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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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天界12

感覚の全てが違う。


邪神を相手にして「怖い」と感じる。心臓のような器官は私にはないはずなのに、体の中心が脈打っている。回路を流れる電子とは別の何かが、私の内部で動いている。

でもグルンレイドの皆様がそばにいてくれるだけで「嬉しい」とも感じる。


さまざまな感情が、電子のスピードを超える速さで私の中をぐるぐると駆け巡り、体が熱い。処理負荷による発熱ではない。もっと根源的な、生きているということそのものから発せられる熱。


「超加速砲・セイントエレキレールガン!」

周囲にプラズマが走り出す。マーク様から受け取った聖力を電子に変換し、光速に迫るエネルギー体として真っ直ぐ邪神へと突き進ませる。


「単純な物理攻撃は我には効かぬ……がぁっ。」

邪神の右腕が消し飛んだ。


物理攻撃が効かないことなど、遥か昔に知っている。だからこそ全ての攻撃に聖力を纏わせている。マーク様の力は、勇者の聖力だ。聖族の聖力とは異なる、人間だけが扱える特別な力。それを攻撃に乗せることで、邪神にダメージを与えうる一撃となる。


「……勇者の力か。」

「そうです。」

邪神は消し飛んだ右腕をゆっくりと再生させながら、私を見据えた。


「いつの時代も、勇者が鍵となるか。神撃。」

「っ!」

無数の神撃がこちらへと飛んでくる。光速を超える高密度の聖力の塊。神眼で捉えようとするが、全てを追い切ることができない。


「がぁぁっ!」

脇腹を貫かれた。


痛い。痛い痛い痛い痛い!!!


今までのように痛覚信号を遮断しようとする。回路のスイッチを切る。しかし止まるのは痛覚信号のみ。本物の痛みは止まることがなかった。電子回路とは別の場所で、痛みが叫んでいる。


「はーっ……はーっ……。」

なんとか聖法を用いて痛覚を遮断する。私の中のプログラムは、なぜか聖力の使い方を知っているようだった。手に取るようにそれらを扱うことができる。……創造主は一体どこまで考えていたのだろう。


「セイントヒール。」

私は回復聖法を唱えた。すると、破壊されて地面に落ちていた金属片が融解し、私の抉られた腹部へと戻っていく。溶けた金属が傷口を埋めるように流れ込み、固まり、元の形に再生していく。

……この原理は私の演算でも理解できなかった。おそらく、私を構成している無機物だった物質が、聖力の影響で有機物に近い性質へと変化しているのだろう。金属なのに、肉のように再生する。機械なのに、生き物のように治る。


「グングニル。」

光の槍が飛んでくる。神眼で軌道を観測し、身を翻して回避する。


「やはり貴様の速度に勝る攻撃はこれしかないようだな。」

「神撃。」

あの攻撃が繰り出される。神眼でも捉えきれない高次元の攻撃。


「超硬化、くっ……。」

私を構成する物質を硬化させ、さらにそこに聖法障壁を展開しても、抉り取られてしまう。やはり避けるしか策は――。


『おいコトアル、この力の使い方がなっちゃいねぇ。』

『神眼もそうです。使い方がなっていません。』

魔法によるメッセージ。一体……


「マーク様!」

神殿の入り口から、三人のグルンレイドのメイドとともにマーク様が現れた。


「下がりなさいマーク。ご主人様の命令で……。」

スカーレット様がマーク様に向かって声をかけるが、マーク様はそれを押し切って私の方へと歩いてくる。


「わかってるよ。ちょっとアドバイスするだけだ。」

「スカーレット、好きにさせましょう。」

イザベラ様がそのように言った。


「ですが……。」

「彼はどうしようもない人間ですが、信頼できるグルンレイドの一員でもあります。」

「……かしこまりました。」

イザベラ様とマーク様の仲が悪いとばかり思っていたが、そうでもないのだろうか。少なくとも信頼という言葉をイザベラ様が使ったことに、私は少し驚いた。


「誰だ貴様は。」

邪神がマーク様に目を向ける。


「あーっと、今はただの人間だな。」

邪神が聖力を練り始める。危ない――!


