華宴3
「舞踏宴も残すはあと二日!ここまでで残っているのが、
ヴァイオレット・マリー・ローズ
メアリー・マリー・ローズ
アシュリー・マリー・ローズ
スカーレット・マリー・ローズ
ルナ・ローズ
セレーナ・ローズ
リア
ビクトリア
この八名です!
この中から明日の出場切符を手にするのは四名となります。」
司会の男性の方が元気よく昨日までの試合の結果を発表する。闘技場に響く声は朝の空気を震わせて、観客席のざわめきが波のように広がっていった。チーム戦では三位だったので、個人戦ではぜひとも優勝をしたい。
しかし——名前を並べてみると、とんでもない顔ぶれだ。マリー・ローズが四人。それだけで、もう息が詰まりそうになる。
「それでは早速第一回戦、開催いたします。」
司会の言葉とともに試合の準備が始まる。優勝をしたいと意気込んだものの、正直このメンツでは一回戦を勝つことすら難しいだろう。ローズはルナさんとセレーナさんである。二人ともとても強いし、マリー・ローズたちは言わずもがな強いので勝てる気がしない。まだ見習いだとしてもビクトリアちゃんは別格の強さなので、こちらも脅威である。あの元魔王に見習いという肩書きが付いていること自体がおかしいのだけれど。
「ヴァイオレット・マリー・ローズ!もう片方はリアです!」
一回戦の相手はヴァイオレットさんだ。
名前を呼ばれた瞬間、心臓が喉の奥まで跳ね上がったような気がした。観客席からどよめきが起こる。当たり前だ。グルンレイド最強の剣士と、見習いの私、誰がどう見ても格差がありすぎる組み合わせである。
勝てないかもしれない。でも、全力を出さない理由にはならない。
魔神化できるようになってから、純粋な魔力に加え、瘴気をも魔法に変換できるようになっていた。もしかしたらメアリーさんの魔力量にも追いつくかなとか考えていたが、この世界には瘴気がほとんどないので魔力密度の上昇は見込めない。会場を魔界にしてくれないかなぁ……。無理な話だ。
控え室で装備の最終確認を行う。剣よし、メイド服よし、バッジよし。完璧だ。
ちなみに剣は新調した。以前の任務で壊してしまったことがまだ記憶に新しい。今度は壊さない。そのためにも、誰からも負けないような魔力密度を保つ必要がある。鞘から少しだけ抜いて、刃の輝きを確かめる。
「それでは選手入場!」
よし行こう。深く息を吸い込んで、闘技場の入口へと足を踏み出す。通路は薄暗く、その先に広がる陽光が眩しかった。一歩外に出ると、歓声の壁がどっと押し寄せてくる。
「おっと先に登場したのは、リア!初めての大会で出場で六日目に残るという快挙を成し遂げました!」
その説明はちょっと恥ずかしい。観客席のあちこちから拍手が飛んでくる。頬が熱くなるのを感じながら、闘技場の中央へと歩いていく。
「次に登場するのはグルンレイド領最強の剣士、ヴァイオレット・マリー・ローズ!」
反対側の入口から、赤い髪が揺れて現れた。陽光を浴びたその髪は炎のようで、一歩一歩が地面を踏みしめるたびに、会場の空気が変わっていくのがわかった。腰に吊った剣の鍔が鈍い光を放つ。……やはり、この人は格が違う。存在そのものが、剣だ。
「リア、君とは久しぶりに剣を交えるな。」
「そうですね。以前は手も足も出ませんでしたが、今回はそうはいきませんよ!」
精一杯強がってみる。声が震えていないか不安だったが、意外としっかりと出てくれた。
「それは楽しみだ!」
ヴァイオレットさんの目が細められた。嬉しそうに、そして戦士として。あの瞳に映る私は、以前よりも成長して見えているだろうか。
それでは第一回戦、スタート!そんな掛け声とともに試合が始まった。
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この人に様子見など必要ない。最初から全力だ。
「いきます!」
体の奥底に眠る瘴気を一気に解放する。黒い靄のようなものが私の体を包み、肌の上を這うように広がっていった。頭の両側からツノが突き出し、背中の下あたりから尻尾が伸びる。体中の血が沸騰するような感覚。視界が一段鋭くなり、闘技場の砂の一粒一粒まで見えるような気がした。
