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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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華宴5

「次はビクトリア様対アシュリー・マリー・ローズ様の戦いです!アシュリー様はシード権を使用しているので、今年の舞踏宴では初の戦いとなります。」

はぁ……正直あまり乗り気はしない。グルンレイドのメイドたちは戦いが好きすぎて困るのだ。闘技場の控え室から聞こえてくる歓声だけでもう疲れてくる。ではなぜ私が舞踏宴に出ているのかというと、優勝賞品が欲しいからである。それ以外に理由はない。


「アシュリーさん、頑張ってください。」

これ以降の舞踏宴の審判をしなくてよいと言われ、安心しきった表情のカルメラがそういう。あの子は戦いより食べ物の方が好きなタイプだからね。ちなみにシード権というのはマリー・ローズに与えられる最終戦から参加することができるという権利だ。予選から出るのは面倒なので、毎年ありがたく使わせてもらっている。


「まあ、頑張るよ。」

そう言って私は会場へと足を運んだ。通路を抜けて闘技場に出ると、陽光と歓声が同時に押し寄せてくる。


「かっかっか!今度の相手は貴様かの!」

歓声で溢れかえっている闘技場はやはりいつ来ても圧倒させられる。これが辺境伯という立場で実現できるものなのだろうか……。そして目の前に立っているのは、確かマークが持って帰ってきた魔族か。小さな体に不釣り合いなほどの魔力を秘めている。観測するまでもなく、その存在感だけで力の片鱗が伝わってくる。元魔王——その肩書きは伊達ではないらしい。


「ビクトリア、絶対気を抜くなよ!」

観客席からマークがそのようなことを叫んで伝えていた。


「何を言っておるのじゃ。わしにかかれば今まで通り……」

「ばか!今回はそういう相手じゃねぇんだよ!」

失礼な、人を化け物みたいに言って。私は正真正銘の人間だよ?ここには人外が多すぎて疑う気持ちもわかるけどね。ヴァイオレットは龍族、セレーナは大精霊、ルナは吸血族——マリー・ローズの中で純粋な人間は私とスカーレット様とメアリーくらいだ。


「ビクトリア、君と戦うのは初めてだね。っていうか君、マリー・ローズと戦うこと自体が初めて?」

私たちマリー・ローズを前にしてこのように啖呵をきれるということは、実力を知らないか、よほどのバカなのだろう。観測魔法でさっと見たかぎり、後者の気がする。


「マリー・ローズとやら、いきがれるのも今のうちじゃ!」

司会のGOサインと共に、こちらへ飛び出してくる。


「消えるのじゃ!煉獄華流・周断!」

ものすごい速さだった。おそらくここのメイドたちでも目で追うのは難しいというものも多いだろう。だが、私の観測魔法にはしっかりと捉えられている。ビクトリアの体を構成する魔力の流れ、足の筋肉の動き、剣を振る角度——全てが私の眼に映っていた。


「華流・剪定。」

キィンという音とともに、剣にかかっていた魔法が拡散される。剣にまとわりついていた黒い炎も同時に消すことができた。空気中に散った魔力の残滓がちりちりと光を帯びて消えていく。その炎……瘴気が含まれてるのね。


「これはどうじゃ、華流・黒華かんざし!」

体内に直接魔力を流し込むという技だが、これには瘴気も含まれているようで、さらに脅威が増していた。普通のメイドなら一撃で内臓がやられるだろう。


「さすが『元魔王』だね。」

同じようにそれも拡散させる。ビクトリアの魔力が私の体に触れた瞬間に、その構造を観測し、最も効率のいい拡散パターンを導き出す。それを実行するまでに必要な時間は、まばたきよりも短い。


「なっ!」

ビクトリアもここまでたくさんのメイドと戦ってきたのだ。拡散される、防がれること自体に驚きはないのだろう。しかし思った以上に私が苦しんでいる様子がなかった。その驚きはこのことに対するものな気がする。


「けれどやっぱりまだこの領域には届かない。」

「くっ、ファイアーアロー……あれ?」

「どうかした?ファイアーアローじゃなかったの?」

ビクトリアが手をこちらへ向けているが、何も起きることがなかった。それもそのはず。私が魔力線をいじって魔法が発動しないようにしているからだ。


「な、何をしたのじゃ!」

魔法を使える全ての存在は魔力核を持っている。そこから手や足などの体を伝い、外へと魔力が放出される。ファイアーアローでもアイススピアでもこの時点ではただの透明なエネルギー体、すなわち魔力線だ。そしてその魔力線を精密に観測し、炎や氷に変わるその刹那の時間に、私は干渉できる。


