ロンド2
夜になってしまった。もう少しこの港の食べ物を堪能したかったのだが、残念ながらもうそのような時間は無い。
「本当はお酒が飲みたかったんだけどね。」
「これから仕事だからな。」
私は酒は好きではないが、たまにグルンレイド領でアシュリーが飲むときは一緒に飲む。生の魚とワインが合うのかどうかはわからないが、せっかくだし飲んでみたかった。
「早く終わらせれば飲めるんじゃないか?」
「あ、それもそうだね。」
アシュリーの目にやる気がみなぎってきた……ように見えた。グルンレイドのメイドがそれでいいのか……。
「今回の作戦について話すね。」
「ああ。」
「まずは、海賊が出るとされる海域に囮の漁船を向かわせる。私たちはその上空で待機。海賊が現れた時に捕らえて精神魔法を唱える。そして居場所をはかせて、そこを壊滅させて終わり。あ、あとはその海賊たちが現れるようになった経緯も調査しないとね。」
「了解。」
私の想定していたような計画だったのでなんの問題もないだろう。
「ロンドはいつも通り私を守ること。」
「了解……っていうか守る必要あるか……?」
「何か言った?」
「い、いや、何も……」
私が守るほどアシュリーはか弱い存在ではない。むしろ圧倒的強者だ。しかし毎度毎度私にこのような命令をする。まあ、アシュリーに仕えている身として主人を守るというのは当たり前のことなので命令には従っているが。
「じゃあ早速行こうか、海に。」
そうして私たちは時空間魔法に飲まれた。
—
「これが夜の海……。」
目下に広がった光景を見て私は思わず呟いてしまった。
「確かに昼間と全然違うね。」
アシュリーも夜の海をこれほど間近で見たことはなかったのか、少し驚いたような表情を見せる。
「まるで墨だね。」
きっと足がつくほどの浅瀬であろうとも、底なんてないような錯覚すら覚えてしまうほどの漆黒。たとえ泳げる人間でも光源を持っていなければ方向感覚を失い、生きて帰ることは難しいだろう。
しばらくこの夜の海を眺めていると、遠くから小さな光が見えた。
「囮の船か?」
アシュリーが頷く。そしてそれとは別にもう1隻、近づいてくる船があった。
「あれが海賊だね。」
明かりを一切灯さずに音もなく近づいてきていた。普通であればこの真っ暗な海では気づかれにくいのだろうが、私は夜でも人間よりははっきりと周囲を見渡すことができるし、アシュリーは観測魔法を使用しているのですぐにわかる。
「いくよ。」
私たちは認識阻害の魔法を使用して、音を立てずに海賊の船に向かっていく。今の所私たちを観測するような存在はいないようだが油断は禁物だ。
「ロンド。」
「はいよ。シンクロナイズ。」
船の上に乗っていた海賊は全部で五人、その全てに精神魔法を唱えて意識を操る。
「目的は達成した、帰るぞ。」
「はい。」
リーダーと思われる男がそう声を発すると、他のクルーたちも続いてアジトへと帰る準備を始めた。ゆっくりと旋回し港の方ではなく、やや北へ移動していく。と言ってもアシュリーの観測魔法に反応するような目に見えるように配置されたアジトはなかったと思うのだが。
「へぇー……」
しばらくして船が止まった時にアシュリーがそう呟いた。……私にはただの岸壁にしか見えないのだが。不思議に思っていると海賊の一人が船の上に立ち手を挙げる。
「ヘンリーだ、合言葉はタンザク。」
すると岸壁の一部が消え、洞窟のようなものが現れた。認識阻害魔法……!?しかもアシュリーがここまで近づかなければわからないような高度なものだ。それに向かってゆっくりと船が進んでいく。
「一筋縄では行かないかもね。」
確かにこのレベルの認識阻害の障壁を展開できるのは、実力的にグルンレイドの見習いクラスはあるといっても過言ではない。黒幕は人間か……?それとも他の種族が手を引いているか。
「戦利品を見せろ。」
「あれ……どこだ?」
「おいどうした、さっさと……」
「スリープ」
このままだと怪しまれると思ったので、私は見張りを含めた周辺にいる海賊たちを眠らせる。そしてゆっくりと洞窟内部へと進んでいった。
洞窟内は魔法によって温度が適温に保たれているようで、思ったよりも過ごしやすい場所だと感じる。至る所にいる海賊たちも不自由を感じている様子もなく、楽しげに酒を飲んでいた。
『奪って飲んでもバレない?』
『仕事中だろ……』
