットに切られた神兵は皆、意識を失っている。

流石四天王、と言うべきなのだろうか。


「まだ切られたりないというのか?」

ヴァイオレットが剣に手をかける。


「待ちなさい、ヴァイオレット。」

「はい!」

すごいいい返事……。尻尾があったら千切れるくらい振っていそうだ。


「メルテ、やれるかしら?」

「わ、私ですか!?」

「えぇ、あなたよ。」

ヴァイオレットに二撃でやられてしまっても、四天王は四天王だ。私たちにとっては弱いが、見習いたちにとっては弱いわけではない。大丈夫だろうか……。


メルテは剣を握りしめ、眼帯の下の片目で、しばらくアテナを見つめていた。


「……やってみます。」

そう言いながら、スカートの中、ガータベルトにつけてある短剣に触れる。


訓練で見かけるたびに思うんだけど、この時のメイドたちの所作がかなり好き。スカートの裾からちらりと見える白い肌と、黒いベルトにはめられた短剣の鞘。冷たく光る金具。ご主人様が設計されたこの装備配置は、機能美というやつだと思う。


メルテは短剣を引き抜き、大きめの戦闘剣へと魔法で変形させた。そして深く呼吸を整える。


---


「私は四天王アテナ、グルンレイドを始末しに参りました。」

ごめんね、さっきはヴァイオレットが途中で止めちゃって。四天王アテナね。覚えたよ。


「私はグルンレイドのメイド、メルテと申します。」

メルテが短剣を構えながら、そのように言う。


「四人全員でかかって来てもいいのですよ?」

あれ?さっきヴァイオレットに秒殺されたはずでは?

もしかしたら、死に目に遭った衝撃で前後の記憶が抜け落ちているのかも……。切られて真っ二つになった記憶が、認知的に処理できなかったのかもしれない。聖族の脳の構造は知らないけれど。


「……いいえ、その必要はありません。私の訓練のためにも、そしてあなたのためにも。」

「私のため……?一体何を言っているのでしょうか。」

ヴァイオレット程度に手も足も出ないようじゃ、スカーレット様を相手にするなど夢のまた夢だ。メルテは、相手が格下だからこそ言葉を選んでいるのだろう。訓練のために、というのも嘘ではない。


「では、いきます。」

そうして、二人の戦いが始まった。


「華流・剪定。」

「シド流・宵凪。」

二つの剣が、何度もぶつかり合う。


さらにはそこに攻撃魔法、攻撃聖法などが交わり、周囲の建物が次々に破壊されていく。

幸い、私たちがここに来た時に、その建物内にいた聖族が続々と逃げ出していたので人的被害はない。どうやら聖族たちは、このような事態に慣れているようだ。街の構造がそもそも『戦闘が起きても逃げやすい』ようになっている気がする。異常な話だけれど。


「やはりメルテはすごいな。」

ヴァイオレットが感心したように呟いた。


「そうだね。見習いの中で一番と言われているだけある。」

単純な攻撃力で言ったら、リアやアナスタシアには及ばないはずだ。でもメルテは、力の使い方がうまい。相手の弱点や癖を見破ったり、さらには相手の攻撃を利用して反撃に出たりする。

これは魔法が得意だからとか、そういうのではない。単純な戦闘センスだ。天性のもの。


「そしてよく周りも見ている。」

「確かに。」

以前、私もメルテ、リア、アナスタシアのパーティと訓練を行ったことがある。

その時にも、リアとアナスタシアの行動をよく見て指示をしていた。まだ私を倒せるほどの連携ではなかったが、それでも私にダメージを負わせるほど強くなっていた。あの時、メルテが指揮官としてパーティをまとめ、リアが前衛、アナスタシアが中衛から闘気で補助。三人の動きは噛み合っていた。


あの戦闘以来、私はこの子たちを『見習い』と呼ぶのが少し申し訳ない気がしている。もうローズ手前の実力があるのに、本人たちがそれを望まないから肩書きが追いついていないだけなのだ。


「あっ!みなさん!」

メルテの声が聞こえたかと思うと、光の槍がこちらへ飛んできた。


「エアヴェール。」

私はヴァイオレットとスカーレット様を包んで空気の層を展開し、受け止める。


「す、すみません!」

アテナの攻撃が私たちに飛んでいってしまったことに対して、メルテは慌てて謝っていた。しかし私たちにとっては、この攻撃もそよ風みたいなものだ。ヴァイオレットなどは、私の展開した層の中であくびをしている。


「私たちのことは気にせずに戦いなさい。」

「はい!」

スカーレット様の言葉を聞いて、メルテは再び戦闘を開始する。

その集中の仕方が見ていて心地いい。不安そうだったさっきのメルテはもういない。剣を握った瞬間から別の表情になる、あの子の癖だ。


「子供に守られているなんて恥ずかしくないんですか?」

アテナが、こちらに向けて声を投げかけた。


「あ゛?」

「は?」

ヴァイオレットと、私が同時に声を出してしまう。

一体誰に向かってそのようなことを言っているのだ?私たちであれば、まだいい。ただスカーレット様に対しての発言であれば、本当に許さないんだけど。


「二人とも、落ち着きなさい。」

スカーレット様が止めるのが、あと数秒遅ければ、あいつの首が飛んでいたことだろう。ヴァイオレットも剣から手を放す。


「誰に向かって……。」

そんな声とともに、異常な魔力密度を観測する。


一体どこから――っ!


