第1話 黎と玲
「岸村」
昼休み。
私が席を立つと、直前まで話をしていた友人に呼び止められる。
「どこ行くの?」
「……トイレ」
そう言って教室を後にする。
岸村 玲、高校2年生。
高校生活にはだいぶ慣れた。
そんなに賑やかな毎日ではないが、可もなく不可もない日々を送っている。
それで十分だった。
なのに。
私は、気づけば旧校舎の屋上の扉の前にいた。
扉を開ける。
春の風が強めに吹き抜ける。
いつ来ても、ここの風の強さはあまり好きではない。
色々なものが乱されるから。
「……あれ?」
そこには跡見 黎がいた。
黎は日向で両足を伸ばし、両手を後方に回し、体重を預けるようにして座っている。
開いた扉の音でこちらに振り向く。
私は口を開いた。
「……何してんの」
「休憩しに来た」
黎はなんてことないような顔で答える。
「玲も一緒に休憩する?」
”玲”
私のことをそう呼ぶのは黎だけだ。
理由は単純。
周りが私と黎を呼び分けるためだ。
だから黎の声で「玲」と呼ばれた時だけ、私は自分が「玲」だと思い出す。
「休憩って……さっき教室で楽しそうに話してたじゃん」
「それはそれ。休憩は一人じゃないとできない」
「……じゃあ私がいたら休憩にならないじゃん」
「玲は大丈夫」
簡単に言う。
その言葉に、どこか嬉しいと思ってしまっている自分がいる。
だけど。
それを悟られたくない。
私は小さく息を吐いた。
「……どういう基準よ」
自分では呆れているつもりの声を出す。
けれど、そんな風にごまかす自分が、どこか恥ずかしい。
私は黎から視線をそらした。
「玲だから。ほら、こっち来てよ」
黎はそう言って自分の隣の床を軽くたたく。
私は言われるままに黎の横に腰を下ろした。
「屋上っていいよね。風が気持ちいい」
黎はそう言いながら私のほうに少しだけ身を寄せる。
「……まだちょっと寒いけど」
「ちょっと」
黎の肩が私の肩に触れる。
「何」
「……近い」
「いいじゃん別に」
黎はそう言うとさらに身を寄せる。
触れている箇所が妙に熱を持っている気がする。
乱される。
「玲、顔赤くない?」
指摘に一瞬だけ心臓が跳ねた。
「暑いから」
咄嗟に出た言い訳は嘘ではない。
「えー、まだ寒いよ」
「黎がくっついてるから暑い」
「うそー、私そんなに熱くないでしょ」
黎が楽しそうに笑う。
私はまた、黎から視線を逸らした。
胸の奥だけが、いつまでも落ち着かなかった。