認識阻害魔法を使用していても声は出てしまうため、魔法によるメッセージでやり取りをしている。
『最近出没したはずなんだけど、かなりしっかりとしたアジトだね。』
このアジトは数百メートルの洞窟だ。海と繋がっているため船でも進むことができるが、脇には平らに削られた道があり歩いても進むことができる。その平らな道にテーブルや椅子、食料などが置かれていてとても数日では作ることのできないような立派なものだった。
『魔法を使ったんじゃないか?』
『十中八九そうだろうけど。』
このアジトにはかなりの魔法の使い手がいる。それはここに入る前に見た魔法障壁ですでに把握済みだ。そしてそういう強くて偉いやつは洞窟の奥にいると相場が決まっている。
『もうそろそろ最深部に着くから、魔法障壁を強化して。』
私は言われた通りに魔法障壁を強化する。さらに聖法障壁も展開したので、ちょっとやそっとでは私に傷をつけることはできないだろう。
ーー
玉座……だろうか。グルンレイド辺境伯が座っている椅子よりかは劣っているが、それでもかなり高そうな椅子が置かれていた。
「誰だ。」
突然周囲から声が聞こえた。っ、ばれた!?だがアシュリーは一歩も動かないのを見て、私もその場にじっとしていた。まさかアシュリーの唱えた隠蔽魔法に違和感を感じるとは……。
「どうされました?」
「何者かの気配を感じてな。」
松明の光が届く範囲へと歩いてくると、その声の主の全貌が明らかになる。
『魔族……だと!?』
『しっ。あまり喋らないで。』
メッセージのやり取りを極力抑えるように注意される。しかしなぜ魔族がこんなところにいるのだ!すると玉座にドサリと座る。
「いる、確かにいるな……フレイムウェーブ!」
その瞬間炎の波が押し寄せてきた。
『ロンド』
『わかった。』
「エアヴェール」
私はそういうと空気の層を展開し、炎の波を止める。なんて無茶苦茶なやつだ……仮にもここは洞窟の中だぞ。空気がなくなっては多くの人間は死んでしまうし、魔族とて例外ではないはずだ。
「やはりいたな。人間と……聖族、か。」
私を見た瞬間少し驚いたような表情を見せる。これが普通の反応だ。
「君、どうやって人間界に来たの?」
「付き人に応える義理はない。」
あー確かにメイド服を着ていれば、私の付き人と思うのが自然か。だが本当はこのメイドの付き人が私なのだ。
「ま、まさか、グルンレイドのメイド!?」
「知っているのか?」
魔族のそばにいた人間の海賊がそう発言した。
「えぇ、強く危険な存在だと……。」
「馬鹿か。魔族である俺にとっては人間というだけで雑魚だ。」
魔族の方はグルンレイドのメイドを知らないらしい。
「ちっ、めんどくさ。ロンド、聞いて。」
「りょ、了解。」
まずい、早くあの魔族の態度を改めさせないと、アシュリーの我慢が限界に来てしまう。
「私から質問する。どうやって人間界にきたんだ。」
私は聖力を体外に放出しながらそう質問する。
「やはり聖族は若干脅威になるようだな。そうだな、私は人間の手引きによってこの世界へ来た。」
「人間の……?」
一体どういうことだ、この言い方だと魔界の門は通過していないということになる。いやだが普通に考えて、これほどの悪事を働こうと考えている存在をミクトラが通すはずない。
「それは、誰が……」
「あぁ……共和国、とか言ったか?そこの人間どもがゲートを開いて、そこに俺が入ってきたということだ。」
共和国……。王国の領土であるこの港へ送り込んでくる意味とは……。
「次は俺から質問だ。ここへ何しにきた?」
「海賊を捕らえるため。」
「ふっ、はははは!それは無理な話だ。聖族であるお前にとってここにいる人間どもは雑魚だろうが、私の直属の部下に囲まれれば勝ち目などない。」
何かしらのメッセージを飛ばしたのだろうか、洞窟のはるか奥から何人かがこちらへ向かってくるのが観測された。
「お待たせしました。ゼノ様。」
そう言って跪くのは三人の魔族。また魔族か……これほどの魔族をこちらの世界へと移動させるというのは単純な時空間魔法では不可能なので、かなりの労力がかかったはずだ。共和国はそれをやってのけるほどの力があるということか……。
「こいつらは俺の従順な部下だ。そばにいるメイドは戦力外として、お前1人ではこの3人を前に生きていられるか?」
いやいや、私の隣にいるこのメイドこそこのパーティの最大戦力だぞ?