「これが魔神化か。なかなかカッコいい姿だな!」
ヴァイオレットさんがそういう。この姿になるとツノや尻尾などが生える。ハーヴェストさんとおそろいなのでちょっと嬉しい。……戦闘中にそんなことを考えている場合ではないのだけれど。
「華流・一線!」
ありったけの魔力密度で斬りかかる。足元の砂が爆発するように散り、一直線にヴァイオレットさんへと距離を詰める。全身の魔力を剣に乗せた渾身の一撃。
「華流・剪定。」
剣が触れた瞬間に全てが拡散される。まるで水の壁に剣を突き立てたかのように、私の魔力がヴァイオレットさんの剣に吸い込まれ、四方八方へと散らされていった。くっ、やはり押し返される。腕に返ってきた衝撃で、歯の奥がかちりと鳴る。
「華りゅ……っ!」
次の攻撃を行おうとした時に、すでにヴァイオレットさんの剣先が首筋に迫ってきていた。背筋を駆け抜ける冷たい感覚。反射的に体の周囲に瘴気を放出する。黒い霧が盾のように広がり、ヴァイオレットさんの踏み込みをわずかに鈍らせた。触れてしまえば、マリー・ローズとて無傷とはいかない。メアリーさんほどの魔力密度があればわからないが。
「厄介だな、それは。」
鋭い瞳がこちらを見据える。赤い目の奥に、獣のような光が宿っていた。龍族の血が、ヴァイオレットさんの中で脈打っているのが伝わってくる。震えそうになる足を抑えて、一歩踏み出す。怖い。でも、退くわけにはいかない。
「華流・黒華かんざし。」
「華流・華かんざし。」
剣先が描き出す曲線はやはり美しかった。同じ華流でありながら、ヴァイオレットさんの剣は私のものとはまるで別の技のように見える。二つの剣が触れ、火花が散って、そして弾き返される。
よく見ると私の剣が、少し刃こぼれを起こしていた。新調した剣なのに。魔力密度は私の方が上。これでも私の方が刃こぼれを起こすということは、剣の当てる方向、角度、強さの問題、言うなれば技量の問題だ。これほどの剣術の差は小手先の魔力密度では埋められない。
わかってはいた。わかってはいたのだ。でも、こうして実際に剣を交えると、その差がどれほど深いものか、骨の髄まで思い知らされる。
「強くなったな、リア。」
「ありがとうございます。」
嬉しい。その言葉が、戦いの最中なのに胸に温かく沁みた。
「私も本気で行こう!」
その瞬間、空気が変わった。ヴァイオレットさんの体を覆っていた魔法防御の膜が、みるみるうちに薄くなっていく。消えていく。まずい!
普通、戦闘時には身体強化、魔法防御、治癒空間の三つを同時に発動している。剣技において重要となってくるのはこの三つの中で身体強化のみである。よってヴァイオレットさんは他の二つを捨てることで、全ての魔力を身体強化にあてようとしているのだ。
魔法防御も治癒空間もなしで戦う。一撃でも食らえば致命傷を負いかねない状態に自らを置く。それを可能としているのが、最強たる所以である。一切の攻撃を、剣技だけで凌ぎ切るという絶対的な自信。
私は瘴気の密度を限界まで高める。体から噴き出す黒い霧が、闘技場の空気をじわじわと侵食していく。
「やっぱり厄介だな、瘴気というものは。」
ヴァイオレットさんの顔にわずかに苦いものが浮かぶ。そうだ、これが私の戦い方だ。瘴気を充満させることで、ヴァイオレットさんは魔法防御に魔力を振らざるを得なくなる。せっかく身体強化に全振りしようとしたのに、それを許さない。
「一筋縄ではいかせません!」
声に力を込める。だったら私も身体強化のみに魔力を使った方がいい、と思うかもしれないが、そんな危険なことはできるはずがない。魔法防御なしではここのメイドたちの攻撃であれば、一撃でも食らってしまったらその時点でもう致命傷は避けられないだろう。
だが、その攻撃を全てあしらうような剣技、そして抜群の戦闘センスがあれば話は別となる。それがヴァイオレットさんだ。
「華流・一線!」
もう一度斬りかかる。今度はさっきよりも深く、鋭く。足の裏で砂を掴み、全身のバネを使って飛び込む。
