過去編:アシュリー2
「はぁ、はぁ、やっと辿り着いた……」
私たちはグルンレイドの屋敷を飛び立ち、半日ほど飛行したところで止まっていた。かなりのスピードで飛んできたので思ったよりも疲れた。
「だらしないぞ?」
なんでヴァイオレットはこんなに元気なんだ……。魔力密度は私の方が上だから飛行魔法を唱え続けることに関しては私の方が有利であるはずなのに。
「訓練が足りないな。」
やはりそもそもの肉体が違うのだ。ヴァイオレットは龍族で私は人間。体力や気力の基準が違う。
「わ、わかったから静かにして ……」
息を整えながら周辺を観察する。ご主人様から言われていたのは大陸と極東の間の上空、ということだけだった。私は初めて極東という場所にきたが、王国やグルンレイド領とはかなり違った風景が広がっていた。
「見たところ周辺には何もないようだが……」
私の観測魔法にも反応はない。極東の上空はここだけではないので移動しながら観測魔法を広げていくしかないだろう。
—
少し違和感を感じる場所を見つけた。
「どうした急に止まって。」
ヴァイオレットが周囲を見渡している。確かにぱっと見何も存在しない場所のように見えるが、私は確かに違和感を感じたのだ。
「何かがある……」
私はじっくりと目を凝らしてあたりを見渡す。私の出せる最大限の観測魔法を使用し目下に広がる雲を見てみると……柱?いや、門だ!
「ヴァイオレット、こっち!」
私は降下して微かに見えた門の近くへと移動する。
「本当に見えたのか?私にはさっぱり……」
「絶対にあったから!」
雲の上にあるはずのない建造物が確かにあったのだ。
「あ!ほら、やっぱりあった!」
「おー本当だ。」
さっきまでは何もなかった場所だったが私がはっきりとそれを“見る“と、その門は姿をあらわしたようだ。
「これで目的は達成、早速グルンレイドの屋敷に……」
「天界に何ようかしら、人間ども。」
そんな声が聞こえた。
「誰っ!」
私はそちらを振り向くが、そこには姿はなかった。
「アシュリー気をつけろ。」
「言われなくても。」
私たちは魔力障壁を強化し、警戒体制をとる。
「どこだ!」
「こっち。」
そちらを向いた瞬間、面前には半透明な顔があった。
「うわっ!」
私はその場から距離を取るように離れる。ヴァイオレットも距離をとりつつ剣に手をかけた。
「もう一度聞く。目的は何?」
「……この門の調査。」
そう答えると半透明の存在は私の目を覗き込むようにこちらを見つめる。人の思考を読むような魔法は使われている様子はないが、なぜか心を読まれているような気にさせられる。
「嘘じゃないようね。……じゃあこの門の存在を知ったとして、天界に何かようなの?」
「……別に、何もしない。」
「これも嘘じゃない。」
思考は読まれていないはずだ。しかし半透明の存在は私の心を完全に読んでいるような話し方をする。
「まず、貴様は誰なのだ。」
ヴァイオレットが口を開く。確かに見ず知らずのやつに律儀に答える必要もないので、初めに聞くべきだった。
「私は天界の門を守護しているもの。名はミクトラ、種族は霊族。」
これが霊族、初めて見た。
「それであなたたちは?」
「私はヴァイオレット、グルンレイドのメイドだ。」
「アシュリー、同じくグルンレイドのメイド。」
天界の門を守護しているということは聖族の味方ということだろうか?
「別に、聖族のためにここを守っているわけじゃない。」
っ!やっぱり読まれている!?一体どんな魔法を……。
「魔法というよりは特性かしらね。」
……対処法がわからない以上、目的は達成したし早くここを離れた方が賢明だろう。
「ヴァイオレット帰るよ。」
「わかった。」
私はヴァイオレットに声をかけ、この場を離れようとする。
「待ちなさい。この門の存在を知ったものをみすみす逃すと思う?」
「さっき何もしないと答えたはずだけど。」
「“今“何もしないからと言って、今後何もしないとは限らないでしょ?あなたに命令した存在も気になるし。」
わたしたちを止める理由はなんであれ、邪魔をしてくるのなら排除をしなければいけない……。
「私たちをどうするつもり?」
「捕らえて殺す。口封じではこれが一番確実でしょ?」
「それじゃあ私に命令した存在を知ることはできない。」
「始末してる間に心を読めばいいから問題ないわ。」
正直戦いたくはない。霊族という存在はあまりにも情報が少なすぎるし、天界の門を守護しているということも気になる。一旦グルンレイド領でご主人様に報告し情報を整理してから出直してきたい。
「けど逃がしてくれない以上」
「戦うしかないな。」
私たちは剣を構える。
「大人しくすれば痛みもなく殺してあげるのに。」
「誰が黙って殺されるか!はあっ!」
ヴァイオレットが魔力をまとった剣でミクトラを切り裂く……が、半透明の体は剣の影響を受けることなくそのまま素通りしてしまった。
「その程度の攻撃は私には当たらない。ファイアーアロー」
炎の矢が飛んでくるがヴァイオレットは剣で弾き返す。
「魔力をまとっている剣、面白いわね。普通であればその剣は熱で溶けているはずよ。」
相手の攻撃力は決して弱くはないが、驚くべきほど強いものでもない。しかし問題なのはどうやって相手にダメージを与えるかだ。
「アイスアロー!」
私は氷の矢を放つが、ミクトラは避けようともしなかった。……またもや体をすり抜ける。
「ふっ、もはや時間の問題ね。ヒートボール」
「華流・剪定」
ヴァイオレットが剣で火の玉をかき消し、そのまま切りかかる。
「華流・一線」
が、何度やっても同じのようだ。くっ、やはり私たちの力では逃げるしか選択肢はないのか。そう思い私はこの場所から距離を取るように動く。
すると
「どこに行くの?」
そのような声が耳元で聞こえた。
「っ!」
さっきまでヴァイオレットと戦っていたはずのミクトラが私のそばにいたのだ。空間魔法!?