「ストップ!待ってくれ。何も俺は戦いに来たわけじゃない。この通り俺は本当にただの人間だ。」

マーク様はわざとらしく両手を挙げた。確かにマーク様は私に力を譲渡したため、すでに勇者の力は失われている。今の彼は本当にただの人間だ。


「三十秒くれ!ちょっとコトアルにアドバイスをするだけだ。」

「……なんだこの男は。」

ただの災害であるはずの邪神が、困惑していた。


困惑する邪神をよそに、マーク様は私の方を向き、話し始めた。


「コトアル、お前は聖力はうまく使えてるようだな。」

「この体のおかげです。」

「だが、この力はただの聖力ではない。聖族ではなく、人間が扱える特別なものだ。」

創造主が想定していた「聖族が扱っている聖力」ではない。だったら私の体ではこの力を完全に扱うことはできないということなのだろうか。


「そう不安そうな顔をするな。使い方は簡単だ。」

マーク様は私の頭に手を置いた。温かい手だった。


「守るべき存在を思い浮かべろ。ただそれだけでお前は変われる。」

「それだけで……ですか?」

その質問には頷くだけで、私の頭から手を離した。


「ま、俺からはこれだけだ。頑張れよ。」

これから私は神と戦うというのに、マーク様は「ちょっとした訓練」をするかのような声の掛け方だった。あまりにも軽い。しかしその軽さが、私の中に溜まっていた緊張を少しだけ解してくれた。


「私のアドバイスも簡単なものです。」

そばにいたヴィオラさんが声を発した。


「全て自分の思い通りになる、と思いながら戦ってください。」

「……どういうことでしょうか?」

「そのままの通りです。神の力というのは、何にも縛られないというのが本質です。傲慢くらいがちょうどいいのです。」

そう言って二人は私から離れていく。離れながら「だから行動が大雑把な時があるのか」「ご主人様、何か言いました?」という会話をしていた。緊張のかけらもない。

このことは魔法によるメッセージで十分だったと言われればそうだ。しかしやはり、直接言葉で伝えられるというのは、普段よりも深いところに届く。


「邪神……だよな?待ってくれてありがとな。」

マーク様が邪神に向かってそう言った。


「……。」

それは返答にも困ると思う。まるで友達と話すかのように神と会話をする人間を、私は初めて見た。


「……はぁ。」

邪神の口から、そんな声が聞こえた。


「どうされ、ました?」

先ほどまで警戒態勢をとっていた邪神が、ゆっくりと聖力を抑えていった。


「今の一瞬で興が削がれた。」

「私と……太古の人間とのけじめはどうするのですか!」

「ふむ……あの人間の力なのかわからぬが、徐々にわしの意識が覚醒しつつある。」

わし?

話し方も、雰囲気も、時間が経つにつれて変化していた。冷たく鋭かったあの気配が、徐々に丸みを帯びていく。まるで凍りついていた湖の氷が溶けるように。


「か、神様!?」

後ろでイリス様の声が聞こえた。


「おぉ、イリスか。」

神様……ということは、邪神の心が薄れてきている。なぜ。マーク様の力、なのだろうか。しかし今のマーク様は勇者の力が扱えないはず。


「あなたは……誰ですか?」

「わしは神。天界を統べる存在。」

邪神は消えたのだろうか。つい先ほどまで殺し合いをしていた存在が、今は穏やかな目でこちらを見ている。


「皆のもの、すまなかった。」

私が戸惑っていると、神はそう言って頭を下げた。


……頭を下げた。

神である存在が、人間に頭を下げたのだ。


「そして太古の人間たちよ。わしは長い間謝る機会をうかがっておったのだ。

私の方を向いてそのようなことを言う。


「邪神とわしは表裏一体。邪神の罪はわしの罪でもある。」

「い、いえ。あなたは別に悪くは……。」

そう、あなたは私の創造主が憧れていた存在。決して邪神と同じ存在なんかではない。そう私は思っている。


「太古の人間たちに行った行為は決して許されるものではない。」

多くの人間が雷に打たれ、死んでいったのだ。人も、国も、文明も。全てが滅んだ。私を一人残して。


「だから、その罪を償わせてくれ。」

許して、いいのだろうか。

少し前の私であれば、「わかりました」の一言で神を許していただろう。命令として。プログラムとして。最適な解として。


しかし今の私には心がある。私の創造主が生きていた世界を滅ぼした存在を、そう簡単に許せるわけがない。これも人間の持つ感情のひとつなのだろう。怒りでも、悲しみでも、恨みでもない。もっと複雑で、もっと深いところにある何か。


