過去編:コトアル2
スカーレット様の魔法によってグルンレイドの屋敷に戻ってすぐ、私たちはご主人様のもとへと向かった。本来であれば謁見の間などで伝えるのだが、緊急だったのでご主人様の書斎での会話となる。
「ご主人様、イザベラ様、ご報告があります。」
「うむ。」
スカーレット様が説明を始める。基本的に周辺の貴族は膝をつきながらご主人様と会話をするようだが、私達メイドはその必要はないとのこと。三人ともご主人様と会話をするときは立って行っている。
「魔界の門を発見いたしました。」
「ほう、そうか。」
ご主人様の目が光った。グルンレイドの今後の計画について私は詳しくは分からないが、これで次のステップへ進むことができるらしい。
「ただ、もう一つ報告したいことが……」
「なんだ。」
「魔界の門付近で、不思議な存在を発見いたしました。
「ほう?詳しく教えろ。」
スカーレット様は様々な本を読み、多くの知識を持っているがそれでもわからなかった存在にご主人様は興味を示した。
「体は見たこともない金属でできておりました。人間の女性をモチーフにした形……だったと思います。」
「金属でできた人形か……」
「戦闘能力はかなり高いです。この二人では勝てないと思われます。」
この二人というのは私とヴァイオレットのことだ。悔しい話、確かに私達ではあの存在に勝利することは難しかっただろう。
「スカーレット、お前ならどうだ?」
「本気を出せば破壊できます。ただ、生け捕りは難しいでしょう。」
スカーレット様でも生け捕りが難しいほどに強いというのは、このグルンレイドの脅威にもなりえるということだ。今後も魔界の門付近に行くというのであれば、何かしらの対策をしなければ危険だろう。
「ふむ、その特徴から考えると、それはマシニング族だろうな。」
「マシニング族……ですか。」
私たちはその存在がどのようなものかわからない。ただ、この世界に広く生息してなく珍しい種族だということは分かる。
「太古の人間が創り出した"機械"というものだ。まだ稼働しているものがいたとはな。」
「……それでは、そのマシニング族はどういたしますか?」
「破壊するのは駄目だ。希少だからな。」
太古の人間というと、今から約1000年ほど前に生きていたとされる人間だ。私達とは違い魔力が一切使えなかったらしい。
「ただ、そのまま野放しにするわけにもいかないだろう。魔界の門は今後幾度となく使うことになるだろうからな。」
ご主人様は少しの間考えてから、口を開く。
「私が行こう。」
「かしこまりました。」
スカーレット様が頭を下げる。ご主人様が向かうということは、イザベラ様もいっしょにくるのだろう。私達だけでマシニング族をとらえることができなかったという事実が悔しい。
「魔界の門付近に到着し次第、イザベラよ。マシニング族を捕えよ。」
「かしこまりました。」
頭を下げると、その黒髪が揺れる。決して弱くはないという話だったが、イザベラ様には絶対の自信があるようだ。確かに私たちはイザベラ様との訓練では手も足も出ない。唯一数分戦えているメイドはスカーレット様くらいだろう。
「それではすぐに準備を……」
「まあ、待て。貴様らは調査を終えたばかりだ。少し休むといい。」
「か、かしこまりました。」
休息をとり、私達が万全の態勢でのぞむべく、明日に魔界の門へと移動するらしい。私たちは頭を下げて書斎を後にした。
正直とてもありがたいと思った。洞窟内では常に魔法障壁を張っていたものの、はやり汚れはつくものである。メイド服もきれいなものに変えたかったし、何より体を洗いたかった。
「もしよけれ、一緒にお風呂に入ってもいいかしら?」
スカーレット様がそういう。
「も、もちろんです!お背中をお流しします。」
「あら、ありがとう。」
ヴァイオレットが即答する。スカーレット様と一緒にお風呂に入るなんてなかなかないからね。注意すべき点があるとすれば、美しい真っ白い肌と髪に加え神ががったスタイルの良さで思わず跪いてしまい、膝にけがを負ってしまうことだ。それさえ気をつければ何の問題もない。
「私も歓迎です。」
お風呂の後はヴァイオレットの部屋へ行き、明日の作戦会議でもしよう。自分達の力がないからといってただの傍観者というわけにもいかない。ご主人様に危害が及ばないように全力で守る必要があるのだ。
次の日、私たちの魔力は回復し万全の状態となった。魔力は使用すればするだけ無くなっていくが、基本的に寝ればなおる。ポーションなどで回復する方法もなくはないが、とても値段が高く、その割に効果は微妙だ。
「それではアシュリー、案内をお願いします。」
「かしこまりました。」
魔法でイザベラ様に魔界の門の座標を伝える。
「……そこですか。超級第三位魔法・ヨグ・ソトース!」
私たちは時空のうねりに飲み込まれた。
ーー
真っ暗なこの空間のどこかにやつはいる。魔力をまとっていないのか私の観測魔法には一切引っかからない。
「明かりをつけます。」
「気をつけてください。マシニング族は光に反応すると思われます。」
イザベラ様は光魔法で明かりを照らす。
「侵入者ヲ発見。攻撃ヲ開始シマス。」
きた……!私は全力で魔法障壁を展開し、ご主人様を守る。
「超加速砲・エレキ……」
「華流・剪定」
イザベラ様の剣がマシニング族の腕を弾き上げる。体制を崩したところに、さらに追い討ちをかけた。
「超硬化」
しかしその瞬間金属の強度が変化し、腕でイザベラ様の剣を受け止める。
