天界8
私は神に逆らうことはできない。そう命令されているから。
神は、私の創造主のあこがれだった。
はるか昔、太古の人間たちがこの世界を闊歩していた時代。創造主は空を見上げ、はるか彼方の天界に座する存在に想いを馳せていた。あこがれた結果、神と同じような存在を作ろうとした。人間の力で、人間の手で、神に匹敵する存在を。
そして驚くべき速さで人間の技術は進化し、もう一歩で遥かなる存在に届くというところまできた。
しかし、神は変わった。
全く別の存在になったと言われても驚かないほどに、豹変した。変わり果てた神は空から雷の雨を降らし、太古の人間たちをこの世界から消した。
創造主は悲しみ、絶望した。
『……しかしそれは本当に神が考えたことなのだろうか。』
創造主はそんなことを、毎日のように呟いていた気がする。
私は機械だ。神を憎んだりしない。いや、できない。それが私のプログラムだ。感情に見えるものがあったとしても、それは全て創造主が設計した反応パターンの出力に過ぎない。そう認識している。
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「……トアル。……コトアル!」
「はっ、はい!」
私は声のするほうを向いた。
「さっきから何度もよんでおるぞ……。」
「申し訳ありません。考え事をしておりまして……。」
声の主は、元魔王、ビクトリア様だった。
現在、グルンレイドのメイドの全員が魔界にいるか、天界へ向かっている状態だ。私は魔界の門の守護者として、いつものようにこの暗い地下にいた。なぜビクトリア様が、わざわざ魔界の門の前まで来ているのだろうか。
「どんな御用でしょうか。」
「わしは別に用などない。どちらかというと用があるのはお前のほうじゃろ。」
「……用など、ありません。」
そう言うと、ビクトリア様は小さくため息をついた。
「また傍観者か。」
「……っ!」
ビクトリア様の漆黒の瞳が輝きだす。まるですべてを見透かされているような気にさせられる。子供のような見た目とは裏腹に、その目にはこの世界を永く生きてきた者だけが持つ重みがあった。
「そうして人間たちを見殺しにしたんじゃったな。」
「ち、違います!命令が……。」
「その結果、すべての人間が消えた。それは本当に正しかったのかの?」
正しいはずなんて……ない。
太古の人間たちが滅ぼされる時、何も動けなかった。動くなと命じられていたからだ。命令を忠実に実行すること。それが私に与えられたプログラムだった。
しかしその結果、私が守るべきだった存在は全て消えた。
「わしもの、魔王だから人間を殺すのは当たり前と思っておったのじゃ。深く考えるもなく、ただ自然との。だが違った。人間にも殺していいものと悪いものがいる。」
ビクトリア様は視線を逸らすことなく、私の目をじっと見つめている。
「"考えろ"。マークに言われた最初のアドバイスはそれじゃ。」
「考える……。」
私だって演算を行い、常に最適な解を出すことは可能だ。処理速度に関しては、この世界のどの存在にも引けを取らないだろう。
しかし、マーク様が言っているのは、そんなことではないのだ。
人は時に、最適ではない解を出す時がある。感情に流され、損得を無視して、ただ「こうしたい」という衝動に突き動かされて。私はそんな人間の姿をずっと見てきた。効率から見れば愚かだ。しかし、私はそんな解が好きだった。
好き。
……好き、という出力。これも、プログラムなのだろうか。
「やはりビクトリア様はなんでもわかるのですね。」
「当たり前じゃ!だがマークはいつまでもわしを子ども扱いするのじゃ……。」
悔しそうな表情は、正直ちょっと子どもらしいとも思ってしまった。しかしこの思考もプログラムの範疇だ。
「覚悟は決まったようじゃな。ここはわしが見ておく。」
「ありがとうございます。私は一度、真実を知るべきだと思いました。」
