三章:3 脱和
「成程。
確かに、話題にはなりそうじゃな」
動画は後編に移り、魔界行きの是非を今度は議論しているようだ。
とはいえ、主要な部分は聴き終えた。
宇波が会議をしながら見れるように、ボリュームを落とす。
「さて、では魔界行きについての、教団としての見解。
ここで決めていくとするかのぅ」
「長くなりそー。
お菓子とってこようかな?」
レンカは相変わらずの調子だ。
「僕、もうこの後の配信開始の時間遅らせてきましたよ」
「頭いー。ウチもそーしよっ」
いそいそと告知をうちだす。
最近の二人からは、どことなく互いへの信頼感のようなものを感じる。
「じゃあ、なんか意見ある人いるっすか?」
さぁどうしましょうと宇波が場にボールを投げてきた。
否定したい気持ちはあったが、それを提案できるだけのロジックが未だにまとまらない。
何より、討論番組で動くアマラという知人の存在に目を取られる。
「概ね賛成でいいのではないかのぅ?」
口を開いたのは、シャーリだった。
なぜか、胸が少し締め付けられる感覚。
小人はいつもの調子で続けていく。
「まず信仰の観点で言えば、立ち返るべきは個人の見解ではなく教義。あるのはその解釈じゃ。
彼らは間違いなく人助けをしていて、教えに矛盾もしとらん。
使命感を持って懸命に励むことは、良いこととなっておる」
これに、宇波が同意する。
「彼らの話は一理あると思うっすね。流石に正論というか。
世論もやや彼らについている。
そもそも、ひっくり返すのが難しいっす」
「しょーじき、ウチも否定する方が難しいと思っちゃったなぁ」
レンカもそれに続いた。
「一応、批判でよく出ているのは『魔界に行く人間が増える懸念』ですね。
あとは『ビジネスモデル化することで、魔界行きを良いことのように吹聴することが増える』と恐れる人が多いとか」
全体のバランスを見てか、朝凪が反対意見を拾った。
スマホでNNチャンネルのコメント欄をみているようだ。
何か付け足そうと口を開けかけたが、宇波に先を越された。
「そもそも魔界行きは悪いことなのかという話を片付けた方が良いかもっすね」
ミュウトのことが脳裏をよぎる。
魔界行きを決める人たちには、それを決意するだけの理由も覚悟もあることは痛いほど分かっていた。
「魔界に行ったらどうなるかは、昔から様々な角度から検討されてきておる」
シャーリが、アマラを再生している動画の横に調査サイトを表示した。
「まずは転生能力の聞き取りじゃ。
転生時にもらった能力についてアンケート調査を行い『危険度』や『悪意を持って使った時の凶悪さ』をレベル分けした際、
『大規模洗脳』などのレベル6以上の転生能力が約32%を占めておる」
動画サイトやネットサーフィンでもよく見る内容だ。
どいつもこいつも、チート能力者。
「レベル9や10の能力はさすがにロマンありますね。
『全知全能』『想像の具現化』『過去の転生者の能力全て使用可』」
朝凪が列挙する。
チート能力中のチート能力。
和国の結界は、預かったレベル10能力を複雑に組み合わせて作っていると言われている。
「絶対に貫く槍」と「絶対に守る盾」で矛盾が生じた時は、それぞれの能力に設定されている隠し項目である『優先度』に従って処理されるそうだ。
結界では複雑なコンボを用いて優先度をなるべく前に持っていってるとかなんとか。
「和国生まれなら、子供の頃に一度は皆妄想するものっすね。
絶対防御能力でのんびり魔界を散策する妄想とか」
宇波が言う。
実は、和国生まれの人間が能力を持っているかは判明していない。
遺伝していて国家が預かっている説と無能力説。
両方あるが、国はこれを公にしていないので、それを知る術がない。
まぁ、持ってるってことにして妄想するものなのだろう。
「あと、和国生まれは学校でキツく教えられるっすね。
二十歳になったら形式的に選択権を与えられるけど、基本良くないぞって」
「ウチの小学校も作文書かされたなぁ。魔界行きをどう思うか書けってヤツ。
行きたいって内容書いた男子が書き直させられてたっけ」
このあたりの背景は、実際和国生まれの方が詳しいだろう。
教育機関なんて、いつの世も似たようなものだ。
シャーリがまた別の資料を探してきた。
「魔界行きを模したオンラインゲームでの確認も行われた。
その検証には平和な社会を築くことに賞金まで出し、参加者は三千人。
これは過去、和国から魔界に行った人間の総数を遥かに下回る人数じゃ。
にも関わらず、過去十四回の実施で成功したのは第八回の一度きりとなった。」
動画で見たことがある。
それぞれの破滅の顛末を一回毎に解説する長編動画。
見始めると止まらず、気付くと休日が丸一日潰れてしまったのを覚えている。
特に印象的だったのは、開始と同時に全員が放送禁止用語をチャットしながら謎のエモートを披露しだした第三回だ。
一人の操作能力者によって公式放送が阿鼻叫喚となり、全プレイヤーが空腹で行動不能になるまでそれが続く、伝説の回。
昔は笑って見れたが……
「成功した第八回は、確かレベル10の能力持ちが賞金ほしさに上手く結託できて、ほぼ和国のような体制を作ったんですよね」
朝凪の言葉にシャーリがうむと頷く。
「ゲームでは当然人道意識は薄くなる。これだけで何かを推し量るのは早計じゃ。
しかし、もし仮に平和な世界であったとしても、そこは能力の使用を制限されている和国と極めて似たような社会である可能性が高いというわけじゃ」
少し、安心する。
やはり自分の感覚は間違っていなかったのだと。
「やっぱり、改めてリスクは高いな」
脱和グループの話になってから、ようやく発したのがこの一言。
教祖というのはありがたい。
言うべきことがみつからない時も、皆が勝手に話を進めてくれる。
「……と、いったことから、半自殺行為とされてきたのじゃな。
そもそも和国は魔界行きを選ばない者達の国。
そのポジショントークである面は否めないが、忌避されるだけの理由はあるというわけじゃ」
そう言って、紅茶を飲んだ。
シャーリの所作は相変わらず整っていて、一種の優雅さを感じる。
カップを置くまで、誰も次の言葉を継がなかった。
「そんな中出てきたからこそ、脱和グループはインパクトがあったってことですね。
その選択は悪なのか。その支援は。
支援をやるべきでないのならいっそ行けないようにすべきでは? そんな議論の呼び水になった、と」
朝凪がここで原点に立ち返った。
そう、話は教団として、脱和グループを認めるか否かだ。
ここで、一回皆の話が止まる。
各々思うことはあるようだ。
誰も口を開かない中、小さな手があがった。
「やや私的な話になるのじゃが……」
ここで一度、言葉を切る。
皆がシャーリの方を向く中、いつも以上に本心の読めない真顔で話を続ける。
「この世界に転生してきたあの時、置いてきた妻子がこっちに来る可能性がなければ、ワシはとっくに魔界に行っていたのじゃよ」
レンカの言う通り、会議は長くなりそうだった。




