一章:1 天啓
今日も無意義な一日だった。
ここのところ、自分の人生を毎日大根のようにすりおろしている感覚に襲われている。
別に、生活が苦しいわけではなかった。
まぁまぁの職にはつけたし、衣食住にも困っていない。同期の困難を思うと自分は幸運に恵まれていたと今でも思う。
既に二世三世が息づいているこの世界で、ほぼ移民である我々のような転生者の立場は決していいものではなかった。
仕事に不満があるわけでもない。
配属された商品開発部はうちの花形だし、別にキツくもないので早めに帰ることもできる。
こちらの世界にもすぐ馴染めた。
もっとも、価値観も文化水準も前世とあまり変わらない。
法はほぼ前世と同じで、魔法や能力も国の規制のおかげで実生活ではほとんど使われない。
どちらかといえば、馴染むのに苦労する要素の方が少なかった、というのが正確だろう。
(文化水準がほぼ前世と同じなのは、前世の知識があるので追いつくのは早く、他国との競争がないので発展は遅い、というのが一般的な解釈だ。)
ただ、仕事して、家帰って、飯食って、適当に遊んで、寝て。
この繰り返しの日々に猛烈な虚無感をおぼえるのだ。
それもこれも、この世界が悪い。
この虚無感をどうにかしてくれるのが、異世界であるべきではないか。
ドラゴンウォッチなどという、
餌に釣られて出てくる人慣れしたドラゴンを防火柵越しに遠巻きに見る旅行ツアーも。
エルフの村などという、
ちょっと耳の長い連中が案内する、とっくに現代化が進んで昔の面影は郷土資料館にしか残っていない寂れた観光地も。
ダンジョン探検などと銘打っておいて、
ピッカピカの手すりとゴリゴリに舗装されたコースをただ歩くだけの遺跡アトラクションも。
俺が求める異世界感は全く提供してくれなかった。
(ガチ勢は命懸けで自然のスポットに行くらしいが、俺にはそんな勇気はなかったし、虫刺されだなんだとストレスが多いそうなのでやめた)
「もう、本当にがっかりしたよ。俺めっちゃ楽しみにしてたのに、ドラゴン」
「あたしも一昨年行ったけど、あんなもんじゃないの?
期待する方が悪いわよ」
言い忘れたが、ここまでの内容は全部ミュウトと飲んでいる時の会話だ。
郊外にある小さな居酒屋の個室。
彼女のリサーチ通り、ここの魚料理は絶品だった。
こいつとは定期でこうやって飲んでいる。
一度安いチェーン店で済まそうとしたら極めて不評で、それ以来は基本的に向こうがいい店を見つけてきてくれる。
前世の家族も友人もいない異世界では、同期は親友という言葉では片付けられない心の支えになっていた。
ただ、飲み友以上の関係になることはなかった。
俺がヘタレたわけじゃあない。飲み以上の誘いは決まって断られている。
そういう関係でいたいという、彼女なりの意思なのだと解釈していた。
「アマラは?」
「最近は連絡取れないわね。
どうせ、どっかで生きてるわよ、あいつのことだし」
八年経っても、あいつは気まぐれで掴めない男だった。
今何をしてるかも知らない。
焼き魚をつつき、酒をあおりながら、聞く。
「そっちはどう? 転職したんだろ?」
「うーん、まぁまぁ、かしら?
今は裏方の事務仕事やってるけど、受付をやっていた時よりは性に合ってるわね」
「お前、愛想いい方じゃないからな」
「はっ」
ミュウトが一杯飲みきる。元々結構飲む方だったが、今日は特にペースが早い。
実際ここの酒は美味い。わざわざここまで出てきた甲斐があったというものだ。
「前より合ってる仕事ができてるなら、いいじゃないか」
「なーんか面白みはないのよねぇ。
けど、あんたの話聞いてたら、そんなものなのかもね」
「明日もまた、我が人生がすりおろされるのであろう。
あぁ悲しきかな、我が異世界生活。本当に面白みのない異世界生活」
ふっと、ミュウトが鼻で笑った。
「いいトコ行ってないだけなんじゃないの?
あんたが人生で行った場所の中で一番楽しかったとこってどこよ?」
「イタリア」
「こりゃ重症だね」
無論、イタリアなる地名はこの異世界には存在しない。
こんな他愛のないことをグダグダとただ話すだけの飲み会は、終電間近まで続いた。
人生にとって価値がある体験だったかは分からないが、今月最も楽しかった時間だったとは思う。
「あ、そうそう。一つ言ってなかったことがあるの」
少なくとも、飲み屋を出た帰り道にこの言葉を聞くまでは。
「あたし、魔界に行くの」




