三章:4 脱和
「妻子
……というか男だったのか、あんた」
宇波とレンカは知っていたのだろう。
特に大きな反応は見せなかった。
ただ、俺と朝凪の受けた衝撃は大きい。
Charivari。
明らかなハンドルネームから、転生者であることは分かっていた。
(和国生まれは、親がこういった名づけに慎重になることが多い。)
ただ、あまりに所作が完成されていて真の性別など気になったことがなかった。
目の前の小人の女……いや、女のような男をただ見ることしかできない。
「……詳しい話を聞いてもいいですか?」
朝凪がおずおずと尋ねる。
相変わらず、画面ではアマラが番組で何か喋っているが、みんなの意識はもう小人の方にいっていた。
「大した話ではない」
そう前置きし、持ったカップの取っ手をいじりながら話し始めた。
「ワシの前世での生き甲斐は研究と家族じゃった。
長年心血を注いできたプロジェクトがあったのじゃが……こちらに来た瞬間に再開不可能となった。
歴史の一次資料が存在せんのでな。前世ネットの知識を組み合わせるだけのものを研究とは呼ばん。
……そして、妻子も当然この世界にはいない」
初回のキャラクリ時に、前世と違う性別を選ぶ。
軽い気持ちでそうする人も一定数は存在した。
わかってはいた。
だが……と、頭から足先まで見直してしまう。
小人特有のぷにぷにのほっぺから、妻子持ちのおっさんを連想することは今でも難しい。
「ん? この見た目を選んだ理由かのぅ?
力で物事を解決できなさそうな種族が好き。それだけの話じゃな。
別に、この姿を気に入ってないわけでもないがのぅ」
わざとらしいウインクをしながら、しししと笑う。
いつもの悪戯笑いよりも、どこか寂しげに見えた。
「逆に、魔界にいかなかった理由を聞いてもいいですか?」
朝凪は俺と違い、衝撃を受けると積極性が増すタイプ。
俺はつい固まってしまうので羨ましい気質だ。
そうじゃなぁ、とシャーリは遠い目をして答える。
「前世に帰れる可能性が0.1%もあれば、賭けていい。そう思って魔界行きを準備していた時期もあったんじゃがのう。
よくよく考えてみると、妻子が和国に転生してくる可能性もゼロじゃあない。
であれば、ここに住んで、生きていた方が良い。そう思っただけの話じゃな」
転生者同士が前世で知り合いというのは稀に聞く話だ。
とはいえ、望む者が同じ時代に転生してくる可能性はかなり低い。
この小人は、ただそれを何十年も待ち続けているのだ。
夢も愛しい人も前世に置いてきて、一人身で。
何でもないことかのように語るが、その言葉には覚悟の重みが確かに感じられた。
「と、いうわけでワシはここで待つ相手がおらんかったら魔界に行っておった。
勿論、今は個人の感想ではなく、あくまで教義と照らし合わせてどうあるべきかが問われておる。
ただ、魔界に行きたがる人間の解像度は上がると思ってのう」
隣のレンカは無表情でスマホを弄っている。
話が終わっても、レンカはスマホから顔を上げなかった。
「あくまで分の悪い賭けで、本人にとって賭けるだけの価値があればいい。
そう捉えることはできるっすね」
宇波が呟く。
すぐに、次の意見は出てこなかった。
段々、否定したいと思うこと自体が間違っていたような気がしてくる。
少なくとも、脱和グループの話は筋が通っている。
シャーリの魔界に行こうした理由も、そこに至る動機から心情、理屈まで十分に理解できる。
「教団の教えとして語るなら『魔界行きへの覚悟も信仰の一種。それに殉ずる精神や支援の精神は肯定される』
……とかですかね?」
朝凪は淡々と、早速配信での伝え方を考えている。
最終的な発表は教団としての意見をまずは最優先。彼の入団してからの姿勢だ。
まぁ確かに、今までの教えにはそれで矛盾しない。
ただ……
「じゃあ……魔界行きは教団としては肯定ってことっすかね?
どうっすか? ヒグルマさん」
宇波が俺の方を見た。
俺が答えないまま、シャーリが付け加えるように言う。
「初めて外洋に飛び出し、まだ見ぬ大陸を目指した者もこのような感覚だったのじゃろうな。
生存率の低さは、イコールで悪とはならない。
その選択の上でどうベストを尽くすかが肝要なのではないかね」
そう、間違いなく、脱和グループはベストを尽くそうとしている。
彼らの活動は人助けになっているし教義にも反していない。
「これ、お題箱の返答だよね?
人のことよりまず自分の事って返すのはどう?
自分がどうこうできるのはまず自分なわけじゃん?」
レンカも言う。
そう、その通りだ。
他人の意思決定をどうこうしようなどと、それこそ分を超えた欲でしかない。
宗教が救うのは世界ではなく自分。
世界を変えるなんざ、なかなかできることではない。
「そもそも、アマラさんの主張はその支援の是非です。
さすがに否定しにくいですね。
これをやらないなら魔界になんて誰一人行かせないべき、というのは、まぁそうなのかなと」
そう、そうだよな。
自然と画面に目を落とした。
番組でのアマラの熱弁は止まることを知らない。
コメンテーターのツッコミにもデータや反証、具体例でしっかりと答えている。
脱和グループで行っている最新の活動映像。
アマラが活動の具体例として出しているのだろう。
魔界行き希望者のグループが、泊まり込みで訓練したり、魔界での生活のプランを話し合ったり。
映像はその話し合いの様子。
その時、目の端に見覚えのあるシルエットが映った。
尖った耳……狐の尻尾。
は?
鼓動が早くなり、血が一瞬で巡る。
連絡つかないはずだ。
知り合いに紹介してもらったいい話。
なるほど確かに『知り合い』だ。間違いはない。
つい二週間前に会って見間違えるはずもない。
その映像に映っていた女は、間違いなく、あの日俺の対面で焼き肉を食べていた女、ミュウトだった。