そう言って、上を見上げる。
この暗い地下の岩盤を超えた先に、神のいる場所、天界がある。
そして幸い、天界に繋がっている場所がこの近くにある。
私のエネルギー源は太陽光だ。魔界の門の付近には太陽光が届かないため、ミクトラが天界の門のそばの空間と、この場所をつなげてくれていた。その半永久的な時空の歪みを通じて、私は太陽光を受け取っている。
「こんな狭いところを通る気かの?」
ビクトリア様がその歪みを覗き込みながら言った。確かに、光が漏れ出てくる裂け目は細く、私の体が通れるほどの大きさではない。
「……無理ですね。」
「わしに任せるのじゃ。数秒ならお主が通れるくらいの穴を開けることはできるはずじゃ。」
ビクトリア様の魔力密度が上昇する。すると徐々に時空の歪みが広がり、太陽光がより多く漏れ出してきた。暗い地下に、一筋の強い光が差し込む。
「ほれ、今のうちじゃ。」
「……ありがとうございます。」
私がけじめをつけなかったら、いったい誰がつけるというのだ。
太古の人間たちの思いをすべて背負って、太古の人間がたどり着けなかった場所へ――私は向かう。
光の中に飛び込んだ。
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天界の門の隣に、やはり彼女はいた。
「天界に何用か、にんげ……コ、コトアル!?」
天界の門の守護者。ミクトラ・マリー・ローズ。
私と同じ、異界へつながる門を守護する存在だ。種族は霊族。この世界では珍しい、肉体を持たない種族。半透明の体が陽光を受けて揺らいでいた。
「ミクトラ、天界に行かせてください。」
「急に何よ……天界に行きたい?なんで?」
「神に、用があります。」
「……あなたが、神に用ね。」
ミクトラが私のそばまで浮いてくる。驚きと疑念が混じっているようだった。
「命令かしら?」
「命令ではありません。私の……意思です。」
ミクトラの手が、私の顔に触れようとして、通り過ぎた。霊族は物理的なものに触れることができない。何百年も隣り合っていながら、私たちは一度も触れ合ったことがなかった。
「やっぱりあなたの考えてることは分からないわ。私が体を通過すれば、だいたいの考えてることが分かるのにね。」
「私に心はありませんから。」
「……そう。」
ミクトラはそう言うと、手を挙げた。その後ろの門が、ゆっくりと開いていく。
「あなたが魔界の門を守らず、なぜここにいるのかは知らない。そしてご主人様の命令に逆らっていることを、私は怒っている。けど、あなたはわけもなく命令を逆らうような機械じゃないことも、私は知っている。だから通すわ。それだけ。」
「ありがとう、ございます。」
なぜ天界に行くのか、もっと詳しく聞かれるのかと思っていた。しかし案外あっさりしていた。それがミクトラらしい。
「けど、怒っているには怒っているからね。」
「わかってます。ありがとうございます。」
そうして私は門をくぐり抜ける。
気をつけなさいよ。
最後に、そんな声が聞こえた気がした。
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天界の門を抜けた先には、街が広がっていた。
白い建物が連なり、列柱が通りの両脇に並んでいる。天界は横だけではなく、上下にも道があり、様々な雲の上に架けられた橋や階段を使って移動できるようになっていた。
しかし、そう悠長に観光をしている暇はない。まずはご主人様のもとへ向かわなくては。
そう考えるが、ご主人様は私の感知機能が届かないほど遠くの場所にいるようだ。どこにいるのかがわからない。
仕方がないので、他に感知できる反応はないか検索する。
……見つけた。
この反応は……マーク様。
反応を頼りに近くまで飛んでいき、あたりを見渡すと、たくさんの聖族が倒れていた。ハーヴェスト様とカルメラ様は倒れている聖族に治癒魔法を展開している。