「……貴様らはグルンレイドのメイドを舐めすぎている。」
私は語りかけるようにそう呟く。
「何?たかが人間のメイドだろ?」
周囲にいる3人の魔族たちも何を言っているのかといった表情でこちらを見ていた。
「そうか、では実際に確かめるしかないな。いけ、ネイア」
「はっ!」
そんな声とともに一人の魔族がアシュリーめがけて飛んでいった。
「ロンド……いや、グルンレイドのメイドの強さを知らしめるためにも、私がやる。」
あー、もうあの魔族は助からないだろうな。私はバラバラになったあの魔族を回復させるイメージトレーニングをする。私もグルンレイドの一員として、中途半端な回復をすることは許されていない。やるなら完璧にだ。
「死ね、人間!フレイムクロー!」
炎をまとった爪でアシュリーに切り掛かる。
「華流・剪定。」
「え……。」
アシュリーはその場から動かずに、剣を相手の爪へとぶつけた。するとぴたりと動きが止まり、炎もかき消される。
「くっ、ファイアーアロー!」
ぎろりとアシュリーは相手を睨んだまま、今度はなんの魔法も唱えることはしなかった。
「馬鹿め……っ!」
それでもアシュリーを包み込んでいる魔法障壁を貫通させることができず、傷一つつけることなく炎の槍は消えていった。
「な、なんで……」
「華流・周断」
「あ、あぁっ!」
ボトリ、と魔族の右腕が切断された。そしてアシュリーはそのまま胸ぐらを掴む。
「あんまりグルンレイドを馬鹿にしないでくれる?」
ネイアとかいう魔族に顔を近づけて耳元でそう呟くと、片手で魔族を持ち上げ地面へと叩きつける。
「かはっ……!」
苦しそうに悶えながらネイアは地面に転がり込んだ。
「ゼノ、だっけ?あまり調子に乗らない方がいいよ。」
「ほう、ただの人間というわけではないようだな。」
「ま、まだ……私は……」
「うるさい。」
「え……?」
何を話そうとしたネイアは、アシュリーの一振りにより首が落ちた。私はすぐに回復聖法を唱えて、ネイアを回復させる。
「聖族、何をしている。」
「気にするな。」
敵を回復させるという行為が珍しかったのだろう。ゼノがそのように声をかけてきた。
「こんな奴を相手にしてるローズたちはすごいよ。私だったらストレスが溜まりすぎておかしくなりそうだ。」
ゆっくりとゼノが座っている場所へと歩きながらそのようなことをいう。
「ゼノ様の元へは……」
ドサリ、手下の魔族たちが地面へと倒れた。……魔力酔いか。魔族が魔力酔いを起こすほどの密度なんて、グルンレイドのメイド以外に出せないだろ。このままでは危険なので私はその二人を安全な場所へと運ぶ。
「ふっ、こいつらでは役不足か。では俺が出るしかないな。」
「だから……」
「ん?何か言ったか?」
ま、まずい、アシュリーが下を向きながら魔力を練り始めている。かなり怒ってるぞ……。とりあえず私は魔法障壁をこの洞窟の壁に展開する。ここが崩れてしまったら後処理など何かと大変そうだからな。
「消えろにんげ……」
「だから、調子に乗るなって言ってんでしょぉぉぉぉ!」
「なっ、がっは……!」
アシュリーの拳がゼノの腹部にめり込む。うぅ、痛そう……。そのまま天井に衝突し、私の魔法障壁を破壊、さらには洞窟を破壊しながら地上へと吹き飛ばされていった。
「ま、まずい!スペースロック!」
私は崩れ落ちてくる洞窟を空間とともに止める。
「あ、あ……ぜ、ゼノ様!」
そばにいた人間が震えながら尻餅をつく。
「ねえ。」
「は、はひっ!」
アシュリーに睨まれるとさらに震えが大きくなっていた。
「もう港を襲わないで。」
コクコクと頭が取れてしまうのではないかと思うくらいに頷いていた。
「それと魔族はもらっていくから。」
そういうと浮遊魔法を使用し倒れている3人の魔族を浮かせる。
「ロンド行くよ。」
「元の道を帰るのか?」
「いや、上。」
そういうとゼノが吹き飛ばされた時にできた穴から、綺麗な夜空が見えた。そうだなゼノを回収する必要もあるだろう。
「私たちが地上に着いたらスペースロック解除していいよ。」
「わかった。」
そう言って私たちは地上へと向かった。
ーー
「めんどくさいから持って。」
「お、おう。」
そう言って押し付けられたのは3人の魔族だ。私はスペースロックを解くと、アシュリーに変わって3人を浮遊魔法で浮かべる。大きな音とともに洞窟が崩れ落ちたのだが、中にいた人間は大丈夫だろうか。まあ、私たちが地上に出る間にしばらく時間があったしなんとかなっただろう。本当に危なかったらアシュリーの観測魔法に引っかかっているはずだ。
「ふーん、やっぱり隠蔽魔法だけはうまいね。」
