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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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華宴2

私の名前は柏城春。兄弟が普通より多いことを除けばいたって普通の大学生である。……と思っていたのだが、一年くらい前から普通じゃなくなってしまった。


「春姉さんお休みなさい。」

中学三年生の妹、りんごちゃんがそういう。毎日家事とかもろもろありがとうございます。親がいない私たちにとっては『家事』というものがかなり負担になってくる。しかしそれをほぼ一人でこなしてくれているのがわが妹りんごちゃんである。頭が良くてかわいくて家事もできる……何?天才なの?まあ、彼女は天才なんですけどね。私が知らない間に県内トップクラスに頭がいい八代見高校の推薦受験を合格していたらしい。恐ろしい。


「りんごちゃん、いつもありがとうね。」

「春姉さんのモデルの収入があってこそですよ?」

ちなみに私は超絶美人である。自分で言っちゃう当たり頭がおかしいと思われるかもしれないが、実力が伴っているのでノーカンで。モデルの仕事でいくらかは稼いでいるものの、私を含め十人の生活を支えることは難しい。そこは兄が何とかやってくれているようだ。感謝。そう思いながら私は自分の部屋に戻る。


薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から街灯のオレンジ色の光が細く差し込んでいた。枕元のスマホの充電ランプが小さく点滅している。


「さて、寝よう。」

明日の講義の提出物もすでに終わっているので特にすることはない。しいて問題があるとすれば明日の講義は一、二限目からあるということくらいだ。そう思いながら目をつむる。布団に潜り込むと、りんごちゃんが使っている柔軟剤の匂いがふわりと鼻をくすぐった。


--


「おはよ、春ちゃん。」

「……おはよう。エミナさん。」

目を開けるとやはりそこは異世界だった。現実世界で眠ると異世界へ、異世界で眠ると現実世界へ移動するようになってしまっていた。もう一年くらいこの生活が続いているのだが、いまだに目覚めた瞬間の違和感には慣れない。さっきまでの柔軟剤の香りが嘘のように、干し草と土の匂いが鼻に入ってくる。


「どうだった?昨日は。」

「特に変わったことはないかな。しいて言えば妹のご飯がおいしかった。」

「それ、毎日言ってるよ?」

エミナさんも私と同じ日本人だ。どこかの企業で働いているOLさんらしい。毎日寝る前は『明日仕事やだ!寝たくない!』といっている。仕事ってそんなつらいの?……働きたくないなぁ。


「じゃあ、ユウトさん起こしにいこう?」

「そうだね。」

ユウトさんも日本人である。しかし私たちと決定的に違うことは、すでに日本人としての彼は事故で亡くなってしまっているという点だ。寝てもあっちの世界で起きることはないらしい。この異世界が、ユウトさんにとっては唯一の世界なのだ。


今日はグルンレイド領で開催される華宴に行くことが目的である。以前一緒に貴族の護衛をしたリアちゃんから招待状が届いたのだ。護衛の時はほとんどリアちゃんが仕事をしていたような気がするけど……。そのお礼をする意味でも、グルンレイド領に行ってリアちゃんと会おう。


グルンレイド領は王都からそう離れた場所にあるわけではない。山を二つほど超えた先にある大きな領地だ。そのほとんどが森であり、正直なところいい土地とは言えない。しかしグルンレイドといえば、ここら辺では最大の領地だという噂だ。どのように発展していったのだろうか。


「よっし!ゆっくり馬車で行こう。」

ユウトさんがいろいろと準備をしてくれる。私たちもそこそこの冒険者なのでお金に困ることはない。今回も馬車を借り御者を雇って向かうことにした。馬車の揺れは最初こそ酔いそうだったものの、今ではすっかり慣れてしまった。窓の外を流れていく緑の景色をぼんやりと眺めながら、エミナさんとたわいのない話をする。ユウトさんは向かい側の席で招待状を何度も読み返していた。


ーー


「ここからグルンレイド領……。」

普通、広大な領地ではその境目がほとんどわからないのだが、ここははっきりとわかる。馬車の窓を開けた瞬間、空気そのものが変わったのを感じた。それまでの少し埃っぽい空気が嘘のように、澄み切った風が頬を撫でていく。


「結界……。」

エミナさんがそうつぶやく。気づかない人の方が多いかもしれないが、領地全体に結界が張られてある。肌の上を薄い膜が通過するような、かすかな感触があった。


「こんな大きな魔法陣を展開することは不可能よ?」

「私もそう思います……。」

だが実際に結界が機能しているとなると信じざるを得ない。この魔法陣の効果は魔物の侵入と発生を拒むもののようだ。人間に影響はないらしい。御者がそういっていた。


「私も長年御者をやっておりますが、グルンレイド領ほど安全なところはありませんぞ?」

何せ魔物がいませんからな。と付け加えた。さすがリアちゃんが仕えている場所だ。普通ではないらしい。


「到着いたしました。」

馬車を下りて周りを見てみるとそこには巨大な建物がずらりと並んでいた。石造りの建築が整然と並び、道路はきれいに敷き詰められた石畳で覆われている。街路樹の緑が鮮やかで、あちこちに花壇まで設置されていた。


