魔界10
「お初にお目にかかります。グルンレイド家のメイド、イザベラ・マリー・ローズと申します。」
「弱いやつに名乗る名などない。」
さっき兄さんを睨んでいたメイドと戦うこととなった。人間の分際で失礼なやつだ。
「お前たちの仲間が傷つけられたからここへ来たんだったか?わざわざ殺されに来たとは。」
「……あなたでは話になりませんね。」
俺のことなど興味がないような表情でこちらを見ている。
「そのなめた態度も今のうちだ!ブリザードラッシュ!」
そのメイドに向かって氷の刃を飛ばす。そして反応もできずに直撃した。
「ほらな、なめすぎだ。」
魔界においても魔族、しかも魔貴族の存在を知っていないのだろうか。誰もが震えあがるほどの圧倒的な力を持った存在だぞ。……しかし舞い上がった土埃の中から声がする。
「あなたのほうがなめすぎです。」
……無傷だと?そんな馬鹿な。
「ファイアーアロー!」
「はぁ、もう少し骨のある相手だと楽しかったのですが。」
そう言って今度も魔法は直撃するが、ダメージを負った様子はない。
「くそっ!だぁっ」
腰に下げていた剣を取り出し、メイドに切りかかる。俺の攻撃が全くきかないなんてありえない。人間が魔族の攻撃を防げるはずがないのだ。
「華流・周断」
魔法によって剣がとりだされ、振り下ろされる。
「ぐあぁぁっ!」
腕が切り落とされ、その後ろを見ると雲が二つに割れていた。魔法防御がまるで意味をなさない!
「あ、アイスロッ……」
「華流・一刀」
そんな声が聞こえた瞬間、意識が途絶えた。
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弱い……。これが魔貴族を名乗っていいのだろうか。この程度だと見習いのメイドたち数人でも問題なく戦えたはずだ。
そこに転がっている魔貴族は絶命こそしていないが時間の問題だろう。殺してしまうのはご主人様の意向に反してしまうので、治癒領域を展開する。
回復すると同時に魔法による枷を取り付ける。
「よくやった。」
ご主人様の声が聞こえた。
「おほめに預かり光栄です。」
私などついた虫を振り払うくらいのことしかしていないというのに、このようにほめていただけるとはなんとお優しい方なのだ。
「ほかの二人はまだ戦っているようですね。」
うむ。とうなずく。
ハーヴェストのほうはほぼ互角の戦いをしているが、メアリーのほうはすぐに決着がつくだろう。
確かに魔力密度を見ても、メアリーが相手をしている魔貴族が頭一つ抜けている。が、所詮その程度。グルンレイド領で最も魔力密度の高いメイドが相手では、その魔力密度はないに等しい。
「メアリーの魔力はご主人様と似ておりますね。」
詠唱する魔法がすべて暴走し『絶唱』となる。魔力密度が濃すぎるものの魔法だ。
「本人は魔力の暴走をひどく嫌っていましたが……。」
「それを制御すればよいだけのことだ。」
すべての魔法が暴走しうまくいかなかった彼女を救ったのはご主人様だ。その圧倒的な指導力で、メアリーも魔法を使用できるようになった。
「メアリーにはとりわけ厳しく指導をしてしまったな。」
「そんなことはございません。」
なんとお優しい方なのだ。私が現在指導しているやり方の数十倍は優しく教えていたにもかかわらず、それが厳しいだなんて。
「そこの魔貴族は殺してはいないだろうな。」
「もちろんです。」
「リアは殺されていない。だから殺すな。」
「かしこまりました。」
ご主人様はほかの貴族に比べて寛大な心を持っている。すべてのものに慈悲を持ち、優しいまなざしを向けているのだ。
出会うものすべてが目に涙を浮かべるのは、きっとあふれ出るやさしさにふれたからに違いない。
ーー
人間の子ども……か。よく魔界で生きていられるものだ。
「子供とて容赦はせんぞ。」
せめてもの情けだ、痛みを感じる間もなく一瞬で消してやろう。
「子供じゃない。」
「そうか、悪かった。」
