新たな見習いメイド10
「ごめん。そっけなかった。」
「私に謝られてもどうしようもないよ。後であの3人にごめんなさいしに行こう?」
自室に戻るとクレア、オリビア、レイリンの3人はテーブルを囲むように座る。
「あの時、笑顔で答えたけど、私、本当は外が怖い……。」
「レイリン……。」
そういうクレアも本心では外の世界が怖いと考えていた。殺し、裏切り、欺き……そんなものが蠢いている世界。幼い頃の苦い記憶が3人の足をその場に縛りつける。
「私が子供の頃、大勢の大人たちが屋敷に押し入ってきて……」
「まって。」
レイリンの言葉をクレアが止めた。
「その話は“遠征“が終わった後がいいと思う。」
外にトラウマを持ったまま、そんな話をするのは精神に大きな負荷がかかるとクレアは判断した。
「でも、いつか聞かせてね。」
「うん……。」
レイリンは再び下を向く。オリビアは目を閉じたままじっとしている。
「ねぇ、聞いて。」
しんと静まり返った空間に、クレアの言葉がこだまする。
「オリビアちゃんとレイリンちゃんの“外“でのトラウマを私は知らない。きっと想像もつかないほど辛いことだったと思う。」
それを思い出したのかレイリンの体がかすかに震え始める。
「でも大丈夫。」
「っ……精神魔法……。」
この空間を満たすように、クレアの精神魔法“パワーマインド”の効果が広がった。
「私たちは知識を得た。技を得た。そして、力を得た。」
クレアは2人の手を取る。
「外の脅威にだって負けない。だから、大丈夫。」
目を見て伝える。クレアの魔力が2人にゆっくりと流れ込み、それぞれの魔力核を優しく撫でる。ほんのりと温かいそれは2人の力となり勇気となり、体に流れていった。
「ありがとね、クレアちゃん。」
「……ありがと。あの、クレアもなんか話したくなったら、話していいから。」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、私はカルメラさんのところに行って来るね。」
部屋を出ていくクレアの後ろ姿を、2人は優しく見つめていた。
ーー
「失礼します。」
扉を開けると、そこにはシンプルな部屋が広がっていた。
「そこに座って。」
「はい。」
カルメラの言う通りに、クレアは椅子に腰掛ける。クレアたちの部屋のような華やかな見た目の絨毯やカーテン、ベッドなどはどこにもなかった。
「すごい、独特な部屋ですね。」
「そうね。私は豪華な部屋より、こっちの方が落ち着くから。」
絨毯は白一色。ガラス出てきたテーブルがあり、シンプルな椅子が二つ。キッチンの装飾も大幅に変更されており、銀色一色だった。部屋の角にあるベッドはステンレスのパイプで組み立てられているようだ。
「見たこともないようなものがたくさんあるのですが……」
「ベッドの構造は異世界の知識が取り入れられているわ。そのほかにもたくさんね。」
キョロキョロと周囲を見渡しているとテーブルの上に紅茶が運ばれてきた。
「ありがとうございます。」
「お菓子もあるわ。何にする?」
キッチンの棚からそれぞれクッキー、チョコレート、マカロンと書かれている3つの箱が出される。
「クッキーがいいです!」
クレアは先ほど夜ご飯を食べたばかりだが、甘いものは別腹のようだ。
「遠征と聞いてどう思ったかしら?」
「あの2人はかなり怖がっていました。まあ、無理もありません。過去に色々と……。」
「あなたはどうなの。」
クレアの言葉が途中で遮られる。カルメラの鋭い眼光がクレアを突き刺すが、それは優しさゆえの問いかけということをこの数ヶ月で理解していた。
「なんとも、ありません。」
はぁ、とカルメラが一息吐く。
「あなたはリーダーとしてよくやっていると思うわ。」
カルメラの両手がメルテの頬に触れる。
「けどね、完璧なだけが全てじゃないの。無理をしすぎてはだめ。本音を吐き出したいときは吐き出してもいいということを知りなさい。」
「っ……。」
そういうとクレアの頭をそのまま胸の近くまで引き寄せる。
「こ……怖いです……。本当はどうしようもないくらいに怖い……でも、リーダーとして……」
「いいのよ。ローズの前では、リーダーなんて関係ないでしょ?」
「ありがとう、ございます。」
そういうとクレアはカルメラに全身を預ける。
『温かい……そして、心臓の音が聞こえる……。』
母に抱きしめられていた、クレアの遠い昔の断片的な記憶が浮かんでは消える。
「ありがとうございました。」
数分、クレアは何も話すことなく、ただじっとその温もりを感じていた。体を起こすと、再び自分の座っていた席に座る。
「精神的に辛い状況だったと、今気づきました……。」
「肉体に受けるダメージとはまた違うから仕方ないわ。でも、グルンレイドのメイドであればそれをもコントロールできるようになりなさい。」
「わかりました。」
「それでも辛いときは、いつでもローズを頼りなさい。あなたたちはすでにグルンレイドのメイドの一員なんだから。」
クレアの過去の絶望の記憶が、徐々に体から溶け落ちていくのを感じていた。まだ完全に消えることはないが、それでもこの場所にいることによっていつかは無くなっていくのだろうと確信する。