「んー厳密には違うけど、そんな感じ。」
「心を、よむな!」
私は短剣に魔力を込めて切り掛かるが、当たらない。これでは私たちがどれほどの速度で逃げようとも、魔力を辿って時空間魔法を使用されればすぐに追いつかれてしまう。一体どうすれば……。
「ヒートボム」
耳元でミクトラの声が響く。まずい……。
「バニッシュルーム!アシュリー!ぼうっとするな!」
しかし爆発する前にヴァイオレットの魔力拡散結界によってかき消された。
「ご、ごめん。」
どうすれば私たちは勝てる。相手を戦闘不能にしようにも攻撃が当たらない、逃げようにも時空間魔法で追いつかれてしまう。そして不幸にも私たち二人は時空間魔法が使えない。イザベラ様やスカーレット様さえいてくれれば……あの二人がここにきてくだされば勝てる?私は一つの考えを思いつく……できるかわからないが、やるしかないだろう。
「ヴァイオレット、一瞬ミクトラの注意を引いてくれる?」
「わかった。
「何かしようとしてるのに止めないわけないでしょ?」
ミクトラは私が何かしようとしていることに気がついたのか、私に狙いを定めてくる。
「おい、こっちだ。」
っ……私ですら魔力酔いをしてしまうほどの高密度な魔力がそこにあった。ミクトラも一瞬この空間の変化に気を奪われたようだ。
「華流奥義・」
「これは少し危ないかもね。」
危ない?ダメージを与える手段があるということ?いや、今はそれを考える時ではない。
「消えろ!極一刀!」
周辺の時空を歪めながらヴァイオレットの剣が振るわれる。
その光景をよそに、私は全力で自分の魔力を解放させる。ただし魔力密度は薄く、圧縮ではなく拡散させるように。観測魔法とはすなわち魔力同士の結びつきだ。結びついてしまえば距離などは関係なくなり、そこに精神魔法を乗っけてとばすことも容易となる。
私の魔力は薄く、そして細く、ただ一点を目指してものすごいスピードで伸ばす。届け……。
『イザベラ様!力を貸してください!』
『アシュリー、ですか?』
『緊急事態です!私の魔力を辿って……』
くっ……限界だ。あまりの距離に私の魔力が形を保っていられなかったようだ。だが伝わったはず……これでイザベラ様がきてくれなければ私たちは生きて帰れないかもしれない。
「はぁー少し危なかったかもね。」
「はぁ、はぁ、私の全力だぞ……。」
息を切らしているヴァイオレットとは対照的に、とても元気そうなミクトラが宙に浮いていた。
「人間にしてはすごいと思……」
その瞬間時空が歪んだ。
「大丈夫ですか二人とも!」
「イザベラ様!」
「アシュリー!一体どういうことだ!?」
ヴァイオレットが驚いているが無理もない、この距離でメッセージを飛ばすことなど常識的に考えて不可能だからだ。ま、私は天才だからできたけど。その後ろからもう一人やってくる……ご主人様!?
