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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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天界2

出発は翌朝の早朝とのこと。それまでに全ての準備を整えなくてはならない。

しかし、ご主人様の次の言葉は私の予想とは違うものだった。


「今日は魔王城で夜を越す。全てのメイドは出発の準備をしろ。」

「それは、どういうことですか?」

思わず聞き返してしまう。周囲からもざわめきが漏れた。


「ホーリートールという聖法は、座標を精密に指定し、場所に対して攻撃するものだ。」

「……ということは、この座標はすでに登録されている……。」

一度攻撃を行った座標は、聖族の側に記録されている。つまり再び同じ場所を攻撃することは、最初の一撃よりもはるかに容易いということだ。このままここにいれば、格好の的になる。


「でしたら、この屋敷をメアリーに運ばせて、少し離れた平野などに移動させれば良いのでは……。」

メアリーの空間魔法であれば、屋敷を丸ごと収納し、安全な場所に再配置することができる。わざわざ魔界まで移動する必要はないのではないか。


「まあ、それでもいいが、この際だ。全てのメイドに『魔界』を見せてもいいかと思ってな。」

ご主人様の言葉を借りるなら、"これも経験"ということだろう。見習いたちの多くは魔界を訪れたことがない。いずれ必要になる経験を、この機会に積ませておこうということか。


――私の考えが至っていなかった。

目の前の危機を回避することだけに思考が向いていた。ご主人様は、危機を回避しながら同時にメイドたちの成長も見据えている。この差が、私とご主人様の間にある壁なのだ。


「申し訳ありません。私の考えが拙いばかりに。」

「いや、平野に移動も悪くない……。」

「いいえ、速やかにメイド全員、魔界へ移動させます。」

しかし、魔界に行くとなると宿泊場所の問題がある。グルンレイドのメイドは見習いを含めれば相当な人数だ。この人数が泊まれる場所を急ぎで確保するのは容易ではない。


「宿泊場所で悩んでいるのか?」

「……はい。」

心の中まで見透かされている。ご主人様の前では、何を隠しても無駄なのだと改めて思い知る。


「ならばいい場所がある。」

「それは……。」

「魔王城だ。」

魔王城。確かにあの城は魔界最大の建造物であり、グルンレイドのメイド全員を収容してなお余りある広さを持っている。しかし、勝手に使用して良いものだろうか。


「使用していいかどうかは、そこを支配している者に聞け。」

「そこを支配している者、魔王……っ、マーク。」

私はマークの方をじろりと見た。魔王城は現在マークの管轄下にある。マークはグルンレイドの雇用者であり、勇者の称号を持つ存在だ。ご主人様への態度は問題があるが、その実力と判断力は認めている。


「全員分の部屋を用意してくれますか?」

「お、おう!もちろんだ!だからそんな目で俺を見るな……。」

マークが慌てて了承する。これで宿泊場所の問題は解決した。


「メアリー、この屋敷ごと重要なものすべてを持っていけ。」

次にご主人様はメアリーに声をかけた。メアリーの魔法、無限空間。その名の通り、内部に際限なく物を収納できる空間を生み出す。この屋敷を丸ごと収めることも、メアリーにとっては難しいことではない。


「かしこまりました。そ、それと今回の件は、ま、誠に……。」

「何のことだ。お前は十分に役目を果たしていたぞ?」

「……あ、ありがとうございます!」

メアリーの目にまた涙が浮かんだ。しかし今度は、先ほどとは違う涙だった。


ご主人様の言葉は正しい。メアリーの魔力障壁は確かに破られた。だがあの障壁が最初の衝撃を受け止めていなければ、私の障壁展開が間に合わなかった可能性がある。メアリーは十分に役目を果たしていたのだ。


「魔王城とて、準備が必要かと思われます。事前に行くものが必要かと。」

私はそう進言する。魔王城は広大だが、長期間使用されていない部屋も多い。全員分の部屋を整えるには、先発隊が必要だ。


「ほう?そうだな、マークよ。」

「はいよ。ま、今回は俺が適任だな。」

「わしもおるしの!!」

ビクトリアが声を上げる。元魔王だ、魔王城のことは誰よりも熟知しているだろう。ということは先発隊は、マーク、ヴィオラ、ビクトリア、アイラ、ディアナ。マークのパーティが丸ごと先行するかたちだ。


「それでは私はこのものたちを魔界の門まで送ってまいります。」

私は時空魔法の詠唱に入った。五人の周囲に魔力を集中させ、空間の座標を魔界の門に設定する。


「ヨグ・ソトース。」

空間が歪み、五人の姿が掻き消えた。魔界の門のすぐ傍に送り届けた。あとはコトアルが門を開け、案内してくれるだろう。


---


五人を送り届けた後、私もいったん自室へ戻った。

部屋は静かだった。窓の外は、先ほどの騒ぎが嘘のように穏やかな夜空が広がっている。星がいくつか見えた。


今から攻撃しますと宣言してから実行するなど、舐められたものだ。しかし裏を返せば、あの聖族は一日の猶予を与えるだけの余裕があるということでもある。一日後の攻撃は、先ほどの比ではないだろう。


