黒海3
早朝に山のふもとを出発したため、頂上に差し掛かろうとしたときにはまだお昼頃だった。夜ではないため、比較的周囲に漂う魔力の量も少ないものだったが、確実に濃くなってきている。なぜ濃くなるのだろうと考え始めた時に、けたたましい鳴き声が聞こえた。
「みろ、グリフォンが飛んでる。」
ユウトさんが上を見上げる。木々の間から大空を飛んでいる姿が確認できた。
「今は森の中だからばれていないが、頂上には木がないからな。」
ということは頂上付近ではほぼ確実に見つかり襲われてしまうということだ。
「リアちゃん、今のうちにおひるごはん食べちゃいましょう?」
「はい、そうですね。」
そういってエミナさんはカバンからパンを取り出し、渡してくれた。
「い、いえ、私は自分の食糧がありますから。」
「いいのいいの。」
すごく勧めてくるので、ありがたくいただくことにした。
「んっ、あまい……です。」
渡されたパンを食べる。グルンレイドでも良質なパンは出てくるが、甘い味付けがされたパンは初めてかもしれない。
「これはね、メロンパンっていうのよ!」
「メロン……ではないような気がしますが。」
「それは私もわからないなぁ。」
といってエミナさんもパンをかじる。でもこのような良質なパンはグルンレイド以外では一体どこに売っているのだろうか。
「ん?どうしたの不思議そうにパンを眺めて。」
「えっと……このパンは一体どこで入手したのかなと思いまして……」
「それはね、実は私の手作りなのです!」
そういって自慢げに胸をはる。
「す、すごいですね!」
「遠慮いらないから、いっぱい食べてね!」
このようなおいしいパンを作ることができるということはかなりお金の持った平民出身なのかもしれない。もしくは貴族……であれば冒険者はやっていないか。
「グルンレイド領でつくられるものって、どれもすごいものばかりじゃない?」
「そう……なのですか?」
「そうよ!石鹸とかこっちに来てから使えると思ってなかったから、ほんとにうれしいの!」
私はいつも食べている食事や、お風呂の時に使用する石鹸なども当たり前のこととして使っているので、あまり考えたことはなかった。エミナさんはそう言いながらカバンから石鹸を取り出す。いつもの…ローズマリーのいいにおいがする。
「おい、もうそろそろ開けた場所に出るぞ。」
ユウトさんの掛け声により私たちは警戒態勢に入った。グリフォンにも瘴気を使えば楽だと思うかもしれないが、私の瘴気は魔物が発しているものと同じなので、魔物や魔族相手には特に意味がない。
「ここは馬車を降りずに一気に駆け抜けるべきだな。」
「私が外に出ます。」
そういって、馬車を操縦しているところから荷台の上にのぼろうとした。
「まって!」
「私たちも行ったほうがいい?……いや、やめたほうがいいかもね。」
足手まといになっちゃうかな?と付け加える。
「あ、あの……」
「ちょっとハルちゃん、困らせないの!」
ハルさんがエミナさんに怒られた。
「い、いえ問題ありません。」
そういって私は馬車の荷台に上がった。正直この状況では一人のほうがやりやすいというのは事実だ。ただ、心配してもらうというのは嬉しかった。
ひらけた場所に出ると、やはり予想した通りにグリフォンが上空から襲ってくる。こちらをめがけて滑空してくるその速度は、音速を超えているようだった。
「華流・剪定」
グリフォンのくちばしをめがけて剣をふるう。その剣がグリフォンに触れた瞬間、すべてのエネルギーが消失する。不安定になったグリフォンの体はそのまま地面に落ちていった。
「バニッシュルーム」
次に空全体に魔力密度を拡散させる魔法陣を展開させた。魔物にとって魔力は力の源であり、それが拡散されるということは魔物は力が失われていくということだ。
魔法陣の上を飛んでいたグリフォンが次々と地面に落ちていく。しかし、ゴブリンほど弱い魔物ではないので、消滅することはなかった。
「リアちゃんすごすぎ!私たちいる?」
山を越えた先のふもとで休んでいるときにハルさんからそう声をかけられた。もう日が沈んでいるので、ここで夜をやり過ごすのだろう。 夜ご飯もエミナさんからもらったパンをいただいた。やっぱり甘いパンはおいしい。
「ほら、スープもできたぞ。」
そういってユウトさんがスープをくれた。
「あの、何から何まですみません……」
「何言ってんの、リアちゃんの活躍を見れば誰も文句はないって!」
ありがとうございます、といってスープを受け取った。
ーー
次の日、私が想像しているよりも早くに港に到着した。確かに地図を見ると山と隣接していることが分かる。
「……すごい。」
初めて見る海というものに感動し、思わず声が漏れてしまった。これが潮のかおり……。
「ここが港かー、懐かしいな。」
