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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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天界5

「また置いてけぼりかよ……。」

「ご主人様、そんなこと言ってはいけませんよ。」

いつものようにマーク様がヴィオラに怒られている。ご主人様たちの姿が神殿前へと消えた直後のことだ。最近、というかマーク様に仕えるようになってからヴィオラは少し明るくなった気がする。もともと神眼を人に見られることを恐れて俯きがちだったあの子が、今ではこうしてマーク様の前で口を尖らせるようになった。そういう意味でもマーク様がグルンレイドに来てくれてよかったと、素直にそう思う。


「あー、またヴィオラがいちゃついてる。」

「アシュリーさん!そんなことはありません!」

別のパーティから飛んできた一言に、ヴィオラは顔を赤くした。


これもいつものやりとりだ。アシュリーさんはああ見えて意外と人をからかうのが好きで、そのターゲットにヴィオラがなることが多い。まあ仕方ない。ヴィオラって時々マーク様の前だと乙女の顔になるんだもの。訓練場で剣を振り回している時の凛とした姿とは別人のようで、見ているこちらまでむず痒くなってしまう。


「無駄話はそれくらいにして。」

その一言で、空気が一瞬で張り詰めた。


言葉を発したのはスカーレット様。マリー・ローズの一人で、その中でもメイド長を除いて最も強い存在である。初めてこの方をお見掛けした時、雪よりもなお白く透き通ったその髪に目を奪われた記憶がある。視線を合わせるだけで背筋が伸びてしまうほどの、美しさと威厳を兼ね備えた方だ。


「私たちは逆サイドから攻めていくわ。」

スカーレット様が指をくいっと空に向けた。


天界は神殿を中心に、円状に広がっているらしい。聞いたところによると、天界は人間界と比べるとかなり狭く、グルンレイド領と同じくらいだという。グルンレイド領は大森林なども含まれているから、私は狭いとは思わない。しかしこれがひとつの『世界』なのだと考えれば、確かに狭いという評価が普通なのかもしれない。


「あなたたちはこちらから、神殿に向かっていきなさい。カルメラ、よろしくね。」

「かしこまりました。」

私はスカーレット様に頭を下げる。


「マーク、あなたがリーダーだけどそれでいいわよね。」

「あぁ、もちろん。このパーティだと俺が指示するよりも、カルメラに任せた方がいいだろ。」

マーク様は立場的にはマリー・ローズよりも上ということになっている。メイド長よりは下だが、ローズ以下の全メイドは敬語で接することになっている。だからアシュリー様やヴァイオレット様もマーク様には敬語を使っているのだが、スカーレット様だけはそうではない。この方にはこの方なりの序列の見方があるのだろう。そういうところも含めて、他のマリー・ローズたちとは一線を画している。


「それじゃあ、いくわよ。」

「「「かしこまりました。」」」

スカーレット様のパーティが一斉に頭を下げる。アシュリーさん、ヴァイオレット様、そして見習いだけれど今回特別に連れて来られたメルテ。この四人の組み合わせは、敵にとっては悪夢でしかないだろう。


「ヨグ・ソトース。」

スカーレット様のそんな声とともに、四人の姿が天界の逆端へと消えていった。


---


「……ということだ。後は任せていいか、カルメラ。」

「お任せください。」

頭を下げながらそう返事をする。


マーク様との関わりは、思えば不思議なものだ。私は最初マーク様を『グルンレイドに侵入した存在』として認識していたため、あまり好印象ではなかった。いきなり屋敷に乗り込んできて、あげくアナスタシアと戦闘になり、捕縛されてご主人様から「ここで働け」と言われた流れを、私は後から聞かされた。


しかしグルンレイドの一員としてその生活を見ていると、根っからの悪人ではないということがわかってきた。文句を言いながらも結局は仕事をきちんとこなし、子供たち――アイラやディアナ、ビクトリアには本当に優しい。


さらに最近では、ヴィオラとの関係、そしてアイラやディアナから慕われ方を目の当たりにして、「いい人なのかもしれない」と思うところまできた。会話する機会はそれほど多くないので、私の印象は現状こんなところだ。


