過去編:アシュリー1
私は一般奴隷として売られた。というのも別に罪を犯してとかで奴隷になったわけではない。人攫いに攫われたのだが、対抗しようと思えば対抗できたし、奴隷契約の時に契約書に細工をしたので、ここを抜け出そうと思えば抜け出せる。しかしなぜそれをしないのかといえば、お金が欲しいからである。
奴隷を買う人は多くの場合、お金を持っている。その家に奴隷として侵入し、契約書を破壊し、金品を全て盗むことで私はお金を手に入れることができるのである。
今回も一人の貴族がこの奴隷商に顔を出した。
「これはこれはグルンレイド辺境伯、ごゆっくりしていってください。」
ここの支配人がそう声をかける。この貴族はグルンレイド辺境伯という名前らしい。確かに金を持っていそうな顔をしている。
「貴族奴隷を見せろ。」
そう言って一般奴隷にはめもくれずに貴族奴隷の方へ向かっていく。確かに奴隷商の特色が出るのは貴族奴隷だが、そこに直行するのは金持しかしないだろう。しかしどれもお気にめさなかったようで、貴族奴隷を連れてくる気配はなかった。
「一般奴隷もなかなかのものを取り揃えております。」
「ふむ。」
仕方ないという表情で一般奴隷を見ていくようだ。次々におりの前を通り過ぎ、わたしの前で止まった。おっ、これはチャンスか!そう思った瞬間わたしの手足が震えだす。
「えっ……」
思わず声を出してしまう。今までそんなことは一度としてなかったが、今回は震えがとまらない。
「この娘を見せろ。」
「はいただいま。」
そう言ってわたしは檻から出される。震える足を無理やり立たせて、いつも通り相手の魔力密度を観測する。どれほどの実力なのかをあらかじめ頭に入れておくことで、スムーズに金品を盗めるようにするためだ。しかし、それを見た瞬間頭の中が大きく揺れる。
「ゔぉぇっ……!」
そして次の瞬間に吐いてしまった。な、なにが……。
「おや、どうしたのだ、わたしの顔を見て吐くとは。」
不敵に笑っている貴族がそういう。
「も、申し訳ありません。おい、何をしている!」
支配人は貴族に誤り、わたしを怒鳴りつける。しかし私はまだ頭が痛くて立ち上がることができなかった。
「ヒール・絶唱」
そんな声が聞こえた瞬間に私の頭痛は収まった。ま、まずいこの貴族は私では手も足も出ないほどに強い。逃げなければ、こ、殺される。
「動くな!」
支配人がそう叫ぶ。
「くっ!」
縛りの魔法が私の動きを止めるが、事前に細工をしていたおかげで効果を薄めることができている。そのまま私は走り続ける。
「な、なぜ動けるのだ!」
「動くな。」
心の底に響くようなそんな声が聞こえた。その瞬間私の足は一歩も動かなくなる。
「あの娘はいくらだ。」
「だ、大金貨二枚です!」(銅貨:100円 銀貨:1000円 金貨:1万円 大金貨:100万円 聖金貨:1000万円)
「これでいいか。」
「あ、ありがとうございます。」
後ろからそのような会話が聞こえる。私はあの貴族の顔を見るのが恐ろしくて振り向くことができなかった。
「これであの娘の所有権は私にあるな。おい、こちらを向け。」
「……っ。」
振り向かないと殺される!だが私の体が思ったように動かない。
「あっ!」
自分の体重を支えられずに膝が折れてしまう。
「はっ、はっ……。」
呼吸もうまくできなくなっていく。頭から血が抜けていく感覚に襲われる。視界が黒くなっていき、周囲の音だけが鮮明に聞こえてくる。
「私の魔力を観測しすぎたか。仕方ない。」
そういって私を買った貴族がこちらに近づき、私を抱き上げる。その瞬間に私の意識は途切れた。
ーー
ーーヴァイオレットーー
私がグルンレイドの屋敷に来てから数ヶ月後。ご主人様が奴隷商から奴隷を買ってきた。私と同じくらいの歳の人間の女だった。
「本日より、アシュリーがメイドとして働くことになりました。」
イザベラさんがそういう。
「詳しいことはスカーレットから聞きなさい。私は少し用事があるので。」
「はい、イザベラ様」
そう言ってアシュリーは頭を下げる。……正直私が練習してやっと合格をもらったお辞儀よりも綺麗だった。そうしてイザベラ様がこの部屋からいなくなる。
「スカーレットよ。よろしく。」
「ヴァイオレットだ。よろしく。」
私も先輩になるのかと思うと少し嬉しく感じる。さっきのイザベラ様への言葉遣いを聞いていてもなかなか良い子そうだし。
「よろしく……お願いします。スカーレット様」
そうして美しい礼をする。うん、なかなかいい子だ。
「よろしく。ヴァイオレット。」
うん、いい挨拶……?今なんて?