「華流・一線。」
同じ技が返ってくる。それに合わせるようにヴァイオレットさんが剣を振る。二つの一線がぶつかり合い、金属の悲鳴のような音が闘技場に木霊した。やはり美しい剣技だ。魔力の入れ方、体運び、まさしく華流の真髄。同じ技を使っているのに、まるで別の次元の技のように感じてしまう。
「っ……!」
弾き返される。体が半回転するほどの衝撃。足が砂を抉り、なんとか踏みとどまる。だが——
「まだぁぁ!」
退かない。退くものか。漆黒の瞳を見開いて、もう一度剣を構える。体の中で瘴気がうねっている。私の中の魔のものが、もっと戦え、もっと前に出ろと囁いている。
「何度でもです!華流奥義——」
さらに一歩前へと踏み込む。地面が陥没するほどの踏み込み。全身の魔力と瘴気を剣の一点に収束させる。
「極一刀!!」
渾身の一撃がヴァイオレットさんを捉えた。
「がっ——」
ヴァイオレットさんが吹き飛ばされる。砂煙が巻き上がり、観客席から悲鳴と歓声が入り混じった声が上がる。……当たった。今の一撃は、確かに当たった。おそらく最低限の魔法防御しかしていないはずだ。心臓がどくどくと暴れている。審判のカルメラさんが動こうとしているのが視界の端に見えた。
「カルメラ、問題、ない。」
砂煙の向こうから、ヴァイオレットさんの声が聞こえた。立ち上がっている。頭や足から血が流れている姿で、それでもなお剣を握っている。その姿に、畏怖と、それから純粋な感嘆が胸を突いた。
「リア、お前はこれを耐えられると信じてる。」
ヴァイオレットさんの声が低く変わった。剣にまとっている魔力密度が異常に上がっていく。肌がぴりぴりと痺れる。空気そのものが重くなって、呼吸が苦しい。ヴァイオレットさんが危機的状況になるほど切れ味が増していく——龍族特有の特性。追い詰められるほどに強くなる。そういう種族なのだ。
「こ、これはちょっと防げる気がしません……。」
正直な感想が口から漏れる。半笑いになってしまう。笑うしかないのだ。あの剣から放たれる圧は、もはや剣技という範疇を超えている。それでも、最大限の魔力障壁を展開する。持てる魔力の全てを注ぎ込んで、自分の前に壁を作る。
『逆境』
ヴァイオレットさんの体内の血液が目まぐるしい速さで駆け巡っているのがわかる。心臓が普段の倍以上の速さで鼓動し、筋肉の隅々にまで力が行き渡る。
「華流・——」
ヴァイオレットさんが踏み込む。地面が砕ける音。来る——!
「消え……!」
姿が消えた。いや、消えたように見えるほど速い。
「空蝉。」
背後。気配が背中に張り付く。振り返る暇はない。咄嗟に背中に空気の層を展開する。
「エアヴェール!がぁぁぁっ!」
かろうじて張った空気の層を、ヴァイオレットさんの剣が無慈悲に切り裂く。背中に灼熱の痛みが走る。メイド服の背が裂け、血が流れるのを感じた。しかし先ほど充満させた瘴気を吸収し、瞬時に回復させる。
だがそれだと——
「空気が澄んできたな、リア。」
「くっ……。」
回復のために瘴気を吸収してしまった。闘技場に充満させていた瘴気が薄まっている。ヴァイオレットさんを縛るための毒霧が消えていくということは、身体強化に全振りする自由を再び与えてしまうということだ。
選択を迫られる。瘴気を維持するか、別の手段に切り替えるか。だが考えている時間はない。
「華流……いや、ライトニング!」
もうなりふり構ってはいられない。魔神の真髄である魔法を使用する。瘴気を練り上げ、紫黒の雷を生み出す。大気が焦げるような匂いが鼻を突き、闘技場の砂が一瞬で硝子のように溶けた。
「華流奥義・轟一線。」
ヴァイオレットさんの剣が一閃する。それだけで——
「ぐあぁぁっ!」
雷が打ち消された。魔法が全て消し飛ばされ、さらにその先にある魔法防御を貫通してダメージが体に叩き込まれる。体を貫通は——よかった、していない。でも、内臓が揺れるような衝撃。膝が地面につきそうになるのを、必死にこらえる。
まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。
