ムムツの谷底1
グルンレイドに来て、二か月が経った。
朝起きる。訓練場へ行く。魔法を使い、体を動かし、座学をこなす。夕食を三人で食べる。部屋に戻る。眠る。それを繰り返してきた。
訓練の内容も私たちのレベルに合わせて変わってきた。最初の頃は魔力を感じることから始まり、基礎魔法、家事と順を追って進んできたが、一か月を過ぎたあたりから実戦形式の訓練が増えてきた。三人がそれぞれ魔法を使いながら互いに対応する形式や、カルメラさんを相手にした戦闘訓練もあった。
最初にカルメラさんと向き合ったとき、三人ともその魔法技術のすごさを目の当たりにし、一瞬で動けなくなった。それでもカルメラさんは特に怒ることはなく、淡々と何が足りないかを指摘するという作業を繰り返していた。
ある朝の訓練が終わったあと、カルメラさんが三人を呼んだ。
「あなたたちはここに来て二か月。魔法の基礎、座学、家事、戦闘の基礎。一通りできるようになってきたわ。」
三人とも黙って聞いていた。
「だから今日からは、見習いメイドとして正式に屋敷の仕事に入ってもらうわ。」
「正式に、ですか。」
アナスタシアが聞いた。
「そう。これまでは私が全部教えてきたけれど、これからは違う。仕事はローズたちと一緒に動いてもらう。分からないことはローズに聞いて。」
「それから、食事についても変わるわ。これまでは部屋で食べていたけれど、今後は食堂を使えるようになるわ。自分で作ってもいいし、食堂で食べてもいい。自室に持ち帰ることもできるわ。」
ほかにも様々な内容をカルメラさんから聞いた。
「何か聞きたいことはある?」
特にないという様子で、三人は顔を見合わせた。
「ないならいいわ。明日から始めるわよ。」
カルメラさんはそう言って立ち上がった。
これまでカルメラさんと向き合ってきた時間が、ローズたちとの訓練に切り替わった。剣技の訓練になると別のローズが来ることもあった。
グルンレイドのメイドが使う剣技には「華流」というものがある。魔法と剣を組み合わせた流派で、どちらも扱えなければ成り立たない。剣技というのは本来、魔法が使えない者が覚える攻撃手段だと座学で習っていたが、華流に限っては例外だった。魔法の基礎が身についていないうちは教えられない、とカルメラさんが言っていた理由が、実際に始めてみてよく分かった。
剣を握りながら魔法を制御する。それだけのことが、最初は全くできなかった。どちらかに意識を向けると、もう一方が崩れる。アナスタシアは元々別の流派を習っていたから剣を扱うこと自体には慣れていたが、魔法との同時制御に苦戦していた。リアはダンジョンで多少の戦い方を知っていたが、華流の動きは全く別物らしく、最初から覚え直す形になっていた。
私は剣を握ること自体が初めてだったが、それでも、数週間繰り返すうちに感覚が掴めてきた。魔
「はぁ、はぁ……どう、でしたか?」
リアが息を切らしながらカルメラさんに聞いた。
「なかなかいい動きになってきたわね。」
カルメラさんが頷く。私も同じように息を整えながら、その言葉を聞いていた。
「アナスタシア、魔力密度が足りてないわ。もっと厚く纏いなさい。」
「わ、わかりましたわ。」
アナスタシアが地面を蹴り、空中に浮かぶ透明な氷の塊へと向かって剣を振った。
「華流・周断」
剣が美しい弧を描いて氷に触れる。カン、という音がして一瞬止まったように見えたが、次の瞬間、氷はぱっくりと二つに分かれて地面に落ちた。
「今のはなかなかいいわね。」
カルメラさんが頷いた。周断は破壊ではなく切断を目的とした技だ。だから止まったように見えても、それで正しい。
「さらに薄く鋭く魔力を纏うことで、もっと切断力を上げることができるわ。例えば……」
カルメラさんが地面に落ちていた細い枝を拾い、再び氷の塊を空中に生成した。枝をゆっくりと氷に押しつけると、アナスタシアのときと同じようにぱっくりと二つに分かれた。枝一本で、氷を断ち切った。
「……すごいですわ。」
アナスタシアが息を呑んだ。リアが「次あれやろうよ」と言いかけたとき、私はカルメラさんに近づいていた。
「カルメラさん、貸してください。」
枝を受け取ると、二つに割れた方の一本を空へと放り投げた。落下し始めた瞬間を狙って、剣を構える。
「華流・周断」
枝が氷に触れた瞬間、二つに割れた。自分の中で何かが噛み合った感覚があった。魔力の薄さと鋭さ、剣の角度、タイミング。それが一瞬だけ、全部揃った気がした。
「さすがメルテちゃんだね……」
リアの声が聞こえた。
「別に……」
そう返しながら、もう一度やりたいと思っていた。さっきの感覚を、もっとはっきり掴みたかった。
「私もたくさん練習しなければいけませんわね。」
「そう……」
答えながら、視線は氷の塊に向いたままだった。
「顔真っ赤、メルテちゃんかわいいー!」
「ッ……!」
気づいたら顔が熱くなっていた。こういうときに顔に出てしまうことは分かっていたが、分かっていても、止められない。
「リアさん、今は訓練中ですわ。確かにメルテさんは可愛らしいですけれど、集中してくださいまし!」
「はーい!」
アナスタシアの言葉で、さらに顔が熱くなった。早く次の訓練に移りたかった。カルメラさんが何事もなかったように次の指示を出したのは、本当に助かった。