なぜ今日なのか。そもそも四天王を一人倒されたのは、もう少し前の話だ。報復にしては反応が遅い。おそらく神とやらの気まぐれか、あるいは何か別の事情があるのか。


――コンコン。


自室の扉がノックされた。


「どうぞ。」

「失礼します。」

扉を開けて入ってきたのは、金色の髪を持つ聖族の女性だった。


「イリス……どうしました?」

「少し気になることがありまして。」

私はイリスをテーブルまで案内し、向かいの椅子に座るよう促した。


イリスはグルンレイドのローズであり、聖族でもある。元四天王という経歴を持つ彼女の知識は、天界に関しては私よりもはるかに深い。その白い翼は聖なる存在の証だが、本来あるべき頭上の輪――聖族の象徴ともいえる光の輪は、イリスには見当たらない。それが彼女の過去と関係しているのだろうが、今はそれを問う時ではなかった。


「先ほどの聖族から、神の加護が感じ取れませんでした。」

「それは、どういうことですか?」

聖族は神の加護を受けることができる。そしてその加護を互いに感じ取ることができるということは、以前イリスから聞いていた。聖族同士であれば、相手が神の加護を受けているかどうかは一目でわかるのだという。


「私も以前あの場所にいたことがあるのですが、下界に降りるときは必ず神の承諾を得なければならないのです。」

イリスは四天王だった頃の記憶を辿るように、少し視線を落としながら話した。


「承諾されると、必ず神の加護が付与されます。例外はありま……いえ、私くらいでしょう。私以外ではあり得ないことなのです。」

つまり、こういうことだ。


聖族が地上に降りるときには、神の許可が必要。

許可を得れば、必ず神の加護が付与される。

しかし先ほど訪れたあの聖族――ロンドには、加護がなかった。


「神の許可を得ていない、ということですか。」

「そうだと思われます。」

イリスは静かにうなずいた。


これは重大な情報だ。ロンドは「神の使者」を名乗っていた。しかし神の許可なく降りてきているのであれば、それは神の意思による行動ではない可能性がある。


「神が許可し忘れた、なんてことは絶対にありません。あるとすれば、神そのものが機能していない。そう考える方が自然です。」

イリスの表情は真剣だった。


まだ予測の段階ではあるが、少しずつ輪郭が見えてきた気がする。何かしらの原因で、天界の神に異常が発生している。その隙を突いて、ロンドのような存在が独断で動いている可能性がある。


「わかりました。ありがとうございます。」

「いえ。当然のことです。少しでも違和感を感じたら報告する。そう教えたのはあなたではありませんか。」

「そうでしたね。」

思わず笑みがこぼれた。イリスは優秀なメイドだ。私が教えたことを、忠実に、そして的確に実行してくれる。


「それでは私も準備をしなければいけないので、これで。」

イリスはそう言って立ち上がり、美しい礼をしてから部屋を出て行った。


一人になった部屋で、私は考えを整理する。

この襲撃が神の意思に反する独断だったとしても、やはり許すわけにはいかない。メイドたちに傷をつけたこと。ご主人様の絵画とグラスを壊したこと。そして今後、領民に危害が及ぶ可能性があること。


その全てを止めるために、私たちは天界へ行く。


---


私は自室に戻り、机に向かう。

明日の天界行きのメンバーを選定しなくてはならない。


私はしばらく考えた末、次のように決めた。


パーティ1

ジラルド・マークレイブ・フォン・グルンレイド

イザベラ・マリー・ローズ

メアリー・マリー・ローズ

イリス・ローズ


ご主人様のパーティには、私とメアリー、そしてイリスを配置する。イリスは天界について最も詳しい。元四天王としての知識と経験は、未知の領域である天界を進むうえで不可欠だ。私は天界に一度しか足を踏み入れたことがない。わからないことも多い。メアリーは魔力障壁と空間魔法の両面で、ご主人様の護衛に欠かせない存在だ。そして私は――ご主人様のお側を離れるつもりはない。


パーティ2

マーク・アーサー

ヴィオラ・ローズ

カルメラ・ローズ

ハーヴェスト・ローズ


勇者であるマークをリーダーとする。ご主人様への態度に関しては常々注意すべきだと思っているが、実力は私も認めている。マークには自身の力を隠す癖がある。真の力を解放すれば、マリー・ローズに匹敵する強さを発揮できるはずだ。


残りの三人は、見習いの頃から優れた連携を見せていたカルメラとハーヴェスト、そしてヴィオラ。ただ、ヴィオラは正確にはグルンレイドのメイドではない。マークの専属メイドである以上、マークの許可なく連れて行くことはできない。試しに聞いてみたところ、「ヴィオラを連れて行くなら俺もついて行く」とのことだった。予想通りの答えだ。


パーティ3

スカーレット・マリー・ローズ

ヴァイオレット・マリー・ローズ

アシュリー・マリー・ローズ

メルテ・ローズ


パーティ3は戦闘部隊だ。マリー・ローズの中で最も実力のあるスカーレットをリーダーに据え、ヴァイオレットとアシュリーを加えた。スカーレットの判断力と戦闘能力は、私に次ぐものがある。ヴァイオレットの剣技は純粋な破壊力において全メイド中でも屈指だ。アシュリーの観測魔法は攻撃力こそ他の二人に劣るが、今回のような未知の敵を相手にする戦闘では必須となる。


そしてこのパーティに一人、見習いを加えた。メルテだ。


メルテは現在の見習いの中で最も強いと私は思う。誰が見習いのトップかと聞けば、見習い全員が迷いなく「メルテ」と答える。それくらい突出した存在だ。魔神化できるリアや闘気を極めつつあるアナスタシアにも劣らないほどの実力をもっているだろう。


今回天界に連れて行くのは、経験という意味合いが大きい。メルテほどの実力があれば、足手まといにはならない。むしろスカーレットのパーティの戦力として十分に機能するはずだ。


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