柏城・春1
「こんにちは。」
聞き覚えのある声だった。宿の扉を開けた瞬間に飛び込んできたのは、柔らかくて、どこか懐かしい声。
「はいはい、訪問販売は受け付けておりませ――リアちゃん⁉」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。扉の向こうに立っていたのは、私の命の恩人であり、グルンレイド家のメイドであるリアちゃんだった。グルンレイド製の上質なメイド服をきっちりと着こなしていて、小柄な体つきに反して、その佇まいには凛とした気品が漂っている。ただ、腕や首筋にちらりと覗く黒い痣だけが、普通のメイドとは違う何かを静かに主張していた。
「はい、ハルさん。お久しぶりです。」
にこりと微笑むその顔を見て、私の胸の中でじんわりと温かいものが広がっていく。ああ、やっぱりこの子はかわいい。世界が違おうと、美少女は美少女なのだ。
「どうしてこの町に?」
私は冒険者としていろいろな町を巡っているけれど、ここはグルンレイド領からはかなり離れた辺境の町のはずだ。わざわざこんな場所まで来る理由が思いつかない。
「グルンレイドのメイドの中に観測魔法が得意な方がいるので、その情報をもとにハルさんの居場所を特定しました。あとは時空間魔法で移動を……。」
さらっととんでもないことを言っている。観測魔法で人の居場所を割り出し、時空間魔法で大陸の端から端まで飛んでくる。やっぱりグルンレイドのメイドたちは規格外の存在だ。いや、もはや規格という概念そのものが存在しないのかもしれない。
「それで、何か用?」
「実験にご協力していただけますか?」
「実験?」
リアちゃんの説明を要約するとこういうことらしい。私は異世界とこの世界を、眠るたびに行き来している。その現象のメカニズムを解明したのだそうだ。メカニズムを解き明かすことで、もしかしたらこちらの魂をあちらの世界に飛ばすことも可能になるかもしれない――と、リアちゃんはそう言っていた。
世界と世界をつなげる。途方もない話だ。けれど、グルンレイドという場所はそういう途方もないことを本気でやろうとする人たちの集まりなのだということを、私はすでに知っている。
「グルンレイドの屋敷で何泊かしていただくことになるのですが……。」
「行きます。」
即答だった。我ながら食い気味すぎる返事だと思う。でも仕方ない。華宴の際にグルンレイド領で体験したあのお風呂は、今でも夢に出てくるほど忘れられないのだ。あの大理石の浴場、あの湯加減、あの石鹸の香り。思い出すだけで体が勝手にグルンレイド領の方角を向きそうになる。
「あ、ありがとうございます。」
私のあまりの勢いにリアちゃんも少し面食らったようで、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせていた。
「……本当にエミナさんやユウトさんは一緒じゃなくていいのでしょうか?」
「いいのいいの。社会人組は重要なクエストを行っているからね。」
「しゃかいじん?」
こてんと首をかしげるリアちゃん。かわいい。あっちの世界の言葉がこっちでは通じないんだよね。エミナさんはすごく恨めしそうな顔で私を見ていたけれど、クエストがあるんだから仕方ないよね。ごめんねエミナさん、グルンレイドの温泉は私が堪能してくるから。
「さ、向かおう!」
「は、はい。」
リアちゃんが詠唱を紡ぐと、足元に淡い光の魔法陣が浮かび上がった。光が全身を包み込んだ瞬間、世界がぐにゃりと歪む。視界が暗転し、次に目を開けた時には、時間と空間の境目が曖昧になったような不思議な場所にいた。
子どものころに図鑑で見た宇宙空間に似ていた。無数の光の粒がゆっくりと漂い、遠くでは色とりどりの星雲のようなものが渦を巻いている。美しいけれど、どこか現実離れした空間だ。ここが次元と次元のはざまなのだろうか。足元には何もないのに、ちゃんと立っていられるのが不思議だった。
その光景に見惚れている間もなく、再び視界が白く染まり――気がつくと、私たちは壮大な屋敷の前に立っていた。
「お待ちしておりました。ハル様。」
