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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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天界16

ーーミクトラーー


私が守護するはずの天界の門は、いったん考えなくていいとイザベラ様に言われた。

だから今は誰も守護していない状態だ。私はグルンレイドのメイドたちに続いて、魔界の門へと移動することになった。


人間界を経由して魔界の門までたどり着くと、そこにはビクトリアがいた。


「マーク!無事か!」

すぐにマークに駆け寄っていく姿は、少しかわいいと思ってしまう。子供のような外見に加えて、行動まで子供のようだ。元魔王という肩書きがなければ、ただの妹にしか見えない。


「……マーク、貴様、なんじゃその力は。」

「それは後で話す。」

さすが元魔王、マークの変化にすぐに気づいたようだ。マークの体から溢れ出している聖力は、天界にいた時よりもさらに安定してきている。神の力を完全に自分のものにしつつあるのだろう。


「ヴィオラもその目、変わったの。」

「それも後で話すから。」

そう言ってビクトリアも加え、魔王城へ向かう。


久しぶりの魔界だが、この瘴気は霊族である私にとってはかなり辛いものだと改めて思う。

私は肉体を持たない。魂そのもので構成されている存在だ。だからこそ瘴気の影響を、他の種族よりもずっと強く受けてしまう。肉体という殻がないぶん、外界のエネルギーが直接魂に触れてくるのだ。

今はメアリーに特別な魔法障壁を張ってもらっている。おかげで瘴気に当たることなく移動できた。メアリーの障壁はいつも精密で隙がない……とは言えないが、その圧倒的な魔力密度で抜け漏れをカバーしている。


「お待ちしておりました魔王様。」

魔王城に着いた時、マークに向かって一人の魔族がそう言った。


「だからそういうのはやめてくれ、カタルスさん。」

マークがそう答える。この魔族はかなり親しげだが、他の魔物たちはまだ私たちを警戒しているようだった。人間と魔物の間には、まだ距離がある。


「カタルスさん、魔物たちは受け入れてくれたか。」

「最初は戸惑っているようだが、若いものを中心に交流を深めているものも出ている。ほれ。」

手のかざされた方を見ると、アイラとディアナが魔物たちと遊んでいるのが見えた。大きなオオカミのような魔物の背中に二人で乗って、キャッキャと笑い声を上げている。


「あいつら……。」

「まあいいではないか。遊ぶのも子供の仕事だ。それと、あのような偏見もない広い視野で世界を見ることができる存在は貴重だ。」

いい子供たちではないか、とカタルスは付け加えた。確かにその通りだと思う。あの二人には、人間だとか魔物だとか、そういう区分けがない。目の前にいるものが面白いか面白くないか。それだけで判断している。子供だからこそできることだが、大人が失ってしまったその感覚は、きっとこの世界に必要なものだ。


「これから一時間後に、真実の間へ集合してください。一時解散します。」

イザベラ様の声が、魔法のメッセージとして全員に届いた。この城にいる全てのグルンレイドのメイドたちに同時に送っているようだった。


一時間後。

真実の間への集合の前に、私とコトアルはご主人様の元へと呼ばれた。


「コトアル、本日より魔界の門の番人を解任する。」

「ど、どうしてでしょうか!」

コトアルが慌てた様子で返事をする。何百年も守り続けてきた役目を突然解かれるのだから、驚くのも無理はない。


「コトアル、お前はもう半永久の命ではなくなった。」

「……そう、ですね。」

確かにもうコトアルはただの機械ではなくなったのだ。太陽の光さえあれば半永久的に活動することができたあの頃とは、全く違う。今のコトアルには心がある。涙を流し、痛みを感じ、人の温もりを感じることができる。

それは素晴らしいことだが、同時に、無限の時間を門の前で過ごすことはもうできないということでもある。


「だが、そう落ち込むことはない。今度はその力を、お前に命を与えた存在のために使うのだ。」

「それは……。」

「マークに仕えろ。」

コトアルが驚いた表情を見せた。虹彩の周りの光が大きく揺れる。しばらく考えた末に、コトアルは口を開いた。


「よ、よろしいのでしょうか。私はこの力を授けていただいた方のために使いたいと考えていたというのも、事実です。」

やはりご主人様はすごい。コトアルの心の中を、一番簡単に読み解いてしまう。マークが聖力を与え、ヴィオラが神眼を授けた。その恩に報いたいという気持ちが、コトアルの中にあることをご主人様は最初から見抜いていたのだろう。


「無論だ。」

「ありがとうございます。私の全力をもってマーク様……ご主人様を支えます。」

再び頭を下げた。

ご主人様、という呼び方が変わった。今までジラルド様のことをご主人様と呼んでいたコトアルが、マークに対してその呼称を使った。それは小さな変化のようでいて、実はとても大きな変化だ。


「そしてマークだが……。」

ご主人様がニヤリと笑みを浮かべた。珍しい表情だ。


「魔王であり、神である存在など、この世に存在しないだろう。実に面白い。マークにはこれから多くのことをやってもらうことになりそうだ。グルンレイドと聖族の橋渡しなどをな。」

「それは素晴らしい考えかと。」

イザベラ様がそう同意する。

マークも大変ね……。まあそれだけの実力があり、周囲からも認められているということだろう。体に気をつけて、頑張っていただこう。まあ私は体を持ったことがないから、そのあたりの苦労はよくわからないけれど。


