王国魔法学校6
ーーミアーー
「先日の入学テストの成績を発表します。」
入学式から数日、今日は入学テストの成績が返される日だ。この成績によって最初の学年順位が決定する。朝から教室の空気がどこか張り詰めていて、いつもは賑やかなクラスメイトたちも口数が少ない。
「名前を呼ばれた人から紙を取りに来てください。」
エレナ先生は順に名前を読んでいき成績を返していく。一人が紙を受け取るたびに、周囲がちらちらとその紙を覗き込もうとする。成績が良かった者は少しだけ胸を張り、そうでない者は紙をさっと裏返して隠していた。
「ミア。」
「はい。」
椅子を引いて立ち上がり、先生のもとへ歩いていく。紙を受け取る。手のひらが少し汗ばんでいた。
評価はD、順位は学年八十一位。平均よりやや下というところだ。的を少しは削ることができたんだけどな……。的当ての時、私のファイアーアローは的の表面を焦がしただけだった。あの程度では削ったとすら言えないのかもしれない。ちなみに最低はFである。Fでなかっただけマシだと思おう。
「ミア、何位だった?」
席に戻ると、隣の席の友達であるフィーナがそういう。茶色い髪をポニーテールにまとめた、快活な女の子だ。八十一位と答えると得意げな顔で紙を見せてきた。
「評価C、六十二位……。」
私よりも上だった。ニヤニヤしてる顔が憎たらしい。ぐぬぬ、と歯を食いしばる。何か言い返そうと思ったが、先生の声が響く。
「エリザベスさん。」
その瞬間ざわざわしていた教室がしんとする。教室の空気がぴりっと変わった。エリザベス様の後ろに控えていた付き人が紙を受け取りに行く。このクラスに二人いるアリストクラットのうちの一人である。金髪を美しく巻き上げ、深い紫のドレスを纏っている。いかにもお嬢様という感じだ。私たち平民をかなり見下しているような態度をとっていた。目が合うと、こちらがゴミでも見るかのような視線を返される。
「アナスタシアさん。」
そして最後、美しい金髪が揺れる。もう一人のアリストクラット、アナスタシア様だ。付き人ではなく本人が取りに行くようだ。椅子から立ち上がる所作だけで、空気が変わる。背筋をすっと伸ばし、ドレスの裾をさばきながら歩いていく。その一つ一つの動きが洗練されていて、クラスメイト全ての視線を奪う。歩くだけでこんなにも美しい人がいるのかと、毎回思ってしまう。
ガタッ。
私の脇を通り過ぎようとした時に音が鳴った。心臓が止まりかけた。よく見るとアナスタシア様の服が私の使用している魔法の杖に引っかかっているではないか。机の端に立てかけていた杖が、ドレスのレースの部分を引っ掛けてしまっていた。
「あっ、あ、も、申し訳ございません!」
そういってすぐに杖を取り、頭を下げる。血の気がさっと引いた。アリストクラットの服に汚れをつけるなど、言語道断。下手したら私は退学させられるかもしれない。いや、退学どころか家族にまで累が及ぶ可能性だってある。隣でフィーナが慌てふためいている。顔が真っ青だ。
「あら、こちらこそごめんなさい。」
アナスタシア様はそう言うだけだった。柔らかい声だった。怒りも、侮蔑も、何も含まれていない。ただ純粋に、本当に自分が悪かったかのように謝ってくれた。い、命拾い、したのだろうか。
アナスタシア様が通り過ぎた後、私はしばらく動くことができなかった。
--
「ミア!あなたね!」
休憩時間にフィーナが私の机にやってきてそういう。額に手を当てて、呆れた顔をしている。
「た、助かった……の?」
本当に生きた心地がしなかった。それほどまでにアリストクラットという存在は大きい。私たち一般学生と違い、全てが優遇されている。専用の寮、専用の席、専用の食事。そしてこの学校には生徒会が存在し学校をまとめているが、そのほかにもアリストクラットのみで構成されている団体がある。二つの団体の溝は大きく、犬猿の仲だと言われている。
「アリストクラットに迷惑をかけるとどうなるかわかってるの⁉」
「気をつける……。」
確かに今回は私の不注意である。杖を机の端に置きっぱなしにしていたのが悪い。このようなことがないように気を引き締めねば。
「ごきげんよう。ミアさん。」
後ろから透き通った声が聞こえた。この声は——
「ア、アナスタシア様!」
振り返ると、そこにアナスタシア様が立っていた。光を受けて輝く金髪、深い青色の瞳。近くで見ると、その美しさに圧倒される。息を吸うのも忘れそうだ。
「名前を覚えてもらっているなんて、嬉しいですわ。」
このクラスにあなたの名前を知らない人なんていない。入学初日にファイアーアローで的を蒸発させ、対人テストで三大貴族の令嬢を一撃で気絶させたのだ。知らない方がおかしい。それとそのセリフは私が言うべきものである。
「その杖、とてもきれいですわね。」
アナスタシア様の視線が、私の杖に向けられた。心臓がどくんと跳ねる。や、やはり先ほどのことを怒っているのだろうか。だからこうして私に接触を——!