グルンレイドの屋敷の正門前には、複数のメイドたちが整列して出迎えてくれていた。全員がきっちりと揃ったメイド服に身を包み、背筋を伸ばしている。その姿は美しいを通り越して、ちょっとした威圧感すらある。正直かなり緊張する。
「ど、どうもー。こんにちはー……」
しどろもどろになってしまった。こんな時に貴族だったら堂々とした受け答えができるんだろうなー。「ご苦労」の一言で済ませられる人がちょっとだけ羨ましい。
「お久しぶりですね。」
「あ、メイド長さん!」
メイドたちの先頭に立っていたのは、私のあこがれの人であるメイド長さんだった。切り揃えられた黒髪のショートヘアが凛とした雰囲気を纏っていて、静かに微笑むその表情には、どこまでも深い知性と優しさが同居している。この人、めっちゃ美人でめっちゃかっこいいんだよね。私には兄はいるけど姉はいないから、どうしてもこういう年上のかっこいい女性にあこがれてしまう。
「まずはお部屋へ案内しますね。」
リアちゃんがそう言って先に立って歩き始めた。その後に具体的な実験の説明をしてくれるらしい。こっちの世界とあっちの世界をつなぐ――すごくスケールの大きいことのような気がする。というか、普通に考えたらとんでもないことだ。
屋敷の廊下を歩いていく。いつ見ても立派な内装だ。壁には精巧な装飾が施された剣が飾られていて、あれは絶対に高級品だろう。一本で家が建つんじゃないかと思うくらいの風格がある。至る所に飾られている絵画もなんだかすごいエネルギーを感じる。華宴の時にも思ったけれど、この屋敷に飾られているものは一つ一つが美術館の展示品レベルだ。もちろん不用意に触ることはしない。飾られている絵に触ると、下手したら怪我をするらしいからね。……なぜそんな危険物を屋敷の中に飾っているのかは聞かないでおこう。
「こちらが泊まっていただくお部屋です。」
リアちゃんが扉を開ける。その先に広がっていたのは――。
石油王の部屋だった。いや、石油王の部屋なんて見たことないけど。
「リアちゃん、すごすぎなんだけど!」
思わず声が裏返る。床一面に敷かれた絨毯は、足を踏み入れた瞬間にふかふかと沈み込むほどの厚みがあり、複雑な模様が織り込まれている。部屋の中央に鎮座するベッドは、天蓋付きの巨大なもので、四本の柱には細やかな彫刻が施されていた。テーブルも椅子も、何をとっても超一級品。よく見ると、部屋のいたるところに淡い光の紋様が浮かんでいる。魔法の付与だ。防犯なのか快適さのためなのかはわからないけれど、とにかくすべてが桁違いだった。
「そうですか? 重要なお客様をお招きするときはこちらの部屋を使ってます。」
リアちゃんは何でもないことのようにそう言う。いやいや、これが普通の客間だとしたら、グルンレイドの金銭感覚はどうなっているんだろう。
「あの、リアちゃん。せっかく用意してもらったところ申し訳ないんだけど……ほかの部屋ない?」
あまりにも立派すぎて、たぶん私はこの部屋にいる限り一睡もできないと思う。寝返りを打つだけで何か壊してしまいそうだし、このベッドに寝るくらいなら地面の上の方がよっぽど気が楽だ。
「そうですね……私の部屋なら……。」
「リアちゃんの部屋⁉」
食いつきが早すぎたかもしれない。リアちゃんが少し驚いたように目を丸くしている。
「は、はい……。」
ぜひとも泊まってみたい。美少女の部屋に泊まれるなんて、こんな機会は二度とないかもしれない。
「でも、迷惑だよね。」
一応聞いてみる。本音を言えば、迷惑じゃないと言ってほしい。
「そ、そんなことありません。ハルさんが良ければいいですよ。」
やった! 急な変更でかなり申し訳ないのだけれど、リアちゃんとお泊まりできるのは素直にうれしい。女子同士のお泊まり会は、あっちの世界でもこっちの世界でも最高のイベントだ。
「相部屋ですので、もう一人いますが、大丈夫ですか?」
「もちろん! その人がOK出してくれたら私もOKです。」
ということで、リアちゃんの部屋にお邪魔することになった。
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「こちらが私の部屋です。」
リアちゃんが扉の前で立ち止まり、こちらを振り返る。
「失礼しまーす。」