「三人で戦うというのは、なんだか懐かしいな。」

「そうだね。」

「そうね。」

ハーヴェスト、ヴィオラ、そして私。三人で顔を見合わせる。


この三人は、まだ私たちが見習いだった頃、一緒にパーティを組んでいた仲間だ。任務にもよく三人で行かされた。楽しいことも辛いこともあった。遠征先で雨に降られて泥まみれになったこと、魔物の群れに囲まれて徹夜で戦ったこと、任務を終えて屋敷に戻り三人で湯に浸かったこと。全てこの三人で分かち合ってきた時間だ。


今はヴィオラがマーク様の専属メイドとなり、ハーヴェストと私はそれぞれ他のメイドたちとの連携が増えた。こうやって改めて三人でパーティを組むというのも、なんだか懐かしい。


「……なあ、感傷に浸っているところ悪いんだが……何か来るぜ。」

マーク様が空を見上げながら言った。

確かに、私の感知魔法にも反応があった。人数は――八人だろうか。


「侵入者発見!」

空から急降下してきた複数の影が、石畳の上に次々と降り立つ。周囲を歩いていた僅かな聖族たちが、わっと悲鳴を上げて散り散りに逃げていった。建物の奥に駆け込み、扉を固く閉める音があちこちから響く。


……この冷静な避難。この状況が、初めてのことではないように思えてしまう。以前もこの街で、似たようなことがあったのだろうか。神兵たちが街で誰かを追い詰める光景が、日常の一部になっているとでもいうのだろうか。だとすれば、それはあまりにも――。


「グルンレイドのものだな。即刻排除する。」

私の思考を遮るように、神兵の一人が告げた。

戦闘訓練を受けた聖族、神兵。こちらの返事を待つまでもなく、八人がすぐに襲いかかってくる。


「よし、カルメラどうするんだ!」

「そうですね。私たち三人で相手をしますのでマーク様はそのまま……」

「ご主人様お願いいたします。」

私が指示を出している途中に、ヴィオラが凛とした声でそう言った。


……え?


「……ヴィオラ?冗談を言っている場合じゃないぞ?ほら、カルメラの指示をよく聞いて……。」

マーク様は困ったように首を傾げたが、


「ご主人様、お願いいたします。」

ヴィオラははっきりとマーク様の目を見据えたまま、同じ言葉を繰り返した。その瞳には一切の迷いがない。マーク様が慌ててヴィオラをなだめているが、当の本人は意見を変える様子は微塵もない。

私も一瞬考えた。そしてすぐに頷く。


「そうですね。マーク様、お願いいたします。」

「おい!カルメラまで!」

「これは命令ですよ。従わないのであればスカーレット様に報告させていただきます。」

「……やっぱ怖すぎだろ、ここのメイド。」

そう呟きながら、マーク様は神兵の方へ歩き始めた。


本当に強い相手であれば、私たちが率先してマーク様を守る形を取らなければならない。しかしこの程度の相手であれば、守るなんてことを考えるまでもないだろう。マーク様の勇者としての力を思えば、この神兵たちはさほどの脅威ではない。


「わがまま言ってごめん、カルメラ。」

ヴィオラが小声で謝ってくる。


「別にいいわよ。」

本当に、別に構わない。この程度の敵にマーク様をぶつけても、何の問題もないのだから。


「ヴィオラはなんでマーク様に戦わせたんだ?」

「えっと……それは……。」

ハーヴェストの素朴な問いに対して、ヴィオラは顔を赤らめながらモジモジとし始めた。


「ハーヴェスト、そんなことわざわざ聞かないの。」

「ん、カルメラはわかってるのか?」

……そんなこと、すぐにわかる。一体どれほどの時間、あなたたちのリーダーを務めたと思っているの。


「愛しのご主人様の実力を、私たちに見せびらかしたかったんでしょ?」

「っ……!?」

ヴィオラの顔がさらに真っ赤に染まっていく。ほんと、ばればれなんだから。


---


一瞬だった。


マーク様が剣を抜いたかと思ったその瞬間、神兵全員がその場に倒れたのだ。


「シド流・宵凪。」

人の身でありながら聖法を扱うことができる勇者、それがマーク様だ。剣に聖力を纏って攻撃する『シド流』をここまで使える人間は、この方くらいだろう。


「おーすごいな!」

「……確かにそうですね。」

ちらっとヴィオラの方を見ると、自慢げな顔でこちらを見ていた。はいはい、あなたのご主人様がすごいのはわかったわよ。そんな目でこちらを見られても、私の反応はこれが精一杯よ。