アシュリーが誉めるということは相当の隠蔽魔法の使い手ということだ。確かにゼノの気配は私には全く観測することはできない。
「でも私を騙せるほどじゃない。」
ゆっくりと地面に降りていき、ある場所に向かって歩き出す。そして足を上げて、何もない地面へと踏み下ろす。
「がっ……。」
何もないと思っていたら、急にゼノが現れた。まじか……私がこれほど近づいても全くわからなかった……。
「くっ……。」
アシュリーの足はゼノの頭を踏みつけている状態だ。ゼノは反抗的な目で見ているが、もうその足を退けるほどの力を出せないようだ。
「共和国の誰があんたを呼んだの?」
「しゃべるわけないだろ。がっ!」
さらに強く頭を踏みつげ、ぐりぐりと地面へ押しつけている。そんなことをせずに精神操作魔法を使えば……まあ、あれだけグルンレイドとアシュリー本人を馬鹿にされたのだ、かなり怒っているんだろうな。そもそも私はアシュリーに口答えできる立場ではないので、黙って見ておくことにする。
「くそぉぉあらっ!」
「っ!」
ゼノが全力で起きあがろうとするとアシュリーの足が持ち上がり、そのまま上へと吹き飛ばした。しかしアシュリーは倒れることはなく、空中で一回転し優雅に地面へと着地する。その時に魔法でスカートを制御し、どの角度からも下着が見えないようにしていた。グルンレイドのメイドはどのような体制でも必ず下着は隠すという決まりがあるらしく、スカートは自由自在に動かすことができるらしい。戦闘時たまにスカートの動きが不自然になるのはそのせいだ。
「バーンナックル!」
「エアヴェール!」
ドン!という音とともに、ゼノの拳が空気中で止まる。
「その程度の攻撃力じゃあ……」
「舐めるなぁぁ!」
「へぇ……。」
ゼノの魔力密度が上昇すると、アシュリーの展開したエアヴェールを徐々に破り、そして破壊する。もちろんその間にアシュリーは距離をとっていたのでダメージはない。
「始祖の血をひいてる?」
「あぁ?そんな血流れてねぇよ。」
それでアシュリーのエアヴェールを破ることができるというのは、魔族の中でもかなり強い部類に入るのだろう。
「じゃあ序列を聞いた方がいいか。」
「序列5位、ゼノ。二度と忘れないようにお前の頭に焼き付けてやる!」
魔界には序列というのが存在する。序列というのは、簡単に言うと強さの順だ。ただし、魔貴族は含めないらしい。
「ん?告白?いや私そういうの間に合ってるから。」
「どこまでの舐めやがって!」
殴りかかってくるゼノを観測魔法を駆使していとも簡単に交わしていく。力はそこそこあるが、やはり戦闘における駆け引きが拙い。今まで力だけで解決できた場面が多かったのだろうな。
ーー
「はぁーっ!終わった!」
と腕を伸ばしているのは私が仕えている存在であるアシュリーだ。結局海賊を取りまとめていた黒幕は魔族だったということで、アシュリーがボコボコにしてグルンレイド辺境伯の屋敷へと運び込んだ。意識が戻ったらグルンレイド辺境伯との謁見があるだろう。死ぬことはないと思うが……一体どうなるのかは私もわからない。
「アシュリーさん!私の代わりに海賊退治ありがとうございます!」
「別にいいよ。フィオナこそ、大丈夫だった?」
「はい、問題ありませんでした。多少怪我をしてしまいましたが、一日寝たらすぐに治りました。」
「へー、フィオナが怪我をするなんてね。」
獣人メイドのフィオナが声をかけてきた。やや褐色がかった体に、癖っ毛の茶髪、そして犬の耳。引き締まった筋肉からちょっとやそっとじゃ倒れない力強さを感じる。
「今回の仕事は国家間の戦争の妨害でしたからね。」
国家間の戦争の妨害をたった一人でしておいて多少怪我をするだけで済むのはどう考えてもおかしいと思うのだが。
「まずは両国が交わる前に戦線に沿ってソウルヴェールを展開するんですよ。」
ソウルヴェールとは魔法障壁の一つだったはずだ。普通の魔法障壁と違いその障壁が受けたダメージは全て自分に降り注ぐものだ。その代わりに距離や厚さに関係なく強度が保たれる。
「その間に両国の主要戦力とトップを戦闘不能にさせるんです。これで一件落着です。」
「すごいね……多分フィオナにしかできないよ。それ。」
「そうでしょうか?」
2人の会話を聞き、私は苦笑いを浮かべるしかない。両国を分断するような魔法障壁には数千、数万という攻撃が加えられるだろう。その全てを自身が受け止めているというのだ。
「あと、ロンドさんもありがとうございます。」
「あ、あぁ、気にするな。そんなに大変変じゃなかったからな。」
それではー!と行ってフィオナは走ってどこかへ行ってしまった。相変わらず元気すぎる……。昨日まで戦争をたった一人で止めていたやつとは思えないな。




