ムムツの谷底1
ジラルドがメルテ、リア、アナスタシアを購入してから数ヶ月が経った。元々ジラルドが魔法適正のある子供を購入したためか、それともグルンレイドの厳しい訓練のせいか、子供たち3人は恐るべき速度で成長していた。
「はぁ、はぁ……どう、でしたか?」
「なかなかいい動きになってきたわね。」
リアの問いにメイド見習いの教育係、“ローズ“であるカルメラがそう答える。グルンレイドのメイドは家事給仕の仕事だけでなく、魔法、剣技、そして教養までもがその身に叩き込まれる。今は剣技の訓練をしているところだが……
「アナスタシア、魔力密度が足りてないわ。もっと厚くまといなさい。」
「わ、わかりましたわ。」
グルンレイドのメイドが使う剣技、“華流“には常に魔法が付与されている。普通剣技と言ったら魔法とは対極の存在、すなわち“魔法が使えないものが覚える攻撃手段“であるが、華流に限ってはどちらも使えなければいけない。
「華流・」
アナスタシアは地面を蹴り上げ、空中に浮かんでいる透明な氷に向かって剣を振りかざす。
「周断」
剣は美しい弧を描いて透明な氷に触れるが、カンという音がなりいとも簡単に止められてしまう。
「今のはなかなかいいわね。」
しかしカルメラはアナスタシアを褒める。それもそのはずだ『華流・周断』は対象物の破壊を目的としていない。その目的は切断だ。次の瞬間、空中に浮いていた氷はパックリと二つに分かれ、地面に落ちていった。
「さらに薄く鋭く魔力をまとうことで、もっと切断力を上げることができるわ。例えば……」
そう言ってカルメラは地面に落ちている細い枝を拾う。そして再び空中に透明な氷の塊を生成し、
「華流・周断」
カルメラが枝をゆっくりと氷の塊へと押しつける。するとアナスタシアの時と同じように、パックリと二つに分かれた。
「……すごい、ですわ。」
「アナスタシアちゃん、メルテちゃん!次あれやろうよ!」
アナスタシアは驚きの表情を見せ、リアはすぐに自分もできるようになりたいようで、見習い二人に向かってそんなことを言い放つ。
「……。」
しかしメルテはリアの言葉に頷くことはなく、カルメラの方へと近づいていく。
「カルメラさん、貸してください。」
木の枝を受け取ると、二つに別れていた方の一つを空へと放り投げた。
「華流・周断」
木の枝が氷の塊に触れると、二つに割れる。
「さすがメルテちゃんだね……」
「別に……」
アナスタシアは元貴族、もちろん華流ではなないがそのほかの流派の剣技を習っていた。そしてリアは何度もダンジョンへと言ったことがあり、多少の戦い方を知っている。メルテはというと、戦いとは無縁の生活を送っていたのだ。しかし、この3人の中では魔法も剣技もメルテが一番出来が良かった。アナスタシアやリアも天才と言われる領域ではあるが、メルテはそれ以上の天才と言わざるを得ない。
「私もたくさん練習しなければいけませんわね。」
「そう……」
メルテのそっけない返事はすでに日常的なものとして認識されているが、不思議とメルテと他二人が喧嘩している場面をみることはない。その理由はリアやアナスタシアの前向きで明るい性格と、
「顔真っ赤、メルテちゃんかわいいー!」
「ッ……!」
顔に出やすいメルテの性格があったからだろう。
「リアさん、今は訓練中ですわ。確かにメルテさんは可愛らしいですけれど、集中してくださいまし!」
「はーい!」
そしてメルテは再び顔が真っ赤になってしまう。そんな光景に、カルメラは微笑ましいと思いながら、今日の訓練は終了した。