「あ、ありがとうございます。」
声が裏返ってしまった。杖は父が魔法学校の入学祝いにと、無理をして買ってくれたものだ。高級品ではないけれど、私にとっては宝物だ。
「それと私のことはアナスタシアと呼んでくださいまし。クラスメイトなのですから。」
「は、はは。」
呼べるわけがない。笑うしかできなかった。
「私のようなものが呼び捨てなんてできません。」
「そう、ですか……。」
少し悲しそうな顔をしていた。眉が僅かに下がって、瞳の光が翳る。その表情は——本当に寂しそうだった。貴族がこんな顔をするものなのか。
「それではごきげんよう。」
「ご、ごきげんよう、です。」
気が動転しすぎて変な言葉になってしまった。「ごきげんよう」に「です」はいらない。フィーナが横で顔を覆っている。
アナスタシア様が去った後、私は机に突っ伏した。
「ミア、あなた目をつけられたんじゃないの?」
「そ、そうかな。」
でも話してみた感じ、そんなに怖がるような人ではないのではないかと思った。確かに高潔で美しく近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、実は私たちと仲良くなりたかったのではないか?さっきの寂しそうな顔が、頭の中から離れなかった。
入学式ではエリザベス様はアナスタシア様にライバル心を抱いているように見えた。アリストクラットの中でも順位付けというものはあるのだろう。
普通に考えれば三大貴族の一つであるマーティン家のエリザベス様がこのクラストップの存在となるはずだったのだ。しかし海外の貴族であれば話は別となる。理由は簡単、基準がわからないからだ。しかしアナスタシア様のあの立ち振る舞いを見る限り、とても位の高い貴族であることは間違いない。入学初日のあの魔法の威力を見れば、疑う余地もなかった。
「あの時はごめんなさい。」
お昼時、大食堂の端でアナスタシア様がエリザベス様に声をかけるのが見えた。アナスタシア様は自分の食事を持って、わざわざエリザベス様のテーブルまで歩いていったのだ。
「い、いえ。私の方こそ……。」
エリザベス様の顔には恐怖がありありと浮かび上がっていた。あの入学試験の日、エリザベス様は気絶するまで叩きのめされた。腕は凍り、肩と太ももは切り裂かれ、付き人たちが泣きそうな顔で駆け寄っていたのを覚えている。
「どうされましたの?顔色がよくなくてよ?」
そういってアナスタシア様が手を伸ばす。心配しているように見える。
「だ、大丈夫ですわ。」
そういって一歩後ろに下がる。椅子の脚がガタリと音を立てた。やはりあの入学試験の一件があってから、エリザベス様は完全におびえ切っている。もちろん私たちへの態度は全く変わらないのだが、アナスタシア様には強く出られない、というか従順になっていた。
「そうですか。それではお体に気をつけて。ごきげんよう。」
「ご、ごきげんよう。」
初日の威勢は全くなかった。あの「私が勝ちますわよ」と言っていた気迫はどこへ行ったのだろう。これでこのクラスの上下関係は完全に決まった。
「何見てるの?」
フィーナが隣に座ってお弁当を広げる。パンとスープと小さな果物。私たち平民の食事は質素だ。
「このクラスのトップ2の方々をね。」
「ふーん。ところで成績見た?」
「何?また自慢しに来たの?」
「違うよ、学年トップ10の方。」
あー、確か学年で上から十位までの成績をとった人は、名前が公表されるんだった。掲示板に張り出されるやつだ。
「見てない。」
「というと思って持ってきました。」
フィーナが紙を広げた。いつの間に書き写してきたのだろう。几帳面というか、こういうところだけ行動が早い。
一位:アナスタシア・アスター
二位:アメリ
三位:カズト・ホシカワ
四位:エリザベス・マーティン
……
やっぱり一位はアナスタシア様だった。二位以下との差がどれほどあるのかはわからないが、あの入学試験を見ていれば当然の結果だろう。
二位は入学式で挨拶をしていたあの綺麗な人。アメリという名前だったのか。壇上で銀色の髪を揺らしながら話していた姿が脳裏に浮かぶ。透き通るような声で、真っ直ぐな瞳で。あの人が二位。
そして三位——カズト?あまり聞かない名前である。ホシカワという姓も馴染みがない。海外の人だろうか。