「魔力線をいじっただけ。」

「だから何じゃそれは!」

魔力線の配列を観測し、それを崩す。火の配列を直線状に並べようとしているなら、その一部をずらすだけで魔法は成立しなくなる。魔力密度がどれだけ高くても、配列が正しくなければ魔法は発動しない。力任せの攻撃が私に通用しない理由はここにある。


「マークにでも教えてもらって。」

「くっ、こうなれば……こうじゃ!」

ドンという音とともに周囲にプラズマが走り始める。ビクトリアの体から黒い靄が噴き出し、瞳が闇に染まっていく。……魔神化ね。さすがに体内にある魔力に干渉することはできないから、魔神化を止めるということはできない。


「直接流し込めば大丈夫じゃろ?」

「そう簡単に……っ!」

はやっ!今度は私でも目で追えないくらいのスピードで目の前に飛んでくる。観測魔法が警告を発した時にはもう遅い。ビクトリアの手が私の腹部に触れた。


「華流・華かんざし。」

「っ!」

魔力と瘴気が混ざり合ったエネルギーが体内に流れ込んでくる。痛みは瞬時に遮断し、物理的な体内の傷の回復を始める。……しかし体を巡っている瘴気が厄介だ。普通の魔力であれば拡散は容易いが、瘴気は魔力とは異なる性質を持っていて、拡散の手順がまるで違う。


「なんて魔法障壁じゃ!」

「いや、私にダメージを与えられただけすごいよ。」

普通であれば魔神の攻撃をくらうということはそのまま死に直結するのだろう。グルンレイドのメイドであってもこの攻撃はかなりの重症となるはずだ。だが私の魔法障壁は、ただ魔力を厚く重ねたものではない。魔力線の配列を最も効率的な形に組み上げた、精密な構造体だ。同じ魔力量でも、配列次第で防御力は数倍に跳ね上がる。


「あ、ありえん!貴様からはそこらへんのメイドと同じくらいの魔力密度しか感じないのじゃ!」

「まあ、確かに魔力密度は高い方じゃないかもね。」

正直に言おう。魔力密度だけで見れば、私はマリー・ローズの中では低い方だ。メアリーやスカーレット様はもちろん、ヴァイオレットにも及ばない。しかし基本的に魔法の威力は魔力密度によって左右される——それは正しい。ただそこで忘れてはいけないのは、その魔力線の精密さである。ファイアーアローであれば火の配列を直線状に、アイスロックであれば水の配列を正確六角形状に。全てに理想的な魔力線の形が存在する。


「ただ、技術が違うよ。」

同じ魔力量でも、配列の精度が上がれば威力は何倍にもなる。逆に言えば、どれだけ魔力密度が高くても配列が雑であればその力は十分に発揮されない。私の強みはそこにある。観測魔法で相手の魔力線を読み取り、自分の魔力線を最適な形に組み上げる。それが私、アシュリー・マリー・ローズの戦い方だ。


「ならば、わしの全力で仕留めてやるのじゃ!」

空間が歪み始める。圧倒的な魔力が頭上に集まっていくのを感じる。大気が軋み、闘技場の砂が浮き上がり始めた。結界がびりびりと振動する。


「魔撃!」

「だから私の前で魔力線を出したらだめでしょ?」

「魔撃が消えていく……!」

どれだけの魔力密度だろうとも、そんなものは関係ない。外に放出された魔力は、その瞬間から魔力線の形をとる。魔力線の形をとった時点で、それは私の制御下に入る。が、メアリーやご主人様の魔法は人智を超えているので、そう簡単にはいかないけど。あの二人の魔力線は観測するだけで頭痛がするほど複雑で、しかも常に変化し続けている。


「じゃあね、華流・周断。」

私はその場で剣を振るう。魔力を乗せた斬撃が、距離を無視してビクトリアへと到達する。


「そんなに遠くで何をしておるの……がっ!」

ビクトリアの胸を斬り裂く。流石の魔法障壁だ、完全に切断することはできなかったようだ。元魔王の魔法障壁は瘴気を含んでいるぶん、通常の拡散では完全に破れない。だが、ダメージは確実に入った。


「がぁぁっ、まだ、じゃぁぁっ!」

脅威的な脚力で、魔法の使用もなく物理的にこちらへと飛んでくる。魔神化した体の筋力だけで、音を置き去りにするほどの速度を出している。腰に手をかけているから、抜刀術……いや、足!


