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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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王国魔法学校7

「あなたがアナスタシア・アスターね。」

「そうですわ。」

私は今、貴族院の集会に参加している。貴族院というのはこの第一魔法学校のアリストクラットのみで構成されている団体である。生徒会と同じか、それ以上の権限を持っているらしい。集会室は重厚な木製の壁に囲まれ、円卓がいくつも配置されている。窓からは午後の光が差し込んでいたが、室内の空気は冷たく張り詰めていた。


そして今声をかけてきたのは、三年生の先輩である。赤みを帯びた栗色の髪を高く結い上げ、紫の宝石をあしらったイヤリングが揺れている。ドレスは私のものよりもさらに上等で、生地の光沢が一目でわかるほどだった。何よりも纏っている空気が違う。長年この学校のアリストクラットとして君臨してきた者特有の、揺るぎない自信と威圧感。


「あなた、三大貴族の一員であるエリザベスさんにひどいことをしたそうじゃない?」

「入学試験の時ですわね。」

確かにあれはやりすぎたと思っている。魔法障壁を張らずに戦闘を行う者がいるとは思わなかったのだ。その後ソフィアさんの回復魔法で完全に傷は癒えたはずだが……。


「その落とし前はどのようにしてつけてくれますの?」

落とし前、とはどういうことだろうか。これは私とエリザベスさんの間で話し合い、解決したはずだ。エリザベスさん自身も「私の方こそ」と言っていた。まだ何か解決していない部分があったとしても、この先輩に何か関係があるとは思えない。


「海外のどの程度の貴族かは知りませんが、少し調子に乗っているのではありませんの?」

「オーロラ様、私は大丈夫ですので、その辺で……。」

エリザベスさんが割って入る。声は小さく、目線は下を向いていた。


「エリザベスさん、そんなことだから海外の貴族に舐められてしまうのですわ。三大貴族としての自覚がないのではなくて?」

「す、すみません。」

エリザベスさんが一蹴される。確かにこの方も三大貴族の家系の一人、オーロラ・ローウェルと名乗っていた。三大貴族がトップでないと気が済まないという類の人間だ。グルンレイドで生活してきた私にとっては、このような権威主義はとても息苦しく感じる。ご主人様は身分など気にしない方だった。


「私は別に調子に乗っておりませんわ。ね、エリザベスさん。」

「え、えぇ。」

張本人たちがそう言っているのだ、問題はないだろう。


「エリザベスさん?」

「ひっ……。」

オーロラさんがにらみを効かせる。その一瞬で、エリザベスさんの背中が縮こまった。周囲には一、二、三年生のアリストクラットの方々が息を潜めてこちらを見ている姿があった。誰も三大貴族であるオーロラさんに口を出すことはできないようだ。壁際に立っている者、椅子に座ったまま動けない者、皆が同じ表情——恐怖と諦めが入り混じった顔をしていた。


「なんですのその目は。」

私がオーロラさんを見つめていると、彼女がそう言った。


「いえ、何を考えているのかと思いまして。」

「なっ!」

「どう考えてもおかしいではないですの。既に収まっていることを部外者が口を出してくる、その意味を考えておりましたわ。」

ご主人様の命令の意図を探る時のように、私の思考は加速する。彼女がしつこく私に声をかけてくる意味……。メイド長からは「すべての言動には意図がある」と教わった。まさか裏で何か伝えたいメッセージがある?私に対する何らかの警告?それとも、三大貴族間での政治的な駆け引き?


「ぶ、がっ……どこまで失礼な発言を繰り返せば気が済みますの!」

が、その激怒した表情にとても裏があるとは思えなかった。顔が紅潮し、こめかみに血管が浮き出ている。これは演技ではない。


「ま、まさか本当に何も考えておりませんの?」

思わず口に出してしまった。


「いい加減にっ!」

腕が振り上げられる。多くの人が息を呑んだ音が聞こえた。集会室全体が一瞬で沈黙に包まれる。


確かに私は魔力が込められた打撃——いわゆる龍技の対処が苦手だ。以前ハーヴェストさんと体術の訓練を行った時も、高密度の魔力が込められた拳の対処に苦戦した記憶がある。あの時は肋骨にヒビが入った。


私は魔力を精一杯練り込み、障壁を展開する。闘気も全身に巡らせ、衝撃に備える。


「しなさい!」

平手打ちのようだ。なぜ拳ではなく、威力が半減する平手打ちなのだろうか。拳で殴った方が遥かにダメージを与えられるはずなのに——


バァン!