「ま、こんなもんか。あまり強くはなかったな。」

確かに、聖力の量も圧倒的にマーク様の方が多かった。さらに言えば、私たちと違って魔法ではなく聖法で挑んでいるので、相性によるハンデは一切ない。魔法であの神兵たちを倒すとなれば、さっきのマーク様の攻撃の五倍程度の攻撃力でなければ、聖法障壁すら破壊できなかっただろう。


魔法は聖法が弱点と言われるのも、納得である。


「回復は私たちが。」

そう言って、マーク様に斬られた神兵たちに回復魔法をかけていく。だいぶ深いところまで傷が入っているようで、そのショックで気絶しているものもいた。念のため全ての神兵に魔法による枷もつけておく。目を覚ました途端に襲いかかられても面倒だ。


「どうしてお前たちは私たちを攻撃する。」

「っ……魔族!」

ハーヴェストが、神兵の一人に声をかけていた。


ハーヴェストは魔族だ。褐色の肌と暗い髪、そして強く放出される魔力の気配から、聖族にはすぐに見分けがつく。しかし、こうして倒れてなお神兵が露骨に嫌悪を示すというのは、少々異常だ。


「お前たちは……千年前の出来事を忘れたのか!」

「……聖魔大戦か。」

私もグルンレイドで歴史を学んでいるので、その言葉は知っている。はるか昔、魔族と聖族の間で起きた大規模な戦争のことだ。最終的にお互いが不可侵の条約を結んで解決したはず、だが――。


「魔族が聖族を虐殺し、苦しみと痛みを植え付けた!」

「ん?私が知っていることと違うぞ。」

ハーヴェストが少し混乱した顔をしていた。確かに、私たちがグルンレイドで教わった事実とは少し、というかかなり違う。一方的な虐殺などではない。双方が攻撃し合い、双方が傷を負ったのだ。死者の数も、聖族側と魔族側とでほぼ同等だったと聞いている。


「……そう教育されてきたのですね。」

私はそう呟いた。


一方的に被害を受けたと教え込まれた聖族たちは、その苦しみをずっと魔族への憎悪として引き継いできたのだろう。何の知識もない子供たちに、その憎しみのバトンを渡し続けて。千年という長い時間を、ずっと。


「事実はあなたが思っていることと違う、と言ったら信じますか?」

「そんなはずはない!」

「天界という閉ざされた空間でしか生きてこなかったあなたと、世界を見てきた私たちグルンレイド……話を聞く価値はあると思いますが。」

「……それは。」

神兵の表情に、わずかな揺らぎが浮かんだ、その瞬間。


――強大なエネルギー体が、その神兵の上に直撃した。


「っ!……一体、何が!」

「あまり余計なことを吹き込まないでくれる?」

上空からゆっくりと降りてくるのは、聖族。しかしこれまでの神兵とは纏っている空気が全く違った。


「エクストラヒール!」

私はすぐに回復魔法を唱える。


「一体何をしてるんだ。神兵に向かって回復魔法とは。」

「あなたこそ何をしているの!仲間でしょう!?」

即死であればいくら回復しても無駄なのだが、少しでも可能性がある以上は回復魔法をかけて損はない。ご主人様の命令だ。誰一人として死なせてはいけない。それはたとえ敵であっても、ご主人様が捕らえろと命じた以上は同じことだ。


「はっ、仲間?私と、この神兵どもがか?」

聖族は心底嫌そうな表情を浮かべながら、さらに上空へと飛び上がった。


「私は四天王アポロン。そこに転がっているゴミどもと一緒にするな。」

四天王。


その聖力の量から、ただの神兵ではないとは感じていた。しかし四天王となると、存在感がまるで違う。周囲の大気が聖力に支配されているのがわかる。肌がピリピリと痺れるような感覚。マーク様とは違う、もっと純度の高い聖力だ。


「神に叛逆するものたちよ。一度死んだくらいでは、その罪は許されんぞ。」

「別に許してもらおうなんて思ったことはありません。」

「ちっ、人間の分際で……。」

天界へ攻め入るというのはご主人様の判断だ。それを妨げているあなたたちの方が罪深いのでは?――などと考えてしまうあたり、私もメイド長の教育方針にしっかりと染まってしまったのだと感じる。

