二章:4 創教
「……まず、このようなまわりくどい説明になったことについてはご容赦を。
我々カルト宗教は中々世間の風当たりが強い立場にあるものでして」
教祖を名乗る黒い箱が飄々と語り出す。
中にスピーカーでも入れてるのだろうか。
少し割れた音が、逆に緊張感を高めている。
「理解します」
精一杯の返事だった。
「あぁ、宇波は彼女に別室で引き続きプログラムの説明を」
了解しました、と返事をした宇波さんがレンカさんを連れて外に出ていった。
これでただ一人。
黒い箱とマンツーマンになってしまった。
ごくり、と唾を飲み込む。
「さて、質問はどういう団体で、どういう意図で活動しているのか、かな?
疑問にひとつひとつ答えていくとしよう。」
「はい」
知らないうちに丸まっていた背を、改めて伸ばした。
「我々は、新たな共通の『フィクション』をこの世界に広めたいと思っている」
抽象的すぎる。
この手の雲を掴むような話は好きではない。
「教祖自ら、この信仰は嘘だと認めてしまうのですか?」
もう少し態度柔らかくしなければ。
頭では分かっていても、つい語気が強くなってしまう。
状況からくる警戒心がそうさせているのだろう。
「そうしたくないから最初まどろっこしい導入にしてみた部分はあるのだが。
まぁ、ここは不評みたいなので次を考えるとしよう」
話し手の表情が見えないので、余計に身構えてしまう。
「さて、ひとつ、前世で行われた実験を紹介しようか」
「実験……?」
宗教だからこそ、怪しい実証を持ち出してくる。
よく聞く話だ。
「人間の子供とチンパンジーという猿に対して、食べ物が入ってる透明な箱と開閉のための簡単な装置を用意する。
最初はどちらも箱の中身をとることができない」
猿。人類の祖先とされる動物。
和国育ちでもそういった前世知識を学ぶ機会は多い。
モニターでは、人間と猿が映し出されている。
そして透明な箱。
教祖自ら画面を切り替えているとは考えにくいので、裏で誰かが操作しているのだろう。
「そこで、箱の開け方を教える。
ただし、機構上明らかに無駄な手順も混ぜておく。透明なのでその無駄が分かるってわけだ。
結果、人と猿はどちらも箱の食べ物を手に入れることができた」
箱が開き、両方が食べ物を手にするイラストがスライドショーに映しだされる。
「さて問題はここからだ。
この時、どちらかが教えた無駄な手順を省略してみせた。
それは人と猿のどちらだったか? わかるかね?」
ちょっと気になる質問。
パッと思いついた回答は人間だが……
「人間、だと面白みがないから猿が省略したってことですかね」
「その通り。人間の方が賢いから無駄を看破するのだと思いがちだがね」
モニターの猿に安っぽい◯マークが付く。
急造のパワポ感のある資料だ。
「もちろん、人それぞれだろうとか、サンプル数はどうなんだとか、この実験そのものへの懸念はいくつか指摘されている。
それでも、私は猿が省略してしまったこの『無駄な手順』こそ人類の特徴であり、文化であり、社会であると思うのだよ」
教祖を名乗った箱が話を続ける。
「言わば『型』。
そういった無駄や嘘を信じることで、多くの人が団結したり、文化を生み出したり、社会を構成したり。
時には自分より力を持つ種族を滅ぼしたりしてコミュニティを拡大してきたわけだ」
分からなくもない話だ。
だがそれで宗教創立とまでいくのは……
「それで宗教、ですか」
まだ、些か共感できていなかった。
「突拍子もない話に聞こえるか。
では話を少し変えてみよう」
こちらの納得していない声色を察したようだ。