「ザ・ファンタジー、みたいなところだね。」

「王都よりも立派じゃない?」

私とエミナさん二人して興奮が隠せない。私が思ったよりもすごい場所でかなり驚いた。御者にお礼を言ってさっそく町に繰り出す。


「みなさん、お待ちしておりました。」

手紙に書かれている場所に到着すると、そこにはリアちゃんが待っていた。きちんとしたメイド服に身を包み、小さな体でぴんと背筋を伸ばしている。


「リアちゃん!久しぶり!」

見ない間にちょっと成長した?……妹たちを見ていてわかるが、やはり子供の成長はとても速い。前に会ったときよりも少しだけ身長が伸びて、顔つきもどことなく大人びたように見える。


「お、お久しぶりです。」

ちょっと緊張しているようだ。声が上ずっていた。頬もわずかに赤い。


「それではこちらへ。」

そういってメインストリートを案内しながらずんずんと進んでいく。小さな背中が人混みの中をするすると抜けていく。私たちは必死についていく。……これって。


「ねぇねぇ、エミナさん。」

「そうだね。春ちゃん。」

二人で顔を見合わせる。これは、この景色はまさしく……


「夏祭り……みたいだね。」

唐揚げ、焼きそば、たこ焼き、今まで日本で見てきた祭りとかなり似ている。通りの両側に並ぶ屋台からは湯気と煙が立ち上り、威勢のいい呼び込みの声が飛び交っている。ソースのような甘辛い匂い、肉を焼く香ばしさ、砂糖を焦がしたような甘い香り。鼻に入ってくるものすべてが、地元の夏祭りを思い出させた。浴衣を着ている人がいれば完璧だ。


「ユウトさんみて!……泣いてるんですか?」

「ば、ばか!泣いてねぇよ!」

そっぽを向くユウトさんの横顔が少しだけ赤い。私は今年も夏祭りを見ることはできるが、ユウトさんはそうではない。もう日本に帰ることはできないのだ。この景色が、あっちの世界の記憶を呼び起こしたのだろう。


「すみませんが、華宴への参加は少々お待ちください。メイド長がお礼を言いたいということでしたので、一度屋敷の方へ。」

リアちゃんがそういって、メインストリートとは反対方向を指し示す。


「こちらが私が働いている屋敷です。」

メインストリートを真っすぐ歩くと大きな屋敷にたどり着いた。……でかい。いやでかいなんてものじゃない。私もファンタジー小説とかよく読むけど、ほんとにそれって感じ。表紙の挿絵から飛び出してきたかのような、圧倒的なスケールの建造物がそこにあった。大きな門を通り抜けると整えられた庭が広がっていた。幾何学的に剪定された生垣、色とりどりの花が咲き誇る花壇、そしてどこまでも続くように見える芝生。手入れが行き届きすぎている。


私が歩いているところは石畳になっているが、都会の高速道路かな?道幅が広すぎて緊張してくる。三人並んで歩いてもまだ余裕があるどころか、馬車が二台すれ違えそうだ。


「エミナさん、手と足が同時に前に出ていますよ。」

「あ、あらそう?」

緊張しているのは私だけではないらしい。それもそうだ、貴族の屋敷に入ることなど、普通に生活をしていたらそう簡単に経験するものではない。冒険者としてそれなりの場所には行ってきたつもりだが、ここは格が違う。


「それではこちらです。」

引き続きリアちゃんについていく。別に私たちはお礼をされるようなことをしていないんだけどなぁ……。っていうか逆にお礼をしたいまである。リアちゃんは命の恩人といっても過言ではないからね。


「あまり離れないでくださいね。ここの屋敷は広大で入り組んでいますから。」

ははは、そんな子供みたいなことあるわけないじゃん!


