黒海4
「魔物が人間の手助けをしているという報告があったのだが……お前か。」
水しぶきの中から一人の魔物……いや魔族が現れた。この姿、そして圧倒的な魔力密度は確実に普通の魔物ではない。水中から上がってきたというのに全く服が濡れていなかった。
「……理由を聞かせてもらおうか。」
そう言ってこちらを見る。……この魔族はただものじゃない。ハーヴェストさんに劣らないくらいの魔力量を感じる。
「いや、待てよ?貴様、本当に魔族か?」
私の黒い肌は魔族に近いものだが、肌色の部分もないことはない。そこが不審に思ったのか、そのようなことを言っていた。
「私は……人間です。」
「聞いておいてなんだが、その見た目といい、人間とは思えないな。」
私の魔力拡散結界により船の瘴気密度は薄まっているはずだが、この魔族が現れてから格段に濃くなっている。船の操縦をしていた二人をすぐに船の中へ避難するように魔法でメッセージを飛ばした。
「人間とは脆弱なものよ。この程度の瘴気密度の中では生きることすら許されないのだからな。」
船の中へと駆け出していく二人を見て、魔族がそういう。
「人を……馬鹿にしないでください。」
強い視線で魔族を見た。グルンレイド領にいると忘れがちだが、確かに人間は弱い。魔法を使えないものが大半を占めているため、基本的に最弱の魔物さえ倒せない。だけど……。
「人間は強いです。」
それを私は学んだのだ。
「戯言を!」
そう言ってファイアーボールが飛んでくる。色が青く、異常なほどに温度が高い。
「っ、華流・剪定!」
熱っ……剣が溶けて消えてしまう。魔法障壁を剣にも私の体にもはっていたのだが、かなりのやけどを負ってしまった。治癒魔法をかけつつ、より強い魔力拡散魔法を使用する。
「気分が悪いな、この魔法は。」
魔力密度が百分の一になっているこの空間で、当たり前のように浮遊魔法を使い、苦しい様子もなく会話ができている。
「俺の名前はガーナード、ザヴァル・ガーナードだ。お前の名前を聞こう。弱き人間。」
ザヴァル……。
「……初めまして。私はグルンレイドのメイド、リアと申します。」
そう言って丁寧に頭を下げた。顔を上げると、驚いたような表情を見せていた。
「どうか、しましたか?」
「いや、人間にしては完成された所作だと思ってな。」
「それは……ありがとうございます。魔貴族様。」
「人間だというのに、知っているのか。」
やっぱりそうだ。この異常な魔力量はただの魔族では考えにくい。もともと魔素の濃い海域が、この魔貴族が現れたことによりさらに濃くなったということだ。
「話はこれぐらいにしようか。幼き人間。」
ガーナードの周囲に魔力が集まっていくのを感じた。……くる!
「メルトスピア」
まばゆい光とともに、魔法によって形成された槍が飛んでくる。
「華流……、剣がっ」
先ほどの炎で剣が溶けてしまっていた。ズドンという音がして私の体と船に穴が開いた。
「がぁっ……!」
肺の空気がすべて抜ける。
「ほう、治るのか。」
穴が開いた部分に瘴気を集中させると、私に空いた穴は徐々にふさがっていく。普通ならば魔力を使用し回復魔法を唱える必要があるが、私は瘴気を用いて回復魔法を使用することができる。幸いここには瘴気が満ち溢れている。
ここでやつを止めなければ私たちは全滅だ。
「ここで、止める。」
私のすべてをかけて、止めてみせる。
「ユウトさん聞こえますか?」
『ど、どこだ?』
「魔法によって、私の声をユウトさんのそばまで届けています。」
『お、おう。』
「私がこの船を極東のほうへ飛ばします。そうしたらすぐにハルさんとエミナさんに船を操縦させてください。」
『リアは!』
「この魔族の相手をします。」
『そんな!無茶だ!』
「……私が止めていなければ、全滅です。」
『くっ……わかった。本当に、すまない。』
「問題ありませんよ。」
「アイスロック」
船に空いた穴を氷でふさいだ。
「フライ」
そして船を浮遊魔法で浮かせる。
「人間にこれほどの魔法の使い手がいたとはな。」
「船は、見逃してもらいます。」
「そうはさせない。」
ガーナードは周囲に青い火の玉を展開させた。これで船が通る隙間がなくなってしまった。……この船を海域の外まで出してしまえばもっと自由に戦えるというのに。そこで一つの魔法を思いついた。ご主人様が使っていた、空間に影響を与える魔法。
私に使えるだろうか。いや、使うしかない。魔力を極限まで高めた。そして、空間をゆがめる。
「ヨグ・ソトース」
「……なんだ、その魔法は。」
ガーナードが驚きの表情を見せた。