私の頬に手が触れた瞬間、凄まじい衝撃が走った。だがそれは私にではなく——オーロラさんの右手に。

オーロラさんの右手が、手首ごと吹き飛んだ。


「っ!」

吹き飛んだ⁉ ま、まさかオーロラさんも魔法障壁を展開していない⁉ 闘気による体の硬化が、素手で触れたオーロラさんの手首に反作用として跳ね返ったのだ。魔法障壁も、魔力すら込められていない平手打ちでは、闘気を纏った私の肌に触れた瞬間に——


「えっ?」

オーロラさんはなくなった腕を見て何が起きたか理解できていないようだ。切断面から血が噴き出し始める。赤い飛沫が床に散った。


「タイムスロウ!」

私はすぐに血が吹き出している右腕の時間を極限まで遅くする。血の流れが粘性を帯びたように緩やかになり、やがて止まった。私も治癒魔法を使うことができるが、肉体の再構築はあまり得意ではない。骨と筋肉と血管を正確に繋ぎ直すには、ソフィアさんの精密な回復魔法の方が確実である。


「な、何が……おこって……。」

オーロラさんの顔から完全に血の気が引いていた。瞳孔が開き、唇が震えている。痛みよりも先に、理解不能な現象に対する恐怖が勝っているようだ。


「すぐに治療をいたしますわ!」

魔法によるメッセージをソフィアさんに飛ばす。急いで——と、声にならない焦りを込めて。



--


「私は少しあなたを躾ようとしただけですのに、精神操作魔法を使うなんて、なんて卑劣な!」

ソフィアさんの治療が終わると、落ち着いてきたのかオーロラさんはそのようなことを言い始めた。右手は完全に元通りに繋がっていて、指先まで動かすことができるようになっている。ソフィアさんの回復魔法は相変わらず見事だった。


精神操作……もしかして、さっき起こったことは現実ではなく私が魔法で意識を操作したと思っているのだろうか?自分の手が吹き飛ぶという現実をそのまま受け入れることができず、魔法による幻覚だと解釈したのかもしれない。


「勝負ですわ!これで三大貴族に逆らうとどうなるかというのを教えてあげます。」

「オーロラ様、アナスタシア様も悪気があったわけでは……。」

ついに見物を決めていた方の中の一人がそう声を上げた。小柄な男子生徒で、声が震えていた。


「黙りなさい!三大貴族より、海外の貴族の肩を持つの⁉」

「そのようなことは……。」

再び黙ってしまう。その目には「助けてあげたいけど無理です」という諦めが浮かんでいた。


「わかりましたわ。その勝負受けましょう。」

「アナスタシア様、お言葉ですがオーロラ様は学年で三位の実力を持っております。怪我だけでは済まないかと……。」

さっきとは別の方がそういう。三年生で三位ということは、この学校の中でもかなり上位ということになる。ご主人様から託された任務——王国の魔法勢力を調査するという目的を達成するためにも、戦った方がいい気がする。三年生の上位の実力を、この目で確かめることができる。


「問題ありませんわ。」

「決まりですわね。」

ということで授業で使用する練習場へ移動する。普通は放課後に許可なく使用できないのだが、アリストクラットの特権なのかわからないが使用することができた。室内の練習場は広く、天井も高い。壁面には衝撃吸収の魔法が付与されているようで、薄い光の膜が壁を覆っている。他のアリストクラットの方々が練習場の端に並び、息を殺して見守っている中で戦闘は始まる。


「手加減はしませんわ。ファイアーアロー!」

オーロラさんが開始と同時に炎を放つ。確かにこれは直撃してしまうと多少だがダメージが入ってしまうだろう。入学テストの学生たちよりも数段上の魔力密度だ。炎の色が濃く、スピードも速い。さすが三年生で三位というだけはある。


