王国魔法学校2
「アナスタシア、おまえに頼みがある。」
ご主人様より、まるで王国の謁見の間のような部屋である応接室に私は呼ばれた。見習いの私がご主人様直々に何かを伝えられることなど、普段はまずない。ご主人様から漏れ出てくる魔力密度だけで、足が竦みそうになる。しかしご主人様が呼んでくださったのだ。私は背筋を伸ばし、正面からその目を見据えた。
「ご主人様の頼みでしたら、なんでもいたしますわ。」
私に知識と力をくれたご主人様のためなら、命を投げ出すことになっても構わない。見習いの身でありながら、その気持ちだけはマリー・ローズの方々にも負けないつもりだ。
「魔法学校へ行け。」
「かしこまりました。魔法学校ですわね。……魔法学校⁉」
思わず声が裏返った。私が思っていたようなものとは大きくかけ離れていた言葉だった。討伐の任務か、あるいは護衛の依頼か——そのようなものを想像していたのだが、まさか学校とは。
「ま、魔法学校はわかりましたわ。理由を聞いてもよろしいでしょうか。」
「そうだな……。」
その理由は、王国の保有している魔法勢力を調べてきてほしいということだった。確かに私はグルンレイドのメイドたち以外の魔法士をほとんど知らない。外の世界にどれほどの力を持った者がいるのか、ご主人様はそれを把握しておきたいのだろう。
「魔法学校は三年間通うことで卒業資格を得る。その三年間で生徒、教師、そのほかの王国の魔法勢力を調査しろ。」
「かしこまりました。お任せください。」
三年間。長い時間だ。グルンレイドを離れ、ご主人様やメイドの皆さんと会えなくなるという事実が、胸の奥をちくりと刺す。しかしそのような重要な役目を、見習いである私に託してくださったことがとても嬉しい。ご主人様は私の力を信じてくださっている。それだけで十分だった。
「入学の手続き、住居、そのほかの手続きはこちらでやっておく。自分の持ち物だけを準備するだけでいい。」
入学はグルンレイドのメイドという正体を隠し、海外の貴族の娘としてするらしい。だから貴族としての振る舞い方ができる私に声をかけたそうだ。なるほど、確かに元貴族の私であれば、貴族の令嬢としての立ち居振る舞いは身に染みついている。その期待を裏切らないためにも、しっかりと任務をこなさなければ。
詳しい話を聞くと、私は自室に戻った。
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「アナスタシアちゃんすごいね!魔法学校だって!」
同じ部屋で生活しているリアさんがそう声をかけてくれる。私が部屋に戻ってすぐに、話を聞きつけたようだった。ベッドの上に座っていたリアさんが、弾けるような笑顔でこちらを見ている。
「ありがとうございます。」
「三年間も行くんだよね。寂しくなるなぁ。」
数年間一緒に過ごしてきたが、リアさんはとても優しくていい子だ。同じく一緒に生活をしているメルテさんは外出中で、今は二人きりだった。
「私も楽しみですが、少し緊張しますわね。」
「確かに。自分の実力が通用しなかったらと思うとね……。」
「そうなんですのよ。」
グルンレイドで努力をしてきたとはいえ、マリー・ローズの方やほかのローズの方々を見ていると、やはり自分は未熟だと感じる。特にヴァイオレット様の剣技や、カルメラさんの無唱詠唱を目の当たりにするたびに、自分がいかに遠い場所にいるかを思い知らされるのだ。外の世界で通用するのだろうか。
「がんばってね。私応援してる!」
リアさんがぎゅっと両手でこぶしを握ってそう言ってくれる。その瞳には嘘がない。弱気になっても仕方ない。私が今まで培ってきたこの力を信じよう。闘気も、魔法も、剣技も——全てグルンレイドで叩き込まれたものだ。
私が三年間通うことになる学校は、王国第一魔法学校という。王都の中で最も魔法能力に長ける者が通うところである。他にも魔法学校があるらしいが、第一魔法学校には及ばないらしい。最高峰の魔法学校に潜入できるのは、調査としては理想的だ。
そしてもう一つ言われたことがある。それは付き人が一人つくということだ。
トントントン。
そんなことを考えながら荷物の整理をしている時に扉が叩かれた。
「どうぞー。」
リアさんが声をかける。
「失礼します。」
扉が静かに開かれ、少し長めのふわふわとした髪の少女が顔を覗かせた。
「あ、ソフィアちゃん。」