「これが私の全力です!!超級第二位魔法・魔撃!」
残っている全ての魔力と瘴気を搾り出す。強大な魔力エネルギーが圧縮されて、一つの大きな塊となる。両手の間に生まれた暗紫色の球体が、じりじりと空気を焼きながら膨張していく。周囲の砂が球体に引き寄せられるように浮き上がり、闘技場全体が震えた。
「受けて立とう!」
ヴァイオレットさんの目が燃えていた。怖いのではない。歓喜だ。戦いの歓喜が、あの赤い瞳の奥で燃え盛っている。剣先に魔力が集まっていく。刃が白く光り始め、その光が徐々に強さを増していく。そして地面を蹴り上げる。
「華流奥義・極一刀!」
二つのエネルギーがぶつかった。衝撃波が放射状に広がり、観客席の結界がびりびりと振動する。拮抗する。私の魔撃とヴァイオレットさんの極一刀が、闘技場の中心で押し合っている。
が——このままでは魔撃の方が押し返されてしまう。わかる。少しずつ、しかし確実に、ヴァイオレットさんの剣圧が私のエネルギーを食い破ってきている。
押し返されたら、あのエネルギーの全てが私に返ってくる。そうなれば——
(まずい。これは、死ぬ——)
体が動かない。全ての魔力を魔撃に注ぎ込んでしまった。回避する余力がない。
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突然、時間が止まったかと思うと、すぐに時間が動き出し、ズゥゥンという重い音とともに、極限まで圧縮されたエネルギー体が一瞬にして消え去った。
何が起こったかがわからないまま、私はその場に立ち尽くしていた。
唐突に消失したエネルギーの余韻で、闘技場にはまだ熱風が渦巻いていた。私は膝から崩れ落ちそうになるのを、剣を地面に突き刺して堪える。目の前には同じように動きを止めているヴァイオレットさんの姿。二人とも、いや全ての観客が目を見開いて驚いている。
カルメラさんだ。審判席に立つカルメラさんが、何事もなかったかのような顔で——いや、少しだけ額に汗を浮かべて、そこに立っていた。
「この勝負、あのままではリアが間違いなく致命傷を負っていました。よって、ヴァイオレット・マリー・ローズの勝利とします。」
カルメラさんの声が闘技場に響く。一拍の沈黙のあと、状況を理解した観客が盛大な拍手を送り始めた。その拍手の波が石造りの壁に反響して、何重にも重なって私を包み込む。
負けた。でも——生きている。
「ありがとうございます。カルメラさん。私、死んだ、って思いました。」
本当に、心の底からそう思った。あの一瞬、目の前が真っ暗になりかけた。カルメラさんがいなければ、私はもう立っていなかっただろう。
「すまないリア、私も久々に強敵と戦って興が乗ってしまった……。」
ヴァイオレットさんが申し訳なさそうに頭を掻く。体中に傷を負いながら、それでもどこか楽しそうだ。
「いえそんな。問題ありません。」
問題しかないのだが、ヴァイオレットさんの笑顔を前にすると、不思議と怒る気にはなれなかった。むしろ、この人と全力で戦えたことが嬉しい。全力を出して、それでもなお届かなかった。その事実が悔しいけれど、清々しい。
「しかしいつ見てもすごいな、その"無唱詠唱"は。」
ヴァイオレットさんがカルメラさんに向かってそういう。無唱詠唱——魔法の名前を口にすることなく、魔法を発動する技術。
「ありがとうございます。」
カルメラさんが静かに頭を下げる。
「真の時間停止空間でも魔法が使えるんですよね!」
思わず食い気味に聞いてしまう。あの一瞬で時間を止め、あの膨大なエネルギー体を別の場所へ転送する。どれほどの集中力と技量が必要なのか、想像もつかない。
「そうね。」
カルメラさんがそうとだけ答える。それ以上は語らない。きっと説明するには複雑すぎるのだろう。でも、その短い返事の中に、カルメラさんらしい控えめさが見えた。
ヴァイオレットさんが手を差し伸べてくれた。その手を取って立ち上がる。
次は——次こそは。
観客席からまだ拍手が鳴り止まない中、私は闘技場の出口へと歩いていった。体中が痛い。でも足取りは、不思議と軽かった。