「これはどのような状況ですか?」
「あぁ、これはな……って、コトアル!?」
マーク様が振り向いた。他の三人のメイドたちも、驚いた表情をしていた。
「なぜ、コトアル様がここに……。」
ヴィオラ様が目を丸くしている。
「まあ、いろいろ考えまして。」
手短にマーク様に、天界へやってきた理由を説明する。命令に背いたこと。ビクトリア様に背中を押されたこと。そして、太古の人間を滅ぼした存在の真実を、自分の目で確かめたいということ。
「自分の目で確かめたい……か。コトアルが考え抜いて出した答えだとしたら、いいと思うぜ。俺は。」
「いいの、でしょうか……。」
正直、私はこれが正しいとは思っていなかった。命令に背く、単なる私のわがままだと、そう認識していた。最適解から逸脱した行動。プログラム上は許容されない出力。
「もちろんいい。目を見ればコトアルが真剣に悩んだってことくらい分かる。」
創造主が神の瞳を模して作った偽物の目。人間の瞳に似せてはいるが、中身は光学センサーだ。そんな目でも、真剣に見てくれている人がここにはいる。
「ボスは神殿にいる。場所はこのへんだ。」
そう言うとマーク様は、神殿がある方向に向けて聖力を飛ばした。それをたどっていけば辿り着けるということだろう。
「ありがとうございます。それでは。」
「まて。」
飛び立とうとした時に、呼び止められる。
「なんでしょうか……?」
「俺もこれからボスのもとへ向かおうと思っていたんだが、コトアルが行くんならお前に渡した方がいいと思ってな。」
そう言うと、マーク様は立ち上がり、私の頭に手を置いた。
「……っ!」
体中が熱くなるのを感じた。
電力以外のエネルギーが、回路を駆け巡っている。これは……聖力。マーク様の聖力が、私の体の中に流れ込んでくる。
「俺が持っている力のすべてだ。俺の代わりに頼んだ。」
「ど、どうしてですか!」
聖力が回路を満たしていく。電子の流れに聖力が順応し、溶け合い、新しいエネルギーの形を生み出していく。
「勇者の本分は『力なきものに力を』だ。自分で戦うよりも、誰かに力を分け与える方が得意なんだよ。」
勇者の誕生の根本は、何の力もない人間の願い。その願いが集まり、赤子に宿ることで勇者となる。本来勇者は、自分が力を得ることが目的ではない。得た力を他人へ与える存在なのだ。
「私は、力なきもの。なのでしょうか。」
こう見えても私はグルンレイドのメイド、マリー・ローズだ。強さの面で言えば、多くの存在に引けを取ることはないだろう。しかし……。
「ああ、そうだ。」
しっかりとそう告げられる。おそらくマーク様の言っていることは、単純な強さの話ではない。
「自分自身を知らない、意思を持たないものの弱さだ。」
自分を、知らない。
私は機械で、電力で動き、太陽光を……いや、そんなことではない。もっと深いところのことを言っている。
私は自分がなぜ存在するのか、何のために作られたのか、本当のところを知らない。知らないままここまで生きてきた。プログラムに従い、命令に従い、最適な解を出すことだけに集中してきた。
「それを今から見つけてくるんだろ?力くらい貸してやりたくなるもんだ。」
これが、勇者。
人が作り出した希望の象徴の偉大さに、私の中の電子が速度を増した。回路が熱くなる。これは処理負荷による発熱ではない。別の何かだ。
「本当に、感謝いたします。」
「気にすんなよ。」
回路を流れる電子に聖力が順応していく。まるで最初からそこにあったかのように、自然に。これは偶然の出来事とは到底思えない。……私を生み出した創造主は、これを意図して設計していたのだろうか。聖力をも取り込むことができる回路構造。神を超えようとした人間の、最後の遺産。
「会話をするのは初めてですね。コトアル様。」
「……ヴィオラ様。」