「バニッシュルーム。」

周囲に魔力拡散結界を張り、魔法を消す。炎がちりちりと光を散らしながら消滅していった。


「何が起こりましたの⁉」

オーロラさんが目を見開く。自分の魔法が跡形もなく消えたことに、本気で驚いているようだ。


「今度はこちらから行きますわ。ライトニング!」

牽制のためにかなり出力を抑えて魔法を唱える。紫色の電撃がオーロラさんに向かって走る。その間に私は間合いを詰める。足に闘気を集中させ、地面を蹴る。


「魔力障壁展開!」

オーロラさんが叫ぶと、透明な壁がその身を包んだ。ライトニングが結界にぶつかり、バチバチと火花を散らしながら止められる。


「はぁ、はぁ、なんて威力ですの!」

防ぎ切った時には私はオーロラさんの懐に入っていた。目と鼻の先。オーロラさんの瞳に、私の姿が映っている。驚愕に見開かれた瞳。


今は教師が見ていない状況であり、授業でもないので闘気を使っても問題ないだろう。私は拳に闘気を纏って振り上げる。闘気が拳の表面で淡い光を帯びた。


「お嬢様!」

その声の主に、私の拳が受け止められた。鎧を着た男性——オーロラさんの騎士だ。両手で私の拳を抱え込むようにして、全身の力で止めている。


「があぁっ!」

だが止められたのは一瞬だけだった。闘気の衝撃が騎士の体を突き抜け、そのまま遠くに吹き飛ばされていく。練習場の壁に叩きつけられ、鎧がぐしゃりと潰れる音がした。


「リアム!」

オーロラさんがそう叫ぶ。壁際で崩れ落ちた騎士の名前だ。


「これ以上お嬢様が傷つく姿を見たくはありません!」

リアムと呼ばれる騎士が、ふらふらになりながらも立ち上がってそう言った。鎧の胸当てが凹み、口元から一筋の血が流れている。だがその目は折れていなかった。主人を守るという一点において、この騎士の覚悟は本物だ。少しだけ、グルンレイドのメイドたちに通じるものを感じた。


「オーロラさん。これは一対一の決闘ではありませんの?」

私はオーロラさんに疑問を投げかける。


「一対一ですわ。リアム、下がりなさい。私一人で……。」

「なりません!」

とても真剣な表情でこちらを見ていた。


「よろしいですわ。リアムさんの参戦を認めましょう。」

「それでは公平では……。」

「ただし、私も武器を使用させていただきますわ。」

騎士であるリアムさんは剣を持っている。ということは私も武器を使用しても文句は言われないということだ。



--


「……わかりましたわ。」

オーロラさんが渋々頷く。だがこのぶんだと私の方が有利な条件になってしまいそうである。その理由としてはもうすでに私の一撃でオーロラさんの騎士が重傷を負っているからだ。


「ヒール。」

私は騎士であるリアムさんを回復させる。治癒の光がリアムさんの体を包み、凹んだ鎧の下の肋骨がみしりと音を立てて元の位置に戻っていく。口元の血も拭われたように消えた。


「何をして……。」

オーロラさんが驚いた顔をする。


「これで対等な交換条件ですわね。」

オーロラさんもリアムさんも驚いているようだったが、私としてはこの方が引け目なく戦えるのでこの行動は私のためと言える。傷ついた相手と戦っても意味がない。グルンレイドでの訓練は常に万全の状態で行われる。それが正しい力の比べ方だ。


「お礼は言いませんわよ。」

「ええ、かまいませんわ。」

ちょうどソフィアさんが剣を持ってやってきた。私の扱う剣は気軽に持ち運びできるような大きさではないので、寮の部屋に置いているのだ。ソフィアさんが走ってきたのだろう、少しだけ息が上がっていたが、剣を渡してくれる手は安定していた。


そして私は剣を構える。柄を握り、重心を確認する。やはりこの手に剣がある方が落ち着く。


「あなた、魔法士ではありませんの?」

「魔法学校に入学しておいてなんですけれど、剣士でもありますわ。」

驚くのも無理はない。普通魔法を使える者は剣士にはならないからだ。魔法の方が遥かに効率がいいと言われている。だが私はそうは思わない。闘気と剣は、魔法では到達できない領域に私を連れていってくれる。


「どこまでもおかしなことを言うのね。」

「おかしなことなどありませんわ。」

オーロラさんが私をにらむと騎士に命令を出した。わずかな視線の動き、顎の角度——なるほど、目配せで指示を出すのか。その瞬間騎士がこちらへ走り出すのが見える。……きっと陽動だろう。私が騎士を攻撃しているうちにオーロラさんが魔法を叩き込むという作戦のはず。基本的だが、騎士と魔法士の連携としては正しい戦術だ。


「ハァァっ、バルザ流・断頭!」

リアムさんが剣を振り上げながら突進してくる。……遅い。鎧を纏っているから仕方ないのだが、そのスピードだと纏っていなくても私は遅いという判断をすると思う。ヴァイオレット様の剣速を見慣れた目には、まるでスローモーションのように映る。周囲は「速い……」などと呟いていたが、私の聞き間違いだろう。


「華流・剪定。」

私はその攻撃を剣で受け止める。リアムさんの剣に込められた闘気を、刃を通じて拡散させる。ガギィン、と金属の悲鳴が上がった。リアムさんが驚いたような表情をしていた。エネルギーを拡散される感覚を味わうのは初めてなのだろう。全身の力を込めた一撃が、まるで水に吸い込まれるように消えていく。その戸惑いは理解できる。