別の木のスライドに画面が変わった。
「挿し木ってわかるかい?」
「木の枝を地面に植えることで、新たな木を作るってヤツですかね」
「合っている。その若さで物知りだな」
歯の浮いたような褒め方だが、さらっと言うので不快感はない。
「この和国はその挿し木なのだよ。
人々の価値観や文化、考え方を形作る元となったフィクションの根は全て前世に置いてきてしまっている」
モニターに映る『和国=挿し木』のスライドがあまりにも安直で少しだけ頬が緩んでしまう。
「挿し木の枝が元の木と性質を同じくするように、技術や社会や価値観は前世と変わらない。
ただ、それでも環境は違う。この和国は外界から隔絶された一種の統一国家だが、この外敵のいない平和に我々の価値観はまだ適応していない」
「つまり?」
「集団での競争のため、集団での成長のため。自己を犠牲にしてでも何かを成し遂げる奉仕の精神。
こういったフィクションはこの平和の世には不要になっている。
集団として優位に立たなければならない相手がいないからだ。
そして、不要と気付かれたフィクションは、猛烈な勢いで解体されていく」
ただ、と話を続ける。
「さきほども言ったように私は人を人たらしめているのはフィクションであると考えている。
新たな地、新たな環境で挿し木が育つには、今一度その根を生やす必要があるのだよ」
スライドの切られた枝から、根っこが生えてくる。
「それなのに、今は根を生やすどころか合理化のもとに解体している。
皆、人であることを捨て、猿になり果てようとしているのだ」
「フィクションの大元、その根っこが宗教であると」
「その通り!」
顔をあげて画面を見た後、視線を黒い箱に戻した。
不気味だったスピーカーの音声が、いくらか人間のものに聞こえてくる。
少なくともスピリチュアルパワーを説かれるよりは理のある内容に思えたのだ。
「フィクションは集団を強くして個人を抑制する傾向があった。その集団が強く大きくなるには必要なことで、生存に有利だったからだ。
これが解体されるということは、人々は自益を追求するようになり、個々が孤立していく」
話が少しだけ見えてくる。
ただ、その流れに抗わなければならないと思うほど、僕は強烈な信念や正義感のある人間ではない。
「それはそれで良いものである、と考えることはできないのですか?」
「そこで! 更に問題になるのが『人が快適に生きる為の仕組みが、ほぼ自動化されている』ことだ」
その反論も想定済と言わんばかりの畳み掛けだった。
「ただ餌が運ばれてくる中、目指すべき大義は自らの手で解体済で、個々は孤立している状態。
人類はこの環境で、檻の中の動物のように生への意欲と楽しさを見失っていく!」
その証拠に!とスライドが切り替わる。
魔界へ出た人数を示すグラフ。
「魔界行き希望者や自殺者は年々増加している。
転生者数と出生者数を合わせても、それ以上に和国人口は減少中だ。
挿し木の切り口が乾ききって腐る前に、前世から引き継いだ価値観を再編集し、この地に合った新しい信仰の根をはやさなければ!」
顔は見えないが、途中からはかなり熱の入った様子だった。
一通り語り終えたのだろうか。
箱が黙った。
こちらの反応を待っている。
なるほど、よく考えた哲学なのだろう。
そういう思想の人はいてもいいと思うし、仕事相手としては悪くないかもしれない。僕が入信することはないけど、共に――
「少なくとも自分はそうではないからピンとこないです。
夢や目的を持って活動していますし、毎日楽しく過ごしています」
出た言葉が肯定と真逆なことに自分で驚く。
僕は何をしている?