「誰に向かって言ってるんですか?」

メルテから、表情が消えていた。


怖い……。


「ひっ……。」

あの、四天王もビビっているんですけど。メルテさん?

メルテの周囲の空気が、魔力の密度で重くなっている。まるで空気そのものが押し潰されているような、あの感覚。見習いの中で最強と言われる所以がここにある。普段は表情も魔力も抑えているから目立たないけれど、本気を出した時のメルテは、私たちですら背筋が冷える。


「くっ、セイント――」

「まず、その口を閉じてもらいます。」

シュッ、という音だけが聞こえた。


「かはっ……、ぁ、ぁ。」

全身に展開されていた聖法障壁を紙のように切り裂き、のどをかき切っていた。事前に治癒聖法が使用されているようで、徐々に傷口が塞がっていく。さすが四天王、自分への常時回復は怠っていない。


「私のことはいくら馬鹿にしてもらってもかまいません。しかし、他のグルンレイドの方々を馬鹿にする発言は絶対に許しません。」

……そうだった。

メルテは、無口だが人一倍グルンレイドの人たちを大切に思っている。

だから他のメイドたちよりも、そのような発言に敏感になっているのだ。この子にとって、グルンレイドは単なる職場ではない。家族であり、帰る場所であり、自分を受け入れてくれた唯一の世界。それを侮辱されたら、普段の無表情がひび割れる。


「やはり、一番危険なのはあなた……セイントアロー!」

「はぁぁぁっ!」

メルテは左腕でその攻撃をかき消す。


「華流奥義・。」

腕から血が流れているが、回復をせずにそのままアテナへと飛び出す。痛覚を一時的にカットしているのだろう。あの子がやる時はやる、という典型的な動きだ。


「セイントウォール!」

「邪魔ぁぁぁああ!」

聖力の壁に、頭からぶつかっていった。そして額からも血を流しながら、そのまま全力でその壁を押し潰そうとしていた。

メルテは基本的に魔法戦闘型だけれど、こういう時の身体能力の高さも見逃せない。見習いのリーダーがまさか頭突きで聖法障壁を破りにいくとは、誰も想像しないだろう。


「ば、馬鹿な!聖力に魔力が勝てるわけ……。」

バリン、という音とともに亀裂が走った。


「四天王だか何だか知りませんが、グルンレイドに仇為す存在は等しく私の敵。」

さらにその亀裂が広がっていく。


「覚悟、してください。」

「い、いや、やめ――。」

ガラスの割れるような音とともに、聖法障壁が破壊された。


「さようなら。轟一線。」

体が、真っ二つに切り裂かれた。

……よく見ると最初にヴァイオレットが切った部分と、全く同じ場所だ。あれ?メルテ、もしかして意図的に?それとも偶然?まあ、どちらでもいいか。結果は変わらない。


「あぁ……い、痛い……。」

「あなた、あまり聖族らしくありませんね。」

まだ息があるのか、メルテがアテナに何かつぶやいている。


「た、助け……。」

「スリープ。……その翼もその輪も、まるで作り物みたい。」

話の内容までは聞こえなかったが、メルテは睡眠魔法を唱えたようだ。苦しがっていたアテナが、死んだように静かになる。


「スカーレット様、回復をお願いいたします。」

「えぇ。」

そうして、四天王アテナはグルンレイドに敗れた。

スカーレット様が回復聖法もどきを唱え、アテナの傷が塞がっていく。意識は戻らないが、命は繋がった。ご主人様の命令通り、誰も死んでいない。


「メルテ、お疲れ様。」

私は歩み寄って、メルテの頭を撫でた。


「……あの、私、少し、怖い顔していませんでしたか?」

「してたよ。」

「そう、ですか……。」

ちょっと凹んでいる。あの表情の落差が、この子の可愛いところだと思う。戦闘中は鬼のようなのに、終わるとすぐに普通の十五歳の女の子に戻る。


「でも格好良かったよ。スカーレット様のために怒ってくれてありがとうね。」

「……っ。」

メルテの頬が、少し赤くなった。


「ヴァイオレットさんも、アシュリーさんも、スカーレット様も、皆大切な方々ですから。」

メルテの最後の一言は、聞こえたのか聞こえなかったのか分からない小さな声だった。でも確かに聞こえた。


「さ、神殿に向かいましょう。」

スカーレット様が歩き出す。

アテナは魔法で縛って、安全な場所へと移しておく。魔法の枷もしっかり。これで目覚めても、しばらくは動けないだろう。


四天王はあと一人。マークの方面にも一人向かっているはずだから、残りは神殿にいることになる。……あと、あの屋敷に来たロンドとかいう奴もいる。あいつは四天王ではないようだけれど、何かきな臭い存在だ。


神殿の方角から、微かに魔力の気配が届いてくる。メイド長の気配だ。


「メイド長たちは神殿の入り口にいるみたいだね。」

「そう。じゃあ、私たちも向かいましょうか。」

「はい!」

ヴァイオレットが元気よく返事をする。尻尾が振れていたら、今頃風が起きていた。


「アシュリーさん、行きましょう。」

「はいはい。」

私たちは神殿を目指して、飛び立った。

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