しかし別に悪いことではないと思う。ご主人様が正しければ、ご主人様に従う私たちも正しい。そういうものだ。


「マーク様、お下がりください。」

「そうですね。ここは私たちが。」

「よし、やるか!」

この感じ、少し懐かしい。私の中で、魔力が静かに燻っているのが感じられる。普段は見習いたちの面倒を見たり、ご主人様のお食事のサポートをしたりと地味な仕事が多いから、こういう時でないと自分の本気を出す機会がない。珍しく、私も熱くなってきた。


ハーヴェストとヴィオラも、それぞれ戦闘態勢に入った。三人の息遣いが揃う感覚。見習いの頃、何度もこうして肩を並べて戦った。あの頃と同じ呼吸が、今この空の上で蘇ってくる。


---


「死ね!バーンショット!」

超高熱のエネルギー体が、こちらへ向かって飛んできた。


「ハーヴェスト。」

「あぁ!エアヴェール!」

ハーヴェストが私たちの前に出て、空気の層で攻撃を受け止める。魔力で圧縮された空気の壁が、炎を拡散させた。


「熱っ!」

「ヒール。」

ヴィオラがすぐに回復をする。手際がいい。連携に無駄が全くない。


「ほう、魔族か。」

ハーヴェストとアポロンが睨み合った。聖族と魔族、確かに因縁のある関係だが、今回は聖族とグルンレイド、ひいては人間の戦いだ。千年前の聖魔大戦など、今ここでは関係ない。


「ハーヴェストをアポロンのそばに飛ばして。」

「了解。」

ヴィオラの瞳に光が宿った。その瞬間、ハーヴェストが消える。

これは時空間魔法ではない。ヴィオラの持つ神眼の能力だ。魔力消費は一切ない。ただ『そこにいる』という事実を書き換えるような、異質な力。


「っ!神眼だと!?」

「その程度で驚いてたら、身が持たんぞ!華流・一刀!」

ハーヴェストの一撃を、アポロンは右腕で防いだ。なかなかの感知聖法と反射神経だ。並の相手であればここまでで終わるが、ハーヴェスト相手にそれだけでは止められない。


「だぁぁぁっ!」

力任せにアポロンを吹き飛ばし、地面へと叩きつけた。相変わらずの攻撃力だ。ハーヴェストの身体能力は魔族の中でも飛び抜けている。その一撃の重さは、私ではとても真似できない。


「……さすが魔族、一筋縄ではいかないか。」

右腕から血を流しながら、アポロンが立ち上がった。

戦闘を観察していてわかったことがある。この相手で一番気をつけなければいけないのは、炎系統の聖法だ。バーンショットと呼ばれる先ほどの攻撃にしても、エネルギー密度が他の神兵と比べて桁違いだった。


「セイントフレイム……。」

アポロンが新たな聖法を唱え始めた。


「ハーヴェストを私の後ろに!」

「了解!」

次の瞬間には、私の後ろにハーヴェストが飛ばされてきた。そしてヴィオラも私の後ろへ移動する。神眼による位置の入れ替えは、本当に便利だ。


「ちょこまかと……まとめて消えろ!セイントフレイムウェーブ!」

凄まじい炎の波が、こちらへと押し寄せてくる。

しかし私にとって、エネルギー量の大きさはそれほど問題ではない。大切なのは、対処する『時間』があるかどうか、だけだ。


「本来、私は壁役ではないんですけれどね。」

呟きながら、私は一呼吸の間に魔力を練り上げた。


「な、なに!?……消えた、だと……。」

炎の波が、私たちの前から姿を消した。


「一体何をした!」

「普通に威力を弱め、空間を切り離し、切り離した空間ごと少し離れた上空へ飛ばしただけですが?」

「戯言を……。」

戯言ではなく、真実なのだけれど。

私は聖法を唱えられた瞬間に時間を止め、その停止した空間の中で複数の魔法を同時に唱えただけだ。威力を弱める魔法、空間を切り離す魔法、そして切り離した空間ごと遠くへ転送する魔法。これを一瞬のうちに完成させる。


これが、無唱詠唱。


「いつ見ても、すごいものだな。無唱詠唱というものは。」

ハーヴェストがそう言ってくれた。

そう言ってもらえると、やはり嬉しい。私がこの技術を習得するのに何年かかったことか。しかし無唱詠唱は、使用するだけでかなりの魔力を持っていかれるので、あまり多用することはできない。今の一連の魔法で、私の魔力の一割くらいは消費した。