「ユウトさんは海には来たことがあるのですか?」
「まあ、昔な。」
やはり冒険者。海にも以前来たことがあるらしい。
「懐かしー、水着きておよぎたいなぁ。」
「エミナさんってさスイカ割とかしたことある?」
二人も海に来られたことがすごく嬉しいようだ。私の知らないような単語もたくさん出てくる。グルンレイド領で勉強したつもりだが、まだまだ私の知らないことがたくさんあるらしい。
ハーマイド侯爵は事前に船を用意していたようで、すぐに馬車から乗り継ぐ。
「立派な船だな。」
「そうですね。」
ユウトさんがそういう。私は船というものに乗ったことがないので、これがどれほどすごいものなのかは分からない。
しかし船の構造については習ったことがある。これは魔力供給型の船であるため、風を受けて進む船よりも格段に速い。問題はこの船を動かすほどの魔力供給ができるかどうかだ。人が二人乗れるくらいの小舟であれば魔法士一人で動かすことができる。しかしこのレベルの船を動かすとなるとかなりの人数が必要になるのではないだろうか。
「じゃあ、二人一組で魔力供給をしていくぞ。」
そうユウトさんが言う。
「少し待ってもらっていいですか?」
私はこの船くらいなら空中に浮かせることも可能なので、案外簡単に動かせるのではないか。そう思って魔力密度を上げて魔力を流すと、ズンという音とともに船が進み始めた。
「……動いちゃったね。」
「そうだな。」
やっぱり、というような視線を私に向ける。思っていたより少ない魔力量で船を進めることができると分かったので、船は私が魔力を供給して動かすことにした。
極東に向かうとき一番の問題となっているのがこの海を渡ることだ。私の魔力供給量では一日もかからないらしいのだが、普通だと三日はかかるそうだ。しかし早く行こうとそうでなかろうと、極東をぐるっと取り囲むように広がっている黒海を渡ることには変わりはない。黒海とは瘴気が充満していて、上位の魔物のみが存在する魔の海だ。
「海の中の敵にはどう対処するのですか?」
海上での戦闘を行ったことがないので、ユウトさんに聞いてみた。
「普通は逃げるしかないが、魔法を使えるのなら船の上から攻撃できるな。ただ黒海は別だ。戦って勝てる相手じゃない。……リアはわからないがな。」
私の魔力量を知っているからかそういう。実際に行ってみないことには分からないようだった。
「みんな、魔の海に入るよ。」
ハルさんがそういう。青かった海は徐々に灰色になっていき、さらには黒く染まっていった。黒海の理由がようやく分かった。この異常な魔力密度によるものだ。この濃さで魔力酔いをせずに生きていられる魔物は、相当強いということが分かる。
「……迂回していけないのでしょうか?」
「極東をぐるっと囲むようにこの海が広がっているからなぁ……。」
難しいようだった。そう答えるユウトさんの表情は少し辛い感じがした。……瘴気!あわてて魔力拡散魔法を唱える。
「バニッシュルーム」
船全体の魔力密度を大幅に下げた。私はこの体だからあまり気にならなかったけど、普通の人はそうじゃない。このレベルの悪い魔力を浴び続けると取り返しのつかないことになってしまう。
「ありがとうリアちゃん。楽になったよ。」
ハルさんがそういう。
「ハルさん、エミナさん、操縦を変わってもらってよろしいでしょうか?」
ここは危険すぎる。私が前線に出る必要がある。
「……分かったわ。」
「気を付けてね。」
一瞬二人は心配そうな顔をしたが、一緒に戦うと足手まといになると判断したのだろう。二人は船の魔力供給に向かった。
「ユウトさんはハーマイド侯爵の護衛へ。」
「俺もいっしょに……といいたいところだが、リアちゃんの顔を見るとそうも言ってられないみたいだな。」
そこまで怖い顔をしていただろうか?……きっとこの魔力密度の濃さに、知らず知らずのうちに気が張っているのだ。
「……すみません。」
「いや、気にすんな。」
そういってユウトさんは護衛へ向かった。
船の上からこの黒い海を見つめた。その瞬間、海中にいる魚型の魔物と目が合った。その魔物の口が動いたかと思ったら、空中に水が浮かび、飛んできた。
「っ……!」
とっさのことで反応できずに、体は黒海の海水で濡れてしまった。高密度の悪い魔力が私を包み込んでいくのが分かる。普通の人間ならきっとここで死んでいただろう。運よく生き延びたとしても、魔物付きとして苦しんで生きることになるはずだ。私がいつまでたっても倒れずにいると、その魔物は海の底に消えてしまった。
ここには魔物がたくさんいると聞いてきたからそこら中に魔物がいるのかと思っていたけど、特にそんなことはなかった。このまま何もないに越したことはない、そう思っていた時に、水中から巨大な水しぶきが上がった。