「はあっ!」

私は身体強化魔法を少し強め、そのまま騎士を吹き飛ばす。剣と剣がぶつかった反動を利用して、闘気を乗せた一押しで弾き飛ばした。リアムさんの体が床を滑っていく。


「リアム!くっ、ファイアーアロー!」

オーロラさんが炎を放つ。先ほどよりも密度が濃い。本気で放ったのだろう。


「華流・——」

私は地面を蹴り上げ、距離を詰める。闘気を足に集中させ、一歩で間合いを潰す。


「剪定。」

先ほどと同じ剣技でファイアーアローの魔力を拡散させる。炎が光の粒子となって散っていき、その奥にオーロラさんの驚愕の顔が見えた。そのまま音速に迫るスピードでオーロラさんの懐に潜り込み、喉元に剣先を置く。


刃と肌の間は、髪の毛一本分。


「ぇ……。」

しんと静まり返った空間の中で、オーロラさんの吐息だけが聞こえた。浅く、速い呼吸。瞳が剣先に焦点を合わせ、そこから動かない。何が起こったか理解できていない様子だが、自分が負けたということはわかっているだろう。


実際に斬っても良かったが、さっきみたいにいちゃもんをつけられたら面倒なので寸止めにしておいた。グルンレイドの訓練であれば、ここで一太刀浴びせてから「惜しかったですね」と言うところだが、ここはグルンレイドではない。


「これで文句はありませんわよね。」

「は……はい……。」

ペタリとオーロラさんの膝が折れ、地面に座り込んでしまう。ドレスの裾が床に広がった。さっきまでの威圧的な態度が嘘のように、その姿は小さく見えた。三大貴族至上主義もこれでおさまってくれるといいのだが、それは今後に期待ということでいいだろう。


「それではみなさん、貴族院へ戻りましょう。」

振り返って声をかける。驚きの表情を見せている生徒が大半だったが、それとはまた違った雰囲気で私を見つめている存在を観測した。視線の温度が違う。恐怖でも驚愕でもない——何かを見極めようとするような、冷静で鋭い目。が、今はそれを気にする必要はないと判断し、私は貴族院の建物へと歩いていった。


「ソフィアさん、リアムさんの様子を見ていただけます?」

「かしこまりました。」

と言ってソフィアさんは地面に転がって体を起こそうとしている騎士の元へと駆け寄る。体を動かせている時点で重傷というわけではないだろうが、どんな傷でも適切な回復を行うことは悪いことではない。


「アナスタシアさん……あなた、一体……。」

オーロラさんのそばを通った時、彼女がそのように呟く。座り込んだまま、震える声で。さっきまで私を見下していた目が、今は子どものように揺れている。


私は座り込んでいるオーロラさんに手を差し伸べ、引き上げる。オーロラさんの手は冷たく、細かく震えていた。


「私は普通の海外の貴族、ですわ。」

「でもどう考えても普通では……。」

「普通、ですわ。」

私はオーロラさんの瞳を覗き込むようにそう答える。穏やかに、しかしはっきりと。


「は、はい。」

ビクッと体を震わせ、すぐに目を逸らされる。……そんなに怖がる要素があっただろうかと考えながら掴んでいた手を離す。グルンレイドではこの程度の戦闘は日常茶飯事なのだが、やはり外の世界では違うらしい。


これだけやってもまだ私に突っかかってくるのであれば相手はするのだが、正直めんどくさいのでやめてほしい。私はご主人様の任務を果たすためにここにいるのであって、貴族同士のいざこざに付き合うためではない。


「それでは、ごきげんよう。」

「ご、ごきげんよう。」

私は今後声をかけられないようにと願いながらその場を離れた。


練習場を出ると、廊下には夕暮れの光が差し込んでいた。窓の外に見える魔法学校の塔が、茜色に染まっている。

……さて、今日の報告をどうまとめようか。三年生の三位の実力は、正直なところ——グルンレイドの見習いにも届かないかもしれない。ご主人様に報告したら、どんな顔をされるだろう。


そんなことを考えながら寮への道を歩いていると、ソフィアさんが追いついてきた。


「リアムさんの治療、完了しました。」

「ありがとうございます。あの騎士、なかなか良い根性をしていましたわね。」

「そうですね。主人を守ろうとする姿勢は、立派だと思います。」

ソフィアさんがそう言って、少しだけ微笑んだ。きっとソフィアさん自身のことを重ねたのだろう。


「さて、今日も疲れましたわね。帰ったらお風呂にしましょう。」

「はい、それは賛成です。」

二人で並んで寮へと向かう。夕日が私たちの影を長く伸ばしていた。

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