恐る恐る中に入っていく。他の人の部屋に入る時って、どうしてこんなに緊張するんだろう。さっきの客間ほどの豪華さはないけれど、それでも十分に立派な部屋だ。整頓が行き届いていて、リアちゃんの几帳面な性格がそのまま反映されているようだった。
「メルテちゃん、今日からこの部屋に一人泊めたいんだけど、いい?」
部屋の奥に座っていた少女に、リアちゃんが声をかける。
「いいよ。新入り?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。」
メルテと呼ばれたその少女は、こちらをちらりと見た。黒い眼帯が印象的だった。片目を覆うその眼帯が、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。口数は少なそうだけど、険のある感じではない。むしろどこか飄々とした空気を纏っている子だ。
「初めまして、ハルといいます。あの、短い間ですがよろしくお願いします。」
「お初にお目にかかります。メルテと申します。よろしくお願いいたします。」
すっと立ち上がり、流れるような所作で頭を下げる。やはりここのメイドの礼は美しい。背筋の伸び方、手の置き方、頭を下げる角度。すべてが計算し尽くされたかのように洗練されていて、それでいて自然体だ。
「急に来ちゃってごめんなさい。ベッドとか用意大変だよね……。」
「いえ、問題ありません。あちらをお使いください。」
メルテちゃんが指をさす。その先には、綺麗に整頓されたベッドがあった。シーツにはしわ一つなく、枕もふっくらと形が整えられている。もちろんリアちゃんとメルテちゃんのもの以外の、三つ目のベッドだ。
「ありがとう。でもなんで……。」
「つい先日までもう一人ここの住人だったんですよ。諸事情で今はここにはいません。」
ということは、もともとここが三人部屋だったということか。
「勝手に使って怒られない?」
「三年間は戻ってこないといってましたから大丈夫だと思います。それにベッドを勝手に使ったくらいでは怒りません。」
メルテちゃんはさらりとそう言った。三年間。ずいぶん長い不在だ。どんな事情があるのかは分からないけれど、その人のベッドをありがたく使わせてもらおう。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
ボフン、とベッドの上にダイブする。柔らかい。ふかふかのマットレスが全身を優しく受け止めてくれて、体が沈み込んでいく感覚が心地いい。そしてなんだろう、すごくいい匂いがする。甘すぎず、爽やかすぎず、どこか温かみのある不思議な香り。この世界に柔軟剤なんてあるのだろうか。もしかしたら、以前までここで寝ていた人の匂いなのかもしれない。
――なんて、変態じみたことを考えながら枕に顔を埋めていた。
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「具体的に私は何をすればいいの?」
ベッドから起き上がり、姿勢を正してリアちゃんに尋ねる。
「そうですね、夜に寝ていただくだけで結構です。」
「それだけ?」
「はい。」
夜に寝るなんて当たり前のことだ。それだけで衣食住を確保してもらえるというのは、どう考えても申し訳ない。普通の冒険者なら一日中汗水垂らして魔物を倒して、やっと安い宿の一室が手に入るというのに。
「もちろん身の安全は保証します。」
私が少し黙り込むと、リアちゃんが慌てたようにそう言った。いや、そういう意味で沈黙したわけじゃないんだけど……。
「なんか申し訳ないなって。何か他にできることない?」
といっても、ここにいるメイドたちは完璧だ。家事も料理も掃除も、そしておそらく戦闘においても。私ごときが手伝おうものなら、むしろ作業効率を下げてしまいそうな気がする。
「特にありませんね……。私たちはデータを取らせていただいている立場ですので、ハルさんは気にせずにゆっくりしてください。」
ということなら、私は気にせずにゆっくりすることにしよう。必要であればお金を支払おうかとも考えたけれど、私が出せるお金なんてたかが知れている。グルンレイドからすれば、はした金にもならないだろう。