四位にエリザベス様。三大貴族の令嬢として十分な順位だが、アナスタシア様に一位を取られたことは相当悔しいだろう。
アリストクラットが五位以降も占めていると思ったが、そうでもないらしい。一般の学生もちらほら見かけた。お金や家柄ではなく、純粋な実力で上位に食い込んでいる人たちがいるということだ。少しだけ希望が見えた。
はぁ、それに比べ私は……。八十一位。百二十人中の八十一位。こんなので私は無事に卒業ができるのだろうか。入学できたこと自体が奇跡だったのかもしれない。
「アメリさんのクラスってなんだっけ?」
「Bクラスだったはず。」
私の質問にフィーナが答える。アメリさんはアリストクラットというわけではない。私たちと同じ平民出身である。平民でありながら学年二位。それだけで、どれほどの努力をしてきたかが窺える。
「Bクラス内ではすでに人気者らしいよ。」
フィーナが情報通ぶってそう言った。確かに頭も良くて美人、おまけに私たち平民にも優しく接してくれるのだ。入学式の挨拶の後、一般学生に声をかけられても嫌な顔一つせず笑顔で応じていたという話を聞いた。人気が出ない方がおかしいだろう。
「きっと生徒会からもすぐに声がかかるだろうね。」
「アメリさん、生徒会入るのかな……。」
生徒会に入るメリットというのはたくさんある。学校行事の運営に関われるし、教師陣とのパイプも太くなる。卒業後の進路にも有利に働くと聞く。しかし生徒会に入るまでが大変だ。上級生からの推薦、学力と魔法力が基準を満たしているか、などなど私には到底届かないような条件が並べられている。
「そうなるとアナスタシア様とは仲良くできなくなっちゃうね。」
「なんでそこでアナスタシア様……。」
私の呟きにフィーナが答える。
「だってアリストクラットと生徒会は仲が悪いでしょ?」
「確かにそうだけど、別にミアには関係ないんじゃない?」
「うーん……。」
関係ないと言われたらそうなのかもしれないけど、でもなんか気になる。アナスタシア様とアメリさん。二人とも美しくて、強くて、でもどこか——普通の貴族や普通の秀才とは違う空気を持っている。
「アメリさんにはアナスタシア様と仲良くなってほしいなー、なんて思ったりして。」
アメリさんだけではない。もっとたくさんの人がアナスタシア様のことを見てほしい。あの人は怖い人じゃない。杖がぶつかっても許してくれたし、名前で呼んでほしいと言ってくれたし、エリザベス様にも自分から謝りにいった。なんでこんな気持ちになるのかは私自身よくわからないけど……。
「変なの。まあ、私も貴族の中ではマシだと思うけどね。」
フィーナはあまり貴族のことを好きではないようだが、アナスタシア様は嫌いではないらしい。パンをちぎりながらそう言うフィーナの横顔は、少しだけ柔らかかった。
私は好きだけどね、アナスタシア様。杖がぶつかっても許してくれたし。あの時の「こちらこそごめんなさい」という言葉が、まだ耳に残っている。
「でもアメリさんなら大丈夫じゃない?」
「どうして?」
私はフィーナに聞き返す。
「ま、なんとなく。」
「なんとなく……?」
なんとも投げやりな回答だったが、正直わからなくもない。一度しか見たことがない彼女だが、偏見とかそういうのに惑わされない感じがした。壇上に立っていた時の、あの真っ直ぐな目。あの目を持っている人は、きっと相手が貴族だろうと平民だろうと同じように接するのだろう。
「今度アメリさんに話しかけてみるよ。」
「いいね。その時は私も誘って。」
フィーナが目を輝かせた。
私はこれから始まる学園生活に胸を膨らませる。魔法以外にもここでは学べることが無数にあるはずだ。友達作りだって無駄じゃない。魔法の成績を気にしないように——うん、そう自分に言い聞かせた。八十一位のことは、今だけ忘れよう。
「ミア?学生の本分は魔法だからね?」
「はい……。」
評価シートをポケットに隠したところをしっかり見られ、フィーナに一言付け加えられた。この子は本当に目ざとい。
窓の外では、午後の授業に向かう生徒たちが行き交っている。その中に、銀色の髪がちらりと見えた気がした。アメリさんだろうか。今度、勇気を出して声をかけてみよう。そしていつか、アナスタシア様にも——




