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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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極東11

聖族から情報を聞き終えた後、私は急いでいた。


エストレアへの尋問にかなりの時間を費やしてしまった。オリビアちゃんとレイリンちゃんのことだから、その辺の聖族には負けないだろう。でも四天王は違う。メイド長の話では、魔貴族と同等かそれ以上の実力だという。二人が私の到着を待たずにミカエルに挑んでいたとしたら、かなりまずい。


二人にメッセージさえ飛ばすことができれば——。情報の遮断、本当に厄介な聖法だ。


「多分、上だね。」

大体偉そうな人は上にいる。王国の王もそうだし、ご主人様も屋敷の上の方にいらっしゃる。


「ミカエル様は上だ。天守閣におられる。」

私は驚いてそちらを見た。

声の主はエストレアだった。壁に背を預けて座っている。目は開いていて、こちらを見ていた。


「……精神支配は解けているはずですが。」

さっきまで尋問していた聖族が、精神支配が解けた状態で自発的に情報を出してきた。どうして?


「私はどうせ死ぬ。命令を遂行できない存在は、天界には必要ないのだ。」

その言葉に、私は足を止めた。


エストレアの声には、投げやりな響きはなかった。諦めでもなかった。ただ静かに事実を述べているだけのように聞こえた。四天王の命令は、神の命令と同義。それに背けば反逆。失敗しても反逆。どちらにしても、エストレアに帰る場所はない。


「すまなかったな。人間を、奴隷のように扱ってしまって。」

下を向きながら言った。その表情に嘘はないように見えた。でも——


「なんで今更そんなことを言うんですか。そう思うならもっと早く止めればよかったですよね。」

私はエストレアを睨んだ。


できるなら最後まで悪者であってほしかった。人間には理解できない思考回路で、まるで災害のように淡々と蹂躙してくれれば、私も何も考えずに刃を向けられたのに。こうして謝られてしまうと、簡単に敵だと割り切れなくなる。


「本当に……すまない。ミカエル様の命令には、逆らえない。」

四天王の命令は神の命令だ。従わなければ反逆。聖族にとって神への反逆は、存在そのものの否定を意味するのだろう。たとえその命令がどれだけ行き過ぎた過激なものだとしても——従うしかなかった。


それを理解できないわけではない。グルンレイドのメイドだって、ご主人様の命令には従う。でもご主人様は、こんな命令を下したりしない。


「……聖族は、私たちの敵ですか?」

いつかのご主人様の言葉を思い出していた。


"真なる敵を見定める力をつけよ。"


一人一人に異なる正義がある。それを目で見て、肌で感じ、判断しなければいけない。私たちが刃を向けるべき存在を、間違えてはいけない。


「少なくとも私は、この作戦には反対だった。人間は道具ではない。魔族を倒したいのであれば、直接魔界へ攻め込めばよかったのだ。」

エストレアの声に、怒りが滲んでいた。四天王への怒り。それを口にすること自体が反逆にあたるはずなのに、もう隠す必要がないと思っているのだろう。


私は魔族を支配するという考え自体に納得しているわけではない。ただ、聖族には聖族の事情がある。全てを理解することは私にはできない。


はぁ——一体私はどうしたらいいのか。

今すぐにでもグルンレイドに戻ってメイド長に報告したい。でも、黒海と魔界を繋ぐ時空の歪みも、奴隷として働かされている人たちのことも、"今"解決しなければいけない問題だ。帰っている間に状況が悪化したら、取り返しがつかなくなるかもしれない。


全てを解決できるという自信が持てない自分が恨めしい。力のなさ、経験のなさ、己の未熟さ。改めて突きつけられる。


でも——あの武士の震えた声が、まだ耳に残っている。"助けてくれ"と。


「……人間を救いたいという気持ちがあるなら、今すぐに助けに行ってください。どうせ死ぬ命なんですから、それくらいできますよね?」

きつい言い方をした自覚はある。でも、今はそうするしかなかった。


「……わかった。」

エストレアは立ち上がった。翼はまだ完全には回復していなかったが、歩くことはできるようだ。

私は誰も死なせる気はない。ミカエルに勝てば、エストレアが処刑されることもない。できるとかできないとか、そんなことを考えている場合じゃない。リーダーである私が迷っていてどうするのだ。


私はこの城の最上階——天守閣へ向かって飛んだ。


ーー


天守閣の扉を開けた瞬間、目の前の景色に言葉を失った。


「遅かったな、人間。」

部屋が、おかしい。外から見た天守閣の大きさよりも遥かに広い空間が広がっていた。時空間聖法が展開されている。天井が見えないほど高く、壁もはるか遠くにある。一つの部屋の中に、もう一つの世界が作られているようだった。