「夜までまだ時間がありますので、町に出かけてみますか?」
「町?」
「そうです。王都でいう城下町みたいな感じですね。グルンレイドの屋敷を出ると、その近くには町が広がっています。」
あー、確か華宴の時に出店が並んでいた場所か。当時は出店で街並みがしっかりとは見えなかったけど、出店の後ろには本来の店舗が建ち並んでいたのだろう。
「いいね!」
「メルテちゃんはどうする?」
「私は待ってる。チョコレート買ってきて。」
「分かった。いつものやつね。」
やっぱり同室で長く過ごしていると、相手の好みも自然と分かってくるものなんだろう。メルテちゃんはなんというか、不思議ちゃんという感じだ。口数が多い方ではないけれど、必要なことはちゃんと言う。そしてチョコレートが好きらしい。そういうギャップがちょっとかわいい。
「それでは行きましょうか。」
そうして私はリアちゃんと街に繰り出した。
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「なんというか、見慣れた風景って感じ。」
屋敷を出て少し歩くと、整然とした街並みが広がっていた。石畳の道がまっすぐに伸びていて、その両側にはさまざまな店が軒を連ねている。看板には丁寧に文字が書かれ、ショーウィンドウにはそれぞれの店の商品が綺麗にディスプレイされていた。
「そうですか? 私が初めて見たときは驚きましたけど。」
確かにこの世界の人からすれば驚くだろう。魔法はあっても、こういう整備された商業区域というのは珍しいのかもしれない。しかし私は違う。おそらくエミナさんもユウトさんも驚くことはないはず。
「ショッピングモールみたいだね。」
「しょっぴんぐもーる、ですか?」
また首をかしげている。かわいい。いや、商店街の方が表現的には合っているだろうか。まあどちらでもいいけれど、いろいろなお店がまとまっているエリアが広がっていた。クレープ、ケーキといった私にとってはなじみ深いスイーツ系の店が目に入る一方で、剣や鎧の専門店、回復ポーションの薬屋など、異世界ならではの店舗ももちろんある。その混在具合がなんとも言えず面白い。
「ハルさんの世界には、チョコレートも普通に売っているのでしょうか?」
「そうだね。どこに行っても買えるかもね。」
「……すごいですね。この世界ではチョコレートを買えるのはここ、グルンレイド領のみです。」
これを異世界から来た人間が作ったのではなく、この世界の人が独力で作り上げたというのが本当にすごい。領主であるジラルド様が開発したのだろうか。こういった文化面でも非凡な才能を持っているということなのだろう。
でも、この世界で作られたチョコレートやスイーツがどの程度のものなのか、ちょっと試してみたいと思った。
「リアちゃん、クレープ食べない?」
「いいですね。」
目を輝かせるリアちゃんを見て、やっぱりこの子もスイーツには目がないんだなと微笑ましくなった。そうしてクレープの店に入る。
「いらっしゃいませ。おや、メイド様ではありませんか。」
「こんにちは。」
店主がリアちゃんの姿を見て、恭しく頭を下げた。やはりグルンレイド領内でのグルンレイドのメイドというのは、知名度抜群のようだ。芸能人みたいなものなのかもしれない。あるいは、それ以上か。
「クレープを二つ。私はチョコレート。」
「では私はイチゴで。」
「全部で銀貨一枚でございます。」
安い。銀貨一枚ということは、一つあたり五百円くらいだ。あっちの世界だったら、こういう店のクレープは一つ千円くらいしそうなのに。さすが領内価格というやつだろうか。
「リアちゃん、ここは私が出すよ。」
「そんな、申し訳ありません。」
「いいのいいの。お泊まりさせてもらってるお礼。」
「そうですか……。それではお言葉に甘えて。」
私が銀貨一枚を差し出す。リアちゃんがかわいいから、いくらでもお金を出したくなってしまう。これが推し活というやつだろうか。いや、ちょっと違うか。
「「いただきます。」」
声が揃った。お互い顔を見合わせて、思わずくすりと笑ってしまう。
クレープに齧りつく。生地は薄くてもちもちとした食感で、中のチョコレートクリームは濃厚なのにしつこくない。口に入れた瞬間にとろりと溶けていく甘さが、舌の上に幸福を運んでくる。