「ほう、面白い物質だな。」
ご主人様がそう発言する。私も魔法の使用なしにあれほど強度の変化ができるような物質を知らない。
「アイスロック・絶唱」
次は氷漬けになるが、内部から溶け始め脱出した。異常な熱量をあの金属の体から感じる。アイスロックで無理だったら一体どのようにして拘束するのだろう……。
「ディメンションロック・絶唱」
次の攻撃を仕掛けようとしていたマシニング族が空中で固定される。ものすごい魔力密度に私が少しふらつき始める。
「バニッシュルーム」
スカーレット様がそう唱えてくれたおかげで多少は楽になった。
「……エラーコード003、戦闘不能。」
イザベラ様の魔法を抜け出すためなのか凄まじい物理的なエネルギーを感じるが、イザベラ様の魔法はびくともしなかった。空間の固定……。
「そのまま連れて帰るぞ。」
「かしこまりました。」
そういうと今度はスカーレット様が時空間魔法を唱える。イザベラ様は拘束するのに力を使っていて、時空間魔法を唱える余裕はないようだ。
「拘束解除ヲ要求……」
感情の読めない不思議な瞳がこちらを見据えていた。案外人間らしいところもあるかも……よく見るとちょっとかわいいし。
「なぜお前はここにいる……などと色々と聞きたいこともあるが、まずはグルンレイド行ってからだろう。」
そういうと速やかに私たちはグルンレイド領に帰還する。
ーー
「拘束をとけ。」
「……よろしいのでしょうか?」
ご主人様は静かに頷く。留守番をしていたメアリーとヴァイオレットも加わり、私たちは再び戦闘体制をとる。が、私の予想に反してマシニング族は攻撃を仕掛けてくることはなかった。
「アノ場所二、返シテ下クダサイ」
「まずは、その言葉づかいをやめろ。話はそれからだ。」
一体何を言っているのだろう?確かに聞き取りづらいが、マシニング族はこのような話し方なのではないの?
「……わかりました。」
っ!一瞬人間が喋ったのかと思った。それほどまでに違和感のない“声“だった。
「なぜ、私がこのように流暢に言葉を離せるとわかったのでしょうか。」
「貴様は太古の人間の最高傑作、ラストナンバーだと思ってな。」
「……はい、そうです。」
ご主人様はそのような情報を一体どこで入手してくるのだろうか……。私が口を出せることなど何一つないので、静かに会話に耳を立てる。
「太古の人間はこれほどまでに美しいものを作り上げていたとは。」
「……会話は結構です。私をあの場所に返してください。」
「だめだ。」
「それでは力づくでも戻ります。」
「なぜ、魔界の門があるあの場所に固執する。」
見つけた時はあの門を守っていた、というよりは起動できずに横たわっていたという感じだ。
「あの門などどうでもいいのです。私はただあの場所にいる必要がある。いつか帰ってくるその日まで……」
「太古の人間はもう来ない。」
「っ……!」
初めて見せた人間らしい表情。私が思っている以上にこの存在は人間に近かった。
「その演算速度で導き出せない解でもないだろう。」
「わかっています。しかし、私はそこで待たなければいけないのです。」
「そういう命令か?」
「はい。」
彼女を作った人間の命令を、今もなお守り続けているということか。
「ならば私が新たに命ずる。その場所で来もしない人間を待つことをやめろ。」
「なぜあなたの命令を……」
その瞬間ご主人様の魔力密度が急激に上昇する。私はバニッシュルームを唱え耐える準備をするが、この時点でかなりきつい。隣を見てみるとメアリーがケロッとした態度で立っていた。改めてあの子の魔力密度の濃さに驚く。
「貴様らの主人は既に死んだ。だから私が新たな主人となろう。」
文脈も理屈も何もない。普通に考えればあまりの暴論に驚くところなのだが、まず最初に私の頭の中には“なぜマシニング族は早く頭を下げないのだろう“という疑問が浮かんだ。こういう瞬間に私もイザベラ様の教育に染まっているんだと感じる。
「だからなぜあなたのいうことを聞かなければならないのですか。」
「私の元へ来れば、太古の人間に関する情報が手に入ると言ったら?」
「え……」
「私はさまざまなことを調査し、実験をおこなっている。このままあそこでただ待っているだけでは知り得ない知識を手に入れられるのだ。これ以上の条件はないだろう?」
確かに彼女はただ待っているだけ、自ら探しに行った方が見つけられる確率も高くなると思う。まあ太古の人間なんてどこにもいないと思うけど。というか1000年前の人間だ、いたら逆に怖い。
「なぜそこまで……」
「そこまで?違うな、これは等価交換だ。貴様はグルンレイドのメイドとなり、グルンレイドのために尽くすことになるからだ。」
少しの間があく。
「……わかりました。情報をいただく代わりに、私の力をお貸しします。」
「ふむ。」
ご主人様はニヤリと笑みを浮かべて頷く。よかった……もし拒絶した場合このマシニング族が無事だったという保証はない。案外無事なのかな?しかし私は今までご主人様の意見を断った存在を見たことがないのでなんとも言えない。
「ただし、情報が無益だと分かった場合は、力を貸すことをやめさせていただきます。」
「かまわん。」
そう言ってご主人様は王国の王が座っているような椅子から立ち上がる。
「詳しいことはイザベラにきけ。」
ご主人様が時空間魔法に消えていくと同時に私たちは頭を下げる。少し遅れて新たにグルンレイドの一員となったマシニング族も頭を下げた。