--


……迷った。


いや、別にわざと迷ったというわけではない。ちょっとこの屋敷の廊下とか庭とかを見てたら見失ったというか、ごめんなさいというか。だって仕方ないじゃない、壁にかかっている絵画は美術館レベルだし、窓から見える中庭は吸い込まれそうなくらい美しいし。気がついたらリアちゃんたちの姿がどこにもなかった。ま、まあ何とかなるか。


「いらっしゃいませ。」

「こ、こんにちは。」

廊下を歩いているとメイドさんたちとすれ違う。本物だ……。メイドはかわいいというイメージが強かったが、実際に見てみると美しいという表現が似合う。みんな美人さんだし。一人一人の所作がなめらかで、すれ違いざまに微笑んでくれるのだが、その笑顔がまた上品で。私もモデルをやっているけれど、この人たちの前では霞んでしまいそうだ。


あ、今の人に道を聞けばよかった……。次見かけたメイドさんに聞くことにしよう。そう考えていると一人のメイドさんが部屋から出てきた。


「あ、あの……!」

「はい、どうされ……!」

部屋から出てきたメイドさん、その顔を私は知っている。黒く長い髪。そして吸い込まれそうなほど澄んだ藍色の瞳。窓から差し込む光がその瞳を照らして、宝石のようにきらりと光った。


「有紗さん?」

「柏城さん……なの?」

高校時代の同級生と異世界で再会した。字面だけ見るとかなり頭のおかしいことを言っているが、事実なので何とも言えない。


「柏城さん……あなたも……。」

「い、いや私は違うの、なんというか特殊な感じで。」

寝ている間だけこちらの世界にやって来れるというようなことを説明する。有紗さんは私もあっちの世界で死んでしまったと思ったようだがそうではない。しかし私と違って有紗さんはあっちの世界ではすでに亡くなってしまっていた。あの高校時代、持病のせいで学校を休みがちだった有紗さんの姿を思い出す。


「もう二度と会えないと思っていたわ。」

「私もこんな形で会うって思ってもいなかったよ……。」

声が少し震えた。有紗さんの藍色の瞳がうるんでいるように見えたけれど、それは光の加減かもしれない。


「いまは何をしているの?」

「見ての通りここで働かせてもらっているわ。」

大きな胸についているバッジが光る。やはり異世界に来ても胸の大きさは健在か……。メイド服に包まれたそのスタイルは、高校時代と変わらない——いや、さらに磨きがかかっている気がする。


「つらく、ないの?」

「私ね、知っていると思うけれど、あっちの世界にいたときは体が弱かったのよ。だけど今はこうして健康でいられる。」

でも一つだけ心残りがあるわね……と付け加える。確かに高校時代の有紗さんは、階段を上るだけでも息を切らしていた。今の有紗さんにはそういった影がない。頬にも血色があり、立ち姿もしっかりしている。


「心残り?」

「私、持病で倒れる前にある人に嘘をついてしまったのよ。それを謝りたいと思って。」

あの高校生時代を思い出しているかのように遠くを見つめる。窓の外に目を向けるその横顔には、懐かしさと、それからほんの少しの痛みが滲んでいた。


「私が、伝えようか?」

「いいのよ。柏城さんには申し訳ないわ。それに伝えるとしたら自分で伝えたいし。」

まあ実際に私が伝えることになってもただの頭のおかしいヤツと思われるだけだろう。『異世界にいるあなたの知り合いが謝りたいって言ってます』なんて言ったら、間違いなく警察を呼ばれる。


「もうそろそろ迎えが来る頃よ。」

有紗さんがそういうとこの部屋の扉がノックされる。どうぞ、と有紗さんが言うと扉が開く。


「こんなところにいましたか、ハルさん。」

「リアちゃん……ごめんなさい。」

「いいですよ。次からはしっかりついてきてくださいね。」

見た目中学生くらいの子に怒られる大学生の図。なんとも恥ずかしい場面なのだろう。リアちゃんの声は優しいけれど、その目は確実に「だから言ったじゃないですか」と語っていた。


「誰にも言わないでね?」

有紗さんに向かってそういう。迷子になったこと、有紗さんとここで話していたこと、全部含めて。


「もう、私達一緒のクラスじゃないでしょ?」

そういって笑っていた。その笑顔はやはりどこか懐かしい。教室で並んで座っていたあの頃と同じ笑い方だった。


「それではアリサさん、失礼しました。」

「柏城さん、リア、またね。」

そうして扉が閉まった。木の扉が閉じる音が、妙に胸に響いた。


「ハルさん、アリサさんと知り合いだったんですか?」

「あーうん。昔ちょっとね。」

昔、ちょっと、親友だっただけだ。でもその話は、今はまだうまく言葉にできそうにない。


「春ちゃん、屋敷の探検は楽しかった?」

「すみません、迷ってしまって……。」

エミナさんの声にはからかいが混じっている。ユウトさんも口元を隠しているが、肩が震えている。笑ってるでしょ。絶対笑ってるでしょ。


リアちゃんがメイド長といっている人に怒られそう……。アニメとかの影響でメイド長=怖い、みたいな感じになってしまっていた。銀髪で鬼のような形相で叱責してくるイメージ。