「……。」

「どうした、そんなに私を見つめて。」

ミカエルの姿を見た。椅子に座っている。悠然と、この空間の主として。


でも私が見つめていたのはミカエルではなかった。


レイリンちゃんとオリビアちゃん。二人が空中で両腕を固定され、吊るされていた。体のいたるところから血が流れている。


「絶対に許さない。」

声が震えなかったのは、怒りが恐怖を上回っていたからだ。


「はっ、怖いな。だが、殺してはいないぞ?……まあ、出血多量で死ぬかもしれないがな。」


「エクストラヒール……っ!」

回復魔法を唱えたが——傷が全く塞がらない。


「私の聖法障壁はそう簡単に破れない。」

二人の周りには強固な聖法障壁が展開されていて、私の魔法が届いていなかった。


「早くしないと、本当に死ぬぞ?」

「何がしたいんですかぁぁぁ!」

気がついたら地面を蹴り上げ、ミカエルに斬りかかっていた。


「華流・極一刀!」

「愚かな。」

凄まじい音とともに聖法障壁にぶつかった。傷一つつかない。そして次の瞬間——


「あ……。」

私の右腕がぼとりと地面に落ちた。何も見えなかった。斬撃が飛んできた気配すらなかった。


「お前では私に勝てない。」

「エクストラヒール」

痛覚を遮断し、すぐに腕をくっつける。


「やってみなければ……え?」

視界が斜めになった。足が——右足が切られていた。地面に激突する。


「こういうことだ。」

見えない。いや、斬撃が空間を移動した様子もない。観測魔法が使えない状態で断言はできないが、直感が言っている。この攻撃には空間の移動がない。つまり——この空間自体がミカエルの支配下にあり、空間そのものが私を切っている。


「それでも、まだ私に挑もうというのか?小さき人間よ。」

「当たり前です。」

「こいつらと同じ答えだな。」

ミカエルが空中に吊るされている二人を見た。


「そうしてこうなった。」

滴り落ちる血の音だけが、この広大な空間に響いていた。地面に広がっている血の量から見て——あと五分も持たないかもしれない。


「エクストラヒール……あっ……。」

右足が回復すると同時に、左足が切断された。痛覚遮断魔法を使っていても、痛いものは痛い。叫び出したかった。でも叫んだところで何も変わらない。


「人間界が瘴気に侵され、ボロボロになった暁には、私たち聖族が支配してやろう。喜べ、人間が滅びることはないぞ。」

「聖族が、支配?笑わせないでください。」

地面に這いつくばったまま、ミカエルを睨みつけた。たとえこの世の全てが崩壊したとしても、悠々とそこに佇んでいる存在が一つだけある。


「グルンレイドがある限り、人間界が支配されることはありません。」

「貴様ら程度の実力で、どうしてそこまで強がれるのだ。四天王である私に勝てないのであれば、神になど到底及ばない。」

悔しい。グルンレイドに泥を塗ってしまう自分が、本当に悔しい。ローズの方々であれば、この程度の問題は一瞬で解決してしまうのだろうか。


「では、さらばだ。神のご加護があらんことを。」

私の体が、二つに切り裂かれた。


ーー


暗くなっていく視界の中で、自分の体が見えた。


案外、死ぬまでに時間がかかるんだね。


私が溶けていく。溶けて、溶けて——この世界と一体になっていくようだ。


"グルンレイドのメイドである以上、命令を遂行できず死ぬことは断じて許さん。"


暗闇の中で、声が反響した。


"グルンレイドのメイドは"生きて"任務を遂行しなければならない。"


体の奥底まで響く声。いつ聞いたのかも思い出せないほど昔の言葉。でも、一度も忘れたことはなかった。


いつだって私たちの心の奥底で支えてくれるのは、私が仕える唯一の存在。リアちゃんも、あの海で死にかけた時にこんな声が聞こえたのだろうか。


そう——私は死ぬわけにはいかない。そして二人も、死なせるわけにはいかない。


「死、ね、ない。」

「……馬鹿な。体が分かれているんだぞ……。」

私の魔力核が圧縮されていくのを感じた。それと同時に、体が繋がり始める。溶け出していた肉体が再び型にはめられ、元の場所へと戻っていくような感覚。痛みはなかった。ただ、魔力核が悲鳴を上げるほどに圧縮されていくのがわかった。