「えっと、ちょっと噛んだのか?」
「いいや、噛んでないよ。」
今度は私の目を見てそう言った。お辞儀の仕方がイザベラ様やスカーレットさんの時と違うような気が……。
「私、自分より弱い存在に敬意を払いたく無いんだよね。」
「なっ!」
あまりの言動に私の脳は一瞬止まってしまう。が、新人に舐められるほど私も落ちてはいない。
「お前が私より弱いだと?」
そうして私は魔力を練り上げる。
「魔力がその程度なら、聖剣を持ってないなら何とか行けそう。」
「言ってくれるな……お前の魔力密度程度なら片手でいけるな。」
「なっ!」
そう言ってお互いが睨み合う。が、今私は聖剣を持っていないのになぜその存在を知っていたのだろうか。
「仲良くなれてよかったわ。」
そう考えていた時に、スカーレットさんがそういう。
「「仲良くありません!」」
「ほら、仲がいいじゃない。」
しかしアシュリーの人を見る目はすごいものだと思う。私とスカーレットさんはひと目見ただけではそこまでの違いはないはずだ。
「それじゃあ、ヴァイオレット。屋敷を案内してあげなさい。」
「わかりました。」
そうして私はアシュリーを案内することになった。
—
回復魔法を使ったのだろうか、奴隷だというのに体に傷一つない。そしてこの明るい性格はどう考えてもおかしい。奴隷として生きてきてこんなにも明るく振る舞うことができるのだろうか。
「なにかおかしい?」
アシュリーがこちらを見てそのようなことをいう。感も鋭いらしい。
「別に。」
そう言って私は屋敷の案内を続ける。
「ここは何?」
アシュリーがお風呂の前で立ち止まる。
「ふむ、なかなかいい感をしているな。ここはお風呂というところだ。」
私も初めて入った時は衝撃を受けたが、今となってはなくてはならない存在である。
「ふーん。」
いまいちピンときていないのか、そのような反応だった。まあ無理もないだろう。ここの素晴らしさは今夜知ることになる。
「ヴァイオレットはどうしてここのメイドをしてるの?」
アシュリーはそんなことを聞いてくる。
「まあ、成り行きで。断れる立場じゃなかったからな。」
「ふーん。」
またもや興味なさげな反応をする。が、彼女も奴隷という立場からいきなりこのような屋敷に呼ばれたのだ。他のものがどのようにここにつれてこられたのかに興味がないはずがない。
「イザベラ様とスカーレット様、かなりすごいよね?強いって意味で。」
「そう!やっぱりお前は見る目がある!」
スカーレットさんなんて、龍の里であった時にはまだ同じくらいの強さだったのだが、もう私では勝てないほどに強くなっていた。まごうことなき天才である。
「私は、私を買った貴族を殺して自由になろうかなーとか考えてたんだけど。あの方を見た瞬間絶望に変わったね。」
しれっと怖いことを言うなこいつ……。でもそれは少しわかるかもしれない。ご主人様と魔法の訓練をしていると生きている心地がしないのだ。
「ここでメイドとして過ごしていて……どう?」
空気が変わって、そのようなことを聞いてくる。確かにこんな風に明るく振る舞っていても怖いものは怖いだろう。自分よりも圧倒的に強い存在の奴隷だなんて。
「お前が思っているようなことはない。」
確かにここでの訓練は厳しい。しかしそこにはしっかりとイザベラ様の配慮がある。私を大切に思ってくれているということが感じられる。
「少なくとも私は、しあわせだと感じている。」
アシュリーが私の目を見る。全てを見透かしたようなその目は再び前を向く。
「そ。」
返事はそれだけだったが、表情は緩やかだった。
ーー
ーーアシュリー ーー