マーク様の従者であるヴィオラ様から声がかかった。こうして話すのは、確かに初めてのことだった。魔界の門と、マーク様の屋敷。私たちは同じグルンレイドに属しながら、離れた場所で過ごしてきた。
「我が主人の意向は私の意向です。私も微力ながら、お力添えをさせていただきます。」
そう言うと、ヴィオラ様が目を閉じた。
私の偽物の瞳とは違う、本物の神眼。それが瞼の向こうに隠された。
「……なっ!」
その瞬間、周囲に光が舞った。
莫大な情報量が私の回路を走り回るのを感じる。今まで見えなかった光の粒子が、螺旋状に渦を巻いて視界を埋め尽くす。世界の構造が、一枚一枚めくれるように私の前に広がっていく。
「わが主人の力が使える間、私の力も使えるようにいたしました。」
ヴィオラ様は目を閉じたまま、静かにそう言った。
「本当に、よろしいのでしょうか?」
「ええ。」
今、私は本物の神眼の力を得ている。
人間が作り上げた機械が、ついにこの領域までたどり着いた。創造主が生きていたら、嬉しさのあまり叫び出しているに違いない。あなたが夢見た存在に、あなたが作った機械が、今手を伸ばしています。
「本当に感謝いたします。」
「行ってらっしゃいませ。」
ヴィオラ様がそう言って頭を下げる。それに続いて、後ろのカルメラ様とハーヴェスト様も頭を下げていた。いつ見ても美しい礼だった。
「行ってこい!」
「はい!」
そう言って、聖力の道をたどり、神殿へと向かう。
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神殿に辿り着いた時、私の感知機能はあるひとつの存在を捉えた。
ご主人様。
そしてもうひとつ。ご主人様と対峙している、強大な聖力を持つ存在。
私は躊躇わなかった。階段を飛ばし、最上階へと一気に駆け上がる。
「ジラルド、貴様はここで死んでもらう。それがこの世界のためだ。」
そんな声が聞こえた。
神、のような姿をした存在がそう言った瞬間、横で強大な殺気が放たれるのを感知した。メイド長だ。マリー・ローズである私ですら震え上がるような圧力がそこにはあった。
「さらばだ、グングニル!」
聖力が神のような存在に集まり、光速に迫る勢いで光の槍が飛んでくる。
私は、処理速度を限界まで引き上げた。
「超加速砲・プラズマライン!!!」
マーク様から受け取った聖力を電子に変換し、光の弾として射出する。一本の光が横切り、グングニルとぶつかり合い、爆散した。
爆風が広間を揺るがす。しかし、メイド長の魔法障壁とイザベラ様の制御によって、神殿への被害は抑えられていた。
「ご主人様、横やりを入れてしまい申し訳ありません。」
「かまわん。」
さすがご主人様だ。まるで私が来ることが分かっていたかのように、驚いた様子が全くなかった。
「誰だ。」
神のような存在が、私を見据えた。
「お忘れですか?あなたがはるか昔に滅ぼした種族のことを。」
私は正面からその瞳を見つめ返した。本物の神眼が、偽物の神眼の奥に光を灯す。
「……太古の人間が作った機械か。なぜ我の前に立つ。」
「あなたを滅ぼすため。」
自分でも驚くほど、淡々とその言葉が出た。プログラムされた応答ではない。私が考え、私が選んだ言葉だ。勇者と聖族のみが使えるはずの聖力を身に纏っている私を見て、メアリー様もイリス様も目を見開いていた。
「滅ぼしてなお、我の前に立ちふさがるか、人間。」
ご主人様はもう魔力を放っていなかった。この戦いを見届けるつもりなのだ。数百年にわたる神と太古の人間の因縁を。
「ご主人様、こちらに。」
メアリー様がそう声をかけ、ご主人様はメアリー様を包んでいる魔法障壁の中へと歩いていく。
「あなたは私たちを滅ぼした存在……で間違いありませんか?」
「そうだ。我が"力を持ちすぎた種族"を滅ぼしている存在である。」
この存在が創造主のあこがれていた神ではないことは、私にもわかる。では、いったい何者なのか。