「私は、死ねない。」

「驚いた。貴様、本当に人間か?」

死ぬことすら拒んでしまうような、こんなわがままで自分勝手な生き物。どう考えても人間以外にあり得ないでしょう。


「ええ、申し遅れました。私はグルンレイドのメイド、クレアと申します。。」

完全に修復された体をミカエルに向ける。


神ごとき、恐るに足りない。


なぜかって——私が誇り高きグルンレイドのメイドだから。そして、このパーティのリーダーだから。


絶対に負けるわけにはいかない。




ーー


「起き上がったところで同じことだ。」

次の瞬間、時間加速するのを一瞬感じた。そして、それに合わせるように私は肉体と精神を極限まで研ぎ澄ませる。


「それは、どうでしょうか。」

そして、私は言葉を発する。


……時間が止まった空間の中で。


「これが、時間停止空間なんですね。」

周囲を見渡した。風も、音も、何もかもが止まっている。レイリンちゃんの髪が空中で固まり、オリビアちゃんの血が滴り落ちる途中で静止していた。この空間で"動く"ということだけで、想像を絶する負荷がかかっている。魔力核がきしむ。でも——動ける。


「……ああ、そうだ。」

ミカエルの声に驚きの色があった。死んだはずの人間が、時間停止空間の中で立っている。さすがに想定外だったのだろう。


「ファイアーアロー」

魔法を唱えた。しかし弱々しい炎が飛んでいき、ミカエルに届く前にエネルギーが尽きて止まってしまった。この空間では、魔法を唱えること自体が途方もない負担なのだ。


「何かしたか?」

「今の、かなり本気で唱えたんですけど。ここで魔法を唱えるって、こんなにきついんですね。」

少しでも気を抜けば、元の空間に引き戻されてしまう。この空間に留まり続けるだけで、全身の魔力を消費している。


「けれど、諦める理由にはならない。ファイアーアロー!」

「……っ!」

今度は届いた。ミカエルの右肩に着弾する。


「少し、楽しめそうだな。ホーリーアロー!」

「エアヴェール」

直撃する前に減速させることはできた。完全には止められないが、この空間ではそれで十分だ。エネルギーが縮小した聖法は元の時間に引き戻され、止まった。


「華流・周断」

「はあっ!」

ミカエルが聖法障壁を展開して受け止める。自分でもわかる。徐々に魔力密度が上がっている。死にかけたことで、魔力核が限界以上に圧縮された。その反動で、今の私の魔力密度はさっきまでとは別物になっている。


「華流奥義・極一刀」

「があっ!」

聖法障壁が破壊され、ミカエルの右肩から腰にかけて斬りつけた。


「セイントヒール」

すぐに回復される。でも——四天王にダメージを与えた。その事実が、私の中に火を灯した。


「華流奥義——」

「だがそこまでだ。」

「っ!」

体が動かなくなった。聖法で固定されている。


「このまま魔力を拡散する結界を張れば、貴様はこの空間にはいられなくなるな。」

動きさえ止めてしまえば、後は煮るなり焼くなり好きにできるということだ。


「……なんだその顔は。」

「やはり私は、勝てないなと思いまして。」

「ならば自らこの空間を出てもいいんだぞ?」

「それは……ご遠慮いたします。」

私は諦めてなんかいない。勝てないことはわかった。でも、やるべきことはまだ残っている。


「ではどうするつもりだ?ここからお前は何ができる。」

「ですから、私は何もできませんよ。」

周囲に魔力が集まっていく。圧縮されていた魔力密度をさらに引き上げる。魔力核に負荷がかかりすぎて、このままでは意識を失うだろう。でもそれでいい。


「一体何を……」

「エクストラヒール・絶唱」

回復魔法。でも、自分自身にではない。

空中に吊るされたままの二人——レイリンちゃんとオリビアちゃんの体から流れていた血が、元に戻っていった。傷が塞がり、失った血液が再生されていく。


「マジックシェア・絶唱」

ドサリ、と二人が地面に落ちた。


「ここは時間停止空間だぞ、なぜ奴ら二人がこの空間で動いている……。」

「私の魔力を分け与えました。ほんの数秒ですが、あの子たちはこの空間でも動くことができます。」

「そんなことをしたらお前は……!」

「そうですね。私はこの空間からいなくなりますね。」

体から力が抜けていくのを感じた。魔力が流れ出していく。寒い。手の先から感覚がなくなっていく。


でも——二人の目が開いたのが見えた。それだけで十分だった。


「あなたを倒すという目的を達成するために、最善を尽くすのがグルンレイドのメイドですので。」

そう言い残すと、体が崩れた。私は地面に倒れ——

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