黒海1
「リア、ご主人様からの依頼だ。」
ハーヴェストさんからそう伝えられた。最近は瘴気の制御を鍛えるために、カルメラさんではなく、カルメラさんと同じ立場、すなわちローズのハーヴェストさんのもとで訓練をすることが多くなっていた。座学は変わらずカルメラさんだが、実戦的な瘴気の扱い方はハーヴェストさんの方が詳しい。
「内容は何でしょうか?」
「貴族の護衛だ。極東まで安全に送り届けること。」
「単独でですか?」
「ああ。」
単独の護衛依頼か。グルンレイドを出て外で仕事をするのは初めてだった。少し緊張したが、それ以上に楽しみな気持ちの方が大きかった。
「お前にとって初めての、”人間相手”の仕事だな。戦闘訓練とは違った大変さもあるだろう。」
私の体を眺めながらそう言う。私の体はいたるところに黒いあざが広がっていた。体内に魔物が使うような悪い魔力のせいでこのようになっているらしい。しかし今の私はそれを制御できる。だからこんな風に元気に生きていられるのだ。
「ハーヴェストさんも外の仕事で苦労したことありますか?」
こんどは私がハーヴェストさんの体をじっくりと見た。私と同じような黒い肌、見るからに強そうな角、かわいらしいしっぽ……そう、彼女は魔族だ。
「まあ、そうだな。人間にとって魔族は悪で、恐怖の対象だからな。」
ハーヴェストさんが胸についているバッジを触った。きっと昔のことを思い出しているのだろう。顔色から察するに、スムーズにいったとはいえなかったようだ。
「お前は人間だが……きっと最初から友好的にしてくれる人間は少ないだろう。」
そういって私のほほに触れる。確かに、この黒い肌は人間にはないものだった。
「だが、相手のことをしっかりと見て心で感じ、心で伝える。私はそうしろとご主人様に言われた。相手がまともな人間なら、きっとわかってくれるはずだ。」
ハーヴェストさんの実体験だろうか、その言葉には力強さがあった。
「わかりました。」
この姿になってから、外の世界の人間とまともに関わってきたことはない。もちろんグルンレイドのメイドたちとは毎日会っているが、特に私の姿を気にする者もいない。さらに、グルンレイド領の領民も、私の体を見て驚くものはいなかった。
「それに強さでいえばお前は十分すぎるほど強い。だから、その、なんだ、頑張れ。」
「ふふっ、わかりました。」
強そうな見た目とは裏腹に、ハーヴェストさんの不器用なところが私は好きだ。
「わ、笑うな!」
「笑っていませんよ。ふふっ。」
魔族も人間も、種族を関係なく接することができるこの場所のような世界があったら、それはどれほど幸せなところだろうか……あれ、そういえば、この場所はそんな場所なのかも。
「ハーヴェストさんありがとうございます。私、頑張りますね。」
「ああ。」
そういって私は護衛の任務に向かった。
「お初にお目にかかります。極東までの護衛をさせていただきます。グルンレイド家のメイド、リアと申します。」
今回護衛をするハーマイド侯爵に挨拶をした。
「なんだこいつは!ま、魔族じゃないか!」
やはり予想通りの反応だった。この黒い肌はどう見ても人間には見えない。
「……私は、人間です。」
種族的には一応人間だ。
「ほかのやつはいなかったのか!」
付き添いで来てくれたカルメラさんにその貴族が言う。
「ご主人様が決められたことです。何か問題があれば、私からお伝えいたしますが。」
「……グルンレイド卿か。ふん、まあいい。私をしっかりと極東へと護衛できればそれでいいのだ。」
そういって馬車に乗り込む。最初から認められるとは思っていなかったけど、こうもはっきりといわれてしまうと外の世界に来たんだなと感じてしまう。しかし別にそれくらい当たり前に言われることだと思えるくらいには私も大人になったのかもしれない。
「それじゃあ、私はここまでね。」
そういってカルメラさんは私に声をかけた。
「はい、ありがとうございました。行ってきます。」
ハーマイド侯爵とは別の馬車に乗り込んだ。
極東までは王都から出発し、平野を抜け、山を越え、港へたどり着き、そこから船で海を渡るという道のりだ。
平野は特に危険視するところはない。ゴブリンやウルフといった弱い魔物は出るが、問題なく討伐できる。
山は平野に比べて危険度が上がる。山の中腹には弱い魔物のほかに盗賊が出ることもあるようだ。魔物よりも人間に気をつける必要がある。頂上付近にはグリフォンなどの比較的強い魔物が出るが、私にとっては特に問題ない。王都から極東へ向かおうとしている者たちのほとんどはこの山の頂上に出る魔物が問題で、向かうことをやめている。
山を越えた先には港がある。しかし世界のどの港を探しても極東へ向かう船というものは存在しない。極東はその周囲をぐるりと取り囲むように、魔力密度の非常に濃い海が広がっているからだ。まるでドーナツ状に極東を囲む形で、その海に出てくる魔物も強い。よって貴族のようなお金を持っているものが自分で船を用意して向かうしかない。その海を抜けてやっと極東へたどり着く。
「あ、あのこんにちは。」
急にそのような声がかけられた。私のほかにも護衛がいたようだ。三人パーティで、一人は回復特化の魔法師だろうか。魔力感知で大体の予想がつく。
「お初にお目にかかります。グルンレイド家のメイド、リアと申します。」
馬車の中では立つことができないので、その場で礼をした。
「おい、俺華持ちを見るのは初めてだぜ!」
剣士であろう男の人がそう言う。
「申し訳ありません。私はまだ華持ちではありません。」
「そうなのか。」
そういってじっくりと私を見る。
「こら!失礼なことしない!」
次は攻撃魔法師であろう女性が声をかけた。
「すみません急に……。」
「問題ありません。」
そういえば、この冒険者たちは私の見た目について何も言ってこない……。
「あ、あの、私こんな見た目ですけど、怖くはないのですか?」
疑問に思ったので聞いてみた。
「あぁ、肌の色が違うくらい珍しくないだろ?」
私はほかの人とは違うと思っていたけど、世界は広いようだ。そう考えるともっと外の世界を見てみたいとも思った。
「珍しくない……ですか。」
「……?なにそんな鳩が豆鉄砲くらったような顔してんだ?」
「はと……?豆でっぽ……?」
次から次へと分からない単語が出てくる。私もグルンレイドで様々なことを学習してきて知識には自信があったのだが、やはり世界は広い。
「ユウトさん、こっちの世界にそのことわざはありませんよ。」
「あ、そうか……まあ、なにびっくりしてんだよ!って意味だ。」
「勉強になります。」
「それとそんなにかしこまらなくていい。俺たちは今は仲間なんだからな。」
「仲間……ですか。」
その言葉に少し緊張してしまう。今まで仲間といったらグルンレイドの中にしかいなかった。外の世界では初めての仲間。
「私は……仲間、ですか?」
「そうだ。」
「うん。」
「そうよ。」
三人が私の方を見て、さも当たり前かのようにそう返事をした。
「は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします。」
私はさっきよりも深く頭を下げた。