「メイド長は優しい方ですよ?」

「ほんと!それはよかった!」

心の底からほっとする。


「ですがわが主人に対して無礼を働くと怖いですよ?前なんてご主人様の悪口を言った貴族が一瞬にして飛ばされましたからね。物理的に。」

やっぱ怖いじゃん。物理的にってなに。ファンタジー世界の物理ってどのくらいの距離飛ぶの。


「そういうのって大丈夫なの?」

「普通であれば貴族に手を挙げれば重罪です。しかしメイド長は『グルンレイドのメイド』なのでおおごとにはならなかったです。」

やはりどこにいても耳にする「グルンレイドのメイド」というのはかなり影響力があるらしい。冒険者ギルドでも、酒場でも、その名前が出るたびに周囲の空気がぴりっと変わるのを何度も見てきた。


「国王もご主人様に対してはあまり強く出られないようです。」

「えぇ……王様も手出しできないようなご主人様なの?でも王国の魔法師団とかあるし、あまり悪さすれば武力で抑えに来そうだけど……。」

これもアニメの見過ぎだろうか。私の感覚ではちょっと気にくわないことがあったらすぐ武力で解決!みたいなイメージなんだけど、現実問題そうはいかないのかも。


「おそらくですが、王国の全勢力をもってしても、私達には及ばないと思います。」

「確かにリアちゃんがいれば結構な戦力になりそうだけどさ、みんながみんなそんな強いわけないでしょ?」

確かにリアちゃんの魔力は異常といってもいいほどすごいものだった。一緒に護衛をしたときも、リアちゃんが一人で敵の大半を片付けてしまったのだ。しかし王国は数万の兵隊がいる。たった一人でどうこうできるものでもないだろう。


「いえ、みんながみんな強いですよ?」

半分以上は私よりも格段に強いです。そういっていた。さらっと恐ろしいことを言うなぁ。


「……それが本当だとしたら、もう一つの国じゃん……。」

「そう……でしょうか?」

リアちゃんはあまりピンと来ていないようだ。王国よりも強い武力を持っている時点で、もうすでに支配下にはないようなものだ。首をかしげるリアちゃんを見ていると、この子にとってはこれが「普通」なんだなということがよくわかる。


そうこうしているうちに一つの部屋の前にたどり着いた。


「こちらが応接室です。」

私たちのような一介の冒険者が招かれる部屋ではないと思うんですが……。重厚な木の扉の表面には繊細な彫刻が施されていて、中を見なくても立派だと思えるような扉を前に萎縮してしまう。


「メイド長、到着いたしました。」

すると、どうぞ。と中から声がかかってきた。綺麗な声……。透き通っていて、凛としていて、それでいてどこか温かみのある声だった。


中に入るとこれも想像通り、立派すぎる部屋だった。調度品の一つ一つが芸術品のようで、椅子のクッションでさえ刺繍が入っている。天井からは柔らかな光が降り注ぎ、部屋全体が淡い金色に包まれていた。


「お初にお目にかかります、私はグルンレイド領のメイド、イザベラ・マリー・ローズと申します。」

本当に同じ人間なのだろうか。女神と見間違えるほどに美しい所作で挨拶をする。黒い髪がさらりと揺れ、その一挙一動に無駄がない。呼吸するのも忘れそうなくらい見惚れてしまった。


「は、初めまして、ハル・カシワシロと申します。」

「ユウト・カンザキです。」

「エミナ・ナナクサと申します。」

みんなめちゃくちゃ緊張しているようだ。ユウトさんなんて声が裏返りかけている。


「この度はリアの手助けをしていただき、誠にありがとうございました。」

そういって再び美しいお辞儀をする。背筋の角度まで計算されているかのような、完璧なお辞儀だった。


「い、いえ。こちらこそリアさんに助けてもらいました。」

「お優しい方たちですね。」

そういってメイド長はリアちゃんを見る。その目はとても柔らかかった。


「そうです!」

キラキラした目で答えるその姿はちょっとかわいい。リアちゃんの全身から「この人たちはいい人なんです!」というオーラが出ている。


「あまり気を張らずに。こちらへ腰かけてください。」

そういってこれまた高級そうな机と椅子に案内される。椅子に座ると、お尻がふわりと沈み込んだ。なにこのクッション。一生座っていたい。


「まずはこれを。」

そういって袋を渡される。


「い、いえ。お金なんてそんな……。」

ユウトさんがそう答える。


「中身をごらんください。」

しかし中身を空けてみると……米⁉ お、お米だ!まあ、私とエミナさんは明日にでも食べることができるのだが、


「こ、米、ですか!」

この人にとってはもう出会えることなどなかったものに違いない。ユウトさんの手が、袋を持つ手がかすかに震えている。白い粒が袋の中で光を反射して、あっちの世界の食卓を思い出させるかのようだった。


