二章:2 創教
仕事を辞める連絡をいれてから三週間。
引き継ぎ業務は殆ど終わらせたので、ここ最近は余っていた休暇を使いつつ近くの大学図書館に通っていた。
目当ては『前世インターネット』。
この国で使用が許可されている代表的な転生能力の一つで、図書館のような公共施設で一般に開放されている。
こうした能力を一般に提供する方法はいくつかある。
不特定多数が利用する場合は、国から提供される『能力石』を利用するのが一般的。
近くにいる間、その能力を使えるようになる。
前世の情報を写したミラーサイトなので、有料サービスは基本的に利用できないし、前世に関与することもできないものの、調べ物には困らない。
今度ミュウトに会った時にもう少しちゃんとした話がしたかったのと、ちょっと宗教に興味が湧いたのと。
(もっとも、辞めるまではやりすぎたと後悔しながら、次の仕事関係の情報探しにあてていた時間がほとんどなのだが)
ミュウトからの、怒涛のぶちギレメッセージ連投を見た時は肝が冷えたが、
平謝りをし、次回は高い肉を奢ることで許してもらえることになった。
……こちらも金はあまりないのだが、まぁ機嫌が直るようなら何よりだ。
調べ物をして、疲れてきたら休憩スペースでお茶を飲み、また調べ物をする。
平日からこんな長時間利用する人は少なく、何時間も居続ける顔ぶれは、俺と、もう一人よく見かける女学生ぐらいだった。
さっき、「最近いつもいるね」と休憩スペースで話しかけられた。
少し会話をしたのだが、どうやら大学四年生で卒論をまとめている最中らしい。
大学院への進学も決まり、ほかにやることがないので、早めに片付けてしまいたいのだそうだ。
当然こちらについても聞かれたので、
「俺を預言者であり神とする宗教を創立しようと思っている。これは設立にあたっての細かい下調べだ」
と回答しておいた。
信徒募集中なのでどうだ? と聞いたら、笑ってはぐらかされてしまったが。
図書館の閉館時間まで調べ物をして、スマホのメモと印刷物を持って帰る。
前世を調べて、次の仕事までの繋ぎとして良さそうだと思ったのは、
『はじめてドラゴンを見た転生者の反応』
『ここがすごい! 転生者から見た和国のいい所五選』
この辺りの動画投稿だ。
既に誰かがやっているのは見た事があったが、改めて前世での供給量を見るとまだまだ需要はありそうである。
……などと考えていた帰り道、不意打ちで声をかけられた。
「あの~、すんません」
「はい?」
二十代後半ぐらいの男だ。
なんの用だろうか。
「さっき、『神を自称している男性から宗教に勧誘された』って生徒が話をしてたんっすけど」
なるほど、不審者の話か。
まったくもってけしからん奴というのはどの世界にもいるものだ。
「ひどいやつもいたものですね」
「この子、見覚えないっすか?」
見せられたスマホの写真は、なんとあの図書館にいた女学生。
いよいよ許せない。
見覚えもなにも、ついさっき話をしたばかりだ。
内容はええっと……
『信徒募集中なのでどうだ?』
「はい、見覚えあります」
一気に声が萎む。
「あなたのことで間違いないっすか?」
「……いや、それは」
「詳しい話は中で伺うので、ちょっとついてきてもらえないっすか?」
大学の構内での宗教の勧誘は禁止。
前世のおぼろげな記憶の中でも聞いたことのあったような気がするフレーズだ。
生きた心地がしないやら、申し訳ないやら。
逮捕された犯罪者なんかもこんな気持ちなんだろうか。
俺はただ、うなだれて連行されていくことしかできなかった。
※ ※ ※
案内されたのは、窓のない小部屋。
窮屈な空間が、否応なしに緊張感を高める。
扉が閉まると、廊下の音が聞こえなくなる。
防音性の高い部屋特有のピシッとした空気感。
ここにいるのは
図書館の女学生と、俺を連れてきた男と……
「あぁ、これが例の」
ちょこんと座っている小さな女。
小柄、というよりは子供のようなサイズ。そういう種族なのだろう。
椅子に座った足が、床に届いていない。
高めの声だが、口調には不思議な威厳と落ち着きがある。
「はい、教授。丁度図書館から出てくるところだったっす」
俺を連れてきた男が答えた。
助手なのだろうか?