リアさんが嬉しそうに名前を呼ぶ。私と同じグルンレイドのメイドの見習いであるソフィアさんが訪ねてきた。大きな眼鏡の奥の瞳が、少しだけ緊張した色を帯びている。
「ソフィアさん、どうされました?」
「これから一緒に生活を送っていくので、持ち物などの確認をと思いまして。」
「なんの話ですの?」
「聞いておりませんか?魔法学校への付き人ですよ。」
「まさか、あ、あなたが⁉」
付き人というのは、ほかの外部からメイドを雇うものかと思っていたのでかなり驚いた。まさかグルンレイドのメイドとは思ってもいなかった。しかもソフィアさんは私よりも後にグルンレイドへ来た見習いだ。
「あ、あなたはよろしいのですか?私のようなものに仕えるなど……。」
私はまだ見習いだ。ローズの姓すら持っていない身で、同じ見習いの方に付き人をさせるなど、なんだか申し訳なく思ってしまう。
「私自身でアナスタシアさんについていきたいと言ったんですよ。」
「そう、ですの……。」
確かにソフィアさんは私を慕ってくれていた。訓練の後、何気ない会話を交わす中で、いつも控えめに、しかし確かな信頼を寄せてくれているのは感じていた。だからと言ってそう簡単に決断できるものでもないだろう。三年間という長い時間、グルンレイドを離れるのだ。
「だめ、ですか?」
ソフィアさんが不安そうにこちらを見上げる。大きな眼鏡の奥の瞳が揺れていた。
「そんなことはありませんわ。あなたについてきていただけると、私も安心ですわ。」
新天地で、しかも知っている人が誰もいないという状況はとても不安ではあった。ついてきてくれるのはとても心強い。素直にそう思った。
「ありがとうございます。」
ソフィアさんがほっとしたように微笑む。普段は物静かで内気な方である。しかし例にもれず戦闘能力はとても高い。特に回避能力と防御力に関しては見習いの中でも群を抜いている。
私は貴族出身なのでメイドに世話をされるという経験がないわけではない。幼い頃は侍女がいたし、食事の給仕も受けていた。ただ長らくグルンレイドで仕える立場だったので、仕えられる側に回るというのは少し違和感を覚えてしまうのは確かだ。メイドとして培った感覚が、「自分がやります」と口を出してしまいそうになる。
「これからよろしくお願いします。」
ソフィアさんがそう言って、丁寧に頭を下げる。ふわふわの髪がさらりと肩から流れ落ちた。
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ。」
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魔法学校へ通うにはグルンレイド領からでは遠すぎるということで、新たな場所に住居……寮に入る必要がある。今日はその場所へ移動する日だ。
朝早くから屋敷の正門前に出ると、グルンレイドの屋敷を離れているメイドたちはいないが、屋敷にいる全てのメイドたちが見送りに来てくれていた。メイド服を着た大勢の仲間たちが、門の両側にずらりと並んでいる。その光景を見た瞬間、胸がじんわりと熱くなった。
そしてその中に——ご主人様の姿もあった。
「お見送り、感謝いたしますわ。」
声が少しだけ震えてしまった。見習いの身でありながら、ご主人様自らお見送りに来てくださるなど、身に余る光栄だ。
「我がメイドが魔法学校へと長期間行くのだ。当たり前のことであろう。」
ご主人様はそう仰った。その言葉の中に、私への信頼が込められている気がして——もう涙が出そうだった。だが泣くわけにはいかない。貴族として振る舞わなければならない任務を前に、泣き顔を見せるわけにはいかないのだ。
「アナスタシア、ソフィア、体に気をつけろよ!」
「がんばってねー。」
そんな声が聞こえてくる。振り返ると、リアさんが大きく手を振っていた。その隣ではメルテさんが静かに頷いている。
「行ってまいります。」
そういって感謝を込めて礼をした。深く、できる限り深く。この場にいる全ての方への感謝を込めて。
「それじゃ、いくわよ。」
「はい。」
付き添ってくれるのはカルメラさんだった。ローズの中でもリーダー的な存在であるカルメラさんが直々に送ってくれるとは、ありがたい限りだ。
「馬車……ですの。」
門の前には二頭立ての馬車が停まっていた。いつものように魔法で移動するものだと思っていた。
「貴族は馬車で移動するのが普通でしょう?
