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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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見習いメイド7

翌朝から、訓練が始まった。


 訓練場に連れてこられると、カルメラさんが三人それぞれの今の実力を確認すると言った。


「まず確認するわ。三人とも、魔法は使える?」

 アナスタシアがすぐに答えた。


「はい。わたくしは貴族の出身ですので、基礎的な魔法であれば一通り使えますわ。」

「私は冒険者の荷物持ちをしていたので、ちょっとだけならつかえます。」

リアがそう答える。


「使えません。」

私は普通の村生まれで、特に特別な生い立ちではない。平民は魔法が使えないのが当たり前だ。

カルメラさんは三人の答えを聞いてから、静かに頷いた。


「わかったわ。順番に見るわ。まずアナスタシア、魔法を一つ見せて。」

 アナスタシアが詠唱して小さな炎を出した。魔法をこれほど間近で見るのは初めてで、少しの感動を覚える。


「リア。」

 リアが魔法を撃った。次の瞬間、訓練場の空気が揺れた。炎の大きさも密度も、アナスタシアの比ではなかった。しかし、形は荒く、ぼんやりと広がって制御できていない部分があるようにも見える。しかしその出力は明らかにおかしかった。リア本人も目を丸くしている。


「……え。」

 リアが自分の手を見た。


「あまり驚かないで。これは魔物付きを克服した結果だと思って。あなたの体の魔力伝導率というものが良くなっているのよ。」

「魔力伝導率、ですか。」

「そう。まず前提の話をするわね。すべての人は生まれながらに”魔力核”というものを持っている。ちょうど右胸あたりかしらね。」

心臓と対になるように、右の胸の奥に魔力核というものが存在するらしい。自分では考えたこともなかったし、教えてくれるような人もいなかった。アナスタシアはあまり驚いた顔をしていないので、知っていたのかもしれない。


「そこで魔力を生成し、魔法を使う時に使用する。例えば炎の魔法を使うとき、魔力核から魔力が腕を通って手の先へと伝わり、空中で炎が生成される。この、体の中を魔力が伝わるとき、また体から出て炎が生成される間を魔力が伝わるときに関わってくるのが魔力伝導率よ。」

「つまり、伝導率が高いほど……魔力が外に出やすいということですの?」

 アナスタシアが口を挟んだ。


「そうよ。普通の人間であれば、魔力核で生成した魔力のうち、実際に外へ出せるのは七十五パーセント程度。残りは体の中を伝わる間に失われてしまう。」

「……では、リアさんは。」

「おそらく九十五パーセント前後。魔物付きを克服する前のあなたと、今のあなたを比べれば、それだけ差があるということよ。」


 リアはぽかんとした顔をしていた。

「……それって、私が同じ魔力を使っても、普通の人より二十パーセント近く多く出力できるってことですか。」

「そういうこと。だから今のあなたが魔法を撃てば、以前とは比べ物にならない威力になる。制御が追いついていないのも当然ね。」

 リアは自分の手をじっと見下ろした。


「余談だけど、空気中の魔力伝導率も75%程度よ。自分の体は一律で75%だけど、自分の体以外魔力が伝わる面積が増えるほどエネルギーが消失していくから頭に入れておいて。」


「メルテ。」

 最後に私が呼ばれた。私には魔法の使い方が分からない。師もいなければ、貴族でもない。見て覚える機会すらなかった。


「次にいうことを試してみて。目を閉じて、体の中心あたりに意識を向ける。そこに何か感じるものがあるはずよ。」

 そういうとカルメラさんは私の右胸あたりに人差し指を立てる。言われた通りに目を閉じた。体の中を探るように意識を向ける。最初は何もわからなかったが、じっとしていると右の胸の奥あたりにわずかな熱のようなものがあることに気づいた。それを少しずつ引き出すようにイメージすると、体の中が変なエネルギーで満たされていくのを感じる。