「ブラックシュート!」

フェイントを入れてくるなんてちょこざいな。ビクトリアの黒く燃え上がった足がこちらへ飛んでくる。観測魔法で腰の剣に意識を向けさせておいて、本命は蹴り。なかなかの戦闘センスだ。


「超硬化。」

魔法による攻撃力上昇に対しては魔力拡散が有効的だが、このように物理的な力に対しては魔法障壁を強化するしかない。魔力線を瞬時に組み替え、接触面の硬度を極限まで引き上げる。


「熱っ……!」

魔法障壁でも熱量が私のメイド服を燃やしていく。布地が焦げる匂いが鼻をつく。黒い炎の温度は通常の炎とは比べものにならない。


「獄炎をこうも易々と鎮火するとはの……。」

消えないことで知れ渡っている黒い炎。私からしたらちょっと魔力密度の高い炎程度の認識なんだけどな。魔力線の配列を読み取って最適な拡散パターンを当てれば、どんな炎だろうと消せる。だがその炎で私の体に火傷の跡をつけられたのは初めてだ。少しだけ、見直した。


「ヒール。」

が、その程度の傷は瞬時に癒すことができる。私が唱えるものとそこらのメイドが唱えるものでは回復速度が段違いだ。


「華流奥義・——」

私は鞘に収まっている剣に魔力を集中させる。あまり剣術は得意な方ではないけれど、私も一応マリー・ローズだ。他のメイドたちに遅れをとるわけにはいかない。ヴァイオレットのような美しい剣技は無理でも、一撃の威力ならば負けない自信がある。


「エ、エアヴェール!」

ビクトリアが咄嗟に空気の層を展開する。だが、そんな薄っぺらい空気の層で私の剣は止められない。魔力線の配列を読み取り、最も脆い部分に刃を叩き込む。魔神の生命力だ、真っ二つになっても死ぬことはないだろう。


「極一刀。」

私の剣が音速を超えた。


衝撃波が放射状に広がり、闘技場の砂が爆発するように舞い上がる。空気の層は紙のように切り裂かれ、ビクトリアの魔法障壁を貫通し、その小さな体を闘技場の端まで吹き飛ばした。

結界に叩きつけられたビクトリアが、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。……まだ息はある。流石は元魔王だ。普通なら今の一撃で体が二つに分かれていてもおかしくないのに。


カルメラの試合終了の合図が響く。


「……次は、負けんからの。」

地面に伏せたまま、それでもなお負けを認めないような声が聞こえた。


「そう?楽しみにしてるよ。」

砂埃が晴れていく闘技場を見渡しながら、私は剣を鞘に戻した。メイド服の焦げた部分が少し気になる。あとでスカーレット様に縫ってもらおうかな。……いや、自分でやるか。

観客席から拍手が降り注ぐ。正直あまり乗り気じゃなかったけれど、久々に体を動かすのも悪くはなかった。次の対戦相手は誰になるだろう。優勝賞品、もらうからね。


ーー


戦いが終わった後、少し休憩をとっていると通路の先にマークとビクトリアがいた。


「し、死んだのじゃ……。」

ビクトリアが地面にペタリと座り込んでいる。試合が終わってもまだ震えていた。小さな体がわなわなと揺れていて、子どもが怖い夢から覚めた直後みたいだ。


「大丈夫だ、死んでねぇよ。」

マークがビクトリアの頭をぽんぽんと叩きながらそう言っている。確かに、あのまま極一刀が直撃していたら真っ二つになっていただろう。ビクトリアが寸前にエアヴェール・絶唱を発動したからこそ、致命傷にはならなかった。あの咄嗟の判断は褒めていい。


もっとも、イザベラ様が結界に何重もの魔法を重ねてくれていたおかげで、万が一の事態は避けられるようにはなっていた。私の魔力線操作は絶唱でさえ分解しかねないから、簡単には解けないよう相当工夫してくれたのだろう。イザベラ様にはあとでお礼を言っておかないと。