「アシュリー、お前は観測魔法に長けているようだ。」
ご主人様からそう告げられた。確かに私は人と会う時はとりあえず観測魔法で相手の情報を抜き取るということをしながら生きてきたので、誰よりもその魔法を使用している自信はあった。
「そこで一つ頼みがある。」
「何なりとご命令ください。」
イザベラ様やスカーレット様ではなく私に直接のご命令は初めてだったので、緊張が駆け巡った。
「天界は知っているか。」
「はい。」
天界とは魔界と対をなす世界。トップには神が君臨し、聖族が住んでいる場所だ。私たち人間とは無縁の場所だと思うが……。
「そこに通じる門が人間界の上空にある。それを調査しろ。」
「申し訳ありませんが、この広い人間界の中から探すというのは……」
無理なことだった。今の私が全力で観測魔法を展開したとしても精々グルンレイド領全域くらいが限界だろう。全世界を観測だなんて夢のまた夢だ。
「ある程度の場所は絞れている。その範囲だけでよい。」
そして見つからなければ見つからないで良いのだ、と付け加えられた。まあそういうことならば一日では無理でも、数日かければ可能かもしれない。
「かしこまりました。」
私が調査するべき場所を伝えられる。それを聞き考えるに、私の能力では3日もあれば十分に調査可能な範囲だった。
「ヴァイオレットを連れて行け。」
ご主人様の部屋を出ようとした瞬間、そのようなことを言われた。
「はい、ヴァイオレットにも伝えておきます。」
一体どのような理由でヴァイオレットを連れていくのかわからないが、私の安全度はかなり高まるので悪い話ではない。強敵が現れても、最悪ヴァイオレットを囮にすることができる。彼女はやわなことでは死にはしないし、私の心も痛まないからね。
—
「ということでついてきて?ヴァイオレット。」
「まず私のベッドでくつろぐのをやめろ。自分のがあるだろう。」
だって仕方ないじゃん。私のベッドで寝ながら異世界のお菓子、クッキーを食べると汚れるんだから。まあでもあまり怒らせるとついてこないかもしれないので私はベッドから降りる。
「天界の調査か。」
「いいや、天界の門の調査。」
「天界の門?」
ご主人様曰く人間界から天界に行く一番簡単な方法は天界の門を通ることらしい。しかしその場所が知られていないから調べてきてほしい、というようなことをヴァイオレットに説明する。
「門か……確かに天界そのものの調査ともなると私たちだけに指示をするはずがない。」
確かにイザベラ様やスカーレット様が必ずついてくるだろう。
「ついていくのはいいが、私は何をすればいいんだ?」
「んー、それは聞いてないね。あ、私を守るという役目とかいいんじゃない?」
「断る。」
即答……ヴァイオレットに守られるほど私も弱くはないけど、それでもヴァイオレットの純粋な強さと比較すれば私は確実に劣っている。だから正直戦闘面は任せたいと思っていた。
「ま、まあ、私もぼーっとつったているわけにもいかないしな。だ、だからそんな顔で見るな!」
私は今にも泣きそうな表情を作り、ヴァイオレットを見つめる。私は貴族たちから買われやすくするためにか弱い表情を作る練習をしていたのだ。ヴァイオレットを騙すくらい容易い。
「わ、わかった。戦闘は私がやるから……」
「本当に!ありがと!じゃあよろしく!」
言質も取ったことだしこれで安全に調査をすることができる。まあ、そもそも私たちの命を脅かすような存在が現れるとは思えないけど。
「お前ってやつは……」
ヴァイオレットはなんか頭を押さえていたが、私は気にすることなクッキーを口に放り込んだ。