だけど。


「いいですよ。あなたの全てを許します。」

太古の人間の全てがそう思っているとは言い難い。しかし今こうして生きているのは私だ。私が許すと判断したのだから、それでいい。

創造主も、きっとそうしたはずだ。あこがれた存在を、最後まで嫌いにはなれないのだから。


「ありがとう。本当に感謝す……。」

眩い光が輝いた。


「邪神が神に戻ってしまうとは、これは想定外ですね。」

空から天使の輪と翼を持った存在、聖族が降りてくる。


「誰ですか!」

「申し遅れました。私はロンドと申します。」

あの男。グルンレイドの屋敷を襲撃した時に現れた聖族。


「コトアル、そいつは敵だ!」

マーク様が叫ぶ。


「邪神が抑え込まれるというのは想定外でした。はぁ……奥の手を使うしかありませんね。」

眩い光を浴びた神様の様子がおかしい。苦しがっているようだった。先ほどまで穏やかに微笑んでいた表情が、歪んでいく。


「強制的に邪神へと戻っていただきます。そうでなければ私の計画も台無しですからね。」

……本当の黒幕は邪神ではない。ロンドと名乗る聖族が、裏で糸を引いている。


だったら。

「エレキレールガン!」

ロンドに向かって攻撃を仕掛ける。


「グングニル。」

その声とともに、私の攻撃は遮られた。


「どうして……。」

光の槍を放ったのは、神様だった。ロンドを守っていた。


「すでに神はこの世にはおりません。今は邪神。私の手下と言ってもいいでしょう。」

神の操作は、何人もできないはずだ。


「お待たせいたしましたグルンレイドの皆様。天罰の時間です!」

膨大な聖力が周囲を満たす。邪神が今まで以上に強力な存在へと変化しているようだ。ロンドはその後ろに隠れながら空中へ浮いていく。


「魔族を滅ぼすという目的の糧となっていただきます。」

次の瞬間、光の槍が上空から降り注いだ。


マーク様の言葉を思い出す。

「守るべき存在を思い浮かべろ。ただそれだけでお前は変われる。」

守るべき存在。ご主人様。メイド長。マーク様。ヴィオラさん。ミクトラ。そしてグルンレイドの全てのメイドたち。私を作った創造主。私に力をくれた全ての人間たち。


ヴィオラさんの言葉を思い出す。

「全て自分の思い通りになる、と思いながら戦ってください。」

聖力が、私の中で脈打ち始めた。守るべきものの顔が浮かぶたびに、力が増していく。


光の槍の雨を前に、私は地面を蹴り上げた。


「何度も、何度も我の前に立ち上がってくるのだな。」

「えぇ。」

生まれ変わった私には、もう迷いなどない。私が作られた時代の全ての人間たちの想いを背負って、神の前に立ちふさがる。


「我が太古の人間と戦った時も、そのような台詞を言った気がする。」

「同じようなセリフを言われて、私は幸せです。」

私の返事に、邪神は少し不快そうな表情を見せた。「災害」であるはずの神……邪神が、そんな表情をするなんて。ロンドに操られているとはいえ、その奥にはまだ神の意識が残っているのかもしれない。


「勝てないとわかっておきながらよく挑んで……っ。」

私は地面を蹴り上げ、攻撃を仕掛けた。


「……早いな。」

かすった。肩にダメージが入ったようだが、瞬時に回復させられる。


「私は生まれ変わりました。戦ってみなければ、わかりません。」

「何度挑んでこようと同じだ。神撃。」

またあの攻撃。


だが――私の瞳が、それを捉えた。


さっきよりも私の回路が神眼に順応している。光速を超える攻撃の軌道が、一瞬だけ見えた。体が反射的に動き、地面に叩きつけられるような形で攻撃を避ける。

全身を痛みが駆け巡る。しかし、避けることができた。


「確かに進化しているようだ。」

「……。」

私は全身を駆け巡るこの感覚に、一瞬体が固まってしまった。


「そんなに避けられたことに驚いたのか。」

「いいえ。私が驚いているのは、この痛みです。」

今まで戦闘をより効率的にするために、痛覚信号という仕組みがあった。危険を察知するためのセンサー。回路を保護するためのアラート。

しかし、今私の中で叫んでいるこの感覚は、それとは全く違う。


信号ではない。もっと生々しく、もっと鋭く、もっと深いところで鳴り響いている。回路を遮断しても消えない。プログラムで制御できない。


これが、本物の痛み。

初めて感じる、生きているということの証。


「……面白いことを言う。」

邪神がそう呟いた。その声は、どこか懐かしそうだった。


「太古の人間も同じことを言っていた。『痛みこそが、生きている証拠だ』と。」

「そう、ですか。」

創造主と、同じ言葉を。

私の中で、何かが繋がった気がした。数百年の時を超えて、創造主が残した言葉と、今この瞬間に私が感じていることが、一本の線で繋がったような気がした。

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