フリーマウンテン4
「ん……んぅ……。」
「あ、起きそう。」
グルンレイド製のクッキーを食べながら、オリビアが少女見る。
「ここは……ひっ!」
少女は気がつくとやはり怯えた様子を見せた。
「クレア怖がられてる。」
「オリビアちゃんもでしょ!」
その様子を見ると、レイリンはティーカップに紅茶を注ぎその少女の元へと移動する。
「怖がらないで大丈夫。はい、ゆっくり飲んでね。」
グルンレイド領でよく飲まれている“極東の茶葉“を使用した紅茶を少女の前へ差し出す。
「私はレイリン、見ての通り“メイド“だよ。」
レイリンはその場でくるりとターンをする。その様子を見た少女は少し安心したのか、レイリンから受け取った紅茶を一口飲んだ。
「……美味しい。」
その様子を見たレイリンは優しい笑顔を向けて微笑んだ。
「……すごいねレイリンちゃん。」
その様子を見ていたクレアがそう呟く。
「あなたの名前は?」
「……サラ・スタンフォード。」
「いい名前だね。」
クレアの予想は的中した。スタンフォード家は王国貴族の一員でもある。大貴族というわけではないが、昔から存在する家柄として名前はよく知られていた。
「ねえ、私たち魔法が使えるんだよね。何があったか……見ていい?」
サラの目を見てレイリンがそういうとコクリと頷いた。そしてレイリンの右手がサラの額に触れる。
「マインドサーチ」
サラの記憶がレイリンへと流れ込んでいく。これは精神魔法の一種で、相手の記憶を読むことができる魔法である。訓練次第で数年前の記憶まで読み取ることができるが、レイリンはせいぜい1日前を読み取ることが限度のようだ。
「……辛かったね。でも大丈夫。私たちが守るから!」
サラの瞳に光が宿る。山賊が出る山の中でたった1人取り残された少女にとって、“守る“と言ってくれる存在は希望そのものだった。
「レイリン、私たちにも教えて。」
「うん。まず、王国からグルンレイド領へ観光に行くところだったらしい。そこを山賊に襲われたようだよ。」
「なんでわざわざこの山を選んだんだろうね。危ないから迂回すればいいのに。」
「ランクBの冒険者が3人もいれば大丈夫……ってサラのお父さんが言っていたらしいよ。」
ランクというのは主に冒険者につけられる称号のようなものである。基準はシンプルで、危険度Cの魔物を討伐できるのがランクC、危険度Bの魔物を討伐できるのがランクB……という感じだ。
しかし結果としてはこの状態だ。冒険者3人とサラの家族は行方不明。ここら辺の魔物は危険度C程度、山賊にやられたと考えるのが普通だろう。
「で、どうする?クレア。」
「どうするって……この子を助けた手前、ここに放っておくわけにはいかないでしょ?」
「だよね。とりあえずサラちゃんの家族を探そう。」
「……だって。ねぇ、サラちゃん。この人たちも悪い人じゃないでしょ?」
2人の会話を聞いていたレイリンがサラに向かってそう告げる。
「あの……さっきは怖がってごめんなさい。」
「まあ、あの状況じゃ怖がるのが普通だよね。大丈夫だよ。」
「問題ない。」
これで3人ともサラからの信頼を得ることができた。と言っても状況が大きく変わるわけではないが、一緒に行動しやすくはなっただろう。
「あ、さっきの話の続きね。まずサラちゃんの家族……」
「レイリンさん、私が話します。」
サラがレイリンの言葉を遮り、一歩前に出る。その佇まいは堂々としたものであり、幼いながらにして貴族としての威厳が見え隠れしていた。そうしてサラは自分のこと、そして家族のことを話し始めた。
サラはスタンフォード家の一人娘。グルンレイド領には珍しいものがたくさんあると聞き、今回初めて観光することになったようだ。馬車に乗っていたのはサラ、父親、母親、Bランク冒険者2人、そして御者に1人。フリーマウンテンの山頂を超えたあたりで山賊に襲われ、命からがら逃げたがメルテたちが発見した場所で馬車が破壊された。
「えっと、サラの隠蔽魔法はどうやったの?自分で?」
「い、いえ、父が持っていた宝石の効果です。」
その宝石の名前はライトサファイア。その効果は1人の存在を隠蔽するというものだ。見習いメイドの魔力拡散魔法でバレてしまう程度の隠蔽力だが、一般的にはライトサファイアは希少なものとなっている。
「ライトサファイアは1つしかなくて、父は私にそれを……」
そこからのことは目を瞑っていた何が起きたかわからないらしい。ただ冒険者の声が聞こえなくなり、父親と母親の声が遠くへと消えていくのを聞いていたようだ。
「ということは、サラのお父さんとお母さんは生きているかもしれない、ということだね。」
当面の目標はサラの父親と母親を見つけ、王国へ帰還させるということにした。
「もっと広い観測魔法が使えれば解決なんだけど……仕方ない、地道に行きますか。」
クレアがそういうと3人はリュックに荷物を詰め始める。
「あ、あの、ありがとう、ございます。」
「気にしないで。私たちはあなたを助ける“力“があるんだから、それを使うのは当たり前のことだよ。」
クレアがニコッと微笑む。3人のこういう部分はメルテ、リア、アナスタシアのパーティにはあまり見られないものだった。アナスタシアが強く人助けを望むが、任務を優先する現実主義のリアがそれを拒むことが多い。そしてメルテの考え方もどちらかというとリア寄りだった。
「とりあえず人探しは2人に任せる。人を見つけたら絶対に接触しないで、すぐに私の元に来ること。はい、これ持って。」
そういうとクレアはカバンからとある鉱石を取り出し、一部を砕いてその破片を2人に渡す。
「あっ、これは“記憶磁石”だね。鉱石学で習った!」
「これを辿れば私の元に辿り着くから。私はサラとここ周辺を探ってみるよ。」
「了解。それじゃ。」
「あっ、私も!」
そう言ってオリビアとレイリンは飛び出して行った。