「……とてもいいことだと思う。
そういう活力を後押ししたいがために作った宗教だし、若いうちはサンタを信じれるものだからね」
少しだけトゲのある言い方でかえしてきた。
言わんこっちゃない。これから仲良くやっていくのだから、早く弁明を――
「僕の夢や目的もサンタのようなものだと?」
もはや思考と口が分離していた。
「……どうかバカにしたと思わないで欲しい。
人にサンタを信じ直させるのがこの宗教の目指すところだから」
スライドはもう長い間、更新されていなかった。
もはや教祖様のアドリブなのだろう。
「小さい頃は皆、漫画やアニメの世界をまるで現実のように感じることができる。
でも、歳をとればとるほどこの感覚は薄れていくなという実感はないかい?」
「……あります」
だから、なんだというのか。
「それは徐々に現実社会で広く浸透しているフィクションにも適用されるんだ。
加齢と共にそうなっていく。
社会や規範、道徳やマナー、国家、信念といった突き詰めればフィクションでしかないもの。実体や強力な論拠を持たない全てが徐々に解体されていってしまう。
バーチャルストリーマーを目指す君が想像しやすいものだと……そうだな」
一息、溜める。
「活動が上手くいかなかった時」
「活動内容や現実が思ってたものと違った時」
「歌で世界を変えるなんてたかが知れてると知った時」
「金と名声だけあっても、何の面白みにも繋がらないと気付いた時」
「これやるの自分じゃなくて誰だっていいんだと気付いた時」
「活動の数年目にしてこれは自分が夢に見ていた姿ではないと気付いた時」
「活動が落ち目になり自分のファンがめっきり離れて、誰かの暇つぶしでしかないことに気付いた時」
「自分のやりたいことをより上手く実現する、どうしても敵わない人が出てきた時」
「自分に求められているのはクリエイティブではなく、流れ作業を消化する顔役を務めることなのだと気付いた時」
「活動にどこか抱いていた神秘性と無限の可能性が、日常と化してテンプレに埋め立てられた時」
「成功したけど、競争を勝ち抜く努力の過程と山登りが楽しかっただけで、頂上で過ごす数十年は平静かつ何かの繰り返しで、何の面白みもないと気付いた時」
「一つ一つのちょっとした『思ってた感じじゃない』現実が、人からサンタを奪っていくのだよ」
長い長い列挙。
自分の真の夢は声優だが、それでもその未来の一つ一つは強い現実感をもって想像できた。
「……それでも、前向きに活動されている方は沢山います」
だけども、自分はそうならない。
そんな自信があった。
なぜなら自分には夢への熱意と、声優へのリスペクトが——
そこまで考えて、ふと気付く。
それらがまさに、加齢と共に解体される、彼らが維持しようとしている、実体を持たないなにがしかなのではないか。
「こういった現実に摩耗しきった最後の最後、彼らを支えるものの正体こそ、私は『信仰』と名付けたい。」
「信仰?」
「『これが誰かの笑顔のためになり、その笑顔は尊いものである』
『家族のために人は尽くすべきで、自分が稼ぎ頭として身を粉にして働くことで彼らの未来を守っている』」
「突き詰めて考えていけば別に科学的裏付けも何もない。
つまりのつまりは過去の時代遅れの宗教だの文化だのから湧いているもの。
環境か、教育か、はたまた漫画やドラマの創作物か、
そういったものに影響されながらそれまでの人生で育ててきた、内なる何がしかから発生する感情論や根性論!」
凡人でも、夢をあきらめたくないからここにいる。
そんな自分に、彼らの活動はどこか近いものなのではないか。
聞いているうちに、そんな気さえしてきた。
「それこそ、我々が最も大事にしたい『信仰』なのだ」
途中からはほとんど相槌も打たずに聞いていた。
ここまで聞いて、さっきの拒絶の正体がわかってしまう。
話をもう切り上げて仕事相手として付き合おうと『拒絶する自分』を上回る、反論をぶつけることで『色んな話を聞いてみたかった自分』。
僕は、新興宗教などというどうしようもなく怪しい団体の教祖の話に、どうしようもなく興味を惹かれてしまったのだ。
「そういう『根の張り直し』のような解決は、揺り戻しとして自然発生するものなのではないでしょうか。
わざわざあなたが先頭をきって教祖とならなくてもいいのでは?」
「神の啓示があったのだよ。あなたがやりなさいと」
ここまで話を聞いた上での『神の啓示』には、それ以上何かを聞く気が起きないほどの説得力があった。




