三章:1 脱和
「『いつも楽しく配信を聞いています。
相談なのですが、ヨーグルトを手で食べてみてもいいですか?』」
「どちらでもよい。次」
「『お前はえだ豆だ』」
「違う。次」
レンカと朝凪の質問箱に届いたお便り。
活動の初期は、回答の方針を教祖と演者ですり合わせておく方がよかろう。
そういう判断であったのだが
……朝凪が読んで俺が流すをもう十回ほど繰り返していた。
「これ、次からまともなの選んでから会議した方がよくないですか?」
朝凪の率直な意見。
こういうことを遠慮なくいってくれるのはありがたい。
「言ったじゃん。会議でやるほどじゃないって」
レンカも口を尖らせる。
会議は、ほぼシャーリが私物化している研究室で行われていた。
毎度、説明会で借りた場所を使う訳にもいかない。
収益があがってくれば、オフィスを借りることもできるだろうが、しばらく先の話にはなりそうだ。
「今回は初回ってことで」
俺がまぁまぁ、と言うと、横からシャーリが紅茶を啜りながら喋る。
「硬い印象を持ってもらうよりは、よい。
イメージ戦略の成功を皆で確認する意義はあった、ととることにしよう」
「あ、でも次は結構真面目な相談です。読みますね……」
配信を始めて一ヵ月。
視聴者は徐々に増え続けていて、レンカに至っては150人近くの視聴者を集めていた。
ASMRのライブ配信がやはり人気で、そこを入り口に他の配信や動画の再生数もじわじわと伸びてきている。
いったんは順調だ。
最近の懸念事項はむしろ……と、スマホに目を落とす。
ミュウトからの連絡がない。
二週間前、焼肉屋で会ったのが最後だ。
あの時は、まだなんだかんだ元気にしていた。
春までまだ時間もある。
ただ、あの時の言葉がひっかかっていた。
今思えば、あれで気付くべきだったのだ。
そう、あれで……
※ ※ ※
「元気そうね。
神になる! とか言って仕事やめた時はどうなることかと思ったけど」
ミュウトが肉をひっくり返すと、じゅぅという音がした。
煙と共に漂ってくる匂いがなんとも食欲をそそる。
肉が焼けていく様子ほど、期待感を煽るものはない。
それが高い肉なら尚更だ。
ただ、この時の俺は一枚焼ける毎にじわじわとせりあがる恐怖心と戦っていた。
何せ、全おごりの約束だったのだから。
こいつ、わざわざ、やたら高い店の個室を予約しやがった。
「まぁ、まだその道の途中かな?」
色々中途半端な時期で、現状をなんて言っていいか分からなかったので、一旦今の活動については濁す。
「なんでもいいけど。
『就職活動は特にしてないけど、教祖になるから平気』ってメッセージ見たこっちの気持ちにもなれって話」
嘘は言っていないはずなのだが。
まったく、世間はカルトの教祖に対する偏見が強すぎる。
「あの後、結局電車どうしたんだ?」
「タクシー呼んだわよ。帰りたかったし」
「いやぁ、高くついたでしょう」
「お、か、げ、さ、ま、で、ね。
あっ、生ビールのお代わりと、このサンカクっていうのとザブトンってヤツくださーい」
絶対、何か分からないけど、とりあえず高そうなのを選んだろ、お前。
いつの間にコールボタンを押したのか、ノックと共に入室してきた店員さんにスムーズに伝える。
そのタクシー分を何がなんでもここで回収してやるという意気が見える。
……既に遥かに上回っていそうだが。
「自分も生と、この赤身セット、あとモヤシください」
かしこまりましたと店員さんが出ていくと、ミュウトは出来上がった肉を口に入れた。
これ美味しい! とご満悦だ。
「……で、そっちはどうなの?」
肉に目を落としながら、探るように聞く。
「最低限の貯金はあったから、春までは持つわね」
ミュウトはビールを口に運びながら答えた。
「手持ちに困ってるなら言えよ?
一応そこそこは貸せるから」
嘘だ。けれども彼女をつなぎとめる言葉は必要だと思った。
「ありがと。
でもバイトで繋いでるから平気」
「そっか」
微妙な間を誤魔化すように、こちらも目の前の酒をぐいっと飲み干す。
「バイト以外は何してんの?」
「……ちょっとした準備ね。
知り合いにちょっといい話紹介してもらってさ」
「なんだよ、それ。
変な勧誘とかじゃないだろうな?」
例えば、怪しい新興宗教とか。
ミュウトはハッと笑い飛ばす。
「仮にマルチだったとして、魔界に行くんだもの。どうでもよくない?」
それもそうだ、と笑って返してからはこの話題が流れた。
※ ※ ※
「……さん」
思えば、あの時のミュウトは少し様子が変だった。
もっと詳しい話を聞いておくべきだった。
そうすれば……
「ヒグルマさん! この質問、どう思います?」
朝凪に名前を呼ばれて、慌ててスマホをしまい、画面を見る。
「あ、あぁ、ごめん。
知人から連絡があって。大した話じゃない、もう一度読んでくれ」
正確には連絡が『ない』のだが。
「最近、話題の脱和グループについてどう思うかってお便りです」
「ダツワグループ?」
自然と目がシャーリの方に向くが、シャーリもふるふると首を振った。
「ワシも知らんのぅ」
「え~っ?
最近、結構話題だよ?」
こういう流行に置いて行かれるのが、歳をとるということなのだろう。
ネットはよく見てる方だったが、最近は忙しくてあまり追えていなかった。
「魔界行きの援助団体っすね。
『必要な人に、必要な支援を』知らないっすか?」
宇波が、団体のホームページを出しながら説明する。
知らない。
そんな下らないキャッチコピー聞いたこともない。
「まぁ、つい最近でてきたグループですしね。ネットでは大激論ですよ」
配信をやる以上は、そういう情報も仕入れておかなければと少し反省する。
「ふむ、魔界行きの是非。
確かに、我々の教えとしても大事な部分じゃな。
宇波君、この団体の詳しい資料ってあるかのぅ」
シャーリが言い終わる前に、宇波が画面を動画サイトに切り替えた。
「じゃあ、脱和グループが話題になった番組、見るっすか?
『NNチャンネル』のこの放送回っす」
宇波が見せた動画サイトのサムネイルには「今、水面下で話題の脱和グループとは?」と大きな文字で書かれている。
NNチャンネル。
番組は知っていた。
テレビではできないような切り口で、社会の話題を取り上げるネット番組だ。(NNは安直にネットニュースの略である)
毎回、数十万から数百万再生されているし、拡散力も高い。
そして……
脱和グループの代表として喋っている男の顔を見た瞬間、声を失う。
紅い目。
ヤギのような角に赤紫の髪。
間違いない。
緑街第二教習センターの俺の同期、アマラがそこには映っていた。