そういって魔力を炎へと変換させてとばす。魔界で生きられるほどの魔法が使えたとしても、私の魔法に耐えられるような人間がいるとは思えない。さらばだ。
「バニッシュルーム・絶唱」
その瞬間、私の魔法もろとも周囲の魔力が消え去った。
「何が起きた!」
「魔力を薄めただけ。」
その少女の目はまっすぐとこちらを見据えている。魔族に対して恐れなどまるで感じていないようだ。
「これは少しは楽しめそうだな。」
「……本気出さないと、死ぬよ?」
空気が変わった。少女の周囲の魔力密度が上昇し、空間をゆがめる。
「異常な魔力量だな。」
「よく言われる。ヒートボム・絶唱」
私の周囲の空気が爆発する。
「ぐあっ!」
かろうじて致命傷は避けられたものの、思ったよりもダメージを追ってしまう。爆発した空間が歪んでいた……!これは本気で行かないと本当に死ぬかもしれない。奴は少女の皮をかぶった悪魔のように見えてくる。
「アイスロック」
「アイスロック・絶唱」
私の魔法が包み込まれるように詠唱される。
「……ははっ、これは勝てんな。」
「諦めがはやい。」
「年を取ると実力の差がすくにわかってしまうものだ。」
この少女こそ人類最強の存在。これほどの実力では魔王様にも匹敵するだろう。
「私の息子が君の仲間を傷つけてしまったらしいな。」
今私が考えるべきは、生き残ること。そのためには相手の出す条件をすべてのむ必要がある。
「そうだね。」
「すまなかった。私が息子の代わりに謝らせてもらう。」
「いいよ。私は許す。」
「本当か!」
「だけどご主人様とか、ハーヴェストは分からない。」
ご主人様……だと?この少女こそが、このパーティで最も偉いものかと思っていたが、たしかにメイドの服を着たトップは聞いたことがない。
「そこにいる男が主人だというのか。」
「そう。」
「君ほどの実力者が、なぜ他人に使えている。」
たとえどれほどの金を詰まれようとも、その実力があれば下につく必要なんてないのではないか?
「だって、私のほうが弱いから。」
……そんな人間がいるはずない。
「それが本当だとしたどうするのだ?」
心の底に響くような、そんな声が聞こえた。
「貴様は……。」
「私はグルンレイドの領主、ジラルド・マーグレイブ・フォン・グルンレイドという。」
圧倒的な眼力、周囲を満たしている魔力密度、遠目で見ていた時とはまるで違う存在感がそこにあった。その隣にいるメイドもただものではない。
「貴様……いや、あなたのメイドを傷つけたことをお詫びいたします。」
無理だ。こんな存在に勝てるはずがない。圧倒的な魔力密度に、私の全神経が張り詰めている。私はふかく頭を下げる。
「私はどうなってもよろしいですが、せめて、息子たちだけは。」
「ふむ。」
そういってクルンレイド卿は遠くを見つめる。……その方向は魔王城⁉ま、まさか、この方は魔界を崩壊させようという気なのだろうか!
「お、お待ちください。今回の件はすべて私たちに責任があります。私達ができることであれば、何でも致します。」
魔王様に知れ渡れば、すぐにでもこの『人間』たちを根絶やしにしようと行動するだろう。普通であれば、ここは魔王様に頼る場面なのだが、今回に限ってはちがう。『魔王様でも勝てない。』私の勘がそういっているのだ。
「ふむ。」
そういってこちらを再び見る。すべてを理解したという鋭い視線だ。この方には逆らわない方がいい。
「魔王城はどこにある。」
「……っ!」
魔王城の場所も、距離もすべてを知っているうえでそう聞いてくるのは、この方は本気なのだ。魔界のすべてを敵に回すといっているようなものだ。
「……なぜ、そのようなことを?」
「いや、ただの興味本位だ。」
その嘘を見破れないほど私も衰えてはいない。
「あちらの方角にある、湖の向こうです。」
さっきグルンレイド卿が向いていた方角を指さす。それに対して、今初めて知ったような表情をしているが、なんとも演技が上手なものだ。先のことがなければ私も完全に騙されていただろう。