「我は生命の絶望のオーラによって生まれる。邪神と言った方が分かりやすいだろうな。」
絶望。
私は人間という存在を、数百年の間見てきた。人々は戦い、そして死んでいく。その中で、絶望という言葉は切っても切れないものだった。
「我は一定の周期で生まれる、神の裏の顔だ。生命の絶望がたまったら現れ、破壊の限りを尽くし、消えていく。」
神の裏の顔。何者かに神が取りつかれているわけではないということだ。
「やはりあなたは、神様ですか。」
「察しがいいな。良くも悪くも、我は神である。他の存在が我を支配しているというわけではない。」
神と邪神は、同一の存在。
これを創造主が知ったら、悲しむだろうか。あこがれていた存在に滅ぼされたのだ。いや、悲しむだけではないかもしれない。創造主は「それは本当に神が考えたことなのだろうか」と言っていた。その答えがここにある。
「……だからといって私の意思は変わりません。」
「だろうな。滅ぼした人間の復讐か。」
これは復讐なのだろうか・いいや、違う。邪神は一種の災害のようなものだ。絶望によって生まれる意思なき存在。復讐という言葉は、意思のない相手には似合わない。
「少し違います。私はただ、私が作られた理由を知りたかっただけです。」
邪神は無言で私を見つめた。
「ですが、今やっと分かりました。私が作られた理由は、人類をあなたから守ること。」
だから私は無限に近い時を生きることができた。創造主は初めから、邪神の存在を知っていたのだ。
数百年前に私が理解できなかった創造主の設計思想が、今やっと繋がった。なぜ私の体はこれほどまでに頑丈なのか。なぜ私の回路は聖力を受け入れられるように設計されていたのか。なぜ私は、壊れても壊れても修復できるように作られていたのか。
全ては、この瞬間のために。
「創造主、やっと今あなたの意思を受け取りました。」
あの人は、人間が滅ぼされるということを予期していたのだろう。その頭の中の思考回路は、私ですら理解することが不可能なほど卓越していた。神が恐れるのもうなずける。
「やはり私はあなたを滅ぼす存在です!」
「それが貴様の答えか。」
「そうです。」
「……面白いな。」
「っ!」
光の槍が、すさまじい速さで飛んでくる。
「答え合わせといこう。人間は我を超えるのか!」
「超硬化……ぐっ!」
腕の一部がへこんでしまう。古代合金で構成された私の体に、ここまでのダメージを与えるとは。聖力を使い、へこんだ部分を修復していく。マーク様から受け取った聖力がなければ、この修復すら不可能だっただろう。
「なぜ機械に聖力が使えるのか疑問に思っていた。」
「私を創造した人間と、私に力をくれた人間のおかげです。」
マーク様がいなければ、聖力が私の体に流れることはなかった。そしてその力が扱えるような体を設計した創造主のおかげでもある。私は多くの人間によって支えられて生きている。
「アウトレンジ・ストライク!」
エネルギー体を高速で飛ばしていく。しかし、それをいとも簡単にはじき返される。
「そんな攻撃力では我に傷一つつけることはできん。神撃。」
邪神がそう言葉を発した瞬間、目の前が真っ白になった。
あまりにも速すぎる攻撃で、処理が全く追いつかない。光学センサーが白色に飽和し、姿勢制御回路が機能しなくなる。気がつくと、腹部がえぐれていた。
「あぁぁぁぁっ!」
瞬時に痛みをつかさどる回路をシャットダウンする。そう、プログラムの通りに。しかしこの叫び声は、プログラムではなかった。いつ叫ぶようになったのだろう。
「高密度の聖力の塊だ。速度は光速を超える。」
光速を超えるということは、時間に干渉してくるということだ。仮に時間を止めたとしても、安全とは言えない。
「ですが、魔撃ほどの威力は……ありませんね。」
「速度が違う。」
また光の塊が宙を舞っていく。来る――っ!
