二章:5 創教
「生意気にどうもすみませんでした」
改めて、深く頭を下げた。
「ぜひ、協力させて下さい」
僕の心は決まっていた。
この人たちと、活動をしてみたい。
「本当かい? それは我が教団の信徒になると受け取っても……」
「もちろんです」
次の瞬間、やったーーーーーとレンカさんが扉から飛び込んできた。
説明係の人もそのあとに続く。
「だーからウチ言ったじゃん。最初からこっち話した方がいいって」
「しょうがないっすよ。まずは神様の方から話さないと。
ネタばらしから入ったら信仰として成り立たないっす」
こいつらっ……!
ちょっと可愛いかもとか、ワンチャン目を覚まさせようとか思っていた。
そんな自分の愚かさに、腹が立つを通り越して笑えてくる。
よくよく考えたら怪しいなんたらの常套手段だ。
「あぁ、勘違いしないでくれたまえ。
ちゃんと公募して、ちゃんと女性役の応募者がレンカ君しかいなかったのじゃ」
遅れて入ってきた偉そうな小人はズケズケと思考を読んでくる。
気恥ずかしいやら、悔しいやら、いたたまれないやら。
「こんなに可愛いイラストなのにねー。絵師さんどこで見つけてきたの?」
「和国芸術大学の友人にこの話をしたら大変面白がってくれてな。
これはそのツテじゃな」
一気に緩くなった空気に戸惑うが、不思議と居心地は悪くなかった。
ただ、これから何をしていくかは聞いていない。
説明会を中断させて話の腰を思いっきり折ってしまったのは僕なのだが。
改めて、聞かなくては。
「そういえば、バーチャルストリーマーとして活動するにあたって、こういう展開を目指してるとかあれば聞きたいのですが」
おそるおそる尋ねると、小人がテトテトと前に出てきた。
「ここからはワシが説明役を代わろう。
布教戦略を教主直々に話させるのは些か趣きがないからのぅ」
しししと笑い、さてと改まる。
「どうも、Charivariじゃ。
シャーリでよい。大学で教授をしている」
さすがは教職者か。見た目は小さいが、周囲に話を聞かせる力がある。
浮ついた空気がキュッと引き締まった。
「ん? 茶がぬるくなってしまっておるな。
一度お茶を汲みなおそう。少し伸びをするといい」
そういえば、と用意された紙コップのお茶を見る。
まだ一度も手をつけていなかった。
ぐいっと一気に飲み、お代わりの温かい一杯をもらう。
伸びをすると、座りっぱなしで凝った体が少しほぐれた気がした。
※ ※ ※
「まず、我々の直近の目標から話そう!
それはズバリ!」
シャーリさんが、びしりと指を立てた。
「ズバリ?」
「宗教法人の設立じゃ」
開幕から、聞き馴染みはあるが全く身近にはない単語が出てきた。
「名前は聞いたことあります。
税金がかからないということしか知りませんが」
「そのあたりは正直どうでもよい。
宗教法人化の申請が通るということは、社会的な価値を国に認めさせることができたということじゃ。
どちらかといえばそっちに重きを置いておる」
「お遊びじゃない形まで持っていきたいなって話から、じゃあ宗教法人まずは目指すかーって流れだと思ってもらっていいっす」
「わかりやすーい」
……レンカさんは素でこういう性格なのか。
「ありがとう、宇波君。
さて、では和国に宗教法人として認められるにあたってクリアすべき条件とは何か。それが……」
・教義、教典がある
・指導者がいる。また、その後継者がいる
・儀式を行っている
・信者を教化している
・開放された礼拝施設を有している
パッと宇波さんがプロジェクターを操作して、内容を映し出していく。
「……これじゃな。和国のほとんどのルールにいえることじゃが、前世のルールが適用されておる。
車輪の再発明を防ごうというわけじゃ」
改めて見ると、確かに全てを実現できれば宗教が形になるような気がする。
「達成目標についてじゃが、指導者とその後継者はどうにでもなる。そして礼拝施設の準備は最後になるじゃろう。
なので儀式、教義、教化。
まず形にするのはこの三要素となる」
「儀式、教義、教化……」
人生にはおよそ縁がないと思っていた言葉ばかりだ。
「教義については丁度今作成中じゃ。後で今回のフィードバックを反映する。
バーチャル事業で担当するのは儀式と教化の方じゃ」
「儀式?」
「教化はわかりやすい。宗教を教えて広めるだけじゃからの。
さて、では儀式とはなんなのか」
さすがに講義し慣れている。
一人でバンバン進めていくが、退屈ではなかった。
「まず儀式の本質についてじゃが、一説によると『トランス状態に入ること』とされている」
「トランス状態……」
もうオウム返ししかできない。
馴染みのない言葉がポンポンと出てくるし、話がどこに着地するかも全く読めない。
「言ってしまえば、エンドルフィンだのなんだのの脳内物質をだすことで、人は神秘を感じやすくなるというわけじゃな」