「あ、あやつは化け物じゃ……。」

ビクトリアがこちらに気づいて、さらに縮こまる。


「安心しろ、化け物はあいつだけじゃねぇから。」

マークが苦笑しながらそう言った。ちらっとこちらを見た気がしたので視線を返すと、一瞬にして顔を逸らされる。


少し先にはイザベラ様が立っていた。審判の仕事が終わったところだろう。いつも通り完璧な佇まいで、微笑みすら浮かべていない。


「やっぱりイザベラ様の魔法は切れませんでしたか。」

結界に重ねられていた魔法の層は、私の魔力線操作をもってしても解きほぐすのに時間がかかるような精度だった。あの配列は芸術的とすら言える。


「いえ、素晴らしい剣技でした。」

「そ、そうですか?」

イザベラ様に褒められると、さすがに少し照れくさい。ご主人様とイザベラ様。この二人に認められることが、私たちマリー・ローズにとっては何よりも価値がある。


さて、ビクトリアのところに歩いていく。あの子にはアドバイスをしておいた方がいいだろう。


「私と戦うときは聖法か闘気を使った方がいいよ。」

魔法は私の前では無力だ。魔力線を通す以上、どんな魔法も私の干渉を受ける。だが聖法と闘気は魔力線とは別の原理で動いている。それなら私の得意領域の外になる。


「のじゃっ!」

声をかけた瞬間、ビクトリアがさっとマークの後ろに隠れてしまった。マークの腰にしがみついて、こちらをおそるおそる覗き見ている。……よほど怖かったのだろう。確かに私たちマリー・ローズは直接ご主人様に魔法の指導をしていただいたものたちだ。見習いやローズとは戦闘に対する気迫が違う。


でもまあ、元魔王がこんなに怯えている姿はちょっとかわいいと思う。


「悪いなアシュリー、怖がっちまって……。」

「別にー。」

私はポケットから一つの包みを取り出してマークに渡す。


「何だこれ?」

「子どもたちに。」

包みの中にはアヒルのおもちゃが入っている。異世界の知識をもとに作られた、お風呂に浮かべて遊ぶタイプのおもちゃだ。ぷにぷにしていて、押すとキュッという音がなる。ヴァイオレットの部屋にいくつかあったので、一つもらってきた。


本人には言ってないけど、まあ大丈夫だろう。ヴァイオレットの部屋には可愛いものが山ほどあるのだ。一つくらい減っても気づかない。……たぶん。


アイラとディアナはもう十一歳くらいだから、さすがにアヒルのおもちゃで喜ぶ歳ではないだろう。だけど、ビクトリアなら喜ぶ。あの子、見た目も中身も子どもっぽいところがあるからね。マークもそれはわかっているようで、包みの中を見て少し笑っていた。


「じゃ、お疲れー。」

私はひらひらと手を振ってその場を離れる。背中越しに「のじゃ……?何じゃこれ」というビクトリアの声が聞こえた。うん、気に入るといいね。


闘技場の通路を歩きながら、次の試合のことを考える。次はメアリーとスカーレット様の戦いだ。あの二人の戦いは見ておきたい。メアリーの魔力線は人智を超えた複雑さだし、スカーレット様の魔法構築は完璧という言葉すら生温い。二人が本気で戦えば、この闘技場の結界が持つかどうかも怪しい。


……ちょっと楽しみだ。

焦げたメイド服の袖を見ながら、私は観客席へと向かった。途中でカルメラとすれ違う。


「アシュリーさん、最終戦の審判をお願いしたいのですが……。」

「カルメラならできるでしょ?」

「む、無理です!メアリーさんとスカーレット様の審判なんて、命がいくつあっても足りません!」

すごい勢いで拒否された。まあ、気持ちはわかる。あの二人の間に立つのは、嵐の中心に立つようなものだ。


「はいはい、わかったよ。」

やれやれ、と思いながらも口元が緩むのを止められない。カルメラの慌てた顔を見ると、からかいたくなるのは私の悪い癖だ。


さて、審判は引き受けるとして——まずはこの焦げた袖をどうにかしないとね。イザベラ様の前で焦げたメイド服のまま審判席に立つのは、さすがに格好がつかない。


……ヴァイオレットの部屋に替えのメイド服があったような気がする。ついでにまた何か持ってきちゃおうかな。あとで訓練の時にぎゃーぎゃー言われるだろうけど、それはそれで面白いし。

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