「一体緊急事態とは……ほう、これが天界の門か……。」
そう言ってすぐに天界の門に目がいく。ご主人様、確かに門は確認できましたが今はそれどころでは……。
「また増えたな人間。」
「ふむ?誰だ貴様は。」
「私はミクトラ、天界の門を守護している存在。」
ミクトラはこれだけ私たちの味方が増えても特に慌てる様子などはなく、淡々と状況を把握していた。
「私の名は、ジラルド・マークレイブ・フォン・グルンレイドだ。守護とは素晴らしい。確かにこれほどの美しい門を守護するものもなしに放って置けないだろう。今後も続けろ。」
「はぁ?そのつもりだけど、あなたは守護者から排除される立場ってことをわかってないの?」
ぎろりとイザベラ様はミクトラを睨んだ。……まずい。イザベラ様が怒ると私たちでは止められない……。
「私は単純に天界を見てみたいという探究心だけだ。滅ぼしに行くというわけでもないのだが?」
「信用できるわけ……」
「私の言っていることが信用できないと?」
ご主人様の魔力密度が濃くなっていく。大気が歪むほどのエネルギーは止まることを知らずに、さらに濃くなる。
「な、何よ……この魔力。」
「貴様が私の邪魔をするというのならばそれでもいいのだ。」
私はあまりの魔力密度に視界がぼやけてくる。隣にいるヴァイオレットを見ても、とても苦しそうな表情をしていた。
「二人とも、私の後ろへ。」
それを見かねたメイド長が私たちに近づき、魔法障壁を展開してくれた。そのおかげで私たちの周辺の魔力密度はかなり薄まり、だいぶ楽になる。
「新たな天界の行き方を探す必要があるのが難点だな。」
「……だから、ここから逃さないって、言ってるでしょ。」
「そうか、そういうことなら仕方がない。」
そういうとご主人様は異空間から杖を取り出す。っ……ご主人様が魔法を唱える!
「アシュリー!ヴァイオレット!」
「「はい!」」
イザベラ様の声に私たちが応える。その意味は全力で魔法障壁を展開しろということだ。私たちもご主人様との訓練の時にその威力は身に染みているから動きはスムーズだ。
「超級第二位魔法・アトムヴェール・絶唱」
イザベラ様は私たちを包み込むように防御魔法を唱える。これほど厳重な防御魔法を展開して、ご主人様の攻撃の“余波“を防ぐのである。
「霊族は全ての攻撃を無効化すると聞いたが、本当か確かめてみるとするか。ファイアーアロー・絶唱」
「う、嘘……っ」
ミクトラの恐怖に歪む表情が一瞬だけ見えた気がした。しかしその光景も眩い光と灼熱の炎によってかき消された。
「はぁ、はぁ、喉が、焼ける……」
「喋らない方がいいよ。ヴァイオレット」
全力で魔法障壁をはって、さらにはイザベラ様に守ってもらっているにも関わらず、肌がひりつくように痛い。大気中が振動し、急激な温度上昇により爆風が巻き起こっていた。魔法一つが、まるで災害……。
「ば、かな、こんな人間が……いる、わけ……」
ミクトラ!あんな攻撃を受けても、やはり霊族だからか外傷は全くなかった。しかし何やら様子がおかしい……。
「ほう、霊族は高密度の魔力にあてられるとこうなるのか。」
よく見ると全身が痙攣していて、うまく体を動かすことができていないようだった。今のミクトラの状態は空中を浮遊しているというよりは、制御できずに漂っているという感じだ。
「アイスロック・絶唱」
「あぁぁっ!」
今度はミクトラの右腕を凍らせる。私の予想に反してミクトラはすんなりすり抜けることはなかったが、徐々に腕の位置をずらせてはいるようだった。
「やはり貴様の体を構成しているのは精神エネルギーのようだな。面白い実験ができたことに感謝する。」
「や、やめ……助け……て……。」
「アイスロック・絶唱」
ミクトラの全身が氷に閉じ込められた。完全に時が止まってしまったかのようにミクトラも動かなくなる。半透明の体がこの氷の塊とマッチしてとても幻想的なものに見えた。
「さて、天界の門の場所も確認できたし、帰るとするか。アシュリー、ヴァイオレット、ご苦労だった。」
「は、はい、ありがとうございます……」
確かに場所を見つけたのは私だが、最終的にご主人様の手をわずらわてしまったから決して完璧だったとは言えない。
「この霊族はどう致しましょう。」
イザベラ様がそう尋ねていた。
「屋敷に持ち帰るとするか。こやつの力は使える。グルンレイドに仕えるというのであれば生かしておく価値はあるかもしれないな。それを拒むのであればもう一度凍らせ、私の部屋にでも飾っておくとしよう。」
「かしこまりました。」
従わなければ氷漬けのまま部屋に飾るなんてどう考えてもおかしいのだが、イザベラ様はなんの疑問も持たずに頭を下げる。まあ、私たちにとっては見慣れた光景だ。ヴァイオレットも特に疑問を持たずにその会話を聞いているようだった。
「アシュリー、この場所を記憶しておけ。」
「かしこまりました。」
「イザベラ」
「はい。超級第三位魔法・ヨグ・ソトース」
そうして私たちは無事にグルンレイド領へ帰還することができた。