「ちっ、ならばもう一度唱えるまで!セイント……。」

アポロンは、再び同じ聖法を唱えようとしている。しかしこちらには神眼がある。一度見た構築を忘れるわけがない。


「ヴィオラ、聖法は崩せる?」

「もちろん。」

再び神眼が光り輝いていく。すると構築されつつあった『セイントフレイムウェーブ』が、内側から徐々に崩れていった。


「なんだ、聖法がうまく……。」

アポロンは動揺していた。しかし、


「……っ、聖力が強すぎてかなり大変かも。」

ヴィオラもかなりきつそうだ。

神眼で聖法の構築を崩すには、相手の聖力と同等以上の密度で干渉しなければならない。四天王クラスの聖力を崩し続けるのは、ヴィオラにとっても負担が大きい。いつまで妨害できるかわからない。この隙をついて、早くけりをつけよう。


「ハーヴェスト、私に続いて!」

「了解!」

音速に迫る速さでアポロンへと近づく。


「華流・花かんざし。」

私の剣が、アポロンの聖法障壁に突き刺さる。


「くっ、セイントウォール!」

アポロンは咄嗟に追加の障壁を展開した。しかし私の剣はそれごと破壊する。


「華流・周断。」

「がぁっ!」

腹部から血が流れた。が、やはり四天王。すぐに自身に回復聖法をかけているようだった。


「おらぁぁっ!」

「……っ!」

頭に強い衝撃が走る。聖力を纏った拳で殴られたのだ。視界がぐらついたが、意識は失わない。


「なめないで、ください!」

私は吹き飛ばされる衝撃を魔法で抑え、反転してアポロンの服を掴んだ。そしてそのまま、拳を叩き込む。


「がっ……!」

地面へと叩きつける。龍技はあまり得意ではないが、殴られたからには殴り返しておかなければ気が済まない。ほんと、自分でも意外と気が短いのだと思う。額から流れる血を拭いながら、自身に回復魔法を唱えた。


「カルメラ、怖い。」

「あぁ、私も魔族の身でありながら恐怖を覚えるほどだぞ……。」

ヴィオラとハーヴェストが、少し離れた場所でそんなことを言っていた。


……そう?私は私のことを怖いと思ったことなど一度もない。むしろとても優しいメイドだと自負している。見習いたちにもきちんと丁寧に教えているし、誰かが怪我をしたらすぐに駆けつける。優しい以外の何者でもないと思うのだけれど。


---


「四天王に手を出して、ただで済むと思うなよ……。」

額に手を当てながら、アポロンは立ち上がる。


「それはこちらのセリフです。グルンレイドに手を出して、タダで済むとは思わないことですね。」

メイドのみならず、ご主人様にも被害が及ぶような攻撃をしたのだ。おそらく全てのメイドが激怒していることだろう。メイド長ならば今頃、天界そのものを物理的に消し飛ばしたいくらいの気持ちでいるはずだ。


「人間にこの技を使うことになるとはな。」

そう言うと、アポロンの周囲にさらに聖力が集まっていく。周囲の大気が歪むほどの密度。


「神技、ですか。」

「よく知っているな。」

強すぎる聖力は、神の技にも届きうる。常軌を逸した聖力から繰り出される攻撃は、生半可な力では防ぐことはできない。


しかし、私の無唱詠唱の前では同じことだ。


「神技・プロミネンス・バーン!」

太陽にも似た、高熱のエネルギー体が現れた。そして次の瞬間、爆発した。

視界が真っ白に染まる。周囲の空気が一気に焼き尽くされ、石畳が溶けて泡立つ。


「この熱だ。人間など存在することはできない。呪うなら、神に叛逆した自分自身を呪え。」

「私たちは、誰かを妬み、呪うことを禁止されています。それが例え自分自身だとしても。」

「っ、どこだ!なぜ、生きている!?」

爆発の中心から、私たち三人が静かに姿を現す。


「爆風は少し離れた上空へ飛ばしておりませんでしたが、高熱のエネルギー体はしっかりと飛ばさせていただきました。」

熱がなければ、この聖法の威力も大幅にダウンする。そして私の無唱詠唱は、神技ごときに止められるようなやわなものではない。止められるとすれば、それは神そのものくらいのものだろう。