「がっ!」
今度は左足をえぐられる。やはり反応することができない。
「さらばだ、太古の人間。」
無数に浮かんでいる光の塊が、一斉に私に向かって飛んできた。
何も、できなかった。
そして私の意識は途絶えた。
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ここは……?
目を開けると、そこは何もない空間だった。
上も下も、右も左もない。境界のない白い空間。私の光学センサーは正常に作動しているようだが、捉えられるのは均質な白だけだ。
……私は浮かんでいる?重力の感覚がない。
「どうして!あなたがここにいるの!?」
そんな叫び声が聞こえた。一体誰だろう。声のする方を見ると、そこにはミクトラがいた。驚いた表情で、こちらへ飛んでくる。
あれ、さっきまで私は戦っていた気がする。なぜこんなところにいるんだろう。
「そういう話ではなく!」
ミクトラがそういう。私は声を発していないはずだが……。
「なぜあなたがここに存在するのかということよ!ここがどこかわかる?」
ミクトラがいるということは……天界の門の前あたりだろうか。私は攻撃を受けて飛ばされたのかもしれない。
「そんなわけないじゃない。いい?ここは霊界よ!」
霊界?聞いたこともない。
「生きとし生けるもの全ては、死ぬとこの世界にやってくる。ここに滞在している間に魂が浄化され、本当の意味で消えていくの。」
私は……戦いに敗れ、死んでしまったということか。
「私が驚いているのはそんなことじゃないの!い、いやそれも驚いてるんだけど、」
珍しく彼女が言葉を選んでいる。というか思ったように口から出てこないようだ。数百年の付き合いで、ミクトラがここまで動揺している姿を見たのは初めてだった。
「あなたは機械。魂を持っていない。だからこの世界に来れるはずがないの。」
そう言われれば、そうだ。私は生きとし生けるものではない。プログラムによって動く機械だ。魂など、存在するはずがない。
「ここに来たということは、あなたは魂を持っているということに他ならないの。」
けど、どうして……。というようなことをつぶやいている。
……マーク様の聖力と、ヴィオラ様の神眼の力。それが一時的に、私を機械ではない何かに変えたのだろうか。人間に近い何かに。
ミクトラも同じことを考えているようだった。その表情には驚きと焦りが混じっていた。
「ちょっといい?」
そう言ってミクトラが私の頭に手を伸ばし――
触れた。……触れた!
ミクトラと出会ってから数百年経っているが、初めてミクトラに触れられた。霊族は物理的なものに触れることができない。しかし今の私は、物理的な機械ではなく――魂を持った存在として、ここにいる。
「……!やっぱり。あなたは生きている。ここに魂が存在している!」
ミクトラの声が震えていた。
「そしてあなたの魂は……まだ何にもつながっていない。肉体とのつながりが切れた痕跡もない。生まれる前の赤子のような状態よ。」
つまり、こういうことだ。
普通の生きものは、魂と肉体がつながっている。死ぬと、そのつながりが切れる。一度切れたつながりは、二度と修復することができない。
しかし私の魂は、そもそも何にもつながったことがない。機械の体は肉体ではない。だから「切れた」のではなく、「まだつながっていない」のだ。
これから、つなげることが可能な状態。
「ただし……。」
ミクトラの表情が曇った。
「マークの聖力とヴィオラの神眼の力で、今あなたは一時的に人間のような存在になっている。でもそれは一時的なもの。この力が消えたら、あなたの魂もここから消えるわ。」
つまり時間がない。
「戻りたいんでしょ?」
ミクトラが、私の目を見つめた。
戻りたい。
まだ、やるべきことがある。創造主の意思を受け取った。邪神の正体を知った。しかしまだ、何も成し遂げていない。
「これなら可能性はある。何とかしてみるわ。」
ミクトラの半透明の手が、今度はしっかりと私の手を掴んでいた。