「我が領地で育てた米です。どうぞお納めください。調理法はご存知ですよね?」

もちろんである。


「よかったね。ユウトさん!」

「あ、ああ……。」

感動しすぎて震えている。よほどうれしかったらしい。目が赤くなっているのは気のせいということにしておこう。


「それとお二人にはこれを。最新作の石鹸と入浴剤というものです。こちらも使い方はご存知ですよね?」

石鹸に入浴剤⁉ もちろんその使い方は熟知している。

こっちの世界での石鹸は本当に嬉しい。毎朝起きるとやはり汗臭さに嫌気がさしてしまうのだ。冒険者の生活は衛生面でかなり厳しい。宿に泊まっても水浴び程度しかできないことがほとんどだ。しかしこのグルンレイドの石鹸を使うことでかなりすっきりする。さらに入浴剤とは……。


「う、うれしいです!」

エミナさんが目を輝かせてそういう。彼女はグルンレイド製品信者だからね……。以前華宴のお土産でもらった石鹸を使って以来、すっかり虜になっているのだ。


「そういっていただけるとこちらも嬉しいです。」

美人でしかも性格がいいなんて、私もこの人のようになりたいと心からそう思った。世の中には勝てない相手がいるものだ。


「今後ともリアをよろしくお願いいたします。それでは私は失礼いたします。」

リア、あとはお願いします。そういって部屋から出ていった。おそらくメイド長ということだからかなり忙しいのだろう。うっ、私が迷ったせいで若干遅れちゃったんだよね……。申し訳ない。


「それではさっそく華宴に行きましょうか。」

ユウトさんはもらったお米を大事そうにかばんにしまいながら立ち上がる。まるで宝物を扱うかのように丁寧に。私もこのもらった石鹸は大事に使わないと……。でもお風呂ってこっちの世界になかなかないんだよね。入浴剤どうやって使おう。私が入浴剤を見つめていたらリアちゃんから声がかかる。


「グルンレイドの宿泊施設はお風呂を完備しているところもあります。そこで使用してはいかがでしょうか。グルンレイドの入浴剤であれば使用可能です。」

天才。考えた人は本当の天才だと思う。その話を聞いてからエミナさんもウキウキ気分でかばんに入浴剤をしまっていた。もう完全にお風呂のことしか考えていない顔をしている。


今日はグルンレイド領で一泊します。決定。でもお風呂の前にやっぱり出店を見ないとね。



--



「私は初めてこの風景を見たときにはとても驚きましたが、」

メインストリートというところを歩いているときにリアちゃんがそういう。屋台の活気に包まれた通りを四人で歩く。人々の笑い声、鉄板がじゅうじゅうと鳴る音、子供がはしゃぐ声。あちこちから美味しそうな匂いが漂ってきて、鼻が忙しい。


「みなさんはあまり驚いていない様子ですね。」

「あー、そうだな。昔これと同じようなものを見たことがあるからな。」

ユウトさんがそういう。その目はどこか遠い。


「ここ以外にもそういうところがあるなんて!初めて知りました。」

リアちゃんはユウトさんの話をよく聞く。そこには異世界の知識や、冒険者としてやってきた様々な話があるが、どれも興味津々だ。瞳をきらきらさせて、時折メモでも取りたそうな仕草をしている。話しているユウトさんも楽しそうである。


「あ、たこ焼き!」

エミナさんがさっそく駆け寄っていく。まさか異世界に来てたこ焼きが手に入るとは思ってもいなかった。丸い生地が鉄板の上でころころと転がされている光景は、まさしくあの日本の夏祭りそのものだった。

が、驚くべきはそこだけではない。あっちの世界ではごくごく当たり前のことだが、こっちの世界ではありえない光景が広がっていた。周囲を見渡すと平民と貴族、人間と魔族と聖族。その他にも様々な種族が入り混じってこの華宴に参加しているのだ。尖った耳の人、肌の色が青い人、角が生えている人——みんなが同じ屋台の前に並んで、同じたこ焼きを頬張っている。


