魔界9
時間が止まってしまったように、何も見えず音も聞こえない。
私は死んでしまったのだろうか?
漂う感覚は、混沌にいるときに似ていた。
……魔神には勝てない、そう心のどこかで思っていたのかもしれない。
ただ、私がグルンレイドのメイドである以上、ここで死ぬことは許されていない。
『グルンレイドのメイドは”生きて”任務を遂行しなければならない。』
きっとリアだって、魔神と戦っていた時にそう思ったことだろう。
だから私もあきらめるわけにはいかない。
体にあるすべての魔力をかき集めて、圧縮する。
もっと濃く、さらに濃く。
『魔貴族の子か。珍しいな。』
『どうされますか?ご主人様。』
いつかの声が反響する。
『保護する。ここにいても野垂れ死ぬだけだろう。』
『かしこまりました。』
あの二方に連れられて、私は人間を知った。世界を知った。力をもらい、教養をもらった。
その受け取った力を、今、すべてぶつける。
それが、私のできるすべて。
『超級第二位魔法、ヨグ・ソトース・絶唱』
ーー
「……死んだはずだ。」
「ふーっ……まだ、生きている。」
砕け散った氷の破片が、いたるところに散らばっている。第二位魔法の使用で、魔力がごそっとなくなったはずだが、不思議と疲労感はない。逆に力がみなぎってくる。
「その姿……やはり貴様、始祖の血が流れているのか。」
「どういうこと……だ。」
自分の手を見る。もともと鋭かった爪がさらに鋭くなっている。
「貴様は魔貴族だということだ。」
何を言っているかよくわからなかった。しかし、自分の姿を見ると魔貴族しかなることができない『魔神』の姿にとてもよく似ていた。
「まさか、魔神化するとはな。」
「私も驚いている。」
これが魔神化……。私の制御できる魔力密度が大幅に上昇している。さらに……。
「瘴気を魔力として扱うことができるのか。」
「その通りだ。」
魔族は瘴気を吸収し、直接傷を直すことや身体を強化することはできるが、魔力として体内にとどめておくことはできない。しかし、この状態ではそれが可能となっていた。
「貴様といい、魔神化した人間といい、”グルンレイドのメイド”というのはいったいどうなっているんだ?」
異常だ、とつけ加える。
「グルンレイドにいると、魔神化した私すらかわいく見えるぞ?」
「馬鹿なことを!」
魔力で強化された爪が襲い掛かってくる。……目で追うことができる。
「華流・周断」
剣先が爪に触れると、その奥のガーナードが切れる。
「があっ……くそっ!ファイアーアロー!」
「華流・剪定」
再び二つのエネルギーがぶつかり合い、火の矢が爆散する。しかしそれにとどまらず、魔力をたどってガーナードの体まで影響を与える。
「ぐっ……!」
目には見えないが、体内に魔力を流し込まれかなりダメージを負ったことだろう。
「はあっ、はあっ、なぜお前ほどの強さを持った魔族が人間ごときに使えている……。」
そういうガーナードの周囲には魔力が集まっていく。
「私の仕えている方は、いまの私よりも圧倒的に強いからな。」
「まだそのようなことを……」
「本当だ。」
「嘘を……いや、お前のような魔族がそこまで言うのだから、嘘ではないのだろうな。」
魔族において強さは絶対。たとえそれが嘘であっても、強いものが正しい。
「これが俺の全力だ!」
”魔撃”
魔力のみならず、瘴気も含んだ圧倒的な魔力の塊。ゆっくりとだが私のほうに近づいてくる。
よけてしまえばダメージを負うことはないのだが、周囲の建物が破壊され、ご主人様に迷惑がかってしまう。そして何より、相手も私もよけることを望んではいない。
私も保有しているすべての魔力を練りこむ。そのエネルギーをすべてこの剣へ。
地面をけり上げ飛び上がる。
「華流奥義・魔撃!!」
私は『魔撃』と呼ばれる魔法を、剣へと込める。そして、やつが唱えた『魔撃』へと飛ぶ。
そして、空中に浮かんでいた魔力の塊を切り裂き、その勢いはとどまらずガーナードのもとまで届く。
「ぐあぁぁっ!」
圧倒的な魔力密度をまとった剣は、ガーナードの魔力障壁もろと切り裂いた。
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「あの人間を……傷つけたことは、悪かった。」
地面に仰向けになりながら、ガーナードそう話す。
「だが、お前と戦うことが、できて……よかった。」
「私も、リアを傷つけたことは怒っているが、お前と戦えたことは誇りに思う。」
そういうと意識がなくなったようだ。気が付くと魔神化は解かれていた。体のいたるところが痛い。
ガーナードはこのまま死ぬような雰囲気になっていたが、ここで殺すつもりはない。
『誰であろうと殺すことは許さん。』
いつしか、ご主人様にそういわれたのだ。
「ヒールルーム」
ガーナードを包み込むように、魔法を展開する。ご主人様のもとへいき、報告をしなくては……。しかし足が思うように動かない。
「あっ……。」
ドサッと私も地面に倒れてしまった。魔神化した反動があまりにも大きい。少しずつ瞼も重くなり、私は意識を失ってしまった。




