極東12
ーーオリビアーー
「くっ、まずは……ホーリーアロー」
ミカエルの聖法が、倒れているクレアに向かって放たれた。
「華流・剪定」
私の剣が間に合った。ガギィンという音とともに、聖法が拡散される。
「リーダーに何かしたら、許さないから。」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「無駄な足掻きはよせ。私に手も足も出なかったはずだ。」
「不思議と、今は負ける気がしません。……この魔力のおかげでしょうね。」
体の中をクレアの魔力が巡っている。温かい。さっきまでとは全く違う。体が軽い。剣を握る手に迷いがない。なぜこんなに力が湧いてくるのかわからないけれど——クレアの魔力が、私たちの中で燃えている。
「貴様らにたった数秒で何ができる!」
「あなたを倒すこと……。」
私は相手をにらみつける。
「私が隙を作るから、レイリン、お願い。」
「うん、わかった。」
剣を握る手に力が入る。クレアの魔力を受け取っていても、きっと私の攻撃力ではあの存在を一撃で倒すことはできない。時間をかければなんとかなるかもしれないが、この魔力は数秒しか持たない。だからレイリンに託す。あの子の一撃なら——四天王だって沈む。
「ホーリー……いや、確実に、か。」
ミカエルがそう呟くと、異空間から剣を取り出した。美しい刃だった。聖力で満たされた、この世のものとは思えないほどの輝き。
「シド流・」
「華流・」
固定されているはずの空間が震えた。私は足に全ての力を込めて跳んだ。
「月下」
「花かんざし……かはっ」
ミカエルの斬撃が私の腹部を捉えた。深い。内臓が見えるかもしれないくらいの傷。でも——切断はされていない。クレアの魔力が魔法障壁を底上げしてくれている。さっきの私なら真っ二つだっただろう。
そして私の剣先がミカエルの体に触れていた。花かんざしの真髄——クレアの魔力を、ミカエルの体内に流し込む。
「華流奥義・轟一線」
止まれない。止まるつもりもない。腹部の激痛を魔法で抑え、全身の魔力を剣に乗せる。
「シド流・……早い!」
ミカエルの聖法障壁が展開された。しかし——今度は斬れた。
「がぁぁっ!人間が!」
ミカエルの体勢が崩れた。しかし、そこで私の魔力は限界を迎えた。体から力が抜け、地面に倒れ込む。もう指一本動かせない。
レイリン、あとは、お願い……
ーー
—— ミカエル ——
なぜ私がこれほどのダメージを負っているのだ。しかも人間の少女に。
……いや、考えても仕方ない。私の脅威となる人間もいるということだ。ただ、もう残りは一人。さっきの剣士も魔力が切れて空間に固定されていた。
「セイントヒール」
体勢を整えつつ回復聖法を唱える。腹部から肩にかけての傷を修復していく。
「その回復は無駄です。」
「っ!」
声のする方を見た。そして——息を呑んだ。
赤みがかったオレンジ色の髪の少女が、そこに立っていた。今までとは全く雰囲気が違う。纏っている魔力が尋常ではない。両拳から溢れ出る熱量が、この時間停止空間の中ですら空気を歪ませていた。
「もうすぐ、終わりますから。」
静かな声だった。怒りでも恐怖でもない、ただ純粋な確信を持った声。
「戯言を。」
なぜ私が体勢を崩した時に攻撃してこなかったのだ。すでに傷は回復し、少女の方を向いている。あの隙に攻撃していれば——
いや。この少女は溜めていたのだ。あの一瞬の隙の間に、全ての魔力を拳に集中させていた。
「シド流・宵凪……っ」
体が思うように動かない。何だ、これは。
「体内にある、クレアちゃんの魔力のせいですよ。」
一体いつ——あの時か。華流・花かんざし。あの技は魔力を流し込むための技。あの剣士が私の体に触れた瞬間に、あの金髪のメイドの魔力を注入していたのか。
「それでは、お別れですね。」
「っ、私が、四天王である私が、人間ごときに倒されるはずがない!」
体内のクレアの魔力を中和しながら、聖力を集中させる。次の一撃で確実にあの人間を仕留める。
「神技・セイント……」
この技を人間に放つとは思わなかった。この方向に飛ばせば、倒れている二人ごと三人全員を一瞬で消し飛ばすことができる。それで終わりだ。
聖力が極限まで高まっていく。この空間の全てが白く染まり始めた。
ーー
—— レイリン ——
音が消える。視界が一点に収束する。
私の鼓動だけが大きく響き渡り、まるで体全体が心臓になってしまったかのような錯覚すら覚えた。
ミカエルの聖力が膨れ上がっていくのが——見える。白い光が渦を巻き、一つの形を成そうとしている。神の力。触れれば原型をとどめることのない、圧倒的な聖法。
やはり聖力は美しいと思った。思わず膝を折りたくなるような、崇高で不可侵の力。
しかし私は——私たちは、それを人の身で阻もうとしている。
それができる。いや、その程度できなければいけないのだ。
なぜなら、私たちはグルンレイドのメイドだから。
「龍技・」
私の魔力核が限界を越えた。割れそうなほどの圧力がかかる。でも——それを包み込むようにクレアちゃんの魔力が私を支えてくれた。温かい。背中を押されているような感覚。クレアちゃんが「大丈夫」って言ってくれているみたいだった。
拳に全てを集めた。私の魔力、クレアちゃんの魔力。
「トールライン!」
神の光が、こちらへ向かってきた。白く、眩しく、全てを灼き尽くす光。触れれば原型をとどめることはないだろう。
だけど、避ける必要なんてない。
魔法障壁もいらない。
ただ、一撃でいい。
「インフィニティ……スマァッシュ!!!!!」
拳が神の光に触れた瞬間——聖力が割れた。
音が消えた。
光が消えた。
ーー
ーークレアーー
私は時間停止空間から押し戻されたことを感じた。いつものように鳥の声が聞こえる。風が吹いている。
部屋の奥の壁が——いや、壁どころか天守閣の一部がごっそりとなくなっていた。
その先に、ミカエルが倒れていた。翼が折れ、天使の輪が消えかけている。動いている様子はなかった。
「……終わった?」
私は動かない体で、かろうじてそう呟いた。
「うん。終わった。」
レイリンが振り返った。満身創痍だった。両腕から血が流れていて、体中に裂傷がある。自分の攻撃の反動だろう。
でも——笑っていた。
「終わったよ、クレアちゃん、オリビアちゃん。」
クレアは目を閉じたまま、動かなかった。でも胸がかすかに上下しているのが見えた。生きている。あの2人がやってくれたんだと確信する。
「最高だね、2人とも。」
私は思わずそうつぶやいた。