「よくいざこざが起きないもんだね。」

「私達が目を光らせていますので、そんな物騒なことをする人もいないでしょう。」

よく観察するといたるところに観測魔法が仕掛けられている。空気中にかすかな魔力の糸のようなものが張り巡らされているのが、意識を集中すると見えた。


「気づきましたか?これで魔力などが感知されたら、そこへ向かいます。ですが、華宴でなくてもこのグルンレイド領でそんな問題を起こすようなものはほとんどいません。」

「それもそうだね。」

でもやはり魔族はかなり少ないようだ。さっきちらっと見た魔族のメイドさん……くらいだろうか。ま、考えるのはこれくらいにして私も何か食べようかな。空腹が限界に近い。


「エミナさん、私もたこ焼たべるー。」

「いいよー。」

そういってすでにエミナさんが買っていたたこ焼きを一つもらう。熱々の生地を口に入れた瞬間、とろりとした中身が舌の上に広がる。……おいしい。まさにたこ焼き。外はカリっとしていて、中はふわとろ。ソースの甘辛さとマヨネーズのまろやかさが完璧に調和している。これはユウトさんが号泣すること間違いなしだ。


「そうです!もう少ししたら舞踏宴を見に行きませんか?」

リアちゃんがそういう。舞踏宴とはなんだろう?名前からすると踊りの大会みたいだが、リアちゃんの表情を見るかぎりそんな穏やかなものではなさそうだ。


「私はいいけど……。」

ユウトさんはもう少しゆっくりこの祭りを楽しんだ方がいいかもね。屋台の前で目を赤くしていた人に、これ以上刺激を与えるのは酷かもしれない。


「そうね、ユウトさんはゆっくりさせてあげましょ?」

ということで私とエミナさんが舞踏宴を見に行くことになった。


「舞踏宴を見ればきっと私が言ったことが嘘じゃないってわかると思います。」

メイドの強さについてだろうか。確かに見たほうが早いというのはある。百聞は一見に如かず、というやつだ。


「もうすぐ試合が始まるので、それだけでも見てみてください。」

舞踏宴とはグルンレイド領のメイドたちで戦う競技大会のようだ。メイドたちの意識向上、そしてその強さを周辺貴族や王国などに知らしめる意味も込められているらしい。舞踏宴を見た貴族はグルンレイド領に歯向かう心を折られるのだとか。……それってもう威嚇では。


舞踏宴の会場につくとすごい熱気に包まれていた。門をくぐった瞬間、地鳴りのような歓声が体の芯まで振動して伝わってくる。円状の平らな場所をぐるっと囲むように観客席が設けられている。古代ローマのコロッセオを思い出す造りだ。二つの間には強力な結界が展開されている。透明な壁のようなものが淡く光を帯びていて、その向こう側に闘技場が広がっている。たぶん私の魔法じゃ傷一つつけることはできないだろう。


「さあ、そろそろ始まりますよ。」

観客席の上の方は空いていたのでそこに座る。石の座面がひんやりとお尻に冷たい。かなり遠いので魔法で視覚から得られる情報を拡大する。司会の合図とともに二人のメイドが登場する。……これから戦うというのにメイド服なんですね。ひらひらのスカートにエプロン、戦闘服としてはどう考えても不適格だと思うのだが。


「私たちの戦闘服はこの服なので。」

なんてことを考えているとそういわれる。心を読んだのかと一瞬ぎょっとしたが、たぶん私の顔に出ていたのだろう。ひらひらした服は絶対に戦いづらいと思う。


「それでは、開始!」

そんな掛け声とともに試合が始まった。


--


結論から言うと早すぎて見えなかった。ということになる。

いや本当に。まばたきした瞬間に何かが起きて、次にまばたきしたときにはもう別の展開になっていた。剣と剣がぶつかる金属音だけが断続的に聞こえて、時折爆発のような衝撃波が結界を震わせる。まあリアちゃんが解説してくれたから試合の流れはだいたい分かったのだが、本当にほかの人は見えているのだろうか。周囲を見渡すといたるところから感嘆の声が漏れているのが聞き取れる。よく見えているらしい。


「平民の方は分かりませんが、貴族の方は魔法を使用できるので。」

魔法によってスロー再生しているのだろうか。なんにせよ魔法をうまく駆使することで快適に見ることができるのだそうだ。私もスキルで視覚強化はしているのだが、それでも追いつけないレベルだった。


「でもすごいってことは分かった。」

強大な魔法を次々使用するとかそういう強さではなく、純粋に技術による強さ。剣の一振り一振りに無駄がなく、足運びは地面を滑るようになめらかで、攻撃と防御が一つの流れのように連なっている。スキルに頼りきりの私たち異世界人には届かない領域。


「私達もスキルとかは持ってるけどさ、違うね。なんか。」

うまく言葉にできない。でも確かに、質が違う。スキルは発動すれば自動的に効果が出る。でもあの人たちの動きは、一つ一つが自分の意思で、自分の体で、積み上げてきたもので。