「だぁぁぁっ!神技……。」

「ヴィオラ、動きを止めて。」

「了解。」

ヴィオラの神眼が輝き、アポロンの動きを縛り付ける。


「くっ、この程度、すぐに……。」

「ハーヴェスト、とどめの一撃を。」

「了解!」

ハーヴェストの魔力密度が、一気に上昇する。


「華流・剪定。」

私の剣が、アポロンの聖法障壁を弱めた。


「ま、まて……。」

「華流奥義・。」

ハーヴェストの強大な魔力密度に、空間が揺れた気がした。


「極一刀。」

空間が歪み、剣が駆ける。


「かはっ……。」

空間と共にアポロンを切り裂いた。この魔力密度では、回復聖法も効果が大幅に薄まるだろう。普通ではあり得ない――魔法が聖法を抑え込むという現象が、今、目の前で起きていた。


「これほどの魔力……回復が、できん。やはり、我らにあだなす存在は、魔族、か。」

「この程度の魔力密度は、私でなくてもグルンレイドのメイドだったら誰でも出せる。」

「は、はは、そう、か……。」

さすがにこのままだと死んでしまうので、私は回復魔法を唱える。


「しばらく寝ていてください。スリープ。」

するとすぐに目が閉じられ、眠りについてしまった。これほど弱っていると、簡単に寝てくれて助かる。


「エクストラヒール。」

魔法をかけるが、やはり聖法障壁やアポロンの体内にある聖力が邪魔をして、思ったよりも回復しない。


「はぁ、仕方ありませんね。」

私はさらに魔力密度を上昇させる。


「エクストラヒール・絶唱。」

私もスカーレット様のように、聖法を擬似的に唱えることができたら、こんな時に役に立つのだろうと考える。まあ、スカーレット様ほどの頭脳と才能がなければ、そう簡単に覚えることはできないのだが。だから私はこのように、無理やり魔力で回復させるしかない。


「お疲れさん。すごかったぞ。」

「ありがとうございます。」

私は頭を下げる。確かに久しぶりの連携の割には、かなり良い動きだったと思う。見習いの頃、何度も三人で組んで戦った記憶が、体のどこかに残っていたのだろう。


「ヴィオラも、すごいな。」

「そ、そうですか!……い、いえ、別にそれほどのことではありませんから。」

ヴィオラは顔を赤らめながら、マーク様に背を向けた。


「あれ、マーク様、私にはないんですか?」

「ハーヴェスト、お前もすごかったぞ。今度あの剣の動き、教えてくれ。」

「もちろんです。ヴィオラがいない時に、ゆっくりと。」

ハーヴェストはヴィオラを横目に見ながら、マーク様へ近づいていく。その表情は完全に、ヴィオラをいじる時の顔だった。


「は、離れて!ハーヴェスト!」

「悪い悪い。褒められている時のヴィオラが可愛くて、ついな。」

ヴィオラはマーク様とハーヴェストの間に割って入って、ハーヴェストを威嚇していた。


「おい、どうしたんだヴィオラ。俺はハーヴェストに剣を教えてもらおうと……。」

「ご主人様は黙っててください!」

やっぱりヴィオラは、マーク様と一緒になってから明るくなったと思う。でもご主人様にあの態度はよくないような……まあ、マーク様は気にしていないようだから、いいのだろう。


「おい……。」

困り顔をしながらも、マーク様もそれが嫌というわけではないようだ。案外、マーク様は『貴族のような丁寧な扱い』よりも、こういうフランクな接し方の方がしっくりきているのかもしれない。元々勇者として辺境で戦っていたような方だ。かしこまった作法よりも、こうして軽口を叩き合える関係の方が性に合っているのだろう。


「さあ、神殿に向かうわよ。」

私はアポロンを安全な場所へと移動させながら、そう言った。魔法の枷もしっかりとかけておく。これで目覚めても、しばらくは動けないだろう。


四天王はあと二人。きっとスカーレット様の方にも向かっていることだろう。だが、心配は無用だ。きっとあの方たちの前では、数秒も立っていられないに違いない。


神殿の方角から、微かな魔力の気配が届いてくる。メイド長とご主人様が、すでに行動を開始しているのだろう。


「行くぞ。」

「「はい!」」

三人――そしてマーク様と合わせて四人で、私たちは神殿へと向かい始めた。

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