目の前の小人が、こちらを向いた。
小柄ながら圧というかオーラがある。
……この何一つ言い逃れできない状況がそう思わせるのかもしれない。
「さて、どういった経緯で布教活動に至ったのかお聞かせ願えますかな?」
全く表情が読めない。
なんであんなことを口走ったのだろうかという後悔。どう言ったら弁明できるのかの釈明案。
この二つが頭の中でグルグルとまわっていた。
「いや、ホントすみません」
「謝罪は、よい。
理由をお聞きしたいのじゃ」
淡々と詰められる。
「えぇと……」
こうして、しどろもどろに、このようなことになってしまった経緯をなるべく詳細に説明することとなった。
何かやらかした時に最も有効な弁解方法は、正直に話すこと。
前世の父の教えだ。
「――なるほどのぅ、勢いで仕事を辞めてしまったので、仕事を探しつつ宗教の作り方や考え方について調べていたと」
ミュウトのくだりは人にあまり言いふらすものではないのでそこを省いたのだが、ただのヤバい奴になってしまった気がする。
いや、実際俺はヤバい奴なのかもしれない。
納得してくれただろうか。
何を考えているのか今ひとつ表情からは読みにくい。
「証拠となるような……メモとかあるかのぅ?
調べ物を書き留めてたものとか、その宗教の構想とか」
「えっ? あ、あぁ、あります! あります!」
急いでカバンからメモ帳を取り出す。
まとまってないアイデアを人に見せるのは黒歴史ノートを晒すに等しい行為。
だが、この時の俺は弁明以外のことは考えられなかった。
「……ふむ」
教授が眼鏡を取り出し、丁寧にページをめくっていく。
地獄のような長い静寂。
読み終わると、無言でメモを渡す。
今度は助手が読む。
「……」
「どう思う?」
「……もうちょっと読ませてください」
いったんめくったページを戻す。
気まずい時間。
机の傷をじっと見つめ、ただ時が過ぎるのを待つことしかできない。
「……どうじゃ?」
「そうっすねぇ」
パタンとメモ帳を閉じると……
「かなり面白いっす」
「同感じゃ」
ん? なんて?
顔をあげると二人してニヤニヤ笑っている。
「ど、どうも」
全く想定してなかった反応に、きょとんとしてしまった。
こっちが警察を呼ばれることすら覚悟していたのだ。
「いやはや失礼。
まず、大学構内での宗教の布教活動はご遠慮いただきたい。
冗談だろうとなんだろうとルールはルールなのでね」
「ほんっとうにすみません」
気付くと女生徒までメモを読んでいる。
「そして、もうひとつ」
指を立て、小人がシシシと笑う。
悪い顔。
「この宗教の立ち上げ、ワシにも協力させてもらえないだろうか?」
「……はい?」
多分、俺が全身でハテナマークを表現していたのだろう。
小人は胸に手をあてて自己紹介を始めだした。
「申し遅れた。ワシの名前はCharivari。シャーリで通っておる。
この大学で前世人類学の教授を務めていてのぅ。
この宗教創設の話、面白いから是非噛ませて欲しいのじゃよ」
後から知ったのだが、この女学生と助手と教授で「自称神様がいるらしい。そんな狂人滅多に会えるものではないぞ」と大盛り上がりし、話を聞いてみたかったのだそうだ。
おかげで心臓が縮みあがった。
が、なんにせよ、幸か不幸か、こいつとの出会いによって我が妄想は一気に軌道に乗ることになる。
「……ねぇ、これやりたい!」
女学生がメモのひとつを指さしていた。
「あっ、いいっすね。似合ってるんじゃないっすか?」
俺を連れてきた助手も反応する。
「返答は今すぐでなくてもよい。
付き合わせてしまったお詫びも兼ねて場所を移してもう少し話そうじゃあないか。
どうじゃ? ご馳走するぞ?」
上目遣いがあざとい。
口元も笑っている。悪い顔。
さっきまでの神妙な面持ちがもしわざとなら、大した役者だ。
「話だけなら」
全く予想をしていなかった流れに、頭には「タダ飯が食えるなら」としか浮かばなかった。
イエーイと女生徒が手を出して、助手が合わせてハイタッチしてる。こいつら仲いいな。
「近いとこだと、魚楽亭なら個室で長時間いけるっすよ」
「ウパーさすが。奢ってね、センセー」
「君達も来るのかのぅ?
特にレンカ君はよく考えたまえよ?
ことがことじゃ、新興宗教に共に入信しようなどとはワシの口からはとてもとても誘え……」
「奢ってね!」
こいつら、全員立場違うのに仲いいな。
結局この後、飯を食いながら宗教構想について喋り、朝まで飲み、すっかり意気投合することとなった。
大人が四人も集まって本気を出せば、どんな計画もそれなりに実現可能そうなものにはできるのだと感心したものだ。
ただの絵空事だった宗教創立計画は、こうして形になっていく。
ここで改めて、三人を紹介しておこう。
教授、Charivari
助手、宇波
女学生、レンカ
全員、今後の活動で大きく役に立ってくれる人たちだ。
ん? どっかで見た名前がいるって?
では、朝凪の採用説明会に話を戻すとしよう。