「そう……なのでしょうか。私はスキルというものを知らないので的確な返事ができませんが。」

「ハルちゃんはリアちゃんたちがすごいって言ってるのよ。」

エミナさんが付け加える。その通りだ。神から与えられたものをそのまま使用する私達とは違い、日々の訓練によって磨き抜かれた『本物』だ。


「私、見てよかったよ。」

「それは、よかったです。」

リアちゃんが嬉しそうにはにかむ。すごい人たちを見ると、私もこんなふうになりたいと思ってしまう。この世界で私ができることは限られているけれど、それでも何か、努力で手に入れるものがあるんじゃないかって。


「エミナさん、私もう少し見ていくよ。」

「そう?私は屋台の方をもう少し見たいからそっちに行くね。」

お風呂の時までには戻ると伝えて、二人と別れた。闘技場に残った私は、次の試合が始まるまでの間、石の座席に座ったまま、さっき見た戦いの残像をぼんやりと思い返していた。


--


「今日はこの宿に泊まるらしいわ。」

試合観戦に集中しすぎてもうとっくに日は落ちてしまっていた。気がつけば闘技場の上空に星が瞬いている。いつの間にか周囲の観客はほとんどいなくなっていて、片付けを始めているスタッフの姿がちらほら見えた。慌てて魔法道具による通信を行ってエミナさんと合流する。


「ユウトさんは……。」

「想像通りまだお祭りを見てるわ。」

これはとうぶん帰ってこないね。あの人は一度夢中になると時間を忘れるタイプだ。


最初にこの宿を見たときは超高額な料金を払わなければいけないような印象を受けた。それほどまでに立派だったのだ。石造りの外壁に大きなガラス窓、正面入口には観葉植物がきれいに飾られていて、どう見ても高級ホテルの佇まいだ。しかしリアちゃんに聞いたところ、これくらい普通ですよ?ということだった。貴族が泊まるような宿はもっとすごいのだとか。この世界の金銭感覚がよくわからなくなってきた。


「ハルちゃん、お風呂、いこっか。」

エミナさんは今すぐにでもお風呂に入りたくて仕方ないようだ。目がらんらんと輝いている。獲物を前にした猫の目だ。


「……待って、チェックインもまだでしょ?」

いろいろすっ飛ばしすぎである。


「いらっしゃいませ。ご予約は受けております。」

さすがユウトさんだ、すでに予約をしてくれていたらしい。いつものようにユウトさんが一人部屋、私とエミナさんが二人部屋ということになる。


「お金を……。」

「支払われております。」

……やはりさすがである。いつの間に支払いまで済ませていたのだろう。頼りになる男というのはこういう人のことをいうのかもしれない。


「ではお部屋へご案内いたします。」

さっきは宿、という表現をしたのだが、正確にはホテルというほうが正しいようだ。正直この世界でこんなホテルのような場所に泊まることができるとは思ってもいなかった。ロビーの床は磨き上げられた大理石のような石材で、天井からは魔法の光を灯したシャンデリアが柔らかな光を落としている。


「こちらへどうぞ。」

これってまさか!


「エレベーター!」

「ご存知でしたか。」

案内人が少し驚いた顔をする。ご存知も何も、よく使うものである。この世界で見ることになるとは思わなかったけど。金属製の箱が静かに上昇していく感覚は、あっちの世界のそれとほとんど変わらない。いや、このグルンレイド領に限っては異世界の知識は珍しいものではないのかもしれない。


「電気はどこからきているのかしら?」

エミナさんが天井の照明を見上げてそういう。確かにこの部屋の照明もどこから電気が来ているのかわからない。


「電気……というものを私は存じ上げませんが、これらすべてのエネルギー源は魔力です。」

魔力凄い。もはや電力でできることは魔力でも代替可能ということだろう。文明の進み方が根本的に違う。


「エミナ様、ハル様のお部屋はこちらになります。それでは手を。」

手? よくわからないが、部屋の前に到着したときにそういわれた。その通りに手を出すと、何やら魔法で何かを書き込まれた。掌の上にかすかな温もりが走って、一瞬だけ淡い光が浮かんで消えた。


「これでこの扉への入出が可能となりました。それではごゆっくり。」

そういって案内人は戻っていった。言われたとおりに扉の前に手をかざしてみるとカチャっと音がしてロックが外れた。


「すごい……。」

どんな仕組みかわからないが、この扉はオートロックで魔法の付与された手を近づけると解除されるらしい。カードキーの魔法版みたいなものだ。なくす心配がないぶん、こっちのほうが優れているかもしれない。


ということでさっそく部屋の中を物色する。広さは夢の国のホテルのスイート……まではいかないけれど、それくらいある。めっちゃ広い。天井が高くて開放感があり、大きな窓からは夜のグルンレイドの街並みが一望できる。屋台の灯りがぽつぽつと光って、まるで地上に星が降りてきたかのようだ。ベッドはおそらく数十万、下手したら数百万するんじゃないかというくらいに立派である。触ってみると手が沈み込む。何層もの羽毛が重なっているような、贅沢な弾力。