カルメラさんがさらりとそう言う。確かにここで生活をするようになってから、感覚が大きくずれているのかもしれない。空間転移が当たり前のグルンレイドにいると忘れてしまうが、普通は魔法ではなく馬車で移動するものだ。今日から私はグルンレイドのメイドではなく、アスター家の令嬢なのだ。
「さ、乗って。」
「はい。」
運転はカルメラさんがしてくれるようだ。私は乗馬はできるが、馬車を引いての馬の操縦はできないので、操縦できる人は素直に尊敬する。カルメラさんは器用にたづなを握り、馬たちに声をかけた。
ソフィアさんと二人で荷台の方に乗る。荷物は多いが、きちんと積み込まれていて揺れにも耐えられるように固定されていた。きっとカルメラさんが事前に準備してくれたのだろう。
馬車が動き出す。屋敷の門が遠ざかり、メインストリートを抜け、グルンレイドの平野に出る。窓から見える風景が、見慣れた森や丘から、徐々に知らない景色へと変わっていく。
グルンレイドの平野を抜け、他の領地の平野に入ると何度か魔物と遭遇した。グルンレイド領内では結界のおかげで魔物を見ることはないが、外に出るとそうはいかない。
「わ、私がやります。」
ソフィアさんが馬車から飛び出す。かなりの速さで馬車は進んでいたが、ソフィアさんは魔法を使用し難なく地面に着地していた。風を切るように馬車の横を飛んでいくその姿は、内気な普段の様子からは想像もできないほど機敏だ。
「華流・速斬。」
馬車の速度を追い越し、前方の魔物の喉に一太刀浴びせる。急所を的確についた一撃。魔物は声を上げることすらなく崩れ落ちた。
「も、戻りました。」
「お疲れ様ですわ。」
メイド服には汚れ一つついていなかった。息一つ乱れていない。普段の訓練を見ていてもソフィアさんはとても内気であまり戦闘が好きというわけではないようだが、だからといって弱いというわけではない。特に戦闘を避ける回避能力や素早さと、ダメージを抑える防御力には目を見張るものがある。攻撃は最小限に、しかし確実に急所を突く。それがソフィアさんの戦い方だ。
「学園生活でも頼りにしていますわ。」
「期待に応えられるように頑張りますが……私、戦闘面ではあまり役に立てないかと……。」
視線を落としてそう言うソフィアさんの声は、やはり自信なさげだ。確かに攻撃力という面では私の方が優れているのかもしれないが、護衛能力ともなるとソフィアさんの方が数段上である。私を守ることに関して、この人以上の適任はいないだろう。そんなに心配する必要はない。
「ついたわ。」
しばらくするとカルメラさんの声が聞こえた。馬車の窓から外を見ると、大きな建物の影が空を遮っていた。
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第一魔法学校はもちろん王国内にある。私たちが住む場所はその第一魔法学校の学寮のようだ。
「広いですわね。」
「そう、ですね。」
第一魔法学校の校門前で馬車を降りる。鉄の門扉は重厚で、その両脇には石造りの柱が立っていた。門の上部には王国の紋章が刻まれている。中を覗いてみると、グルンレイドの屋敷以上の広さだった。芝生に覆われた広大な敷地に、いくつもの建物が点在している。遠くには塔のような構造物も見えた。
「お待ちしておりました。アナスタシア・アスター様。」
看守室らしき場所から門番のような方が出てきてそういう。白い制服に王国の紋章が縫い付けられている。
「よろしくお願いいたしますわ。」
メイド服……ではなく、貴族の令嬢らしいドレスの裾を持ち頭を下げる。慣れた所作だが、どこか体に馴染まない感覚がある。メイド服の方がよほど動きやすいのだが——今日から私はアスター家の令嬢だ。ちなみにアスターというのは仮の姓である。まだローズの姓を持たない見習いの身とはいえ、グルンレイドのメイドであることを隠さなければならないのは少し寂しかった。
「それではこちらです。」
案内役の後ろをついていく。右手の方には大きな建物が立っていて、それが魔法学校だということは一目瞭然だ。石造りの壁面に大きな窓がいくつも並び、そこから魔法の光がぼんやりと漏れている。その脇に四角い建物が立っているので、おそらくここが学寮のような気がする。
「こちらでございます。
しかし私の予想とは別に、もう少し学校寄りの立派な建物に案内された。石壁に蔦が絡まり、入口には装飾的な柱が二本立っている。一般寮とは明らかに造りが違う。
「あちらはなんでございますの?」
四角い建物を指さして尋ねる。
「一般学生の寮でございます。」
四角い建物は一般学生の寮だったようだ。ということは——
「こちらは貴族の方々専用の特別な寮でございます。」