――おいしい。これは完璧にクレープだ。何なら安い分こっちの方が優れているまである。
「リアちゃんはイチゴなんだね。」
「そうです。……食べてみますか?」
「いいの?」
リアちゃんが持っているクレープを差し出してくる。ありがたく一口いただこうとしたのだけれど、持ち方の関係上、リアちゃんの食べかけのところから齧らざるを得なかった。間接キス。女の子同士なのに、なんでこんなにドキドキするんだろう。でもやっぱり、美少女を前にすると性別なんて関係なくなるよね。イチゴの甘酸っぱさが口の中に広がる。うん、こっちもおいしい。
「わ、私も……ハルさんの、食べてもよろしいでしょうか?」
上目遣いでこちらを見てくる。頬がほんのり赤い。あぁ、かわいい。
「もちろんいいよ!」
私がクレープを差し出すと、リアちゃんは少し身を乗り出して、私のクレープにかじりついた。小さな口で一生懸命に食べようとする姿がなんとも愛くるしい。
「お、おいしいです。」
こういうことに慣れていないのか、耳まで赤くなりながらそう呟くリアちゃんは、本当に愛くるしかった。美少女とのショッピング、異世界に来てよかったと心の底から思う瞬間だ。
「チョコレートを買わなければいけませんね。」
「メルテちゃんにね。」
クレープを食べ終えた私たちは、街の中を歩き続けた。とはいっても、グルンレイド領にはどのような種類のチョコレートがあるのかもわからないし、そもそも私はチョコレートの種類に詳しいわけでもない。板チョコと生チョコの違いくらいは分かるけど、それ以上のことはさっぱりだ。
「こちらがグルンレイド領が誇るチョコレート店です。」
立派な店構えの前でリアちゃんがそう言った。さっきのクレープ屋は商店街の中の一室という感じだったけれど、こちらは独立した一軒家で、まるで高級ブティックのような佇まいだ。入口の上には控えめだけれど品のある看板が掲げられ、ガラス越しに見えるショーケースには宝石のようなチョコレートが並んでいる。
「すごいね……。」
「グルンレイド領の名産品の一つですからね。」
やはりチョコレートはこの世界の人たちの口にも合うようだ。私たちは店の中に入った。内装も洗練されていて、壁は落ち着いた焦げ茶色に統一されている。甘い香りが鼻をくすぐった。
「いつもメルテちゃんはこれを食べてますね。」
リアちゃんが指さしたのは、九個入りの丸いチョコレートだった。正方形の箱に行儀よく三列三段に並べられていて、その箱自体も高級感が漂っている。
「外は固いチョコレートで、中はとろけるような柔らかいチョコレートなんですよ。」
柔らかいチョコレート。生チョコのことだろうか。外はパリッとして中はとろっとしている、ああいうやつ。想像しただけで口の中に甘さが広がってくる。
私も食べてみたいので、自分の分と、グルンレイド領に来られなかったかわいそうな社会人組のためにお土産も買っていこう。エミナさんにはさっき恨めしそうな目で見られたし、せめてもの罪滅ぼしだ。
「ありがとうございましたー。」
丁寧な接客も相まって、とても素晴らしい買い物ができた。店員さんがチョコレートの一つ一つについて丁寧に説明してくれたおかげで、自分用には少し変わったフレーバーのものも選ぶことができた。紙袋に入れてもらった箱を大事に抱える。
「では、帰りましょうか。」
「そうだね。」
空を見上げると、いつの間にか太陽が傾いていた。西の空が赤く染まり始めている。オレンジと紫が溶け合ったグラデーションが、グルンレイド領の街並みを優しい色で包んでいた。石畳に落ちる影が長く伸びて、街ゆく人々のシルエットが夕焼けの中に溶けていく。
もし異世界同士がつながってしまったら、いったいどうなるのだろうか。私には想像もできない。むやみにつなげない方がいい気もするし、確かにつなげてみたい気もする。リアちゃんをあっちの世界に連れて行って、回転寿司やショッピングモール、遊園地に連れて行ったら、きっとすごく喜ぶだろう。でも、二つの世界が交わることで何が起きるかは誰にもわからない。
屋敷に帰ったら詳しい説明があるはずだ。そこでじっくり考えてみることにしよう。