「それで魔界の門の守護だが、ミクトラ、お前に任せたいと思うのだが、どうだ。」

「問題ありません。私は毎日のように魔界の門を見て、コトアルの仕事を覚えていましたから。」

ご主人様の問いかけに対して、私はすぐに答えた。


「えっ、どういうことですか?」

コトアルが目を丸くする。


「言った通りよ。あなたのエネルギー供給のために開けた穴から私は見てたわ。」

コトアルがまだ完全な機械だった時のエネルギー源は太陽光だ。それは魔界の門付近には全くないものなので、常に太陽が見える天界の門付近の空間とつなげて、太陽光を確保していた。私が数年かけて開けた、あの半永久の時空の歪みだ。


「で、ですがこちらからは天界の門は見えなかったのですが……。」

「逆光って知ってる?」

「あ……。」

なんでも計算できる頭脳を持っているはずなのに、たまに抜けているところがあるのはなんでなのだろうか。それも計算で算出しているの?


「楽しかったわよー?あなたが一人で挨拶の練習をしていたのも、笑顔の練習をしていたのも丸見えだったんだから。あとたまに鼻歌なんか……。」

「なっ……なあぁぁぁ!」

「な、何するのよ!あ、危ないから!」

コトアルが私につかみかかってきた。半透明の私の体をすり抜ける――はずだった。

しかし、コトアルの手は私の肩を掴んでいた。触れている。

確かに危ないのだが、コトアルに触れることができるのは、ちょっと嬉しいとも思ってしまった。今までは何百年もすり抜けてしまっていたのだ。隣にいるのに触れられない。そんな時間がずっと続いていた。


コトアルの手は温かかった。機械の冷たさではなく、生きているものの温度がそこにあった。


「二人とも、ご主人様の前です。」

イザベラ様から声がかかった。


「申し訳ありません。」

「す、すみません。」

私たちはすぐに取っ組み合いを止めた。

以前のコトアルも「恥ずかしがる」という反応をしていた。しかしどこか不自然な感じだった。プログラムされた反応パターンだと、私にはわかっていた。


今は違う。顔を真っ赤にして、心の底から恥ずかしがっているのが伝わってくる。挨拶の練習や笑顔の練習を見られていたことが、本当に恥ずかしいのだ。

こういうところからも、コトアルが変わったのだと実感する。


「ミクトラよ、お前にかかる負担について知りたい。」

ご主人様が私にそう問いかけた。


確かに単純に考えて、仕事量は二倍になると言ってもいい。天界の門と魔界の門、二つの守護を一人で担う。ただ、その仕事量が少ない場合は、二倍になったところでなんら問題はないのだ。


「負担はほとんどないと思われます。人間界から天界に、天界から人間界にやってくる存在などごくわずかです。その中でも悪意を持って侵入してこようとする存在など、ほとんどいません。」

「魔界もそのような感じでした。」

コトアルも付け加えた。


「天界の門から魔界の門までの移動は、私が数年かけて開けた半永久の時空の歪みを利用すれば一瞬です。」

今まではコトアルに太陽光を届けるために開けていたあの歪みだが、これからは私の移動手段として使用することになる。あれを開けるのにかかった労力は少なくないので、無駄にならなくてよかった。


「そうか、それならいい。不満があったらいつでもいえ。」

「かしこまりました。」

現在の待遇に不満があるはずがない。まあ人間や魔族、聖族など普通の種族にとっては、寝床や食料がない分この役目は大変かもしれないが、私はそのどちらも不要だ。眠ることもないし、食事をとる必要もない。基本的に魔力さえあれば生きていけるのだ。


「それでは契約は成立だ。スカーレットにはお前から声をかけろ。」

「かしこまりました。」

私たちは頭を下げて部屋を出ていく。

普通、グルンレイドのメイドたちの報酬は不自由のない衣食住とお金だ。しかし私はそのどれもが必要ない。だから報酬として「スカーレット様の魔力」をもらっている。


あの方の魔力は、なんというか……すごい。見た目も美しいが、魔力も美しいのだ。純白の髪にふさわしい、澄み切った魔力。それを少しだけ分けてもらうことが、私の報酬。贅沢すぎるくらいだと、自分でも思っている。


---


「なんか、すみません。」

廊下を歩いていると、コトアルがそう呟いた。


「何謝ってんの?」

「結果的にミクトラの仕事が増える形になってしまって……。」

「はぁ、あんたが気にする必要ないの。増えた仕事量だって誤差みたいなものだし。」

本当に何も気にする必要がない。コトアルは新しい存在へと生まれ変わり、新しい生活を始めようとしている。それは喜ぶべきことだ。


ただ一つ。

懸念点があるとすれば、例の時空の歪みからコトアルを覗き見できなくなったことくらいだろう。

あの暗い地下で、一人で門番をしていたコトアル。誰もいないと思って挨拶の練習をしていた姿。不器用に笑顔を作ろうとしていた姿。そしてたまに、機械のくせに鼻歌を歌っていた姿。


もう見られない。残念だけど、仕方ない。


「まあ、たまに顔出しなさいよ。」

「は、はい!」

コトアルが元気よく返事をする。その声は、以前よりもずっと明るかった。

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