シャーリさんが自分の頭をトントンと叩く。
「笑う、歌う、踊る、運動する、いい物語を聞く、いい音楽を聞く。
一体感を感じる。何かを喪失する、苦しみを感じる、恐怖を感じる、恋愛する。
儀式の全部が全部というわけではないが、こういった行動で脳を刺激して脳内物質を分泌させるものが多い」
確かに、聖歌隊だの苦行だの。
自分の浅い知識でパッと思いついた宗教的行為は、だいたいここに結びついている気がした。
「ワシはここに、宗教が長く受け入れられ、続いた理由もあると思っておる。
要するに娯楽でありエンタメだったのじゃよ」
「それでバーチャルストリーマーが儀式枠を……」
ようやく、さっきの話にも少しだけ合点がいった。
「そう!」
レンカさんがビシッとこっちを指さしてくる。
「オフイベでみんなで歌ったり踊ったりもやりたいけどね。ネットの方が手軽だしまずはそっちかなって」
レンカさんはそういうの確かに好きそうだ。
「ゆくゆくは作品制作にも取り掛かりたいが、我々にはそれらを制作する資産も人手もない。
今は、『歌ってみた』や『ゲーム実況』といった、既存作品を消費することでコンテンツの力にタダ乗りする。
バーチャルストリーマーとして既存のエンタメカルチャーに馴染み、拡散力を手に入れることを目指す」
これは本当にさっきまで壮大な思想を語っていた教祖様と同じ団体の話なのか。
寒暖差で風邪ひきそうだ。
「最終的には、その辺の娯楽を消費していることと同じぐらい、宗教している時間が楽しい状態を目指すのじゃ」
立てた指を振りながら活き活きと語っている。
この教授もまさにその渦中にいる、ということなのだろう。
「ま、それで国に儀式と認めてもらえるかは怪しいっすけど、結局人を集めることができたら後はどうにでもなるっす」
さすがに全部が上手く行くとは思っていなかったが、そう『信じて』活動することはきっと楽しいと思った。
ただ、と一つ懸念が頭に浮かぶ。
というより、これは、応募時からの不安。
「応募しておいて変なことを聞くのですが、バーチャルストリーマープロジェクトってそんなに上手くいきますかね」
最悪うまくいかなくても、声優になるためのいい練習になる。
そう思っていたから受けたのだが、こうなってくると話が変わってくる気がした。
ただ、自分の不安感をよそにシャーリさんはふふんと自信ありげにしていた。
この教授、表情豊かでみてて飽きない。
「食っていかなくても、よいのじゃ。
よって、一般的な成功ラインから我々は目標を遥かに引き下げられる。
まずは視聴者五十人。一宗教の講演と考えれば十分すぎる人数じゃろう。
本気の努力でとれる人数だと思っとるが、本気でやらないといかない人数じゃ」
なるほど、と頷く。
かなり小さな目標に聞こえたが、現実的な目標を提示してくれたので逆に燃えてくる。
「儀式枠に入る理由は分かりましたが、そもそもバーチャルにした理由はなんだったのです?
インターネットコンテンツにも色々ありますし、顔出し配信者でも良かったわけですし」
聞きながら、先ほどいれなおしてもらったお茶を飲む。
紙コップごしに伝わる程よい熱が心地よい。
「リアルの人間が宗教感を全身に漂わせながら活動している絵面を想像したまえ。
一般人には近寄り難い印象にどうしてもなってしまうじゃろ? その点、バーチャルならばイメージがだいぶ緩和されるってわけじゃ」
「未来人とか、ゾンビとかなんでもありっすからね」
確かに、実写とデフォルメキャラならえぐみはだいぶ変わってきそうだ。
それに、とシャーリさんが続ける。
「配信という形式も宗教と相性が良い。さっきのエンドルフィンを思い出してくれたまえ。
そこそこ笑いも起きるだろうし、コメントを打てば一体感も得られる。いい音楽も物語もコンテンツ次第で提供可能じゃ。
ガチ恋だなんだとしてくれればさらにエンドルフィンが出て、それで無意味にスパチャ等贈ろうものなら喪失を補填しようとさらに快楽物質が出る!」
スライド役に徹していた人も、ここで話に入ってくる。
「更に! 我々にはプロジェクトを進めることに決めたある秘策があるっす!」
「というと?」
三人の語る熱に合わせて、自分も少し前のめりに聞いてしまう。
「ASMRじゃ」
「……?」
「ASMR。
耳元で囁かれると、本当に吐息が耳にかかっていると錯覚するそうじゃ。
立体音響で録音することでリアルなサウンドを体験できる。」
ふふんと得意げにこちらを見ながら、ASMRとはなんぞやという分かりきったことを解説してくる。
そんなことは知っているのだ。
「実在するカルト宗教の説法をASMRで聞く。
脳内を変な物質で満たすのに実に効果的だと思わんか?」
「分かりました。
これ、もしかして思ってたよりバカな話ですか?」
「荒唐無稽の極みじゃよ。
今更気づいたのかね?」