「はぁ、はぁ、わ、私のご主人様の、魔法です。」
一気に魔力を持っていかれ、かなり苦しい。しかし、成功したようだ。船の先の空間が紫色にゆがみ、そこに向かって船が進んでいく。
「ちっ、メルトレイン」
天空から光の雨が降る。しかし……。
「遅いです。」
私を除いた船のすべては、時空のゆがみに溶け込み消えていった。時間と空間を超え、船は今頃この海域を抜けているだろう。
「超級第三位魔法を使うとは、やはり貴様は人間ではないな。」
「ですから、私は人間です。それと超級魔法くらい私のご主人様は息を吸うように使います。」
ローズの方々ともなると超級魔法が使えて当たり前だという。
「だが、超級魔法程度では俺に勝てないぞ?」
「勝たなければ、ならないのです。」
グルンレイドのメイドである以上、命令を遂行できず死ぬことは断じて許されていない。グルンレイドのメイドは生きて任務を遂行しなければならないのだ。それができなければ、グルンレイドの名に泥を塗ることになる。
「アイス・ワールド」
周囲の黒い海を凍らせた。一面に氷の世界が広がった。
「最初は俺の手下どもに処理させようと思っていたが、やはり役不足のようだな。」
海の下にいたガーナードの手下の魔物は私の魔法によって凍ってしまったことだろう。氷が届かないほど深海にいた魔物も、この氷の厚さでは私がいるところまでたどり着くことは難しい。
「ヒートボム」
私のすぐ隣の空間が爆発する。
「っ、エアベール」
空気をその空間に固定し、熱と衝撃をさえぎった。
「……このままだとらちが明かんな。仕方ない、貴様が逃がした船も追わなければならない、本気を出すか。」
そういうと、周囲の魔力がガーナードへと吸い込まれていく。バニッシュルームを展開しているはずなのに、圧倒的な魔力密度にもはや意味をなしていない。
ドン、という衝撃波が巻き起こり、後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ、ヒールルーム」
瘴気のみの回復に頼らず、周りに治癒空間も展開する。
「久しぶりにこの姿になったな。」
ガーナードの赤い目が黒く染まる。角はより鋭く、周囲にはプラズマが走り出した。
「……魔神化、ですか。」
「ほう、知っているのか。一握りの魔族にのみ許される進化。魔神化と呼ばれている。」
魔力密度の桁が違う。下手をすれば私まで魔力酔いを起こしてしまいそうだった。
「消えろ」
光の槍を放つ。
「ぐっ、華流、剪定!」
右腕を剣の代わりにして、光の槍を受け止めた。魔力で何重にも防御を施していたが、私の腕が吹き飛ばされる。
「あぁっ!はっ、はっ……。」
すぐに痛覚遮断、治癒魔法、そして周囲の瘴気を吸収する。すぐに治ることはないが、数分もあれば再生するだろう。しかし、それを待ってくれるほど優しい相手ではない。
「ファイアーアロー」
間髪入れずに青い炎の矢が飛んでくる。先端のほうが少し白い。少しでも触れた瞬間に溶けてしまうだろう。
「ふーっ、アイスロック・絶唱」
飛んでくる矢を時間とともに凍結させた。
「魔人化した俺にこうも対抗してくるとはな。」
そういってさっきの光の槍を再び放つ。
「あぁぁぁっ、剪、定!」
今度は左腕が消えた。
「がぁっ……」
右手の回復がまだ間に合っていない。そしてさらに左腕の負傷。この魔族には、勝てないのだろうか……。もう、立ち上がる力が残っていない。
「体に穴をあけられ、両腕を失い、もうお前には何もできない。それでもなお立ち上がろうとするその胆力は認めよう。」
地面に倒れている私にそう告げ、空高くに上っていく。
「そんなお前に敬意をもって、魔神のみが使える最大の魔法で葬ってやろう。」
魔神化したガーナードのもとに周囲の魔力と瘴気が集まっていく。練り込まれた魔力は黒く渦巻いていき、巨大なエネルギー体へと変化していく。圧倒的な力は美しいとさえ思えた。
「さらばだ。」
『魔撃』
速度はほぼない。ゆっくりと、ただ確実に私のほうへと近づいてくる。体が重たい、空気が重たい、重力が数倍になったような感覚になっていく。
そして私は目を閉じ……。
『グルンレイドのメイドである以上、命令を遂行できず死ぬことは断じて許さん。』
いつかの声が反響する。
『グルンレイドのメイドは生きて任務を遂行しなければならない。』
体の奥底まで響くような声。
『それができなければ、ただのメイドだ。』
私の命の恩人であり、私のご主人様。その言葉は神よりも絶対。
だから、魔神ごときに、負けられない。
私は立ち上がり、つぶやいた。
「……魔撃」