私としては一般学生でもよかったのだが、ご主人様の計らいで貴族という身分での入学ということだった。なので私はこちらの寮なのか。貴族としての立場を守ることも任務の一部だ。
「お荷物は……。」
「私たちが運びます。」
カルメラさんがそういう。落ち着いた声だが、有無を言わさぬ響きがある。
「ですが、この量は大変かと。」
案内役が心配そうに荷物の山を見る。確かにそれなりの量だ。
「問題ありません。部屋の場所を案内していただけますか?」
そう言いながらカルメラさんは魔法で荷物の重さを軽くする。何十キロもあるはずの荷物が、まるで綿のように軽々と持ち上がった。
「おぉ、素晴らしい質量制御魔法!」
案内役が目を見開いて感嘆の声を上げる。
「アナスタシア様の魔法です。」
カルメラさんがにこりと微笑みながらそう言った。
「わ、私⁉」
ということにした方がいいらしい。確かに一介のメイドがそう簡単に魔法を使えていいはずがない。この世界の常識では、メイドは魔法など使えないのが普通なのだ。グルンレイドの常識は外の世界では非常識である。
「そ、そうですわ。私の魔法ですわ。」
なんとかそう取り繕う。カルメラさんが横目でちらりと笑っていた。あの人は何でもないような顔をしてこういうことをする。さすがローズのリーダーだ。
カルメラさんとソフィアさんで荷物を持って、部屋まで移動する。カルメラさんに荷物を持たせてしまうのはなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。ローズの方にそのようなことをさせるなど、見習いとしては恐縮の極みだ。
「お部屋はこちらです。」
入り口から廊下まで、とても綺麗な装飾がなされていた。壁には花模様の浮き彫りが施され、床は磨き上げられた木材。窓からは中庭の緑が見え、差し込む光が廊下全体を明るく照らしている。それはグルンレイドの屋敷にある私の部屋にも劣らないものだった。
「素晴らしいですわね。」
「上級貴族の方々のお部屋です。
架空の貴族の名であるアスター家は海外の、それも上級貴族ということになっているらしい。部屋の中に入ると、広々とした空間が広がっていた。大きな窓にカーテン、立派な机と椅子、そしてふかふかのベッド。壁際には空の本棚がいくつか並んでいて、これは嬉しい。
「お付きの方は一人と聞いております。お付きの方のお部屋はこちらです。」
案内役がソフィアさん用の別室を示す。しかし——きっと付き人の部屋というのは質素なものに違いない。ソフィアさんには私と同じ部屋で過ごしてもらった方がいい。
「お待ちを。こちらの部屋で過ごすことは可能ですの?お父様からは常に護衛を置くようにと言われておりますの。」
「かしこまりました。上に掛け合ってみますので、決まり次第ご連絡いたします。
案内役は丁寧に頭を下げた。
「それと学園の案内役として一人の付き人を呼んで参ります。同行をお許しください。」
そういうと案内役の方は部屋を出ていく。扉が閉まり、部屋には三人だけになった。
「それじゃあ、私はこれで。」
カルメラさんがあっさりとそう言った。
「ありがとうございました。」
深く頭を下げる。カルメラさんがいてくれたおかげで、ここまで無事にたどり着くことができた。
「体に気をつけてね。」
カルメラさんが柔らかい声でそう言った。普段の仕事中とは違う、年の近い先輩のような温かみのある声だった。そしてそのまま窓に近づき——一瞬で外へ飛び出していった。窓にはしっかりと魔法障壁が張ってあったのだが、気づかれることなくカルメラさんは通り抜けていた。さすがだ。
しかし……貴族寮にしては薄い警備だ。大丈夫なのだろうか。この程度の魔法障壁、他の侵入者にとっても容易いということではないだろうか。まあ、普通の侵入者とカルメラさんを比べること自体が間違っているのだが。
窓の外を見る。カルメラさんの姿はもう見えなかった。風だけが、カーテンを揺らしている。
「アナスタシアさん。」
ソフィアさんが静かに声をかけてくる。
「はい?」
「改めまして……これから三年間、よろしくお願いします。」
大きな眼鏡の奥で、ソフィアさんの瞳がまっすぐにこちらを見ていた。不安もあるだろう。怖さもあるだろう。それでもこの子は、自分の意志でここに来た。
「こちらこそ。頼りにしていますわよ、ソフィアさん。」
窓の外には、夕暮れに染まる魔法学校の校舎が見えた。あの建物の中に、明日から通うことになる。三年間——長いようで、きっとあっという間に過ぎていくのだろう。
私はグルンレイドのメイドだ。たとえこの制服を脱ぎ、ドレスを纏い、アスター家の令嬢を演じようとも。この心はグルンレイドのものだ。
ご主人様の命令を、必ず果たしてみせる。