「……飲み込みが早いわね。」

 カルメラさんが少し目を細めた。


「メルテ、それが魔力よ。あなた、昔魔法を使ったことがある?または触れたことがあるとか。」

「いえ、全くありません。」

「そう。」

カルメラさんはそれだけ言うと、私の体から指を離した。


「まずは”ヒートボール”と唱えてみて。」

「ヒートボール」

私は言われたとおりにそうつぶやく。しかし炎は出なかった……が、体の中の魔力が反応しているのを感じた。あぁ、こんな感じか。


「ヒートボール」

私は再び、今度は炎を実際に出現させるイメージで魔法を唱える。すると、小さな火の玉が一瞬生成され、すぐに消えた。


「すごいですわね。」

「すごっ!」

アナスタシアとリアは目を見開いてこちらを見ていた。これはすごいことなのかは私はよくわからなかった。私はもう一度魔法を唱えようとしたとき、ふらっと体がよろめいた。


「大丈夫?」

すぐにカルメラさんが支えてくれた。


「は、はい。大丈夫です。」

「魔法構築の際の効率が良くないのね。まあ、初めての訓練で魔法が使えるだけでも異常なことなのだけれど。」


「三人の方針を伝えるわ。アナスタシアは制御の精度をさらに上げる訓練。リアは出力を絞る制御の訓練。メルテはまず魔力を安定して出せるようにすることから始める。」

 カルメラさんはそう言って、三人を見渡した。


「焦らなくていいわよ。」

さらに、そう付け加えた。


ーー


最初の一週間は、魔力を感じることから始まった。

 目を閉じて、体の中心にある魔力核を探す。見つかったら、そこから魔力が手の先へ、足の先へと流れていくのを丁寧に辿っていく。最初はぼんやりとした熱のようなものしか感じられなかったが、繰り返すうちに少しずつ輪郭が掴めてきた。


 数日が経ったころ、カルメラさんから次の課題が出た。


「指先から少し離れたところに、熱を集めてみて。触れると温かい、その程度でいいわ。それを5分間維持しなさい。」

 難しかった。体の中で感じた魔力を、体の外へ出し、維持する。それだけのことが、最初はうまくいかなかった。何度も試して、やっと5分間の維持ができるようになった。


「やっぱり早いわね。できてるわ。」

 カルメラさんがそう言った。それが最初の手ごたえだった。


 魔力を感じる訓練と並行して、基礎的な魔法も教わった。アナスタシアはすでに扱えるものが多く、精度を上げる訓練に移っていた。リアは出力の制御に苦戦しながらも、少しずつ絞り込めるようになってきていた。私はまだ基礎の入り口にいたが、魔力をより詳細に感じられるようにはなってきていた。


 魔法の訓練が終わると、今度は外へ出た。屋敷の敷地を走る。最初は一周でも息が切れた。カルメラさんは特に何も言わなかったが、毎日欠かさず課題として組み込まれていた。リアは走ること自体は慣れているようで、最初からペースが安定していた。アナスタシアは丁寧な走り方をしていたが、体力という面では明らかに慣れていなかった。三人とも、最初の数日は夜になると足が重くてベッドから動けない状態が続いた。


 また、1日の時間の大半は、座学だった。

 グルンレイドの屋敷には専用の教室が存在した。黒板と机が並んだその部屋は、訓練場とは全く異なる空気をしていた。カルメラさんが前に立ち、私たちが席につく。それが毎日の半分以上を占めていた。

 教わる内容は魔法の理論だけではなかった。この国の政治の仕組み、周辺国との関係、地理、法律、貴族社会の制度。リアが途中で舟を漕ぎかけて、カルメラさんに名前を呼ばれる場面が何度かあった。アナスタシアは政治や制度については知っていることが多いようで、静かに聞きながらも時折カルメラさんの言葉を先読みするような顔をしていた。私はほとんど何も知らなかったので、ただひたすら頭に入れた。

 その中で特に見慣れない科目があった。


「異世界学、ですの?」

 アナスタシアが黒板に書かれた文字を見て、首を傾げた。


「そうよ。グルンレイドでは異世界との繋がりを研究している。メイドとして働く以上、最低限の知識は必要になるわ。」

 異世界。その言葉の意味を、私はまだ正確には掴めていなかった。ただ、この屋敷には見慣れないものがあった。それはシャワーである。これは今まで見たこともないものだったため、もしかしたら異世界と関係しているかもしれない、とぼんやりと思った。


 訓練も座学を行っている間、カルメラさん以外のメイドを見かけることはなかった。私たちが1階から移動しないというのもあるが、ほとんどが自室、訓練場、教室の3つの部屋で過ごすことが多かったのが理由だろう。

 毎日の食事も、着替えも、カルメラさんが部屋まで運んでくれた。朝になれば食事と新しい服が扉の前に置かれていて、夕方になれば夕食を持って部屋に顔を出してくれる。当たり前のように繰り返されるその光景に、少しずつ慣れていった。慣れながらも、毎回どこかに申し訳なさが残った。


 そういう日々が、およそ二週間続いた。


「次からは家事の訓練を始めるわ。」

 家事、という言葉は意外だった。魔法の訓練が続くものだと思っていたし、さらに言えば魔物相手の実践もあり得るかと思っていた。


「メイドの仕事は戦闘だけじゃないわ。掃除、洗濯、料理の補助、屋敷の管理。全部できて初めてメイドよ。それに——」

 カルメラさんは少し間を置いた。


「魔法は戦いだけに使うものじゃない。仕事に使えてこそ、本当に扱えているといえるわ。」



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