「ハルちゃんここって貴族の部屋?」

「違う……はず。」

違うよね?でもそう思ってしまうくらいには立派すぎていた。


次に肝心のお風呂を見に行く。普通の宿だと水浴びする場所みたいな感覚である。魔法によって温めてから浴びるのだがやはり気分はすぐれない。冒険者生活の中で一番つらいのは、実は戦闘でも長旅でもなく、お風呂に入れないことだったりする。がしかし、


「ハルちゃん私ここに住む。」

エミナさんがそういってしまうくらいには整えられた浴室だった。この世界では見ることのない浴槽、シャワー、グルンレイド製の石鹸、そしてシャンプーにリンス。タイルは白く清潔で、壁には小さな魔法灯が埋め込まれていて温かみのある光を放っている。蛇口をひねると澄んだ湯が勢いよく流れ出し、たちまち浴室全体に湯気が満ちた。まさしく私が望んでいたお風呂そのものだった。


「私、入るわ。」

「いや、私が入る。」

視線が交わる瞬間火花が散った。早くこの幸せの空間につかりたい、そんな思いだけが交差する。エミナさんの目が本気だ。もう完全に戦闘態勢に入っている。


「ここは年功序列がいいと思うわ。」

「かわいい年下に譲るという考えもいいと思うね。」

バトル、開始。


--


壮絶なる口論の末に、なぜか二人一緒に入ることになったわけだが、この浴槽は広いので二人で入っても問題はないだろう。あっちの世界だったら普通のアパートの浴槽じゃ絶対に無理だけど。


「なんだかんだ初めてだね。」

「そうね。」

結構な時間一緒に過ごしてきたのだが、二人で一緒にお風呂に入るということはなかったと思う。そもそも二人で入れるようなスペースの浴槽なんて存在しなかったしね。しかし服越しではよくわからなかったが、なかなかいい体形だと思う。肌が白くて、ウエストが細くて、それでいて出るところはしっかり出ている。


「あまり見ないでほしいのだけど……。」

「いやースタイルいいなーと思って。」

私もスタイルという点においては負けてはいない。モデルのお仕事だってしてるし。でもやはり私と決定的に違う点はここである。


「このだらしない胸はなんだー!」

そういってエミナさんから備え付けのバスタオルをはぎ取る。


「きゃっー。」

有紗さんほどとはいかないが、それに迫るような大きさを誇っている。それでいてなんでそんなにウエストが細いの?あっちの世界でもこっちの世界でも、私の場合は顔も体も全く変わっていない。ということはエミナさんも現実でもこのような姿形をしているのだろう。OLさんなのにこのスタイル。世の中は不公平だ。


「ね、ねえ、バスタオルを……。」

「まあまあ、私もおいていくから。早く入ろ?」

マナー的にもバスタオルを湯につけるのはよくないからね。ちなみに口論をしている間に、お湯をためていたので、浴槽いっぱいに湯が張られている。湯面から上がる湯気が浴室の天井まで立ち上り、鏡が白く曇っていた。今まで過酷な旅が多かったけど、この瞬間はなんか修学旅行みたいで楽しい。


「なんかすごいわ。」

シャンプーを手に取っているエミナさんがそういう。これはローズマリー……だろうか、蓋を開けた瞬間にハーブの清涼な香りが鼻を突く。いい香りに加え、保湿効果、美肌効果など様々なことが書かれていた。小さな文字で丁寧に効能が記されている。私も本当かどうか疑いたくなる時はあるが、メイド長やリアちゃんを見ていると効果はあるなと確信する。あの人たちの肌と髪の美しさは、このシャンプーの力も少なからずあるに違いない。


「洗ってあげる。」

そういってエミナさんが私の髪を洗う。私は妹はたくさんいるのだが、姉が一人もいないのでちょっと新鮮である。指の腹が頭皮を優しくマッサージするように動いて、シャンプーの泡がもこもこと膨らんでいく。気持ちいい……。


「ありがと。」

次は私が洗ってあげよう。エミナさんの髪は細くて柔らかくて、指の間をするりと滑り抜けていく。


そんなこんなでお風呂を満喫した。湯船につかった時のエミナさんのとろけきった表情は今でも忘れられない。目を閉じて、口元がだらしなく緩んで、「はふぅ……」と吐息を漏らしたあの顔。あれは間違いなく今日一番の幸福の表情だった。


ユウトさんに明日も一泊するように頼みこもう。二人でそう決めた。この世界に来てから、こんなに幸せな夜は初めてかもしれない。窓の外では、まだ祭りの灯りがちらちらと揺れていた。

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